04 癒しのねこまた
人間界とは別の妖怪たちの棲む世界、妖異界。
ひょんなことから異世界で甘味茶屋を営むことになった真宵。
剣も魔法もつかえません。
特殊なスキルもありません。
祖母のレシピと仲間の妖怪を頼りに、日々おいしいお茶とお菓子をおだししています。
ぜひ、近くにお寄りの際はご来店ください。
《カフェまよい》 店主 真宵
《カフェまよい》の店長真宵には、ひそかな楽しみがある。
まだ新米とはいえ、飲食店の経営者として、サービス業に従事するものとして、超えてはいけない一線はあるとわかっている。
接するのはあくまでプロとして。
それ以上でもそれ以下でもない。
相手に失礼があってはいけない。
特別扱いもダメ。
それを心に留めて、その上で、心の中でひそかに楽しむのだ。
きっとそれくらいなら許されるであろう。うん。きっと。
(あくまで、冷静に。表情に出してはだめ。笑顔は自然に。態度は意識しすぎず。)
真宵は自分に言い聞かせてから、厨房から客席へと出て行った。
「おまたせいたしました。『黒糖まんじゅう』とお煎茶のセットです。」
真宵は、テーブルに注文の品を並べた。
「ありがとにゃ。 今日のおまんじゅうもおいしそうだにゃ。」
客は笑顔で答えた。
真宵も笑顔でかえしながらも、心の中で叫んだ。
( にゃ。 キター!! コスプレイヤーの取って付けたようなのでもなく、アイドルがやってるコビコビのでもない。 リアルなにゃんこ娘の にゃ! いただきましたーー!!)
そう、彼女の名前は『ねこまた』。猫の妖怪である。
長い年月を生きた猫や強い恨みを残した猫が、妖怪化したもので、尻尾が二又にわかれることからその名がついた。
いま、店にいるのは人間に化けた姿であるが、耳や尻尾はそのままで、半分人間半分猫のような状態である。
偶然ではあるが、ゲームに出てくる半獣人や漫画に出てくる猫を擬人化したキャラクターに酷似していた。
ねこまたは竹楊枝を使わず、まんじゅうを手に取ると、パクっと、小さな口でかぶりつく。
相手に不審がられない程度に距離をとって、見つめていた真宵が反応する。
(お、おヒゲがピクピクしてるー。 超かわいいんですけどー!!)
モグモグとまんじゅうをほおばるたびに、ほっぺから生えた六本の髭が揺れる。
顔半分が毛におおわれ、そのまま髪の毛につながっている。ねこまたの体毛は茶虎だ。
(柔らかそうな毛だなぁ。 ダメダメ。触っちゃダメよ。お客様に勝手に触るなんて。)
「おいしいにゃ。」
ねこまたは、満足そうに目を細める。
(キターーーー!! にゃんこの満足スマイルいただきましたーー!!!)
「ありがとうございます。黒糖は沖縄のものなんですよ。」
冷静を装いながら、商品の説明をする。
(猫って、喜ぶと目を細めてほんとに幸せそうな顔するのよねー。癒し!癒しだわ!最高の癒しよ!!)
それになによりも・・。
真宵の視線が釘付けになる。
(ああ、ダメ。ジロジロ見ちゃ。失礼よ、真宵。お客様なんだから。でも、カワイイ。あんなにピコピコ動いて。 本物よ。本物だわ。)
真宵の瞳がトロンとなる。頬が上気して桜色に染まる。口から吐息が漏れる。
(ああ、茶虎の産毛が柔らかそう。)
(内側は薄桃色なのね。)
(ああ、あんなに自然に動いて。)
(やっぱり、本物は違うわ。)
(ヘアバンドやきぐるみなんかじゃ、表現しきれないのよ。)
(これが、ほんものの・・・・・)
(ねこみみーーー!!!!)
いまや使ったことがないコスプレイヤーはいないとまでいわれる、定番アイテムねこみみ。
ヘアバンドに耳をつけたものや、きぐるみのフードについているもの。帽子やかぶりものについているタイプのものまで、種類は様々だが、ホンモノにはかなわない。
(ああ、まさか、この目でホンモノのねこみみを見られる日がくるなんて。)
(しかも、しかも、リアルねこみみだけじゃなく・・、リアル尻尾まで!!!)
座っている椅子からねこまたの尻尾が二本飛び出していた。
(カワイイ!! 茶虎の尻尾。『猫又』さんだから二つに分かれてるのね。)
(どこから分かれてるのかしら? 根っこのとこから二本何かしら? それとも、根っこは一本で途中から分かれてるのかしら? 気になるわー。 でも、ダメよ。そんな失礼なこと聞いちゃ。)
(ねこまたさんの尻尾は細身なのねー。太くてながーい尻尾やお団子みたいな短い尻尾も可愛いけど、細身の尻尾もいいわよねー。あー触りたい。)
そんな、熱い視線を店主からそそがれているとは知らず、ねこまたは湯呑みに手を伸ばした。
猫又の手は、サイズこそ人間のものであるが、形状は猫のそれである。爪も出し入れ自由、しかし物を掴むのには、あまり適していない。
落とさないように、両手で湯飲みを持ち上げる。
(きゃーん。。。。ふぅふぅしてるーーー。カワイイ、カワイイすぎるわ。この世界にカメラがあれば、とりまくるのにーー!!)
はっ。
真宵は、大切なことを忘れていたことに気がついた。
急いで、厨房へと足を運ぶ。
「こちら、よかったらどうぞ。 サービスです。」
戻ってきた真宵は冷静を装いながら、すこし小さなコップに入ったお茶を差し出す。
「これは、なんなのかにゃ?」
「こちら、『水出し緑茶』です。 お湯でなく、水でゆっくり時間を掛けて抽出したお茶ですよ。ねこまたさん、猫舌で熱いお茶だと大変そうなので。よかったらどうぞ。」
笑顔で対応する。
『水出し緑茶』はねこまたが来たときのために、真宵が仕込んであった特別メニューだ。
まさか、忘れそうになるとは。
(不覚だわ。)
ねこまたはコップを落とさない様に両手で持つと、水出し緑茶をぺロリと舐める。
「おいしいにゃ。」
(おいしいにゃ。キター!!)
内心小躍りしながら、笑顔で返す。
「ふつうの、お茶よりほんのり甘いかんじがするにゃ。」
「お水でいれると、お湯で煎れるより、苦味成分がでにくくて、甘味がでやすいんですよ。ちょっと、時間がかかるんですけどね。」
「熱くなくて、飲みやすいし、とってもおいしいにゃ。ありがとにゃ。」
(やったわ!仕込んでいた甲斐があったわ。)
こころのなかでガッツポーズした。
そんな時間も終わりを告げ、ねこまたが席を立った。
「これ、お勘定にゃん。 ごちそうになったにゃ。」
お金を真宵に渡す。
そのとき、ねこまたの手の感触が、真宵の手に触れる。
(!!!!!!!!)
(に、にくきゅうーーーーーー!!!)
ねこまたの手の肉球を真宵はしっかり感じとった。
(し、しあわせ すぎる!!!)
ねこまたが店を去るのを見送りながら、幸せをかみしめる真宵をみて、座敷わらしが声を掛けた。
「どうした?まよい? なにか顔が紅潮してるぞ。」
「なんでも、ないのよ。座敷わらしちゃん。・・・あたし、このお店やってよかった。」
《カフェまよい》店長 真宵 二十四歳。
犬よりも猫派
今回の妖怪は「ねこまた」です
ほとんど、真宵の心の声だけの話なので、改行多めになってます。
読みにくかったらゴメンナサイ