28 モチツキキネツキ続続続続 餅は餅屋
人間界とは別の妖怪たちの棲む世界、妖異界。
ひょんなことから異世界で甘味茶屋を営むことになった真宵まよい。
剣も魔法もつかえません。
特殊なスキルもありません。
祖母のレシピと仲間の妖怪を頼りに、日々おいしいお茶とお菓子をおだししています。
ぜひ、近くにお寄りの際はご来店ください。
《カフェまよい》 店主 真宵
本日は餅つき大会を実施しております
「うっまーい。」
《カフェまよい》主催、餅つき大会。
色々な妖怪たちが、かわるがわる餅をついてきたが、ここにきて、大きな歓声が上がっていた。
先ほど『見上げ入道』と『一つ目入道』がついた餅が、すこぶるよい出来で、食べた妖怪たちの胃袋をガッチリつかんだのだ。
「たしかに、すっごくよくつけてますね。弾力もいいし、こんなにのびる。」
ひとつ、試食させてもらった真宵は、箸で餅を引っ張って、のびる様子を、皆に見せた。
もち米は同じものを使ってあるし、蒸し時間もおなじはず。ここまでよくできているのは、やはりつき方がよかったのだろう。
「ほっほ。わしらにかかれば、こんなもんじゃ。のう、見上げの。」
「ふふ。たしかにのう。力仕事はわしらが一番じゃ。のう一つ目の。」
ふたりの妖怪入道は、得意気に胸をたたいた。
「もう、残りの餅も全部、あんたらがついちゃえよ。」
「そうだな。どうせなら、一番うまい餅が食いたいしな。」
まわりの妖怪から、そんな声があがる。
「ほっほ。まあ、どうしてもとゆうのなら、ついてやらんでもないぞ。のう、見上げの。」
「ほっほ。そうじゃのう。どうしてもとゆうなら、やぶさかではないのう。一つ目の。」
ふたりとも、まんざらでもないようで、袖を捲り上げて、腕の力こぶをアピールしている。
盛り上がる場の雰囲気に、右近がそっと真宵に耳打ちする。
「いいのか? 毎回、べつの妖怪に餅をつかせる予定だったんじゃないのか?」
真宵は、ちょっと諦観の表情で、小声で返した。
「ええ。その予定だったんですけど、せっかく盛り上がっているんで、いいんじゃないでしょうか。」
できれば、たくさんの妖怪に参加してもらって、楽しんでもらえたらいいと考えていたのだが、ここで水を注すのも、野暮だろう。
結局は、皆が楽しんでくれるのが、一番なのだ。
しかし、そこに水を注す言葉を投げかけたものがいた。
もちろん、真宵ではない。
「うーん。たしかに、そこそこよくつけてるけど、そこまでのできじゃないよねぇ。」
「うんうん。七五点ってかんじ。 まあまあよくできました。ってとこだよねぇ。」
まわりの妖怪の視線が集まる。
そこにいたのは、太股が丸見えになるくらい短い丈の着物を着た女の子ふたり。
お尻にはポンポンみたいな丸い尻尾が飛び出しており、なにより、その頭にトレードマークともいえる大きな兎耳がついていた。
『望月兎』の月兎と玉兎である。
「おいしいけど、コレで満足しちゃ、向上心がないよね。」
「うんうん。ぜったい、もっとおいしくできるよね。」
けっこう辛辣な評価に、ふたりの入道がいきり立った。
「なんじゃとう。それなら、おまえたちは、もっとうまく餅をつけるとでもいうのか? 兎よ。」
「うーん。そりゃあ、できるよねぇ。」
「うんうん。できなきゃこんなこといわないよねぇ。」
「ほーう。おおきくでたのう。こんな細腕の兎が、わしらよりうまく餅がつけると言うとるぞ。見上げの。」
「ほほ。できるもんならやってみせてほしいのう。一つ目の。」
「はーい。みなさん。お餅つきは、楽しくやらなきゃダメですよー。」
ピリピリした空気に真宵はあわてて仲裁に入る。
喧嘩は祭の華。
なんて諺もあるが、ここでやられてはたまったものではない。
特に、見上げ入道や一つ目入道に暴れられては、店ごと潰されかねないのだ。
「ふん。どうせ口だけで、まともに餅などつけんのじゃろうて。のう見上げの。」
「おう。わしらよりうまくつけるなんて、あるはずなかろう。のう一つ目の。」
おさまりのつかない、ふたりの入道が吐いて捨てた。
しかし、兎娘も負けてはいない様子で返す。
「あら、だったら、次のつきては、あたしたちにやらしてもらおうかしら?」
「うんうん。ほんとにおいしーお餅を食べさせてあげるよ。」
完全に売り言葉に買い言葉状態だが、どちらも後には引かないようだ。
「えと、月兎さん、玉兎さん。大丈夫ですか? 杵はけっこう重いですよ。」
餅つきは女の子にもできないわけではないが、本気でやろうとするとけっこうな重労働だ。
見た目女子高生みたいな望月兎のふたりは、スタイルは抜群だが、筋肉や腕力がありそうには見えない。
「そうじゃぞ。いまなら、まだ、恥をかかずにすむぞ。のう見上げの。」
「そうじゃ。そうじゃ。恥はかきたくなかろう。のう一つ目の。」
入道たちが、笑った。
しかし、望月兎は意に介さない。
「だいじょうぶよ。餅つきは力だけじゃできないんだから。」
「うんうん。おいしいお餅は力任せじゃできないんだよ。」
自信満々で、兎耳をたてている。
「じゃあ、次は月兎さんと玉兎さんについてもらいましょうか。 えーと、手水をやってくれるひとは・・。」
真宵は、まわりを見渡す。
そこに、月兎たちとおなじようにふわふわ毛皮の、月兎たちより短い耳をたてた『ねこまた』の姿をみつける。
(あーん。ねこまたさん、きてたんだぁ。)
『ねこまた』は真宵がもっともお気に入りで、もっとも待ち焦がれている、もっとも密かな愛情を注いでいる妖怪である。
その姿もその尻尾もその髭も、そしてなによりその猫耳も、真宵の心を捕らえて離さない。
「じゃ、じゃあ、手水はねこまたさんに、おねがいできますか?」
特別扱いととられないように、冷静を装いながら、話しかける。
「にゃ?」
ねこまたは両手を広げて、掌をこちらに向けた。
(いやーーーーーん。 ピ、ピンクの肉球。かわいーー。ぷにぷにー。さわりたーい。)
真宵は小躍りしたい衝動を必死に抑える。
と、急に我にかえった。
「あ、その手じゃ、手水はやりにくいですよね。」
ぷにぷにの肉球はまだしも、その手はふわふわの体毛で被われている。
その手で、お餅を返したりしたら、餅に毛が混入するのは目に見えていた。
「だにゃ。」
ねこまたは笑った。
「じゃあ、私がさせてもらおうかねぇ。」
名乗りをあげたのは『ろくろ首』だ。
藤色の着物を着た妙齢の女性妖怪だ。
挙手ではなく、首を長ーーーく伸ばして、立候補した。
「よろしくね。月兎さん、玉兎さん。」
「こちらこそ、よろしくです。ろくろ首の姐さん。」
「うんうん。よろしくねー。」
「ほっほ。吠え面かかんとよいがのう。のう、見上げの。」
「ふふ。そうじゃのう。かかんとよいのう。一つ目の。」
ふたりの入道は、大きな声で笑った。
小一時間後。
「なんで、あんなにうまくなるんじゃろうか? 見上げの。」
「なんで、あんなにうまいんじゃろうか? 一つ目の。」
「わしらのより、うまかったのう。見上げの。」
「わしらより、うまくつけておったのう。一つ目の。」
二人の入道は、妖怪たちの輪から、離れた場所で小さくうずくまっていた。
「み、見上げ入道さんも、一つ目入道さんも、そんなに落ち込まないでください。おふたりのついたお餅もおいしかったですよ。」
真宵がみかねて、慰める。
ひざを抱えてうずくまる入道はいつもより小さく見えた。
というか、実際、小さかった。
いつもは山のように大きな身体を、二メートルほどに縮めて入店するのだが、いまのふたりは、真宵と同じ位の大きさまで縮んでいた。
(落ち込むと、身体も縮むのかしら?)
素朴な疑問を、心に浮かべる。
結果的に言えば、『望月兎』の圧勝であった。
彼女たちのついた餅は、入道たちのついたものより、格段に美味かった。
「お餅は力任せについただけじゃダメなんだよ。ちゃんと手水で裏返して、どの部分も均等につくようにしないと、仕上がりに差が出るんだから。」
「うんうん。それに、テンポも大事だよね。お餅は、時間が経つだけ固くなっちゃうし。スピード勝負だよ。」
ふたりの兎の正しさは、彼女たちのついた餅が証明していた。
「わしらの勝てる相手じゃなかったのう。見上げの。」
「わしらの負けじゃのう。一つ目の。」
『望月兎』
月で餅をつく兎の妖怪。
その名前も「もちつきうさぎ」からもじったものともいわれる。
餅をつくために生まれた、餅つきのスペシャリスト。
人間界にはこんな言葉がある。
『餅は餅屋』
何事においても、専門家にまかせるのが一番良いということのたとえ。
ならば妖異界においては、餅つきは望月兎にまかせるのが一番良いのかもしれない。
餅つきの宴は終わりに近づいていた。
読んでいただいた方、ありがとうございます。
餅つき大会、続いております。
次回で、終わる予定です。
今回は、入道コンビVS兎耳コンビです。
望月兎はあまり出番がなかったので、また出せてうれしいです。