26 モチツキキネツキ続続 鞍馬山から
人間界とは別の妖怪たちの棲む世界、妖異界。
ひょんなことから異世界で甘味茶屋を営むことになった真宵まよい。
剣も魔法もつかえません。
特殊なスキルもありません。
祖母のレシピと仲間の妖怪を頼りに、日々おいしいお茶とお菓子をおだししています。
ぜひ、近くにお寄りの際はご来店ください。
《カフェまよい》 店主 真宵
本日は餅つき大会を実施しております
餅つき大会は続いていた。
臼のところでは、『見上げ入道』と『一つ目入道』がすごい迫力で餅をついている。
鞍馬山の烏天狗右近は一時的に真宵と離れて、ある集団のところへ向かっていた。
(いったい、なんであんなに来てるんだ?)
右近の視線の先には、右近とおなじ装束を着た妖怪たちが集団をつくっていた。
全員、人間とおなじ姿をしていたが、烏天狗である。
「あっ。右近さんだ。右近さーん。」
集団のひとり、清覧が右近に気づいて手を振る。
右近に比べて若い烏天狗であるが、伝令や通達を担当しているせいもあり、接する機会が多かったのと、おなじ《カフェまよい》の常連であることから、話す頻度が増えていき、いまでは、まあ、親しい先輩後輩という間柄である。
「清覧か。ずいぶん団体で来てるんだな。」
若干、言葉の中に棘があったのだが、天真爛漫な清覧は気がつかない。
「そうでもないんですよー。みんな来たがっていたんで、クジで休みを決めたんですから。結構な倍率だったんですから。」
清覧は胸を張る。
つまり、清覧はその高い倍率を潜り抜け、ここにいるという訳だ。
「仕事のほうは大丈夫なのか? こんなに大量に抜けて。」
「はい。僕らは右近さんと違って下っ端なんで、最低限の数が勤務してればなんとかなるんです。なにかトラブルでも起きれば集合がかかりますけど。」
そうゆうものなのか。
右近の鞍馬山での立場は、人間界でいうなら幹部候補生のようなものである。
権限も増えるが、それについてくる責任や重圧も大きい。
今日、この餅つきに参加するため、連日残業して時間を作った右近にしてみれば、いろいろ複雑な思いだ。
「で、おまえはなんでいるんだ?」
清覧の隣で、すっとぼけていた同僚に冷たい視線を送る。
「あ、ああ。まあせっかく招待いただいてたんでな。来ないのも失礼じゃないか。」
烏天狗の古道である。
古道は、右近の同僚で、立場的にはほぼ同じ。清覧と違って、責任ある立場である。ホイホイ休みを取って出かける立場ではないはずだ。
しかも、右近と違って今日のために残業していた気配はなかった。
「仕事はどうしたんだ。仕事は。 おまえは今日は休みじゃなかったはずだろう?」
「え?古道さん、お休みとったんじゃなかったんですか?」
清覧にも言っていなかったらしい。
古道は冷や汗をたらしながら、言い訳をはじめる。
「し、しかたないだろ! 天狗の大将がいなくなっちゃったんだから!」
「師匠が?」
師匠とは、鞍馬山の主である大妖怪『天狗』のことである。
烏天狗からすれば、師匠であり上司にあたる。
仕事嫌いでサボるのは常習だが、鞍馬山からいなくなるのは珍しい。
「大将がいなきゃ、進まない仕事ばっかりだし、俺らだけで顔つき合わせてたって不毛だろ?だから、最低限の人数を山に残して、皆で招待を受けることにしたんだよ。」
「そういうことか。まったく・・。」
右近は頭痛を感じて、こめかみをおさえた。
仕事もせず行方をくらました師匠も師匠なら、だからといって、大挙して餅つき大会に繰り出す弟子たちも弟子たちだ。
自分が連日、残業して、時間を作ったのが馬鹿らしくなってきた。
「ねえねえ、右近さん。それより、もうお餅食べました? 何種類食べました? 何味で食べました?」
清覧が身を乗り出して詰め寄ってくる。
「あ、ああ。三つほどいただいたが・・。」
「えええ。三つも食べたんですか? いいなー。 僕まだ一個しか食べていないんですよ。」
「俺もまだひとつだ。 あの磯辺とかいう醤油と海苔で食べるヤツを食ったが、うまかった。」
古道が言った。
「ええ? 古道さん甘い餡子で食べなかったんですか?」
《カフェまよい》のメニューといえばおはぎが一番だと疑わない清覧にしてみれば、意外な選択だ。
「ああ、甘いものもうまいが、持ち帰りのおはぎとかでも食べられるしな。 それにあの磯辺とゆうやつ、ただの醤油じゃなくて、ちょっと砂糖を加えた砂糖醤油になってるんだ。 甘塩っぱくて、醤油の香りも効いて、最高だったぞ。」
「ええ?」
「ああ、俺も大根おろしと醤油でたべるからみ餅っていうのを食べたが、うまかったな。大根の辛味と醤油で食欲が増す。 あと大根には胃の消化を助ける成分が含まれているそうだ。食いすぎても胃もたれしにくいそうだぞ。」
「ええ?」
清覧は混乱してわめきだした。
「なんで、そんな迷うこと言うんですか! 次、何食べたらいいか、ますますわかんなくなっちゃったじゃないですか。」
「好きなのを食えばいいだろう?」
「ああ、最初につぶあんで食べちゃったのがマズかったかな? でも、僕、おはぎのなかで一番つぶあんが好きだし、だいいち、すっごいおいしかったし。 醤油のやつは甘くないから選択肢から除外していたのに、そんなにおいしいのなら食べたくなるじゃないですか! ああ、次はあの薄緑色の餡子で食べようと決めてたのに、ああ、どうしよう・・・。」
清覧は本気で頭を抱えている。
「薄緑色? ああ、ずんだ餅のことか。」
右近がポロッとくちばしる。
「ええ? まさか、右近さん、もう食べたんですか? どうでした?どんな味でした?おいしかったですか?」
「うーん。なんというか、おもしろい味だったな。 枝豆っていう大豆の未成熟な状態のもので作った餡子らしい。 マヨイどのも言っていたが、好き嫌いが分かれる味らしいな。ちよっと青味があって、甘い味とあってるようなあっていないような。抜群にうまいとは思わなかったんだが、なにか癖になるような味だった。」
「えーっ。ますますわからないですよ、それ。 好き嫌いが分かれるって、どうしたらいいんですか? 僕、好きかもしれないじゃないですか? でも、もし嫌いだったら、ショックだし。右近さん、どうしたらいいとおもいます?」
「知るか。好きにしろ。・・ああ、でも、マヨイどのが、ずんだは定番メニューにはいれないようなこと言っていたな。今日を逃したら、当分食べる機会はないかもしれんな。」
「ええーーー???」
清覧はますます混乱して、パニックを起こしかけている。
「ね、ねえ、右近さん? 餅つきって、あと何回くらいするんですかね?」
「さあな、まだ何回かはする予定みたいだったが、日没前には撤収完了するつもりだろうから、回数は限られるだろうな。」
「それって、あと六回もは、やりませんよね?」
「それはそうだろう。そんな時間はないと思うぞ。」
「じゃあ、全部の味をためすなんて無理じゃないですかーー。どうしたらいいんですかーー。」
右近は呆れて突き放す。
「好きにしろ。 それじゃあな。」
右近は、二人に背を向けた。
「もう、行くのか?」
古道が尋ねた。
「ああ、マヨイどのに、あとでまた手伝うと言ってきたからな。」
右近は軽く手を振って、その場をあとにした。
(よく見ると、他にも来てるな。)
先ほど、古道や清覧がいた烏天狗の集団以外にも、他の妖怪たちに混じってちらほら烏天狗の姿が見える。
(全部で二十人近く来ているんじゃないのか?)
そこに、自分もいるとはいえ、妖異界の自警団のような役割の鞍馬山の面々が、こぞって仕事を休んで集まっているというのは、なんともいいがたい状況だ。
(それもこれも、あの師匠がいいかげんなせいで。。)
不意に、右近の足が止まる。
右近の視界の先に、見慣れない妖怪がいた。
少し腹の出た中年妖怪で、真剣に、餡子や大根おろしの並んだテーブルを凝視している。
(なんで、こんなとこに・・・。)
右近は、早足で見慣れぬ妖怪の方へと歩き出した。
「うーむ。餡子だけでもこれだけ種類があるのか・・。次はなにで食うべきか・・。」
ブツブツと独り言をもらす妖怪の手を右近がガシっと掴んだ。
「な、なんですか?アナタは?」
中年妖怪は、驚いて言ったが、右近はしかめっ面のまま、腕を放さない。
「ちょっと、来てください。」
ぐいぐいと腕を引っ張っていく。
「な、なんですか、アナタ。ワ、ワタシになにか用ですか?」
それでも、右近は離さず、皆から少し離れた場所まで連れて行くと、声をころして、詰め寄る。
「なんで、こんなとこにいるんですか?」
中年妖怪はとぼけた顔で、言う。
「ナ、ナンデ、といわれましても、招待されたから来たんですよ。」
「嘘をつきなさい。あなたが招待されているわけないでしょう?」
「シ、シツレイですね。初対面の相手になんてことを言うんですか。」
右近は、鋭い視線を相手にぶつける。
「いつまで、猿芝居を続けるんです! とっくにばれているんですから、観念しなさい、師匠!」
すると、中年妖怪は、眉間にしわを寄せ、渋い顔をすると声も口調も変わる。
「・・・・、なんでわかった? 完璧な変装じゃったのに。」
彼は、右近の師匠であり上司。鞍馬山の主、『天狗』そのひとであった。
右近は変装した自分の師匠をにらみつけ、天狗はとぼけた顔で視線を外していた。
「古道から行方をくらましたっていうのは、聞いていましたが、なんでこんなところにいるんです? さっさと御山に帰ってください。」
「む。なんでじゃ。今日は餅つき大会なんじゃろう? こんな祭りをワシ抜きでやろうなどど、不敬にもほどがあるじゃろう!」
はぁ。右近はため息をつく。
「あのですねぇ。 今日のは《カフェまよい》の常連を招いてやっているイベントなんですよ。アナタはこの店の客じゃないでしょう?」
「な、なんじゃとぉ。」
天狗は憤慨する。
「ワ、ワシがここのおはぎを何個食ったとおもっておるのじゃ!? 」
「それは、俺や他の烏天狗の土産を強奪しただけでしょう! そうゆうのは世間じゃ客とは言わないんです。」
右近は冷たく突き放す。
「むむむ。」
「はやく、御山に帰って、仕事をしてください。師匠がサボるから、仕事が進まないって古道たち烏天狗まで、遊びに来てるんですよ。」
「な、なんじゃと!ずいぶん弟子たち烏天狗の姿が多いとおもっとたら、あやつらサボっておったのか。けしからんやつらじゃ!」
「師匠が言えた義理じゃないでしょう!」
右近は再び大きくため息をつくと、天狗に問いただした。
「だいたい、どうやって今日が餅つき大会だって知ったんです? 耳には入れてないはずですよ。」
「そんなもの、ワシには全部お見通しじゃ。」
「・・・、どうせ千里眼で見つけたんでしょう?」
天狗はギクリと眉を動かす。
『千里眼』 天狗の持つ神通力のひとつで、千里先の光景を自由に見ることができる。
「そうゆうことにつかわないで、仕事につかってくださいって、いつも言っているでしょう?」
「フ、フン。ワシが自分の神通力をなんに使おうとワシの勝手じゃ!」
「はぁ。わかってますよ。店の中まで入ると、迷い家に正体がばれますからね。 野外でやってる餅つきなら、正体ばれずにすむと思って、飛んできたんでしょう?」
「な、なんでわかるんじゃぁぁぁ。」
右近はさらに大きなため息をつく。
この天狗は、普段の行動はいい加減なくせに、プライドだけはひといちばい高く、大妖怪である自分が飯や菓子のために、人間の営んでいる茶屋に足を運ぶのを恥だと考えている。
しかも、それを昔から遺恨のある『遠野』の古参妖怪にバレるのを、死ぬほど嫌がっていた。
そのくせ、おはぎやまんじゅうには目がないというからタチが悪い。
「私にバレるくらいだから、もう、迷い家や座敷わらしにもバレているかもしれませんよ。さっき、オシラサマの姿も見えましたしね。」
「むむむ。ま、まさか、ワシの変化がそう簡単に見破られるワケが・・。」
本気で悩む天狗に、怒る気も失せた右近は、あきらめたように言う。
「・・・わかりました。いまさら帰っても、鞍馬山は出払ってるでしょうし、今日は自由にして結構です。そのかわり、明日は今日の分まで働いてくださいね。」
「むう。しかたあるまい。」
天狗は渋々承諾した。
「それじゃあ、私は約束があるんで、もう行きます。」
右近はその場を離れようと踵を返した。
「まて、右近。ひとつだけ聞きたいことがある。」
天狗が呼び止める。
右近は嫌な予感をしながらも応じた。
「・・・なんですか?」
「あの、餡子とか醤油とか大根おろしとか、どれが一番うまいのだ?」
右近は必死にめまいをこらえた。
まさか、自分の師匠が後輩の天然烏天狗、清覧と同レベルの精神年齢だったとは・・。
右近は、言いたい事を全部飲み込んで、清覧に言ったのと同じセリフを返した。
「好きにしてください。」
餅つきの宴はまだつづいている。
読んでいただいた方、ありがとうございます。
ひきつづき、餅つき大会です。
内容的には、「鞍馬山にて」 の番外編ですね。
おはなしちゅうに、ずんだ餅を、「好き嫌いのわかれる味」「食べなれない味」等の微妙な表現をしていますが、他意はありません。
自分的には嫌いじゃないです。
もし、「餅はずんだが一番好き」 「あんなうまい食い物ねぇぞ。ゴルァア」とかおもった方がいらっしゃいましたら、スミマセン。