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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第一章 桜
37/286

37 幕間劇 かまど鬼

人間界とは別の妖怪たちの棲む世界、妖異界。

ひょんなことから異世界で甘味茶屋を営むことになった真宵まよい


剣も魔法もつかえません。

特殊なスキルもありません。

祖母のレシピと仲間の妖怪を頼りに、日々おいしいお茶とお菓子をおだししています。

ぜひ、近くにお寄りの際はご来店ください。

        《カフェまよい》  店主 真宵


妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

その厨房には釜戸がふたつと石釜がひとつ。

それぞれに『かまど鬼』がひとりづつ棲んでいる。

『ほいほい火』『しゃんしゃん火』『ふらり火』

薪も燃料もいらず、火力調節もおもいのまま。

茶屋の厨房を支えるインフラ妖怪たちである。




「ウマイ! ウマイゾ! マヨイ!」

小豆あらいは興奮気味に叫んだ。


「これは、たしかに美味いな。かぶりつくたび、肉汁が溢れてくる。」

右近は、ひとくちひとくち確かめるように味わう。


「うむ。うまいな。わしは生姜のきいたヤツのほうが好きじゃ。」

座敷わらしは、味の違いに言及する。


現在、《カフェまよい》は閉店後、夕食の賄いを兼ねつつ、新メニューの試食会が行われている。

本日のメニューは『とりの唐揚げ』である。


いままで、ランチは真宵が厨房と客席を行ったり来たりしていたため、冷めてもおいしい料理や温めるだけでだせる料理を中心に提供していた。

ゆで豚や鶏ハム、煮魚などである。

焼き物や揚げ物は、時間が経つとどうしても味が落ちるし、油を火にかけたままその場を離れるのは、防災上危険なので、出したくても出せなかったのだ。

それが先日、右近という新しい従業員を迎えることになり、ランチタイムだけでも右近と座敷わらしが客席を担当すれば、真宵は調理に専念できることになった。

それにともない、現在、新しいランチメニューの試作が連日行われていた。


「うーん。やっぱり、二度揚げしたほうが、パリッとして食感がいいわね。」

真宵は、ふたつの唐揚げを食べ比べて感想を言う。


「そうだな。同じ味付けなのに、こっちのほうがうまい。」

右近は同意する。


「両方ウマイゾ。」

小豆あらいは、ご満悦だ。


「油が違うのか?」

右近は、釜戸にのっているふたつの油の入った鍋を覗く。


「ううん。同じ油よ。温度が違うの。一度油で揚げたものを、すこし休ませたあと、高温でもう一度揚げると外側がパリッとするのよ。」


「・・・、鶏肉を休憩させるのか?」

真宵の説明に不可思議なワードを見つけ、右近は困惑する。


「や、休ませるっていうのは、すこし時間をおくってことね。」

真宵は補足した。


「味付けはどう? にんにく醤油につけたやつは?」


「俺は好きだな。なにかこうガツンとくる味でうまい。」

「わしは、生姜の効いたやつのほうがよいな。さっぱりしておる。」

「全部ウマイゾ!」

どうやら、三人三様であるらしい。


そうして、あれこれ意見を交わしながら、試食会は進んでいった。



「さて、じゃあ、そろそろ片付けましょうか。」

テーブルの上の料理も大半なくなった頃を見計らって、真宵は言った。

全員で食器や椅子を片付けていると、真宵はあることに気がついて声を上げる。

「しまった。」


「どうかしたか?マヨイどの。」

右近が声をかけると、真宵は釜戸の上の油の入った鍋を凝視していた。


「油の処理するやつ忘れた。」


使い終わった油を捨てるのに、真宵はいつも、市販の廃油処理剤で油を固めて捨てていた。

人間界の真宵の住んでいる祖母の家には、いつも常備していたのだが、ついつい妖異界に持ってくるのを忘れてしまった。


「そのまま、捨てては駄目なのか?」

右近が聞くと、真宵は少し怖い顔をする。


「ダメ! こんなにたくさんの油、どこにでも捨てたら、土も川も汚れちゃうんだから。・・・、仕方ないわね。とりあえず、このまま置いておいて、来週忘れずに固めるやつ持ってくるわ。」


それを聞いていた水瓶の上の妖怪、沢女は微笑んだ。

元川守である沢女にとって、川を汚したくないという真宵の姿勢は、評価に値するものだった。

しかし、普段から喋らず、ただ、静かに微笑んで座っているだけの沢女なので、誰も気がつかない。


「でも、これって問題よね。固めても吸いとらせてもゴミはゴミだし。」

妖異界には燃えるゴミの日も、粗大ゴミの廃品回収もないのだ。



「ねえねえ。」

突然、釜戸のなかから声がした。


「わ。びっくりした。 どうしたの?ほいほい火さん。」


声の主は、『かまど鬼』のひとり、ほいほい火だった。

いつもは、こちらから話しかけるまでは、釜戸の中でおとなしくしていることが多いのに、珍しく話しかけてきた。


「もしかして、その油捨てちゃうの?」


「ええ。揚げ物すると、どうしても油が汚れちゃうし、あまり古くなると油も傷んじゃって健康に悪いのよ。」

真宵が説明した。すると、思いもよらぬ返答が返ってきた。


「じゃあ、ぼくがもらってもいい?」


「え?そ、それはかまわないけど、どうするの?」


「なんじゃ? その油いらぬのか? それならわしもほしいぞい。」

もうひとつの釜戸から、しゃんしゃん火の声がする。

そして、次の瞬間、ふたつの釜戸から、ふたつの炎が飛び出て、鍋の油へと突っ込んだ。


「あぶない!!」


真宵は、おもわず身構えた。

油に引火して、大惨事になると思ったからだ。

だが、予想に反して、火は燃え移らず、ふたりのかまど鬼は鍋にしがみついて、鍋の油をチュウチュウ吸い出していた。


「ああ!ずっるーい。アタシだって、ほしいわ。」

となりのドーム型の石釜から、今度はふらり火が飛び出した。


「ふらり火は、唐揚げ手伝ってなかろう。働かざるもの食うべからずだぞい。」

「そーだそーだ。ふらり火は関係ないよー。」

ふたりのかまど鬼が、茶化す。


「まあ!アタシはこの後、みんなのはいるお風呂を沸かすのよ、働いてないなんて言わせないわ!」


たしかに、かまど鬼には厨房仕事とは別に、風呂を沸かすのを手伝ってもらっている。最近ではその役は、もっぱら、ふらり火の仕事になっている。


ふらり火も負けじと鍋にしがみついて、油を吸いはじめた。


「・・い、引火したりしないのかしら?」

真宵はおそるおそる鍋のほうを覗く。


「かまど鬼は、元鬼火じゃ。 鬼火は燃やそうと思えば何でも燃やせるし、燃やしたくなければ燃やさずにおれるし、温度もかんじさせぬ。」

座敷わらしが説明した。

しようと思えば、真宵の肩や掌にも乗せられるらしい。


「そうなのね・・・。」

納得する真宵であった。



そうしている間にも、かまど鬼は油を吸い続け、ものの五分も経たないのに、鍋はきれいに空になっていた。


「あー、おいしかった。」

「ふつうの油より、美味でしたわ。」

「なにやら、鶏のうまみやら生姜の香りやらをかすかに感じましたぞい。」


かまど鬼たちはご満悦である。

しかし、鍋いっぱいの油を飲み干してしまうとは、妖怪だとはいえ、真宵は考えただけで胸焼けしそうだった。


「ねえねえねえ。また揚げ物したとき、油はあまるよね?」

「そうしたら、また捨てるんでしょう? 」

「だったら、わしらがいただくとするぞい。」


「え、ええ。そうね。そのときはぜひお願いするわ。」

真宵は胸焼けしそうな胸をおさえ、無理に笑顔をつくった。


なにはともわれ、《カフェまよい》における廃油問題は一件落着したようである。

 







読んでいただいた方、ありがとうございます。

幕間劇 今回は「かまど鬼」でございます。

今回で、カフェまよい従業員による幕間劇終了となります。

次回から、通常回にもどります。

まぁ、あまりかわりばえはしないのですが・・・。


また、続けて読んでいただければ幸いでございます。


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