29 モチツキキネツキ続続続続続 宴のおわり
人間界とは別の妖怪たちの棲む世界、妖異界。
ひょんなことから異世界で甘味茶屋を営むことになった真宵まよい。
剣も魔法もつかえません。
特殊なスキルもありません。
祖母のレシピと仲間の妖怪を頼りに、日々おいしいお茶とお菓子をおだししています。
ぜひ、近くにお寄りの際はご来店ください。
《カフェまよい》 店主 真宵
本日は餅つき大会を実施しております
「おつかれさまー。」
真宵は右近に手伝ってもらい、店の中に、机を運び込む。
一日掛けて開催した、《カフェまよい》主催の餅つき大会も、ようやく終わりを告げた。
まだ、食い足りないと嘆く妖怪もいたが、日暮れまでには片づけを終わらせなければならない手前、このくらいの時間におひらきにする必要があった。
「ちょっと、待っていてくださいね。」
真宵は、そう言うと、厨房のなかに姿を消した。
そして、たくさんの包みを持って、戻ってくる。
「はい。これ、今日、お手伝いしていただいた、ささやかなお礼です。」
真宵は順番に妖怪たちに包みを渡す。
今日の餅つき大会は、いつもの《カフェまよい》の従業員だけでは、とても手が足りず、何人かの妖怪にお手伝いをお願いしていた。
お茶を配るのを手伝ってくれた『高女』や餅を丸めるのを手伝ってくれた『ふたくち女』、それに食い逃げの罰として、厨房を手伝ってもらった『ぬらりひょん』だ。
他にも、『天井さがり』や『烏天狗』の右近が当日成り行きで手伝ってくれた。
そんな、妖怪たちに、真宵は礼として、持ち帰り用の餅を用意していた。
「これは、うちのスタッフで練習用についたお餅なんですけど、よかったら食べてください。つきたてっていうわけにはいかないんで、焼いて食べてくださいね。」
餅つき大会を開催するに当たって、もち米の蒸し具合なんかを確かめるために、一度試作してみた。
つきてが真宵と『小豆あらい』だったので、少々力不足だったのは認めざるを得ないが、悪くないつき具合だったと自負している。
まあ、さすがに『望月兎』のついた絶品餅に比べればさすがに見劣りしてしまうが。
「うれしい。ありがとうね。マヨイちゃん。」
高女はうれしそうに礼を言う。
「ふふ。おいしそう。帰ったら、さっそくいただくわね。まよいさん。」
ふたくち女は、大事そうに包みを抱きしめる。
今日の餅つき大会では、ふたくち女にも、何度か餅を差し入れたはずなのだが、あの程度の量では満足していなかったらしい。
さすが、妖異界に名を轟かす大食い妖怪である。
「オイラももらっていいのか?」
天井さがりが、天井から逆さにぶらさがったまま、喜ぶ。
「もちろんよ。今日は手伝ってくれてありがとう。おかげで助かったわ。」
ひとりだけ、志願でもなく、お願いされたわけでもなく、罰として半強制的に手伝わされていたぬらりひょんだけは、ふてくされた顔で突っ立っている。
「あら、欲しくないなら、無理にもらっていただかなくてもいいんですよ。ぬらりひょんさん。」
そう言って、真宵が包みを取り上げようとする。
「だ、だれも、いらんとは言っておらんわい。」
ぬらりひょんは、あわてて、包みを隠す。
「それじゃあ、あとの片付けは店のスタッフでやりますので、みなさんはお帰りになって大丈夫です。今日は一日、ほんとうにありがとうございました。」
真宵は、店主として、あらためて頭を下げた。
「だいぶ陽が暮れてきたんで、気をつけて帰ってくださいね。」
真宵は、店の入口まで、妖怪たちを見送った。
ただひとり、帰ろうとしない右近を除いて。
「あの、右近さんもお帰りになって、だいじょうぶですよ?」
しかし、右近は無表情のまま、返答する。
「いや、最後まで手伝わせてもらいたい。 途中で放りだすのは性に合わないからな。」
「でも、もうすぐ外が暗くなっちゃいますよ?」
山に囲まれた峠の茶屋である《カフェまよい》では、陽が暮れるのは意外とはやい。
「問題ない。」
あっさり言い切った。
「じゃあ、座敷わらしちゃんと、客席の掃除をおねがいできますか? 厨房の片付けは、私と小豆あらいちゃんでやりますから。」
今日は、客席に客を入れていないので、そこまで汚れているわけではないが、餅を丸めるのに使っていた席とかは、大量の片栗粉をつかったので机や床に白い粉が落ちている。
「わかった。」
こうして、《カフェまよい》の従業員と右近は、宴のあとの後始末をすることになった。
「マヨイどの。客席の掃除は完了した。」
右近は厨房に入ってくると、そう報告する、
以前の燻製作りのときと、今日の餅つき大会の手伝いで、厨房には何度もはいったことがある。
洗い場では、小豆あらいが一心不乱に調理器具を洗っており、真宵は洗い終えたものを布で拭いて片付けていた。
「おつかれさまでした。こっちももうすぐ終わりますから、ちょっとまってくださいね。」
真宵は笑顔で応える。
右近は厨房に入ると、不思議な感覚に襲われた。
(・・・・なんだこの匂い。)
以前、燻製作りのときも燻された煙の匂いが厨房に漂っていたが、いまのこの匂いはそれ以上に強く、いままでに嗅いだことのない不可思議なものだ。
香辛料が絡み合ったような、鼻腔をくすぐる、複雑な、それでいて不快ではない感覚。
「おまたせしました。こっちも終わりましたよ。」
真宵は濡れた手を拭いながら、右近に話しかけるが、本人はなにやらうわの空だ。
「右近さん?」
「え、ああ。失礼した。 なにか不思議な匂いがするものだから、つい・・・。」
「ああ、いま、賄いつくっているんです。夕食までお餅じゃ飽きてしまうとおもったんで・・・。右近さんもよかったら、食べていってください。まだ、食べられますか?」
日中、かなりの数の餅をたいらげた右近であったが、まだ、無理をすれば食べられないわけではない。
なにより、この匂いの正体を、なんとしても突き止めたかった。
「迷惑でないなら、是非いただきたい。」
右近は、真面目な顔で答えた。
「マヨイのカレーはうまいゾ。」
小豆あらいが笑った。
「カレェ?」
それがこの匂いの正体だろうか?
「いえ、そんなたいしたものじゃないんですよ。ルーは市販のやつですし。 片付けが終わってから、作っていると遅くなるんで、昨日のうちに作って温めるだけで良いようにカレーにしただけですから。」
カレーライスは、ごくたまに賄いの夕食に出しているだけにメニューだ。
ランチに出そうと思えば出せるが、和食中心の妖異界ではちょっと異色だし、匂いが強いので、甘味目当てのお客さんが嫌がるかもしれないのでやめている。
しかしながら、従業員にはなかなか好評なメニューでもある。
「すぐ、支度しますから、ちょっと待っていてくださいね。 小豆あらいちゃん。椅子用意してくれる? 右近さんの分も。」
「ワカッタ。」
小豆あらいは承諾すると、ひょこひょこと小走りで動き出した。
「ここで食べるのか? 」
右近が尋ねた。
「ええ。いつも賄いは、厨房でみんなで食べているんですよ。」
真宵はカレーの鍋をかき混ぜながら、少し味見をする。
(うん。まあまあかな。)
今日のカレーはポークと野菜ゴロゴロカレーだ。
豚肉は昨日のランチに使った余りなので、量が少なめだが、そのぶん野菜をたっぷり入れている。ベースは中辛だが、野菜の甘みがよく出ている。
(お子様が多いし、ちょうどいいかな。)
実際は本当に若いのは小豆あらいだけで、座敷わらしと沢女はみため幼女だが、実は古参の妖怪であるらしいのだが。
「ご飯もそろそろできた頃よね。」
カレーの鍋を置いているものの隣の釜戸には、白米がいい頃合に炊き上がっていた。ふたを開けると、湯気と一緒にいい匂いが広がる。
「うん。いい感じ。ほいほい火さん、おつかれさま。うまく炊けているわよ。」
下の釜戸で燃えている、『ほいほい火』を覗き込む。
厨房にはふたつの釜戸と、ひとつの石釜があり、それぞれに『かまど鬼』の『ほいほい火』『しゃんしゃん火』『ふらり火』が宿っている。
釜戸担当のほいほい火としゃんしゃん火は、最近では真宵が指示しなくても、勝手に火加減を調節しておいしい白米を炊いてくれる。
はじめチョロチョロなかパッパ、赤子泣いても蓋とるな。
日本人なら一度は聞いたことのあるお米を炊くときのコツであるが、かまど鬼は自分でやってくれるのでおお助かりだ。
また、かまど鬼にも性格があるようで、ほいほい火は几帳面で、安定しておいしく炊いてくれる。しゃんしゃん火はたまに調子に乗って、おこげをつくったりする。それがまた香ばしくておいしかったりするのでおもしろい。
「座敷わらしちゃん、お皿とってくれる?」
宴の後の、ささやかな晩餐がはじまろうとしていた。
「はい。じゃあ、今日は一日おつかれさまでした。簡単な夕食ですがいただきましょう。」
全員手をあわせると、スプーンを手に取った。
全員といっても、『かまど鬼』たちは火そのものなので、こういった形で食事はしないし、冷蔵庫の中の『つらら鬼』たちもおなじだ。
『沢女』は手のひらにのせられるほど小さな女の子なので、小さな醤油皿に超ミニサイズのカレーライスを作ってもらっている。
「ウマイ!やっぱりマヨイのカレーはうまいゾ。」
最初に感想を述べたのは小豆あらいだ。
このくらいの年齢の男の子は大抵カレーが大好きだ。
妖異界でも妖怪でも、それは変わらないらしい。
「座敷わらしちゃんはどう? 辛すぎない?」
本当は、真宵よりもはるかに年上なのだが、みためのためどうしても子ども扱いしてしまう。
「問題ない。前に食べたのより、野菜が多いな。わしはこっちのほうが好きだ。」
「そう? それはよかったわ。」
「右近さんはどうですか? 」
右近は驚愕していた。
白い米を、茶碗でもなくどんぶりでもなく平たい皿に盛り、その上に茶色のドロドロした液体を直接かけ、箸でなく匙で食すという。
それだけで珍妙なことこの上ないが、さらに驚くべきはその味だ。
一口食べただけで口内に広がるのは辛味。だが、芥子とも山葵とも大根とも違う。強いて言えば、唐辛子にちかい気もするが、やはりそれともまったく違う。
おそらく、二種類や三種類ではない、たくさんの種類の香辛料を複雑に組み合わせているのだろう。
みためは、肉も野菜もすべて鍋にぶちこんで煮込んだような粗雑な料理だが、肉のうまみや野菜の甘みが液体に溶け出し、また、その液体にからめることで、肉も野菜も驚くほど美味くなっている。
また、そのかなり濃い目辛目につくってある液体は、白い飯に絡めると極上の調和を織り成す。
この独特の香りと香辛料の刺激のせいで、いくらでも白飯が食べられそうだ。
「右近さん?だいじょうぶですか?」
カレーの味に夢中になっていた右近が、やっと真宵の声に気がつく。
「あ、いや。すまない。あまりにうまいので、つい夢中になっていた。」
「オーバーですね。ただのカレーですよ。」
真宵は笑った。
「カレーか。 この料理は、マヨイどのが考えたのか?」
「いいえ。もともとある有名な料理ですよ。外国料理・・・になるのかな?」
おもわず首をかしげる。
自分で言っておいてなんだが、たしか、カレーはインドだかパキスタンだかあのへん発祥で、一度イギリスにわたって、カレー粉が発明されて、それが日本に渡って、日本の米に合うようにさらに改良されたのが、いま日本で食べられているカレーだったはずだ。
複雑すぎて一言では説明しにくい。
まして、異世界の妖怪さんに説明するとなると、である。
「こんなにうまいのに、店に出さないのか?」
右近が素朴な疑問をぶつけた。
「そうですねえ。ランチになら出せると思いますけど、ちょっと茶屋っぽくないし、匂いが強いので嫌がる妖怪さんもいるかもしれないですし・・。」
「こんないい匂いを、だれが嫌がるんだ?」
右近には納得できなかった。
「はは。そうですね。ためしに一度出してみるのもいいかもしれませんね。」
カレーライスは一度に大量につくれて、温めるだけで良いのでランチに出すのはとても便利なメニューだ。
一考の価値はあるかもしれない。
「そういえば、今日、いろんな客に、餅をメニューに入れて欲しいとせがまれていたようだが、それはどうするんだ?」
さらに、右近は聞いてきた。
たしかに、今日の餅つきは好評で、また食べたいといってくれる妖怪も多数いた。
「ええ。でも、ちょっとそれは難しいんですよね。」
「なぜだ?」
「お餅つくのって、けっこうな力仕事じゃないですか?うちのスタッフだけだと、お店に出す量の餅をつくのって、かなりきびしいんですよね。」
「なるほど。」
右近はいま厨房にいるメンバーを見て納得する。
店主真宵・・・人間の女性。体力はあるほうだがあくまで一般女性の腕力。
小豆あらい・・痩せた十代前半の少年くらいの見た目。働き者だが力はそれほど強くない。
座敷わらし・・見た目は幼女。重い杵をもちあげられるかどうかも不安。
沢女・・・・・手のひらサイズの幼女。問題外。
かまど鬼・・・元鬼火。火である。
さらに、冷蔵庫の中の『つらら鬼』や建物である『迷い家』においては言うまでもない。
「人手を増やす気はないのか?」
「うーん。」
真宵は悩む。
「増やせたらいいんですけど。 今日みたいに、一日だけ手伝いとかなら働いてくれる妖怪さんもいると思うんですけど、週五のフルタイムでってなると、なかなか・・・。」
「なるほどな・・・。」
右近は、なにかじっと考え込む。
「マヨイ! おかわりほしいゾ!」
いつのまにやら、小豆あらいが皿を空にしていた。
「はいはい。今日はよく働いてくれたものね。たくさん食べてね。」
真宵は小豆あらいから、皿を受け取ると、おかわりをよそう。
そして、右近の皿もほとんど空になっていた。
「右近さんも、よかったら、おかわりありますよ。」
「ああ、いただこうか。」
「お昼もたくさんお餅食べてましたけど、だいじょうぶですか?」
「ああ。カレーというのならいくらでも食べられそうだ。」
右近は笑った。
《カフェまよい》から山を三つほど越えたところにある『鞍馬山』。
山頂にある大天狗が棲み、妖異界の自警団の本部である『鞍馬寺』とはべつの、烏天狗が寝泊りする宿舎に、右近はなんとかたどり着いた。
すでに、陽はどっぷりと暮れており、ところどころに置かれた松明の火を頼りに、自室へと急ぐ。
その姿は、いつもの毅然とした右近とは違い、背を丸め、ヨロヨロとした足取りで、見るからに危なげだ。
廊下の壁に手を預けながら、自室近くまで歩いていくと、そこでばったり同僚の烏天狗古道に出くわした。
「おい、右近どうした?」
よろめきながら歩く右近を見て、古道は焦った。 松明に照らされた顔は、いつになく色が悪く、脂汗がにじんでいる。
「だいじょうぶか?なにがあった?」
「く・・・。」
「く?」
「・・食いすぎた。」
「は?」
昼間、結構な数の餅をたいらげた挙句、夕食でカレーをおかわりし、ろくに休憩もとらずに、山を三つ飛んできたせいで、右近は悶え苦しんでいた。
それを聞いて、あきれた古道は、そのままスタスタと行ってしまう。
「くっ。薄情ものめ。」
右近はしかたなく、這うようにして、自室にたどり着き、そのまま横になった。
胸焼けした胸と、はちきれそうな胃と、こみあげてくるなにかと、右近は苦しみながら戦っていた。
「俺としたことが、こんな醜態をさらすことになるとは・・・。」
げに、恐ろしきは、カレーの魔力。
右近の苦しみは、まだもう少し続きそうであった。
読んでいたただいた方、ありがとうございます。
やっと、餅つき大会最終話です。
おもったより長くなってしまいましたが、今回で幕となります。
最終話は、なぜか、餅と関係ないカレー回となりました。
あと、毎日読みに来ていただけている方がどれだけいるかわかりませんが、
三月いっぱいは毎日更新を目標に書いておりました。
そのぶん、かなり乱筆乱文で、読みにくい部分も多々あったと思います。
あらためてお詫び申し上げます。
四月からは、少しペースを落とすつもりでおります。
短いはなしなので、二日か三日に一回くらいは投稿できたらいいなとおもっています。
おはなしはまだ続きますので、続けて読んでいただければ幸せです。




