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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第十一章 薄氷
260/286

260 宴

登場妖怪紹介。

『虚空太鼓』

太鼓の付喪神。

大太鼓から鼓まで、太鼓関係ならなんでもござれの太鼓妖怪。

お祭り好きのナイスガイ。



妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

定休日は土日。

正月や盆などを除き、基本的に平日は営業日となっている。

ただ、何事にも例外はつきもののようである。




「うーん・・・。」


店主である真宵はまだまどろみの中でいた。

電気製品のないこの世界では、目覚まし時計もそれに代わるスマートフォンもない。

朝は自分で自発的に起きないといけない。

ただ、一年近く毎日のように店をやっていると体の方が慣れてくるようで、特になにかに起こしてもらわなくとも、明け方近くになると、たいてい自然に目が覚める。

そう、たいていは・・・・。


「マヨイ。そろそろ起きてくれるか?」


「ん。あれ?もう、朝? ごめ・・・ん?」


座敷わらしの声に促され、じんわりと瞼を開けると、急に意識がはっきりした。


明るい。


いつもより明るいとか、立春を過ぎたので夜が明けるのが少しずつ早くなったとか、そういうのではなく、ハッキリ明るい。そう、昼間のように。


「ざ、座敷わらしちゃん、今何時?」


急いで布団を跳ねのけると、部屋の隅にいた幼女に尋ねる。


「そうじゃな・・、ちょうど、中天といったところか。」


「ちゅ、中天って、お昼の十二時ってこと?! なんで、起こしてくれなかったのよ?!」


寝坊して学校に遅刻しそうになった中学生のような台詞をつい口にしてしまう。

それにしても、昼の十二時とは寝坊も過ぎる。

仕込みの時間はおろか、開店時間もすでに過ぎていた。


「き、昨日、そんな、夜更かしした覚えはないんだけど・・。」


こちらの世界にはネットもテレビもない。

夜更かししてまでするようなことは特にないので、たいてい夕食と入浴をすませると、すぐに寝てしまう。

昨日もそうだったはずだ。


「ああ。こやつのせいじゃ。」


真宵の布団の中から、なにやら動物のようなものが出てくる。

タタタと小走りで座敷わらしの方へと駆け寄った。


「それって、たしか獏さん?」


象のように長い鼻をした小型犬くらいの動物だ。

名前を『バク』。

夢を食べるあの獏である。

以前、真宵が亡くなった祖母のことで、夢見が悪く落ち込んでいたときに、座敷わらしが呼び寄せてくれた。

だが、ここ最近、悪い夢を見たという覚えはない。


「ああ。こやつの能力のひとつでな。ニンゲンを深い眠りに誘える。ちょっと訳があって、マヨイに寝坊させてもらった。」


「ね、寝坊させたって、わざと? なんで、そんなことするの?」


おかげで、パニックだ。

今日の店の営業がどうなることか。


「まあ、それはすぐわかる。身支度をしたら、店に来い。皆が待っている。」


そう言うと、座敷わらしは獏を抱き上げ、部屋から出て行こうとする。


「オイ! この獏さまにお礼の言葉がないぞ!」


座敷わらしの腕の中で、獏は不満そうに声を上げた。


「なにが礼じゃ。マヨイの布団に潜り込んで、一緒に寝ていただけじゃろうが? 約束どおり、飯と菓子は食わせてやる。文句を言うな。」


そのまま出て行こうとする座敷わらしを真宵が引き止める。


「ちょ、ちょっと。なにがなんだかわからないわよ。どうゆうこと?」


しかし、座敷わらしは何も説明してはくれなかった。


「よいから、さっさと支度をせい。身支度もひとりでできぬほど子供でもなかろう?」


「・・・。」


実際年齢はいくつか知らないが、見た目は幼い女童の妖怪に、そうんなことを言われては立つ瀬がない。

真宵は仕方なく、急ぎがちに支度を整えるのだった。





「いったいなんなの?」


やっと身支度を整え、厨房までやってきたが、そこに右近の姿も金長の姿も小豆あらいの姿もない。

水瓶の上の沢女やかまど鬼はいるが、なにも語ってはくれなかった。

釜戸やテーブルには調理の後が窺え、どうやら、なにかしら仕事はしていたようだ。

しかし、お昼時のはずなのに客席からは声が聞こえてこない。

真宵には何がどうなっているのかまったく見当が付かなかった。


「こっちじゃ。」


座敷わらしに促され、客席の方へと向かう。


すると・・。



「「「おめでとう!!!!」」」


「え?」


静かで誰もいないと思っていた客席には満員に近い妖怪たちでいっぱいだった。

それも、見慣れた常連の顔ばかり。

『ぬらりひょん』『河童』『見上げ入道』『一つ目入道』『花街の三美女』『雪女』『オシラサマ』『山童』、あげていけばキリがないが、皆、見知った妖怪たちだ。


「あ、あの、これってどういう?」


真宵が目を白黒させていると、女郎蜘蛛が代表して説明してくれた。


「ふふ。おどろいた? ニンゲンていうのは、こうやって生まれた日を祝うんでしょう?」


「え?誕生日?」


たしかに、明日の土曜日は真宵の誕生日だった。


「皆でこっそり話し合ってね。けっこう前から計画していたのよ。でも、土曜日はまよいちゃん、こっちの世界にいないでしょう? だから、今日、祝うことにしたのよ。おめでとう、まよいちゃん。」


「そ、それで、こんなに?」


パッと見ただけで、三十人以上は集まっている。


(やだ。泣きそう。)


この年齢になると、こんなにひとに集まってもらって誕生日を祝われることはあまりない。

それに、こういったサプライズパーティーを企画されるのは生まれて初めての経験であったりする。


「ほら。こっち座って。主役なんだから。」


客席には、すでに様々な料理が並べられていた。

どれも、真宵が店のランチや賄いで作ったことのあるメニューばかりだ。

おそらく、右近と金長が朝から腕を振るってくれたのであろう。


「あ、あの、これは・・。」


真宵に用意された席は特等席だ。

一応、主役扱いなのだからそれはわかるが、解せないこともある。

真宵の席の前は、テーブルも椅子も片付けられており、ただっ広い空間がひろがっている。


「ふふ。見ていればわかるわ。じゃあ、始めるわよ。」


真宵にはわけがわからないまま、女郎蜘蛛の仕切りで何かが始まった。


トン! トントントン! トン!


小気味のいい音が、店に響いた。

先程まで騒いでいた妖怪たちも、息を呑んで見守った。


(あれ?虚空太鼓さん?)


音の主は、以前、夏祭りで世話になった太鼓の妖怪『虚空太鼓こくうだいこ』だ。

前は大きな太鼓を担いで来てくれたが、今日はつづみだ。

浅黒い肌の青年妖怪が手を打ちつけるたびに、澄んだ音が響き渡る。


ベン! ベンベン!


今度は、違った音が加わった。

この音は知っていた。

前に店で披露してくれたことがある。

見るとやはり、そこには知った顔があった。

ちょと頑固そうな老人と、ちょっとしょぼくれたような困ったような顔をした老人。『海の管理人』こと『海座頭』と琵琶の付喪神『琵琶牧々』だ。


さらに音が加わる。


トントン、シャン。シシャン。


流麗な筝の音が、琵琶や鼓に負けじと激しさを増していく。


(たしか、琴古主さんだったっけ?)


最近、よく来てくれる筝の付喪神『琴古主』という品の良い女性妖怪だ。

『毛娼妓』の筝の先生でもあると聞いている。


ジャン!ジャジャン!


さらに加わったのは三味線の音だ。

こちらの奏者は知らない妖怪だった。

小柄な老人で、老人とは思えない力強さで三味線の撥を操っている。


ここまで和楽器が揃うと迫力がすごい。

ここらへんの知識には疎い真宵にもわかるくらい、皆、かなりの腕前だ。



『とうとうたらりたらり。たらりあがりいららりどお。』


そこに突然、低い声が楽器の音に乗せて挿入された。


(この声どこかで・・。)


おそらくなにかの唄か、詞の一節なのであろうが、真宵にはよくわからない。

だが、この低く響く声にはどこか聞き覚えがあった。


(まさか、金長さん?!)


姿は見えず、どこで唄っているのかわからなかったが、ちょっとドスのきいた、腹に力が入った低音はあの狸妖怪の声だ。

唄にすると普段とはあまりに印象が違うため、一瞬わからなかったが、たしかにそうだ。

カラオケボックスなどあるはずもない世界なので、金長の唄など初めて聴いたが、これまたなかなかのものである。


さらに驚きは続く。


どこからか、平安貴族のような衣装を着た人物が現れ、音楽と唄にあわせ、舞を披露し始めた。

能?狂言? たぶんそういった古典的な舞であろう。

ダンスのように激しくはなかったが、流麗な見事な舞だ。


面を付けているため、その人物が誰かわからなかったが、その面の方に見覚えがあった。


(面霊気さん。)


真宵はチラッと、店の隅に目をやる。

やはり、いつもそこの壁にかかっている古びた面がない。

今、舞を舞っている人物が装着しているものが、翁の面の付喪神『面霊気めんれいき』なのだろう。


(すごい。)


こういった伝統芸能にはあまり触れたことはなかったのだが、こんな至近距離で見ると、ひきこまれそうな迫力がある。

惜しむらくは、いまいち内容が理解できていないことであろう。

金長の唄はすばらしいが、内容は古い言葉遣いのオンパレードなのでほとんど理解できない。


ヨーーオーーーッ。


ドン!

シャン!

ジャン!

ベベン!

トン!


最後に金長の声にあわせ、全ての楽器が拍子を合わせ締めくくる。

一瞬、空間が静まり返ったと思うと、次の瞬間、怒涛のような拍手が巻き起こった。


「オオオオオオオーーー!!」


当然、真宵も手が痛くなるほど、惜しみない拍手を贈る。

そんななか、奏者たちが真宵の元へと集まってきた。


「ご生誕の日、おめでとうございます。」

「おめでとう。」

「やれ、めでたいかな。めでたいかな。」

「おめでとうございます。」


海座頭を皮切りに、皆が祝いの言葉を述べる。

真宵は思わず恐縮して、立ち上がると大きく頭を下げた。


「あ、ありがとうございます。あんなすごい、演奏・・? 舞台? を見せていただいて感動してます。」


「いえ。こちらもなかなか楽しゅうございましたわ。こんな面子、なかなか集まるものでもないですからね。」


琴古主が上品に笑う。


「ああ、いちおう紹介しておく。初対面のものもおるじゃろうしな。」


隣にいた座敷わらしが言った。


「右から、海座頭、琵琶牧々、三味長老、琴古主、虚空太鼓じゃ。まあ、それなりに有名な楽士妖怪たちじゃ。」


「今日はありがとうございました。」


知らない三味線の妖怪は『三味長老しゃみちょうろう』というらしい。


「ああ、金長は紹介するまでもなかろう?」


「え?あれ、やっぱり金長さんだったの?」


結局、最後までどこにいたのかわからなかった。

虚空太鼓の後ろから、そっと姿を現す。


「いや。お恥ずかしい。真宵殿の祝い事なので、なにかしらのかたちで感謝の気持ちを伝えたかったのですが、練習不足で拙い出来でした。」


「ううん。すごい素敵でした。とてもいい声で。」


社交辞令でなく真宵はそう思っていた。


「人前で唄うと緊張しそうなので、影で参加させていただきました。いや、唄と言うのは難しい。」


「いや、唄も演奏も素晴らしかったのじゃああああ!! わしは、わしは、いま、モーレツに感動しておるぞおおおおおお!!」


どういう仕組みになっているのか解らないが、木の面から、ボロボロと大量に涙を流しながら、面霊気が叫んだ。


「め、面霊気さんの舞も素敵でしたよ。」


面霊気のテンションに、少し引きながらも真宵が言う。


「そ、そうかああああ? わしは、わしは嬉しいぞおおお。また、舞台に立てるとは思ってもおらんかたあああああ!!」


「えええい!うっとおしい。ひとの顔の前で泣くな。わめくな。叫ぶな。」


そう言って、装束の人物は、顔から面霊気をはずす。

そして、その顔にも声にも真宵は覚えがあった。


「右近さん?」


面霊気の面の下からでてきた顔は、あの烏天狗の顔だった。

渋い顔で眉間に皺を寄せて少々不機嫌そうではあるが、いつもの右近である。


「あれ、右近さんが踊っていたんですか?」


金長の唄よりもさらに意外な事実に、真宵は驚きを隠せなかった。






読んでいただいた方ありがとうございます。

最初にお詫びを・・。

今回と次回、内容がけっこう無茶苦茶です^^;。

楽器系の妖怪を集めて宴を催したら楽しいだろうなーなどと前々から考えていた話なのですが、ちょうどいいから面霊気とあわせて能の舞台みたいにしようと思ったのがそもそもの間違いだったようで・・。

『翁』という演目があることは知っていたので、シテ方、ワキ方、狂言方なんかをそれぞれ右近や金長にわりふってみようなんて、身の程知らずなことをかんがえてましたら・・・。

・・・・難しすぎました。ちょっと調べたくらいで能がどんなものかなんて理解できるはずもなく^^;

その上、調べるうちに致命的な事実が・・。

琵琶は能にはつかわない。というか、琵琶が基本的に独奏しかしない。らしいです。

教養のあるひとなら知ってて当然なんでしょうが、全然知りませんでした^^;。

普通に海座頭に琵琶で合奏とか、競演とかさせちゃってました。お恥ずかしい。

もう、修正きかないのでそのままになってます。

ご容赦ください。

ああ、見切り発車はダメですねえ^^;。


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