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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第十二章 土筆
275/286

275 九尾はじめてのアルバイト4

登場妖怪紹介。

『銀狐』

狐妖怪。『九尾』の側近のひとり。

『管狐』の育成では右に出るものはいない。




妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

現在、店主は利き腕を負傷中。

大事に至る怪我ではないものの、調理には支障があり、そちらは他の従業員に任せている。

そこに思いもかけず、『葛の葉』という少女が店を手伝いに来ていた。




『九尾』の側近として名高い二人の狐妖怪『金狐』『銀狐』は、《カフェまよい》の暖簾をくぐった。


「いらっしゃいませー。すぐご案内いたします。少々お待ちください。」


店主の真宵の声が響いた。

店内は満席とはいかないまでも少々混雑気味だ。


「けっこう混んどるな。」


「何や、知った顔もけっこういてはるわ。やっぱり稲荷寿司のせいやろか。」


稲荷寿司の噂が広まっているのか、狐妖怪の姿が多い。

数の多い『管狐』はもちろん、『野狐ヤコ』や『妖狐』も何組か来ているようだ。

だが、皆、食べるのに夢中で、二人の正体には気づいていないようだ。


「いらっしゃいませ。」


「ああ。さっさと、席に案内しいや。客を待たすもんやな・・・・い!!?」


チクリと嫌味ひとつ口にしたところで、銀狐が言葉を失う。

隣の金狐も口を大きく開けたまま、固まっていた。


「あ。葛の葉ちゃん。」


「よい。この客は妾が案内しよう。」


「そう?奥の席が空いてるわよ。」


「わかった。」


ニンゲンの店主とやり取りする少女。

その少女の姿に銀狐と金狐は見覚えがあった。


「奥の席に案内する。こちらだ。」


接客と言うには多少不遜な態度で、奥の席へと誘う。


「・・・奥の席では不満か?」


「え?いいえ。と、とんでもない。」


「めっそうもない。」


葛の葉に問われ、ふたりはブンブンと首を振って否定した。

急いで、少女の後に続き、奥の席へと移動した。




「これがメニューだ。注文は決まっているか?」


まるで尋問でもしているような口調だ。


「あ、あの。稲荷寿司があると聞いたんですが・・・。」


「稲荷寿司だな。セットだと茶が付く。単品での注文も可能だ。どっちにする?」


「せ、セットでお願いします。」


「わかった。そちらは?」


「お、おなじものを。」


「『稲荷寿司セット』ふたつだな。わかった。すぐに用意する。」



葛の葉が席を離れたところで、二人は堰を切ったように喋りだした。


「ど、どうなっとるんや? あれ、玉藻前さまやないのんか?」


「ウ、ウチが知るわけないわ。そやけど、なんで、玉藻前さまが、こんなとこにいてはるの?しかも働いてるやなんて。」


「そやけど、いつもの妖気は感じんかったで?」


「髪もあの白金髪やないし、栗色みたいな色やね。・・別人やろか?」


「そんなはずないわ。あんなそっくりな姿、似すぎるのにも程があるやろ?」


「もしかして、誰かが化けてはるのちがいます?」


「アホ言いなや。そんなことして、玉藻前さまの耳に入ったらどうなると思うとるんや? 命があらへんで。」


「それもそうやね。狐にそんな無謀なもんがいてるはずないわなあ。・・他の妖怪の可能性はないやろか? ほら、この店には金長狸も働いてはったやないの。」


「ああ。あの喧嘩狸な。じゃあ、あいつが化けてるんやろか?・・・いや。それもないわ。金長は腕は立つらしいけど、若い狸やろ? 昔から因縁のある古狸ならまだしも、玉藻前さまのお姿を、あんなに詳しく知ってるはずないわ。」


「それもそやね。・・じゃあ、本物てことやの?」


二人は相手に気取られないよう、そっと視線を向ける。

葛の葉は無表情のまま、茶をどこかのテーブルに運んでいた。


「・・・やっぱり本物にしか見えへんわ。どないなってるの?」

金狐が嘆く。


「そやけど、周りの客は気づいてないみたいやで? 狐もぎょうさん来てるのに。」

銀狐がさらに疑問を投げかける。


「それはそうちゃいます? 狐妖怪なかでも、玉藻前さまのお姿を垣間見れるもんなんて、ほんの

一部やろうし。昔からお仕えしてるもんならまだしも、下位の狐なんか、お声すら聞いたこともないもんが多いん違いますやろか?」


「そうか。それもそやな。じゃあ、やっぱり本物か? 妖気は感じへんで。」


「そんなん、今の銀狐はんかて、バレへんように抑えてはるやないの。玉藻前さまが本気だしたら、誰にもわからんように化けるなんて簡単なことですやろ?」


「それや!それやのに、なんであんな中途半端な変化しとるんや。髪の色は変えてるけど、あとはお姿お声もほぼそのままやで? バレたくないんやったら、もっといくらでも方法があるやないか。」


「そやねえ。なんか深いお考えあってのことやと思うやけど・・。」


「そやから、その考えが何かって聞いとるんやないか!」


「そんなん言われても、わかるわけないやないの! ウチかて、さっきあのお姿を見たとき、心臓が止まるかと思うくらい驚きましたんえ。」


「そ、そやな。つい興奮してしもたわ。・・・そやけど、なんぼ考えてもわからんわ。なんで、玉藻前さまがニンゲンの店なんかで働いとるんや? 」


「・・・・・。」


二人はしばらく口を閉じ、考え込んだ。

だが、答えはまったくでそうにない。




「待たせたな。『稲荷寿司セット』ふたつだ。茶は煎茶になっている。」


そう言って葛の葉はテーブルに稲荷寿司ののった皿と湯のみを置く。


「では、ゆっくりしていくがいい。」


「は。はい。」


「ありがたく・・。」


もう、接客なのか命令なのかわからない言葉を残し、また席を去っていった。


テーブルの上には『稲荷寿司』がふたつ並んでいる。

期待に胸を膨らませていた『稲荷寿司』であったが、今は胸が一杯で、ふたりはうまく喉を通りそうになかった。




読んでいただいた方ありがとうございます。

アルバイト編つづきでございます。

次回も別の狐さんご来店予定です。


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