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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第十二章 土筆
268/286

268 真宵からの宿題2


妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

月曜の朝は忙しい。

土日が休みであるために、仕込みの量も多い。

また、一週間分の食材が人間界から持ち込まれるため、それを収納するだけでもひと仕事だ。

ただ、今日はそれ以外の理由で気合の入っている従業員が約二名ほどいるようである。






「おはようございます。」


「おはよう、マヨイどの。」

「おはようございます。」


真宵が厨房に入ると、すでにふたりの従業員の姿があった。

真宵が遅れたわけではない。

むしろ、だんだん夜が明けるのが早くなる時期なので、いつもより早いかもしれない。

だが、右近と金長の二人はすでに準備万端で待ち構えていた。


「気合十分ですね、ふたりとも。」


どう見ても、ついさっき厨房に入ったばかりという感じではない。

おそらく、だいぶ前から仕事の準備を整えていたのだろう。


「ああ。まあな。」

「手落ちがあってはいけないと思いまして。」


「では、さっそく、我々の料理をご試食いただきたいのですが・・・。」


「あ。それは、いいです。」


金長の申し出を、真宵はあっさり断った。


「あ、あの。試食はいいとはどうゆう・・。」


「試食は、開店前の賄いのときに皆でしましょう。」


「い、いや、しかし、それではもし、出来が悪い場合、作り直している時間がなくなりますが・・。」


二人は予想と違う真宵の返答に焦った。

予定では、まず真宵にメニューの構成や味を確認してもらい、微調整してから客に提供するつもりだった。

最悪、落第点を貰った場合はいつもどおりランチは真宵に作ってもらうことまで視野に入れていたのだ。

だが、その目論見は最初の一歩で脆くも崩れ去った。


「出来が悪くても、おいしくなくても、今日はそのままお客様にだします。もし、クレームがでたら、一言一句包み隠さず、おふたりに伝えるつもりなんで覚悟していてくださいね。」


金長たちとは対照的に、真宵はニッコリと笑顔を見せた。


「じゃあ、小豆あらいちゃんが来たら、先に餡子とお饅頭の仕込みをしてしまいましょう。それが終わったら、おふたりはランチメニューに専念するということで。・・ふふ。だいじょうぶですよ。お客さんもきっと喜んでくれますから。」


しかし、食べてもいない料理に関してだいじょうぶと言われても、さすがに安心できない。

右近と金長は複雑そうな表情で、顔を見合わせるのだった。








「おまたせしました。ご試食お願いします。」


店の準備も終わり、あとは開店を待つばかり。

そして、この時間は従業員の少し早い昼食を兼ねた賄いの時間である。

特別なことがない限り、昼の賄いはその日の『ランチ』の試食を兼ねている。

店の味を知ってほしいというのと、客に質問されたときに答えやすいようにと、慣例化されている。

今日の賄いも当然のことながら『ランチ』と同じメニュー。

ただ、今日のメニューは全て、右近と金長により考案、調理されており、真宵は一切、手も口も出していない。

二人にとってはある意味、試験と言ってもよいのでかなり緊張しているようだ。


「あ。美味しそうに揚がっていますね。いい色ですよ。この『コロッケ』。」


まず、ひと目見た第一印象を真宵は口にした。


二人が今日のメインに選んだのは洋食の定番中の定番、『コロッケ』だ。

出されるまで、手も口も出さなかったが、同じ厨房で仕事をしているので、だいたい何をしているは予想がつく。

最初に大量のジャガイモを茹で始めたとき、真宵は『ポテトサラダ』を作るのかなと予想した。

以前、二人の間でポテトサラダの味付けで意見が分かれて一悶着あったからだ。

そのときも結局、明確な優劣はつかなかったので、その決着をつけるのかと思ったのだ。

だが、予想はハズレ、二人が作ったのはコロッケだった。

金長は畑を借り、自ら栽培しているほど、ジャガイモに思い入れが強い。

右近も初めて自信を持って作れるようになった料理が『じゃがバター』だ。ジャガイモにはそれなりにこだわりがある。

そう考えれば、『コロッケ』というメニューは意外と二人にとって相応しいのかもしれない。


「今日のメニューは、白飯、豆腐とわかめの味噌汁、コロッケ、切り干し大根、それに、かぶのぬか漬けです。」


金長が丁寧に説明した。


「以前、真宵殿が揚げ物にはキャベツの千切りがよくあうと言っておられたので、付け合せとして組み込みました。」


金長の言うとおり、コロッケにはきれいに千切りされたキャベツが添えられている。

揚げ物にキャベツを添えるのは真宵もよくやる手法だ。

特に念を押して教えた記憶はないのだが、覚えていてくれたというのは師匠役の立場としてはうれしい。


「じゃあ、みんなでいただきましょう。」


配膳していた金長と右近も席につき、試食会も兼ねた昼食が始まった。




まず、真宵が手に取ったのは白いご飯とお味噌汁。

なんと言っても定食はこれが基本だ。

メインに気を取られて、このふたつをおざなりに作っているようでは、料理人失格だ。


「ん。おいしい。」


白飯はいつもどおりの炊き加減。ふっくらして甘みもある。

味噌汁の方も、そっくり店の味だ。

具はランチでよく出している組み合わせだが問題ないだろう。

いつもどおりのご飯と味噌汁だが、手を抜かずきっちり作っている。

真宵は心の中で合格の判を押した。


「さて。」


やはり問題はメイン。

コロッケは何度も作ったことのあるメニューだが、その時は真宵中心。二人はサポートにまわってもらうことが多かった。

真宵なしでどこまでできたのか楽しみだ。

コロッケは元々中身に火が通っているだけに揚げ加減はそこまで気にしなくてよい。

反面、油断していると爆発して衣が破れたりして、売り物にならなくなることもある。

真宵の分はもちろん、座敷わらしや自分達の分まできれいに揚がっているところを見ると、なかなかの成長具合が見て取れる。

見た目は合格。

ふたつ並んだ狐色のコロッケを見て、真宵は思った。


サクッ。


真宵が箸をいれると、軽い感覚が伝わってくる。

これだけで揚げ方に合格点をあげられそうだ。

テーブルにはソースも用意されていたが、まずはなにも付けないでいただくことにした。


「ん!」


最初に感じだことは「店の味と違う!」だった。

否定的な意味ではない。

店の味とは真宵の味だ。

祖母から受け継いだレシピそのままのものや、それを微調整したもの、真宵自身が試行錯誤して考え出したものなど色々あるが、全て最終的には真宵が判断して決めたものがこの店の味だ。

だが、このコロッケは店の味とは違うオリジナルだ。

正直、今までに作ったメニューをきちんと再現できれば合格点だと思っていたし、そういうものをだしてくるだろうと思っていたので、少々意表をつかれた。


そしてなにより、このコロッケ。

おいしい!


「牛肉コロッケですね。おいしいです。」


真宵が店で作っていたものは合挽き肉をつかっていた。

このコロッケはおそらく牛肉のみ。それもちょっと粗引きだ。

ホクホクしたジャガイモと、別に味付けした甘辛の牛肉。それにピリッとした黒胡椒がアクセントになっている。

真宵の作る家庭的な優しい味のコロッケと違い、かなり印象的な味だ。


(けっこうしっかり味がついているから、そのまま食べてもおいしいわね。あまりソースをつけすぎると辛くなりすぎるかも。)


ソースを手に取ると、慎重に数滴、のこり半分のコロッケに垂らしてみる。

さきほどの味にソースの深みが加わってまた違う美味しさだ。


(うん。これくらいがちょうどいいかも。)


黒胡椒も効いているので、つい、白いご飯に手が伸びる。

このコロッケ一個でご飯二杯くらい食べられそうだ。


ふたつのコロッケのうち、一つをペロリと平らげると、副菜の切り干し大根の味も確かめる。

こちらは真宵が作っているものを踏襲していた。

かぶの漬物も店に置いてあるぬか床を使って、ふたりが漬けたのだろう。

しっかりといつもの店の味だ。


「いい出来だと思いますよ。このままお客さんに出しても喜ばれると思います。二人とも頑張りましたね。」


「あ、ありがとうございます。」


真宵は笑顔で評したが、あることに気がつく。

真宵の言葉に金長は誇らしげな笑顔で応えたが、右近の方は、なにやらもの言いたげな表情だ。


「あの。右近さんどうかしました?」


真宵としてはかなりわかりやすい褒め方をしたつもりなので、右近が何故そんな不満そうな顔をしているのか理解できない。


「・・・、マヨイどの。できれば、俺のコロッケも食べて欲しいのだが・・・。」


「え?」


右近のもの悲しげな言葉に、真宵は戸惑う。


「あ、もしかして、このコロッケ、味が別なんですか?」


皿に盛られたふたつのコロッケ。

同じ形で同じ大きさ、同じように狐色に揚がっていたので、てっきり同じものがふたつ並んでいるのだと思っていた。

ふたりが真宵の反応を食い入るように観察しているのがわかったので、ひととおり味をみた時点で感想を述べたのだが、それが仇となったようだ。

現実として、真宵は右近のつくったコロッケだけに手をつけず評価してしまったことになる。

知らなかったとはいえ、それはさすがにかわいそうだ。


「ご、ごめんなさい。てっきり同じものだと思って。 食べさせてもらうわね、右近さん。」


真宵は急いで残ったもうひとつのコロッケに箸を伸ばす。


「あら?」


箸でコロッケを割った瞬間、それに気がつく。


「これ、もしかして『カボチャコロッケ』ですか?」


中から現れたのはジャガイモとはあきらかに違う黄金色こがねいろだった。

ジャガイモのホクホクした感じとは違うネットリとした繊維質。

紛れもなく『カボチャコロッケ』だ。

だが、驚いたのには理由がある。

真宵はこちらの世界で『カボチャコロッケ』を作ったことがない。

たしか『祖母のレシピノート』にも『カボチャコロッケ』は書かれていなかったはずだ。


「以前、マヨイどのが人間界ではジャガイモのかわりにカボチャをつかってコロッケを作ることがあると言っていたのを思い出してな。自分なりに作ってみた。ちょうど先週、『畑怨霊』がカボチャをたくさん届けてくれていたんで材料には事欠かなかったからな。」


「右近さんが自分で考えたんですか?」


これにはかなり衝撃を受けた。

真宵が教えた料理に、自分なりに味付けのアレンジを代えるくらいはできる腕前だとは思っていたが、まさか、見たことも食べたこともない料理を作ってみせるとは。

作り方は普通のコロッケと大差ないとはいえ、驚きだ。


「うん。味もいいですよ。」


カボチャ特有のネットリした繊維質がのこった食感が、金長の作ったジャガイモのコロッケとまた違うおいしさとおもしろさで舌を喜ばせる。

カボチャの自然な甘みを生かした味付けも、右近らしさがでている。

金長の印象的な味付けとは異なり、子供から大人まで受け入れやすい優しい味だ。


(こっちは、ちょっとソースを付けたほうがおいしいかも。・・・お醤油を数滴垂らしても合いそうね。)


金長のコロッケはしっかり味をつけていたので、そのままでもじゅうぶんおかずになったが、やさしい味の右近のカボチャコロッケは白いご飯のおかずにするなら、少しソースを足した方が食が進みそうだ。


「うん! おいしいコロッケが二種類楽しめるなんて、きっと、喜びますよ。お客さんの反応が楽しみですね。」


「ふむ。二人が作ったにしてはなかなかの出来だな。」

「両方、ウマイゾ!!」


座敷わらしと小豆あらいも満足のいく味だったようだ。

それを聞いて、右近と金長は、今度は揃って誇らしげに微笑んだ。

しかし、数拍おいて、金長が真面目な顔で尋ねてくる。


「あの。もしよろしければ、改善点があれば教えて欲しいのですが・・。」


「ああ。そうだな。評価してくれるのはありがたいが、いくらなんでも満点がもらえるとは思っていない。問題点があれば率直に言ってほしい。」


右近もそれに同調した。


「問題点ですか?」


うーん。と真宵は考え込んだ。

特に、これがダメ!というほどのものはないが、あえて難点を探すとなると・・。


「そうですねえ。問題点、ってほどじゃないかもしれませんけど、次に同じものを作るなら、コロッケの形は変えたほうがいいかもしれませんね。」


「かたち・・ですか?」


どうやら思ってもいない指摘だったらしく、金長が首をかしげた。


「ほら。せっかく二種類の味をつくったのに形も大きさもほとんど同じでしょう?」


「ええ。」


真宵が以前作ったコロッケも同じくらいの大きさで同じ小判型だった。

それをそのまま真似たのだろう。

おそらく、ふたりとも。


「私もさっき気がつかなかったですけど、揚げ物って揚げちゃうと見分けがつかなくなるんですよね。忙しいランチタイムだと、気をつけないと鍋で揚げてるうちにどっちのコロッケかわからなくなる危険がありそうですよ? お客さんに出す前に割って中身を確認するわけにもいかないし。」


「ああ。そういうことですか。」


金長がポンと手を鳴らし納得する。


「ですから、今度作るときは片方が小判型なら、一方をまん丸な円盤型にするとか、俵型にするとか。あと、大きさをちょっと変えるとかして、ひと目で判別できるようにした方が失敗が防げていいと思います。」


「なるほど。それは盲点だった。」

右近も納得する。


おそらく練習しているときは、そこまで一度に大量のコロッケを揚げることはなかったのだろう。


「あと、アドバイスするとなると・・、彩り、ですかね?」


「彩り?」


「ええ。」


コロッケに千切りキャベツ、副菜の切り干し大根に味噌汁。

揚げ物をやるとよくおこることだが、ほとんど茶色で埋められてしまう。

ダメだとは言わないが、ちょっと彩りが欲しくなるのも確かだ。


「そうですね。今日、人間界からプチトマトを持ってきてるんで、ランチでお客さんに出すときは、それを添えましょうか。」


「ぷちトマト・・。ああ、あの小さな子供みたいなトマトか。真っ赤なやつ。」


揚げ物の皿に、真っ赤なトマトや緑のパセリを添えるのは定食屋さんでよく見る光景だ。

手軽だし、それだけで彩が大きく変わる。


「彩りか・・。」


「赤いトマトを付けると良いのですか・・。」


右近と金長のふたりは興味深そうに考え込む。


こちらの世界ではトマトはまだ馴染みのない野菜で、赤や黄色が鮮やかなパプリカも紫キャベツもない。

料理に色彩感覚を取り入れるということが少ないのかもしれない。

しかも、右近も金長もそういった美的感覚のようなものはあまり得意ではない。

とくに右近はそういったセンスは壊滅的だったりする。

このあたりにあまり過度な期待はしないほうがいいのかもしれない。

当然、客の妖怪も、そこまで彩を気にして食べてはいないということでもあるのだから。



「それくらいですかね。お店の料理としてだして通用するレベルだと思いますよ。さ。冷めないうちにいただきましょ。あまりゆっくりしてると、開店時間になっちゃいますよ。」


まだいろいろ話をしたい気持ちもあるが、あまりゆっくりもしていられない。

今日は月曜日。

もうすぐ店にはお腹のすかせた妖怪たちが集まってくるのだ。



(それにしても・・・・。)


真宵はそれ以上は何も言わなかったが、心中いろいろ考えていた。


(ふたりとも、ここまで腕を上げてきてるとは思ってなかったわ。これは、うかうかしていられないわね。)


真宵の期待は、店で出すランチをふたりで考えて真宵の手助けなく作る。その程度のものだった。

週末の休みを含み四日間考え試作する時間があったとはいえ、ここまで「自分の料理」を作ってくるとは思っていなかった。

真宵自身、まだ祖母のレシピに頼り、人間界で情報収集し、そのアドバンテージで教える立場にあるに過ぎない。

あまりウカウカしていると、二人に料理の腕で追い越される日が来てしまいそうだ。


(私も頑張らなくちゃ!)


そんなことを思いながら、真宵は二人の成長に大満足していた。









読んでいただいた方ありがとうございます。

宿題編つづきでございます。

二人が出した回答は『コロッケ』でした。

美味しいですよねー。コロッケ。

揚げたてが最高だと思うんですが、家でやると油の後始末が面倒くさくて、ついスーパーのお惣菜コーナーで手が伸びてしまったり・・。

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