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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第十一章 薄氷
250/286

250 九尾再来

《カフェまよい》メニュー

うぐいす』。

『抹茶セット』につく二月の和菓子。

鶯の形を模した。

春を告げる鶯を再現した色が絶妙な真宵の自信作。



妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

人気メニューのひとつに『抹茶セット』がある。

注文のたびに従業員が丁寧に点てる抹茶も好評だが、なんと言ってもお茶に付く上生菓子が人気だ。

季節感をだすために、月によって品を変えている。

いまは二月。

今月はなにやら、並々ならぬ決意で創作された菓子が付いているようだ。




「いらっしゃいませー。あ!」


店主である真宵は、新たに入って来た客に気づいて、急いで駆け寄った。


「いらっしゃい。来てくれたのね。」


その客はまるで絹糸のような栗色の髪をした人形のように整った顔立ちの少女だった。


「約束は守る主義だと言ったであろう? たしか『抹茶セット』の菓子は月替わりなのであろう? 今月中に顔を出さねば意味がなくなるからな。」


「ありがとう。実は、いつ来るかいつ来るかと待っていたのよね。どうぞ、こちらに。葛の葉ちゃん。」


そう言って真宵は、少女を席に案内する。


少女の名は葛の葉。

偽名である。

本来の名前は『玉藻』。

この世界では妖怪名の『九尾』と言った方が通りがよい。

狐妖怪の長。

妖異界最大の都『古都』の主である。

姿かたちはさほど変えているわけではないが、この世界では目立ちすぎる白金髪と、溢れ出る強力な妖気だけは変化している。

本気で化ければ、全くの姿、別の妖怪になりすますことも容易なのだが、そこまでは必要ないとこの程度に抑えてある。

もともと、普段は『古都』の『後宮うしろのみや』から出ることはなく、その姿を実際に目の当たりにしたことのある妖怪も少ないので、そうそうばれるようなこともないのだ。



「あの・・、それでご注文は・・。」


真宵が、なんとなく言いにくそうに席に着いた葛の葉に尋ねる。


「『抹茶セット』の菓子を食いにこいと言ったのは、そなたであろう? 他のものを注文してどうするのだ?」


こともなげに葛の葉が答えた。


「え、ええ。そうよね。そうでした。『抹茶セット』おひとつ。すぐのお持ちしますね。」


真宵から思わず笑みがこぼれた。


先月のことであるが、葛の葉に『抹茶セット』の菓子の批評をお願いしたところ、けっこう辛辣に酷評された。

それがけっこう的を射た意見であったため、今月はリベンジとばかりに時間をかけて新作和菓子に挑戦してきたのだ。

ぜひとも食べて感想を聞きたいのだが、店主の立場から、数多あるメニューから『抹茶セット』以外は注文するな、とは言い出せなかったのだ。

頼んでくれて一安心というところだ。


(さあ。今月のは自信作よ!)


真宵は心の中で、自信満々にほくそ笑むのだった。




「おまたせしました。今月の『抹茶セット』のお菓子、『うぐいす』です。」


そう言って、真宵は葛の葉のテーブルに薄緑色の菓子がのった皿を差し出した。


「ほう。春告鳥うぐいすか。」


葛の葉は興味深そうに皿の上の菓子を見つめた。

皿の上の菓子は、丸っこい形をした練りきりであったが、細工で嘴と尾羽、それに小さな瞳が付いていた。

鶯と言うよりはヒヨコのような造詣だったが、その少し鄙びた緑、まさに鶯色が春を告げる鳥、鶯を連想させる。


「はい。まだまだ寒い時期が続いていますが、暦の上ではもう春なので、お菓子で一足先に春を楽しんでいただこうと思いまして。」


人間界も妖異界も、二月の中旬といえばまだ冬まっただなかという感じだ。

『遠野』の山間に位置する《カフェまよい》では雪が積もっている日も多い。

ただ、立春が過ぎた現在、暦の上ではもう春。

春の訪れを待ちながら、茶と菓子を愉しむのもまた一興だ。


「ふ。妾はまた寒椿あたりを模してくると思っていたがな。鶯か。」


(うっ。)

真宵はどきりとした。

実は、試行錯誤している段階では、『寒椿』も有力候補だったのだ。

だが先月、葛の葉に、「毎月、花の菓子ではワンパターンだ。」的なことを言われて、こちらに変更したのだ。

毎月、季節感をだすには花の形を模すのは定番だ。

一年中、季節に応じた様々な花があるし、色とりどりなので変化も付けやすい。

だが、たしかにそれ一辺倒では安易といわれても仕方がない。

実際、真宵も『紫陽花』『菊』『山茶花』『紅梅』と、けっこうな割合で花をモチーフに菓子をつくってきたのだ。

雪に映える紅の寒椿は、菓子にしてもなかなかの出来であったのだが、先月の菓子『紅梅』とも似すぎていたのもマイナスだった。

だが、『鶯』はその寒椿の菓子より、いい出来だと真宵は自負していた。


「造詣は・・・、稚拙だな。なんとか鳥に見えるという出来だ。」


(ぐぅ。)


真宵はがっくり肩を落とした。

実はこれでも出来のいいものを選んできたのだ。

菓子は基本的に開店前に全て仕込んでしまう。

全て手作りなので、同じ菓子でもわずかに出来に違いがでてしまう。

普段なら、そんなことはしないのだが、つい、並んだ菓子の中から、見栄えの良いものをチョイスして出したはずなのだ。

だが、それでも葛の葉の評価は並。

厳しい評価だ。


(自信があったんだけどなあ。)


真宵は心の中でぼやく。

店をやってもうすぐ一年とは言え、もとはまったくの素人。

どこかで本格的に修行したわけでもなく、老舗の職人さんが作るものに比べると、たしかに稚拙と言われても仕方がないのだが、やはり、落ち込む。


「・・だが、まあ、この色はなかなかよいな。いい色合いだ。」


葛の葉の言葉に真宵の顔がパアッと明るくなる。


「そうでしょう! 苦労したのよ。その色出すのに。」


『鶯』の色はまさに鶯色。

ただの薄緑とも草の色ともまた違った少し鄙びた感じと上品さを併せ持った独特の色だ。

この色を出すのに何度も失敗し、試行錯誤を重ねながら完成させた。

また鶯の腹の部分にあたる部位は白い練りきり餡を使っており、二層の色合いになっている。

こちらもはみだして翼の部分まで白くなったり、変なかたちで混ざったりとなかなかうまくいかず、慣れるまでけっこうな材料を無駄にしたのだ。

苦労した部分が認められるのは、やはりうれしい。頑張った甲斐があるというものだ。



「ふむ。では、いただこうか。」


葛の葉が、そう言って楊枝を手に取る。

鶯を躊躇なくふたつに分断すると、そのひとつを口に運んだ。


「む。これは・・梅か?」


葛の葉が不意をつかれた様に大きな眼を見開いた。


「ええ。わかった?」


『鶯』の中身はこし餡。

こちらにもなにかひと工夫、と苦慮したのだが、外が練りきり餡ということで、あまり大きな変化はつけられない。

なめらかさがウリの練りきりにあう中身というと、けっこう限られてくるのだ。

いっそ、名前と同じウグイス餡を使うことも考えたのだが、ウグイス餡は青エンドウ豆を使った餡なので水分が多く、味もけっこうワイルドな感じになり、いまいちうまくまとまらず却下された。

それで考えたのが梅である。


「うちで漬けた梅干の梅酢をつかっているんですよ。」


夏の初めに漬けた梅干が、そろそろいい塩梅になっていた。

梅干そのものももちろん大事な食材だが、梅の実から出た梅酢もいろいろ使い道がある。

今回はこし餡の仕上げに少しだけ混ぜてみた。

酸っぱい味がするほどではなく、口に入れたときに梅の香りと風味がふわっと広がる感じの量だ。

花札でも描かれるように鶯と梅はセットで扱われることも多い。

先月の『紅梅』の菓子でなく今回使ったのは、若干、計画性のなさを露呈しているが、それはそれだ。


「ほう。見た目だけ小手先で変えただけだと思うておったが、なかなかやるではないか。」


葛の葉の口元がほころぶ。

言い方は皮肉めいているが、おそらくは褒め言葉であろう。

真宵は葛の葉が菓子を全部食べ終わるまで待って、あらためて尋ねた。


「ど、どう?今月のお菓子? 感想きかせてほしいのだけど。」


真宵は息をのむ。


葛の葉は、ふぅと一息はくと、抑揚なく言った。


「そうだな。 点数で言うなら・・・。」


(ゴクリ。)


「三十点だな。」


真宵は膝を付きそうになった。

三十点。

当然、百点満点の三十点であろう。

試験なら、赤点だ。落第だ。

何日も苦慮して試行錯誤して満を持して作った菓子が、三十点・・・。


(うう。)


言いたいことはないではないが、文句を言っても始まらない。

批評して欲しいと言い出したのは真宵のほうなのだ。

自分の期待した答えが返ってこないからと言って、相手を攻める道理はない。


「で、できたら、理由を教えてもらえる?」


真宵は無理して笑顔をつくり、尋ねた。

辛辣な理由でも受け止めよう。

もともと、厳しい意見を欲して葛の葉に頼んだのだ。

良薬口に苦し、忠言耳に痛し。

厳しい意見から目を背けていたら、成長など見込めない。


すると、葛の葉は意外なことをそっけなく言った。


「そうだな。菓子だけの点数で言えば、八十点と言ったところか。」


「八十点?」


意外なほどの点数だ。

満点ではないにしても、これ以上望むのは贅沢と言うような点数だ。

だが、それだけに解せない。


「じゃあ、あとのマイナス五十点は?」


なにがそこまで減点される要因なのか?

真宵には想像が付かない。

すると、葛の葉は少し笑いながら言った。


「客が菓子を食い終えているのに、まだ茶が出ぬようでは、茶屋として失格であろう? せっかくの菓子も茶がないのなら片手落ち。半分は減点されるのは当然だな。」


「え?」


言われて初めて気が付いた。

葛の葉の反応に夢中で、つい茶を出すのを忘れている。

『抹茶セット』はあまりにも忙しい時や目の届きにくい野外のテラス席を除いて、客が菓子を食べ終わる頃を見計らって、点てたての抹茶を出すようにしている。

今回もそのつもりだったのだが、完全に失念していた。

厨房では今頃、茶を点てる担当の小豆あらいがまだなのかと、首をかしげているだろう。

これでは、三十点どころか、零点を言い渡されても文句は言えない。


「やだ。私ったら。ごめんなさい。すぐ、お持ちするわね。」


真宵は急いで厨房へと向かった。


その後姿を見ながら、葛の葉こと『九尾』玉藻はほくそ笑む。


「ふ。まだまだだのう、ニンゲン。」


そう言いながらも、どこか満足そうな笑みをたたえている葛の葉であった。








読んでいただいた方ありがとうございます。

九尾さん、約束どおり来店です。

採点はあいかわらず辛口。

 

次回も狐さん登場予定です。


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