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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第一章 桜
32/286

32 幕間劇 小豆あらい

人間界とは別の妖怪たちの棲む世界、妖異界。

ひょんなことから異世界で甘味茶屋を営むことになった真宵まよい


剣も魔法もつかえません。

特殊なスキルもありません。

祖母のレシピと仲間の妖怪を頼りに、日々おいしいお茶とお菓子をおだししています。

ぜひ、近くにお寄りの際はご来店ください。

        《カフェまよい》  店主 真宵


「爺ぃ。いま、帰ったゾ。」


小豆あらいが玄関から帰ってくる。

ここは、小豆あらいの自宅。

彼はこの家から、職場に通っている。


『小豆あらい』

《カフェまよい》の従業員。

主な仕事は、小豆洗い、米洗い、野菜洗い、皿洗い。

まだ若い妖怪で、祖父から「小豆あらい」の名前を継いでから間がない。

みため中学生くらいの勤労少年妖怪である。



「おう。おかえり。」


小豆あらいをむかえたのは、彼の祖父だ。

長年、妖怪小豆あらいとして名をはせてきたが、腰を故障したのを機に、孫に名前を譲り引退した。

引退後、通称として小豆爺あずきじいと呼ばれている。

腰は日常生活にはさほど支障はないものの、重いものを持ったり仕事をしたりするのは難しく、結果、退屈な毎日を送っている。


「今日は、マヨイが残ったまんじゅうをくれたゾ。」

小豆あらいは包みを卓袱台の上におく。


「おお。いつもすまんな。マヨイさんによくお礼を言っておいてくれ。」


小豆爺は喜んで包みを開ける。

たまに孫が持って帰ってくるおはぎやまんじゅうは、老人の楽しみのひとつとなっていた。


「おや、今日のまんじゅうは真っ黒じゃな。失敗して焦がしたのか?」


包みの中のまんじゅうは、きれいな丸い形で、こげ茶色をしていた。


「ソレは、黒糖まんじゅうってゆうんだゾ。」


「ほう。黒糖とはなんじゃい? 砂糖とは違うのか?」


「黒糖はタケからとれる砂糖だゾ。」


「竹から、砂糖がとれるのか?」


「マヨイが、そう言ってたゾ。」


「ほう。竹ならウチの近所にも生えとるから、とってきたら黒糖になるかのう?」


「たぶん、なるゾ。」


サトウキビの説明を中途半端に聞いていたせいで、微妙に間違った説明になっているが、ふたりは気がついていない。


小豆爺は、ひとつつまむとパクリとかじる。


「おお。いつもの餡子より、ちょっとクセがあるというかコクがあるというか。とにかく、ウマイぞ。」


「オイ。爺ぃ。」


「なんじゃ?」


「先に食べるナ。いま、茶を煎れてヤル。」


「ほう。気が利くのう。」

言われたとおり、食べるのをやめ、茶を待つことにした。


「最近、マヨイに茶の煎れ方をナラっているんだゾ。マカナイのときは、オレがみんなのぶんの茶を煎れたりしてるゾ。」


小豆あらいは得意満面で、ヒョコヒョコと台所のほうへ向かう。

その、後姿を見ながら、小豆爺はつぶやく。


「小豆あらいが、茶を習うとはのぅ。」


腰を壊して、『小豆あらい』としての仕事ができなくなったとき、自分がやるべきことは、名を継がせた孫を、立派な妖怪『小豆あらい』として育てることだけだと思っていた。

ところがある日、孫が家に帰ってくるなり、興奮気味に、人間の営む茶屋で働くと言い出した。

もちろん最初は賛成しなかった。

『小豆あらい』がするべき事は、人間を怖がらせることであって、人間と働くことではない。

姿を見せず、音だけ聞かせて不安がらせるのが『小豆あらい』だ。

小豆を洗うのも、川辺と相場が決まっており、決して台所で洗うものではない。

しかし、孫は頑としてあきらめようとせず、結局、小豆爺がとりあえず様子を見る、というかたちで折れることとなった。

「爺ぃ。アソコの小豆はすごいゾ。秋のモミジみたいに真っ赤で、パンパンにナカミがつまってて、ツルツルでスベスベでツヤツヤで。それに、ミンナ、粒の大きさがソロってるんだゾ。」

顔をまるで小豆のように紅潮させて、喜んでいた孫の顔は今でも覚えている。

「ソレに、その小豆でつくったアンコは、ムチャクチャうまいゾ。今度、土産に持って帰ってヤルからナ。」

はしゃぐ孫の顔を見ると、どうしても反対しきれなかったというのが正しい。

もしかしたら、夢中なのは最初だけで、すぐに飽きるかもしれないとも思っていた。

「今日は、米も洗ったゾ。白米とかモチ米とかイッパイあるんだゾ。」

「今日は、野菜をイッパイ洗ったゾ。デモ、洗うのなら、小豆のほうが楽しいゾ。」

「今日は客が多かったゾ。皿洗いタイヘンだったゾ。デモ、みんな、オレが洗った小豆でつくったおはぎをうまいうまいって、食ってたんだゾ。」

毎日、帰ってくるなり、その日にあったことを嬉しそうに報告する孫を見て、いつしか、こちらのほうが反対する気が失せていた。

毎朝、夜が明けぬうちからひとりで起きて出て行き、陽が沈んでから帰ってくる。

週休二日とはいえ、けっこうな長時間労働だ。

それでも、小豆あらいは、一度も辞めたいとは言ったことがない。


「こりゃあ、認めてやるしかないかのぅ。」

小豆爺は、独り言をつぶやいた。


「マタセタナ。この茶は玄米茶だゾ。黒糖まんじゅうともよくあうゾ。」

戻ってきた小豆あらいは、湯のみを祖父の前に置く。


「ほう。それじゃあ、いただくとしようかのう。」


小豆爺は、孫の顔を見ながらそう言った。

自分とは違うあたらしい時代の『小豆あらい』になろうとしている、自慢の孫の顔を。


読んでいただいた方、ありがとうございます。

新しい従業員が加わり、新しくなった《カフェまよい》が始まる前に、他のメンバーの短いおはなしを書こうとおもっております。

今回は『小豆あらい』です。


今日から数回、短いおはなしばかりになりますが、よろしくおつきあいください。


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