32 幕間劇 小豆あらい
人間界とは別の妖怪たちの棲む世界、妖異界。
ひょんなことから異世界で甘味茶屋を営むことになった真宵。
剣も魔法もつかえません。
特殊なスキルもありません。
祖母のレシピと仲間の妖怪を頼りに、日々おいしいお茶とお菓子をおだししています。
ぜひ、近くにお寄りの際はご来店ください。
《カフェまよい》 店主 真宵
「爺ぃ。いま、帰ったゾ。」
小豆あらいが玄関から帰ってくる。
ここは、小豆あらいの自宅。
彼はこの家から、職場に通っている。
『小豆あらい』
《カフェまよい》の従業員。
主な仕事は、小豆洗い、米洗い、野菜洗い、皿洗い。
まだ若い妖怪で、祖父から「小豆あらい」の名前を継いでから間がない。
みため中学生くらいの勤労少年妖怪である。
「おう。おかえり。」
小豆あらいをむかえたのは、彼の祖父だ。
長年、妖怪小豆あらいとして名をはせてきたが、腰を故障したのを機に、孫に名前を譲り引退した。
引退後、通称として小豆爺と呼ばれている。
腰は日常生活にはさほど支障はないものの、重いものを持ったり仕事をしたりするのは難しく、結果、退屈な毎日を送っている。
「今日は、マヨイが残ったまんじゅうをくれたゾ。」
小豆あらいは包みを卓袱台の上におく。
「おお。いつもすまんな。マヨイさんによくお礼を言っておいてくれ。」
小豆爺は喜んで包みを開ける。
たまに孫が持って帰ってくるおはぎやまんじゅうは、老人の楽しみのひとつとなっていた。
「おや、今日のまんじゅうは真っ黒じゃな。失敗して焦がしたのか?」
包みの中のまんじゅうは、きれいな丸い形で、こげ茶色をしていた。
「ソレは、黒糖まんじゅうってゆうんだゾ。」
「ほう。黒糖とはなんじゃい? 砂糖とは違うのか?」
「黒糖はタケからとれる砂糖だゾ。」
「竹から、砂糖がとれるのか?」
「マヨイが、そう言ってたゾ。」
「ほう。竹ならウチの近所にも生えとるから、とってきたら黒糖になるかのう?」
「たぶん、なるゾ。」
サトウキビの説明を中途半端に聞いていたせいで、微妙に間違った説明になっているが、ふたりは気がついていない。
小豆爺は、ひとつつまむとパクリとかじる。
「おお。いつもの餡子より、ちょっとクセがあるというかコクがあるというか。とにかく、ウマイぞ。」
「オイ。爺ぃ。」
「なんじゃ?」
「先に食べるナ。いま、茶を煎れてヤル。」
「ほう。気が利くのう。」
言われたとおり、食べるのをやめ、茶を待つことにした。
「最近、マヨイに茶の煎れ方をナラっているんだゾ。マカナイのときは、オレがみんなのぶんの茶を煎れたりしてるゾ。」
小豆あらいは得意満面で、ヒョコヒョコと台所のほうへ向かう。
その、後姿を見ながら、小豆爺はつぶやく。
「小豆あらいが、茶を習うとはのぅ。」
腰を壊して、『小豆あらい』としての仕事ができなくなったとき、自分がやるべきことは、名を継がせた孫を、立派な妖怪『小豆あらい』として育てることだけだと思っていた。
ところがある日、孫が家に帰ってくるなり、興奮気味に、人間の営む茶屋で働くと言い出した。
もちろん最初は賛成しなかった。
『小豆あらい』がするべき事は、人間を怖がらせることであって、人間と働くことではない。
姿を見せず、音だけ聞かせて不安がらせるのが『小豆あらい』だ。
小豆を洗うのも、川辺と相場が決まっており、決して台所で洗うものではない。
しかし、孫は頑としてあきらめようとせず、結局、小豆爺がとりあえず様子を見る、というかたちで折れることとなった。
「爺ぃ。アソコの小豆はすごいゾ。秋のモミジみたいに真っ赤で、パンパンにナカミがつまってて、ツルツルでスベスベでツヤツヤで。それに、ミンナ、粒の大きさがソロってるんだゾ。」
顔をまるで小豆のように紅潮させて、喜んでいた孫の顔は今でも覚えている。
「ソレに、その小豆でつくったアンコは、ムチャクチャうまいゾ。今度、土産に持って帰ってヤルからナ。」
はしゃぐ孫の顔を見ると、どうしても反対しきれなかったというのが正しい。
もしかしたら、夢中なのは最初だけで、すぐに飽きるかもしれないとも思っていた。
「今日は、米も洗ったゾ。白米とかモチ米とかイッパイあるんだゾ。」
「今日は、野菜をイッパイ洗ったゾ。デモ、洗うのなら、小豆のほうが楽しいゾ。」
「今日は客が多かったゾ。皿洗いタイヘンだったゾ。デモ、みんな、オレが洗った小豆でつくったおはぎをうまいうまいって、食ってたんだゾ。」
毎日、帰ってくるなり、その日にあったことを嬉しそうに報告する孫を見て、いつしか、こちらのほうが反対する気が失せていた。
毎朝、夜が明けぬうちからひとりで起きて出て行き、陽が沈んでから帰ってくる。
週休二日とはいえ、けっこうな長時間労働だ。
それでも、小豆あらいは、一度も辞めたいとは言ったことがない。
「こりゃあ、認めてやるしかないかのぅ。」
小豆爺は、独り言をつぶやいた。
「マタセタナ。この茶は玄米茶だゾ。黒糖まんじゅうともよくあうゾ。」
戻ってきた小豆あらいは、湯のみを祖父の前に置く。
「ほう。それじゃあ、いただくとしようかのう。」
小豆爺は、孫の顔を見ながらそう言った。
自分とは違うあたらしい時代の『小豆あらい』になろうとしている、自慢の孫の顔を。
読んでいただいた方、ありがとうございます。
新しい従業員が加わり、新しくなった《カフェまよい》が始まる前に、他のメンバーの短いおはなしを書こうとおもっております。
今回は『小豆あらい』です。
今日から数回、短いおはなしばかりになりますが、よろしくおつきあいください。




