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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第一章 桜
33/286

33 幕間劇 つらら鬼

人間界とは別の妖怪たちの棲む世界、妖異界。

ひょんなことから異世界で甘味茶屋を営むことになった真宵まよい


剣も魔法もつかえません。

特殊なスキルもありません。

祖母のレシピと仲間の妖怪を頼りに、日々おいしいお茶とお菓子をおだししています。

ぜひ、近くにお寄りの際はご来店ください。

        《カフェまよい》  店主 真宵


妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

その厨房にはひとつおおきな冷蔵庫がある。

電気ない妖異界の冷蔵庫は、人間界でも昔つかわれていたような、上部の棚におおきな氷を収納して、下の棚に収納されたものを冷やす旧式的なものだ。

お客にはあまり知られていないが、その氷をいれる収納棚には、八匹の小さな小鬼が棲んでいる。


『つらら鬼』

親指ほどの小さな透明な氷の鬼で、『雪女』の眷属である。

彼らがいることで、まわりにある氷は解けにくくなる。



「あ、雪女さん、こんにちは。」


店主である真宵は、来店したひとりの女性客に挨拶をした。

白い着物を着た銀髪の美女。

白磁のように透き通った肌に、長いまつ毛で縁取られた切れ長の目と形のいい鼻、そして、雪に落ちた牡丹の花のような赤い唇。

どれをとっても、人外の美貌の持ち主だった。


「こんにちは。まよいさん。」


雪女は赤い唇の端をほんの少しだけ上げて、やさしく微笑む。

男性なら、それだけで勘違いしてしまいそうな魅惑の笑みである。


「今日は、お食事ですか? それとも、つらら鬼ちゃんになにか?」


「うふふ。つらら鬼にちょっと用があってね。・・でも、せっかくだから、あとでなにかいただいていこうかしら。」


「はい。ぜひ。 ところで、つらら鬼ちゃんになにか?」


「ええ。」

そう言うと、雪女は手に持っていた漆塗りの黒い箱を少しだけ開ける。

すると、その隙間から、小さな透明の鬼が顔を覗かせた。


「つらら鬼ちゃん?」

それは、真宵もよく知っている氷の小鬼だ。


「ふふ。まよいさんのところにお世話になっている子たちとは別の子たちよ。 ほら、あの子達がここに来てもう二ヶ月でしょう? そろそろ、凍りの国が懐かしくなってる頃じゃないかとおもって。」

真宵は納得した。


「それで、交代要員という訳ですか。」


「そうゆうことなの。」

雪女は微笑んだ。


「きっと、喜びますよ。ちょっと気になっていたんです。ずっとあの冷蔵庫のなかで窮屈しているんじゃないかって。」


「ふふ。それはいいのよ。もともと凍りの国でもなければ、暖かくなると消えてしまうか、氷室の中で小さくなって冬を待つ妖怪だから。でも、あの子達ばかりに働かせるのも不公平だとおもってね。順番に交代させていこうとおもって。」


外見は絶世の美女だが、中身は意外と眷属おもいの母親気質だ。




「どうぞ。 」


真宵は、厨房に雪女を招き入れると、冷蔵庫の扉を開けた。

すると、氷のまわりにいたつらら鬼が、一斉にはしゃぎだす。


キィ キィ 


鳴き声なのか、つらら鬼の言葉なのか、真宵には判別できなかったが、なんとなく喜んでいる感じは伝わってくる。


「よかったわねー。つらら鬼ちゃん。雪女さんが来てくれたわよ。」


雪女が覗き込むと、つらら鬼はますます元気のはしゃぎだす。

まるで、母親が迎えに来てくれて喜ぶ小さな子供のようだ。


「ひさしぶりね。あなたたち。元気にしてた? ・・・へぇ。そうなの。・・・・・そう。・・・よかったわね。・・・ええ。」

どうやら、雪女とつらら鬼は会話が成立しているようである。


「・・・ええ、それでね、あなたたちも、そろそろ国に帰りたいだろうとおもって、・・・・・え? ええ。だから、交代してね。・・・・いや、そうじゃないの。・・でもね、」


(あれ?)

真宵はなにやら、不穏な雰囲気を感じ取る。


キィィィィ キキキィキィ


(なんか、怒ってるっていうか、抗議してるみたいなんだけど、気のせいかしら?)


「だから! 言ってるでしょ!・・・・わがままいわないの! ・・・・もう。」


だんだん、雪女の声もボルテージが上がっている気がする。


「あ、あの。だいじょうぶですか? なにか、揉めてます?」

不安になった真宵は雪女に尋ねてみる。


「え、ええ。大丈夫です。さあ、あなたたち。わがまま言ってないで、国に帰るのよ。こっちにきなさ・・・。」


バン!!


雪女が最後まで言い切る前に、つらら鬼が内側から器用に冷蔵庫の扉を閉める。


「ちょっと!! 開けなさい。 何やっているの!」

雪女が扉を開けようとするが、内側から押さえられているらしく、ガタガタ鳴るだけで開かない。


「も、もしかして、つらら鬼ちゃん、帰るの嫌がったりしてます?」


雪女がクルリと真宵のほうに振り返る。

切れ長の目はつり上がり、赤い唇は真一文字になっている。

それでも、美しさが損なわれないのはさすがと言える。


「ええ! この子たちったら、帰るのは嫌だ、とか、仕事を奪うな、とか、余計なお世話だ、とか、勝手なことばっかり!!」


(た、立て篭もり? ストライキ?)


「あの・・、よかったら、ウチのほうはこのままでも・・・。」


「いいえ!! そんなワガママ許しませんわ。だいたい、まよいさんが、この子達に、おまんじゅうをあげたり、お団子をあげたり、甘やかすからこんなことになっているんですよ!」


「ええ?」


本来、つらら鬼は冷気さえあれば何も食べなくても生きていける妖怪であるのだが、真宵は、ときどきおやつをあげる感覚で、饅頭やらおはぎやらを食べさせていた。

冷蔵庫の中のつらら鬼は、その環境が気に入ったらしく、凍りの国につれて帰られるのを嫌がっているらしい。


「あなたたち!さっさとここを開けなさい!」

なんとか扉を開けようとするが、ビクともしない。


「・・・いいわ。アナタたち、覚悟なさい。 この扉ごと氷漬けにして、全部砕いてしまうわ!!」


「ちょ、ちょっと待ってくださーーい!! そんなことしちゃダメです!」


「止めないでちょうだい!まよいさん! 冷蔵庫はちゃんと弁償するわ!」


「ダメですって! お願いですからやめてくださーーい!!」



・・・結局、真宵の「今日のところは、私に免じて、」の一言で、雪女は渋々引き下がった。




『つらら鬼』

おそらく妖異界ではじめて、労働組合らしきものをつくった妖怪。









読んでいただいた方、ありがとうございます。

今回は、《カフェまよい》冷蔵庫の担当「つらら鬼」のおはなしです。

基本、冷蔵庫の中に棲んでいるだけの妖怪なので、あまり登場しません。

こういったかたちで、書けて楽しかったです。


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