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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第二章 若葉
38/286

38 右近、ホールに立つ

登場妖怪紹介



 『烏天狗』古道こどう

鞍馬山の烏天狗。

御側衆おそばしゅうのひとり。

若い烏天狗のなかでも優秀な青年で、右近とは年齢がちかく仲が良い。

おはぎ目当てで《カフェまよい》に通うものが多い烏天狗のなかでは珍しく、ランチを楽しみに来店している。

現在、右近が鞍馬山を降りたために、師匠である『天狗』にアレコレ仕事や使いを押し付けられ、多忙な毎日を送っている。


妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

中天前の開店から約二時間はランチタイムだ。

この時間も、おはぎやまんじゅうなども注文できるが、ほとんどの客はランチ目当ての来店だ。

妖異界では、他で食べられない料理が日替わりで提供されるため、人気が高い。

まんじゅうやおはぎと違って、持ち帰りができないのも混雑する理由だ。

その、ランチタイムに、今日は少々異変が起こっていた。



「いらっしゃいませ。どうぞ、空いているお席におすわりください。」


「・・・・・・。」

そう言われて、客として来店した鞍馬山の烏天狗、古道こどうは、黙って席に着いた。


「どうぞ。こちらがメニューになります。」


「・・・・・・。」

渡されたメニューを受け取る。


「ただいま、ランチタイムなので、ランチも承ります。」


「・・・・・・。」


「今日のランチは、『豚肉の生姜焼き』になります。」


「・・・・・・。」


「味噌汁は、春キャベツの・・、」


「ええい!! もういい! なんだその立て板に水みたいな、接客は!」

古道は、我慢し切れず、怒鳴りつけた。


「・・・、なにか不手際があったか? 俺は完全に接客したつもりだぞ。」

《カフェまよい》の新しい従業員、右近は、客として来店した元同僚の古道をねめつけた。


本日、《カフェまよい》において、新従業員右近が、客席を任される初日であった。

右近がこの店に働きに来て以来、仕事を覚えるために、店主である真宵と一緒に接客してきたが、本日初めて、右近がひとりで任されることになった。

手伝いとして座敷わらしもいるが、かの妖怪は気侭に手伝ったりいなくなったりするので、あくまで責任者は右近だ。


「その顔だよ!顔! なんでそんな仏頂面なんだよ。 案内されてるのか、恫喝されてるのかわからないぞ。」

古道は右近の顔を遠慮なく指差した。


「ふっ。なにを言い出すかとおもえば。俺は、案内の台詞から料理の説明、メニューの渡し方から湯飲みのさげ方まで、すべて完璧に網羅している。表情に関しても、適度な距離感と親近感を感じさせ、来店した客をリラックスさせるように絶えず意識している。俺の接客に、穴などあるはずない。」

右近は自信満々に言い放った。


「どこがだよ! ぜんぜんリラックスできないぞ! そのデカイ図体の仏頂面で上から見下ろされると、むしろ萎縮する!」


「む。身長の問題は仕方あるまい。 マヨイどのより、十センチメートル以上高いからな。しかし、身長の高いものが接客業失格とは、いささか心が狭すぎるのではないか?」


「だから、問題は身長じゃないんだよ!」


古道は大きくため息をつくと、教え諭すようにたしなめる。


「右近。わるいことは言わん。 おまえは、接客業にむいてない。さっさと荷物をまとめて、御山に帰って来い。」


しかし、右近はふふんと鼻で笑う。


「ふ。おあいにくだったな。残念ながら、俺は御山に帰る気はサラサラない。 それに、おまえ以外の客には、俺の接客に十分満足されている。」

右近は堂々と胸を張った。


しかし、そこに日本髪を結った女性が首をつっこんできた。

比喩的な表現ではなく、実際に、首を蛇のように長く伸ばして頭部をふたりの間に割り込ませてきたのだ。

『ろくろ首』であった。


「そうねぇ。烏天狗の旦那は、見た目はいいんだけどねぇ。愛想がなさ過ぎるのよねぇ。」


「む。なんだと、ろくろ首。俺のどこが愛想がないというのだ!?」


さらに、ろくろ首と同席していた女性が話に入ってくる。

こちらは首ではなく、下半身を伸ばして古道の席までやってきた。『高女たかおんな』である。


「そうよねぇ。せっかくいい男なのに、もったいないわ。もっと、女性客には優しく接しなきゃだめよ。怖い顔しすぎよ。」


「む。高女まで。」


「ほら見ろ。むいてないんだよ。飲食店なんか。」

古道が追い討ちをかける。


「ば、ばかな。あれほど、マヨイどのにつくってもらった『接客まにゅある』を完璧にマスターしたつもりだったのに・・。」

右近は動揺する。


「わしも、マヨイさんが笑顔で接客してくれるほうがいいのう。一つ目の。」

「ほんにのう。マヨイさんの顔が見れんのはさみしいのう。見上げの」


ひとつ離れたテーブルで食事をしていた『見上げ入道』と『一つ目入道』までもが言いだした。


窮地に立たされた右近だが、そこに救いの手が差し伸べられる。


「しかし、今日のランチは、いつにも増してウマイのう。一つ目の。」

「ほんに。今日の豚肉は、箸が止まらんほどうまいのう。見上げの。」


ふたりの入道の言葉に、ろくろ首たちも賛同した。


「そうね。たしかに今日のランチはいつもより美味しかったわ。熱々でジューシーで。」

「ええ。脂ののった豚肉なのに、生姜のせいでさっぱりしてて。白いご飯とあってたわ。」


とたんに、右近は自信を取り戻し、不敵に笑う。


「そうだろう。そうだろう。」


「なんだ?今日のランチは、そんなに好評なのか?」

まだ、注文していない古道が尋ねる。


「ふふ。今日のランチの『豚肉の生姜焼き』は、たっぷりの生姜と甘辛いタレを焼きたての豚肉にからめた絶品料理だ。マヨイどのも、前々から作りたいと思っていた料理らしいが、冷めると味が落ちる料理だからな。客席での接客と厨房での調理の二束わらじでは、とても提供できない代物だったんだ。」


「それで、お前が就職したおかげで、出せるようになったってわけか。」


「そのとおり!」

右近は、これでもかと胸を張る。


「わかった、わかった。じゃあ、その『豚肉の生姜焼き』ってやつをひとつたのむ。」

古道は半分あきれたように注文した。


「かしこまりました。ランチの『豚肉の生姜焼き』ひとつですね。少々おまちください。」

また、杓子定規な物言いに戻って、右近は席を離れた。

たぶん、真宵に書いてもらったという『接客まにゅある』にそう書かれていたのであろうことは、予想にかたくない。


「マヨイどの。ランチ一人前追加です。」





程なくして、古道のテーブルに注文の品が運ばれてくる。

いつもとおなじふっくらと炊き上がった白米。キャベツを具にするのは珍しい味噌汁。緑鮮やかなおひたしに薄黄色の漬物沢庵。どれも美味そうだが、やはり目を引くのがメインの豚肉の生姜焼きであろう。

うっすらと湯気が立ち昇り、生姜の良い香りが食欲をそそる。


「これが、生姜焼きか。 たしかに美味そうだな。」

古道は、漂ってくる香りを存分に楽しむ。


「ふふ。ちなみに、俺は開店前は調理の補佐に従事している。まだ、味付けや仕上げまでは任されていないが、下拵えはマヨイどのから合格点をもらっている。その生姜も俺が皮をむいてすりおろしたものだし、その沢庵も俺が切ったものだ。」

右近は誇らしげに語った。


「わかった。わかった。心していただくとするよ。」

古道は少し皮肉めいて言った。


「それでは、ごゆっくりお召し上がりください。」

右近はまた、無機質な言葉で言った後、戻っていった、


「あの、杓子定規な性格は、なんとかならんのか・・・。」

古道は呆れる。

(しかし、たしかに、料理の味は期待できそうだ。)

古道はたまらず、豚肉をひとつ箸で抓むと、かぶりついた。


うまい!!


豚肉から溢れ出る肉汁が、たっぷりの生姜と甘辛いタレと混じりあってなんとも言えない美味な交響曲を奏でている。

これはたまらん。

古道は、白い飯をかきこむ。

ふっくらと炊き上がった、ほのかにあまい白飯が、豚肉の味の余韻に誘われて、どんどん腹の中におさまっていく。

(これは、肉もうまいが、隠れた主役は、脂だな。)

古道はおもった。

焼いた際に溢れ出た豚の脂が、生姜と醤油ベースのタレとあわさって、絶妙な味で豚肉にからんでいる。

おそらく、ただ焼いただけでは、脂がクドく感じるだろう。

逆に、脂のない部分の肉に、この生姜タレをかけても、あっさりしすぎて物足りなく感じるかもしれない。

ふたつがうまく噛み合ったからこその、この味なのだろう。

(たしかに、これは、熱々の状態で食べてこそ、最高に美味い。)

古道は納得した。

これだけ豚肉から出た脂が冷めてしまえば、固まって見た目も味もわるくなるだろう。

もちろん、冷めても食べられなくはないだろうが、やはり、この料理は熱々のまま食べてこそ、真価が発揮されるというものだろう。


(こんなうまい料理が食えるようになるなら、右近がここで働いている意味もあるということか。)


右近が鞍馬山を降りて、《カフェまよい》で働くと言い出したとき、古道は大反対した。

右近は、融通のきかないところはあったが、若い烏天狗のなかではとびきり優秀だったし、まわりからの信頼も高かった。飲食業を馬鹿にするつもりはないが、それでも、右近が鞍馬山から離れるのは、妖異界にとっても、右近本人にとってもマイナスでしかないと考えていた。

その評価を、すべて引っくり返す気には、まだならないにしても、まったく無意味な選択だったとは今は思わない。


「どうだ。なかなかうまいものだろう。『豚肉の生姜焼き』は。」


手が空いたのか、再びやってきた右近が話しかけてきた。


「ああ。うまい。マヨイどのが 満を持してだしてきたメニューだけのことはあるな。」


「そうだろう。そうだろう。」

右近は満足気に微笑んだ。


(その顔を、なんで接客に活かそうとしないかな・・。)

接客のときの仏頂面とはうってかわって満足そうに笑む右近を見て思う。


「ん?なんだ?ひとの顔をじっと見て。」

自覚のない右近は、古道を覗きかえす。


「いや。べつに・・・。あ、そうだ。それより、持ち帰りでおはぎを頼めるか?」


「ああ、六個入りでいいのか? 土産か?」


「あー、まあ、土産というか、使いだな。天狗の大将に、今日、休みをとるなら、おはぎを買ってこいと命令された。」


「・・・あいかわらずだな。師匠は。」


「あいかわらずなんだよ。天狗の大将は。」

おまえのせいでもあるんだよ。と、心の中で付け加えた。

こういった無茶な命令は、本来、右近が請け負っていたものだ。

右近が辞めたせいで、古道にお鉢が回ってきたのだ。


「わかった。帰りまでに用意しておく。」

そう言うと、右近はまた仕事に戻っていった。


(しかし、まあ、楽しそうに仕事をしていてなによりだ。)

古道はしみじみ思った。

考えてみれば、鞍馬山で仕事をしているときは、右近はあれほどいきいきしていなかった気がする。

誰よりも優秀だったし、仕事熱心だったし、勤勉で責任感もあったが、仕事を楽しんでいるようには見えなかった。

仕事は励むものであって楽しむものではないなどと考えていたようにも思う。

向き不向きは別にして、自分がこころからやりたいと思える仕事に出会ったというのは、少々うらやましくもある。


(そういえば、この沢庵もあいつが切ったって言っていたな。)


古道は、ただの沢庵を感慨深く見つめた。

三切れ並んだ薄黄色の沢庵をひとつ箸でつまんでもちあげる。

すると、残りの二切れも離れずにくっついてきた。


「・・・・。」


プラプラとぶら下がる沢庵をじっと見つめる。


「おい!! 右近。 なにが調理のほうは合格点だ! 沢庵もまともに切れてないじゃないか!」


「む。なんだと?! 馬鹿な。そんなはずは・・。ま、まさか、俺としたことが、不覚だ。」


「なにが、不覚だ。 やっぱり、お前には向いてない! さっさと荷物まとめて御山に帰れ! 従業員なら、もっとましなやつがいくらでもいる!」


「な、なにを!? いいや、俺は帰らんぞ。 俺はこの店で料理人になると決めたんだ!」





新人従業員、右近。

接客も料理もまだまだ修業中である。





読んでいただいた方、ありがとうございます。

先に謝っておきます。

タイトルは某有名アニメの某有名タイトルをモジリました。

大好きです。リスペクトしてます。けっして馬鹿にしているわけでも軽く見ているわけでもありません。

ファンの方で不快に思われた方がいらっしゃいましたらスミマセン。



まとめて読んでいただいた方にはあまり関係のない話になるかもしれませんが、更新ごとに読んでいただいてる方に、少しお知らせがあります。

季節に合わせたおはなしを書こうとしてたのですが、更新頻度と現実の季節との折り合いがつかなくなってきたので、気にしないことにしました。

章でわけて、現実の季節を無視して書いていこうと思っています。

001~037 桜 3月~4月半ば

038~  若葉 4月の終わり~5月

くらいのイメージだと考えていただけると幸いです。


現実はまだ桜が咲いている時期なのに、柏餅やら梅雨入りのはなしになったりしますが、ご容赦ください。


それと、登場妖怪が多くなりましたので、前書きで再登場する妖怪の簡単な紹介を書くことにしました。

あわせて読んでいただけると幸いです。

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