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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第十一章 薄氷
251/286

251 黒い狐と豆腐と油

登場妖怪紹介。

『豆腐小僧』

『古都』で豆腐屋を商う少年姿の妖怪。

週に二回ほど《カフェまよい》にも配達している。


妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

開店は中天から少し前。

人間界でいうところの午前十一時くらいである。

従業員たちはそれに備え、暗いうちからその日の仕込みを始めている。

客が来るのは開店にあわせてであるが、朝早く訪れる妖怪たちもいたりする。





「おはようございますっ。すいやせん、開けていただけますかい?」


朝の仕込みでせわしない《カフェまよい》の厨房に勝手口から子供の高い声が響いた。


「あら、豆腐小僧さんね。ごめんなさい、金長さん、ちょっと開けてもらえます?」


「承知しました。」


ちょうど、右近とふたりで今日の『おはぎ』を作っていたため、両手がつぶ餡まみれだった真宵が金長にお願いした。

『豆腐小僧』は都で豆腐店を商っている妖怪だ。

週に一度か二度、店まで豆腐を配達してくれている。

豆腐はやはり新鮮なほどおいしいので、人間界から無理に持ち込まずにすんで重宝していた。


「いつも配達、ごくろうさまー。」


おはぎの形を整えながら、真宵が言った。

食材を配達してくれる妖怪は豆腐小僧の他にも何人もいたが、とくに用事がなければ、ニ、三言、挨拶を交わす程度で済ますのがいつものことだ。

朝のこの時間は開店準備で忙しいし、それはおそらく店をやっている豆腐小僧も同じだろう。

しかし、今日はなにやら様子が違った。


「あの、真宵殿。お客様です。」


「え?」


金長がなにやら戸惑う様子で真宵に伝えた。

店の客が来るのはあまりに早いし、先程の声はたしかに豆腐小僧の声だった。

不思議に思いながら手を清めて勝手口に向かうと、三人の人影が立っていた。

そのうち、一人は当然、豆腐小僧。一人はおそらく初対面、記憶にない妖怪だ。

そして、最後の一人に真宵は面識があった。だが、意外な人物である。


「玄さん?」


店の客で、よく女郎蜘蛛と一緒に来ることも多い。

女郎蜘蛛のなじみの客だと聞いているが、豆腐小僧とも知り合いだとは知らなかった。


「おはよう、まよいさん。忙しいところ、すまないな。ちょっと、お願いがあって来たんだが、いいだろうか?」


なにやら嬉しそうにニコニコしながら笑っている。

なにかいいことでもあったんですかと聞きたくなる表情だ。


「え、ええ。それは、かまいませんけど・・。」


とはいえ、こんな勝手口で立ち話と言うのも失礼だし、忙しい厨房で四人が話し込んでいると邪魔になる。


「あの、ここじゃあなんですから、客席の方へどうぞ。お掃除は終わってますので。」


わざわざ店の入口までまわってもらうのもなんなので、厨房を通って客席に出てもらうことにした。



「あれ?黒こ・・、いや、玄どの。」


厨房に入って来た玄の姿を見て、右近は声を上げた。


「ああ、右近殿、ひさかたぶりです。」


玄はニコリと右近に目配せする。

真宵以外のものは知っているが、玄とは偽名であり、その正体は黒狐という。


『黒狐』。

『古都』の主『九尾』の側近のひとりである。

店はすでに狐妖怪にも開放されており、狐であることを隠す必要はなくなっているのだが、なんとなく言い出すタイミングを外し、現在も偽名のまま店に通っている次第である。


「右近さん、金長さん、ちょっと準備の方任せてもかまいませんか?」


「ああ。だいじょうぶだ。」


最近ではふたりの料理の腕もあがって、仕込みは安心して任せられるものも多い。


真宵は三人の客を連れて客席の方へと移動した。





わざわざこの時間に来てのことなので、多少、込み入った事情もあるのかと、真宵は六人掛けのテーブルの選び、対面に三人座ってもらった。


「あの・・、それで今日はどうゆう?」


あまりゆっくりしている時間はないので、さっそく尋ねた。

豆腐小僧に玄、さらに知らない妖怪という三人の取り合わせ。

相談があるというが、内容がまったく想像がつかない。


「それなんだがな、真宵さん・・。」


黒狐は真剣な顔で話を切り出した。




「油揚げ?」


真宵は素っ頓狂な声を上げた。

何事かと思ってみれば、まさかの油揚げの相談だったらしい。

玄の隣で座っていた豆腐小僧が続けて説明する。


「ええ。オイラの店でも前に扱ったこともあるんですがね。いまいち、評判がよくなくってやめちまったんです。『古都』の狐さんは油揚げの味にうるさくってね。」


「はあ。それで?」


「ですから、油揚げの作り方を特訓してもらいたいんでやす。」


「特訓?」


「ええ。こっちにいるのは、『油すまし』っていって、ウチで働いてるもんなんでやすがね。ぜひ、こいつにウマイ油揚げの作り方を教えてやってはくれないでやすかね?」


「はあ。」


いきなりのことで、是とも否とも言えないでいると、黒狐がさらに熱弁する。


「もし、豆腐小僧のとこで油揚げが作れるようになったら、真宵さんはそれを買って『稲荷寿司』が作れるんじゃないのかと思うんだ。」


「は、はあ。」


玄からは、何度も『稲荷寿司』メニューに加えてくれないかと打診されていたのだが、まだ諦めていなかったらしい。

たしかに油揚げを自作する手間が省ければ、かなり楽にはなるが、いきなり言われても、というのが正直な感想だ。


「あ、あの、オ、オレ、一生懸命、やります。お、お願いします。」


油すましという妖怪は、頭を下げた。

丸顔でちょっとはれぼったい瞼の油すましは、正直、イケメンとは言えないし、体型もずんぐりむっくりでスマートとは言えないが、なんとなく素朴で好感が持てる妖怪だった。

ただ、ちょっと自信なさそうなそぶりが、不器用そうにも見えて、ちょっと心配でもある。


「あの。でも、油揚げなんて、私も自己流ですし、揚げ方も教えられるのは温度調節くらいですよ?」


一時、出来たてのサクサクの油揚げにハマッて、自宅で作る方法をネットで調べたことがあるだけで、特別な方法を使っているわけではない。

特訓などと言われても、いつもやっているやり方を教えたら、それで終わりだ。


「それでかまわないんでやす! ほんと、狐妖怪の方々ったら、味にうるさくって、やれ油っこいだの、やれ大豆の味がしないだの、甘いの苦いの固いの柔いのって、大変なんでやす。おかげで面倒になってやめちゃったんでやすよ。でも、ウマイ油揚げが作れたらウチの店も売り上げ大幅アップでやす!ぜひ、お願いしやす!」


「それで、具体的には、私になにをしろと?」


熱意は伝わったが、返答は具体的に何をして欲しいのかにもよる。

レシピを教えてあげるくらいなら、全然問題はないのだが、特訓となるとまた話は別だ。

基本、週末は真宵はこちらの世界にいないし、平日は店があるので、都まで出向いて教えろというのであれば、断らざるを得ない。


「それなんでやすがね。出来れば一週間ばかりこちらに、この油すましをこさせますんで、暇な時間を見繕って、油揚げの作り方を教授してもらえないでやすかねえ?」


「店でですか?」


「ええ。もちろん、忙しいときは、洗い物でも片付けでもこき使ってくれてかまわないでやすよ? ちょっくら弟子でもとったと思って、面倒見てくれないもんでやすか?」


「弟子といわれても・・。」


「お、おねがいします。な、なんでもやります。で、ですから、ぜ、ぜひ。」


油すましが、たどたどしく頭を下げる。


まあ、それなら店には負担は少ないし、ランチタイムが終わって比較的暇な時間を使えば教えられないこともない。

豆腐小僧には世話になっていることもあるし、こちらの世界で油揚げが買えるようになるのも悪い話ではない気がする。


「そうですねぇ。それなら・・。」


「で、店に対する見返りは何じゃ?」


「座敷わらしちゃん?」


返答しようとしたら、突然、座敷わらしが割って入った。

朝の掃除が終わってから姿が見えなかったが、よくあることなので気にしていなかった。

神出鬼没の妖怪なので、いちいち気にしても仕方がないのだ。


「店の見返りと申しますと・・。」


怖々尋ねる豆腐小僧を焦らすように、座敷わらしはひょいと空いていた真宵の隣の椅子に座る。


「油揚げで大儲けするつもりなのじゃろう? 『古都』の狐といえば油揚げに目がないことで有名じゃ。評判になれば、いい儲けになるじゃろう。まさか、なにも代償を払わず、利益をせしめようなどとは思っておるまいな。」


「い、いや、それはでやすね。」


焦る豆腐小僧に、座敷わらしは立て続けに言葉を浴びせる。


「そうじゃな。とりあえず、この店に納入する油揚げは売値の半額にしてもらおうか。」


「な、なんですってい?それは無理でやす。そんなことしたら、ウチの儲けはゼロ。いや、大赤字でやすよ!」


豆腐小僧は顔面蒼白だ。

だが、座敷わらしは要求も顔色も全く変えようとはしなかった。


「何を言っておる。もともとマズくて売れぬ油揚げを商売として成立させてやると言っておるのだ。それくらい当然じゃろう? きさまは、真宵に作り方を教えてもらった油揚げを真宵に売りつけて儲けを出そうとしておるのか?」


「そ、それは・・。」


「どうせ、都では高い値段で売り出すつもりじゃろう? この店で使うぶんくらい半値にしたところで損はせんじゃろう。」


「そ、それは、そうでやすが、こちらにも商売ってもんがありやしてねぇ・・。そ、それに、必ず売れるとは決まってはないでやしょう?」


「ん?なら、一枚売れるごとに、歩合で貰ってもかまわぬぞ? そうじゃな、売り上げの一割五分、いや、二割ほど貰うとするか。」


「に、二割!! そ、それは殺生でやす!」


「なぜじゃ? これなら売れない場合は払わずともよいぞ? 売れるかどうかもわからんものに金は払えんものじゃしな。これなら売れた分だけ店に金が入って来るし、売れなければそちらにも払う義務はない。互いに良い条件であろう?」


「い、いや、しかしでやすね。二割っていうのはさすがに・・・。」


「ああ、ついでに今払っておる豆腐の配達の手間賃も無料にしてもらおうか。あれは邪魔じゃしな。」


「ひいいい。」


豆腐小僧は、ついに悲鳴をあげる。


「ハッハ。座敷わらし殿、その辺にしてやってくれ。豆腐小僧も変に欲をかくな。この案件は俺が持ち込んだものだ。儲けはちゃんと出るはずだ。」


そう言ったのは玄こと黒狐だった。

笑って場を収めにかかる。


「店に納入する油揚げは売値の半値。今後は配達料はなし、豆腐小僧がもつこと。このあたりで手をうってくれないか?座敷わらし殿、真宵さん。」

黒狐は頭を下げる。


思わぬ展開に、つい成り行きを見守ってしまったが、真宵には文句はなかった。

むしろ、その条件ならかなりありがたい。


「ふむ。なんなら、豆腐の方も何割か値引きさせるつもりだったんじゃがのう。」


真顔で辛辣なことを言ってのける座敷わらしに、豆腐小僧は戦々恐々だ。


「そ、そんな、勘弁して欲しいでやす。」


「はは。豆腐小僧。はやめに折れておかないと取り返しがつかなくなるぞ。・・・それに、これは俺が自ら進めている件だ。無茶を言っておじゃんにでもしたら、どうなるかはわかっているだろうな?」


黒狐の言葉が一瞬、重圧を増した。


「わ、わかってやす! お、おねがいしやす! どうか、油揚げ半値で、配達料は次回からこっちもちで。この条件でなんとか。」


「次回からじゃと? 今日の分は貰うと言いたいのか?」


座敷わらしの言葉に、豆腐小僧はもう泣きそうな顔だ。


「わ、わかりやした。今日の分の配達料もウチが持ちやす。ですから、どうか・・。」


「ふん。どうじゃ?真宵。なんなら、もう少しせしめてやっても良いと思うがな。」


圧倒的な座敷わらしの交渉術で、ずいぶんと有利な条件でこぎつけられる事になった。

真宵だけだったなら、なにも条件を出さず、ただ、好意で作り方を教えてあげていただろう。

さすがは家の繁栄と商売繁盛を招くといわれる妖怪『座敷わらし』である。


「ふふ。そうねえ。せっかくだし、その条件でお願いしようかしら。」


ちょっと豆腐小僧にはかわいそうな気もするが、たしかに客で来る狐妖怪の様子を見ている限り、油揚げを売り出せば少なくとも利益は出る気がする。

多少なりともその恩恵に与っても罰は当たらないはずだ。


「ありがたい! ぜひ、よろしくたのむ!」


返事をしたのは豆腐小僧ではなく、玄の方だった。


「それでいいな?」


「へ、へい。了解したでやす。」


玄に言われ、豆腐小僧は首を縦に振った。



(玄さん、なんだかずいぶん偉そうよね?)


ふと、真宵が思った。

なんというか、豆腐小僧より一段上からものを言っている感じだ。


(豆腐小僧さんのお店となにかあるのかしら?)


まさか、玄が豆腐屋で働いているとは思えないし、こちらの世界でも出資者とかパトロンとか株主とか、そういったものでもあるのだろうか?


(まあ、女郎蜘蛛さんのおなじみさんらしいから、お金持ちだとは思っていたけど・・・。)


豆腐小僧の店のことで、豆腐小僧に意見できる立場なのだから、それなりの権限を持っているのだろう。

少し興味が沸いたものの、お金も絡むようなことなので、あまり首をつっこまないことにした。



「じゃあ、今日はこれでいいですか? まだ、朝の仕込みも残っていますんで。えーと、油すましさん? は、来週から、ランチタイムが終わるくらいの時間にお店に来ていただけますか? 時間を見つけて教えますので。」


ランチタイムは忙しいし、釜戸がふさがっているので、ゆっくり教えるような時間も場所もない。

その後なら、なんとか時間も取れるはずだ。


「は、はい! よ、よ、よろしく、お、お願いします。」


油すましは立ち上がって、頭を下げた。


「ああ、あと、来るときには練習用に木綿豆腐を五丁くらい、持ってきてもらえますか?」


「は、はい。わ、わかりました。」


「当然、その豆腐は、そっちの店で持つのじゃろうな?豆腐小僧。」


「・・・へい。」


座敷わらしの言葉にもう従うしかない豆腐小僧だった。



「よし!めでたい! これで『稲荷寿司』が店のメニューに並ぶ日も近いな。な?真宵さん!」


少年のように瞳をキラキラさせる玄に、真宵は苦笑いした。


「そ、そうですね。でも、そういうのは油すましさんがちゃんと作れるようになって、お店で売るようになってからの話ですよ。」


「ふーむ。『稲荷寿司セット』はまだ先か・・。」


玄こと黒狐は腕組みして頭を傾げる。


黒狐悲願の《カフェまよい》の『稲荷寿司セット』。

その実現はまだ遠い。

だが、少しだけ近づいたのは間違いないようだ。








読んでいただいた方ありがとうございます。

稲荷寿司実現までもう少しというところです。

がんばれ、黒狐さん。


あと、タイトルの話数がとんでいたので修正しました^^;

数も数えられなくなったのかと、自分の頭に絶望してみたり・・。

今回のが251話です。失礼しました。

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