表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第十章 旭日
244/286

244 九尾来店

登場妖怪紹介。

『葛の葉』

偽名。

正体は大妖怪『九尾』である。




妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

店主の真宵はあずかり知らぬところだが、和平協定の締結により客層が一段と広がった。

新しく訪れる客も増えたが、今日の客はいささか特別だ。

だが、店主である真宵は全く気づいてはない。





「いらっしゃいませー。あっ。」


真宵は新たに店に入って来た人物に見覚えがあった。

以前、一度だけ来店したことが会ったが、それ以来、顔を見ていなかった。

まだ少女のようであるが、人形のようにきれいな姿の妖怪だ。


「葛の葉ちゃん。いらっしゃい。来てくれたのね。」


前に来店したとき、ちょうど開催していたお菓子作り教室に半ば強引に誘って参加させた。

また来る。と言っていたものの、音沙汰がなかったので、気分を害したのではないかと少し気に病んでいたのだ。

真宵は急いで少女に駆け寄ると、満面の笑みで迎えた。


「・・約束だからな。」


対する少女は、感情を表に出さず、冷めた表情と声で返す。


少女の名は葛の葉。

だが、それは偽名で本当の名を玉藻たまも。そして妖怪としての名は白面金毛の妖狐『九尾』である。

本来、美しい白金髪の持ち主だが、身分を隠すために現在は栗色の髪へと変化させている。

その強大な妖力もほとんど封じ込んでおり、ほかのものには狐妖怪であることすらバレることはない。


「ふふ。ずっと来てくれなかったから、もう忘れちゃったかとおもったわ。」


「妾も少々忙しくてな。ついつい先延ばしになってしまった。今日は時間が出来たので足をのばしてみた。」


「あら、そうだったの。」


実際、ここひと月ほど、玉藻は多忙を極めた。

『古都』『鞍馬山』『久万郷』さらに『遠野』を加えた和平協定の締結とその影響の調査、さらにそれに伴い政治体制の見直しを図った。

元々、完璧主義のきらいのある性のため、ゆっくり出かける時間がなかなか取れなかったのだ。

元をただせば、すべてこの店。そして店主である真宵が発端となったものなのであるが、本人は露ほども知らない。


「どこか、目立たぬ席を用意してもらえるか?」


「目立たない席? えーっと。」


真宵が店の中を見渡す。

最初に思いついたのは一番奥の席だが、近くに『面霊気』の面が飾られている。

『面霊気』はひとのいるところが好きで、近くに座った客に話しかけては退屈を紛らわせている妖怪だ。

それを楽しむ客も多いが、目立たない席で落ち着いて茶を飲みたいというのなら不適当だろう。


「そうね。あの席とかどうかしら?」


真宵は奥の窓際の席を指差した。

元々、個室などは用意していないのだが、隣の席との境界代わりのついたてのおかげで、他の席や通路から見えにくい。

さらに、いまのところ、周りの席も空席だ。

隔離されたり目隠しされているわけではないが、入口付近の席や、厨房に近い席よりは落ち着いて過ごせるはずだ。


「そうだな。あの席をかりるとしよう。よいか?」


「はい。じゃあ、こちらへどうぞ。」


真宵は、その席へと玉藻を案内した。





「どうぞ。メニューです。」


玉藻は真宵から受け取ったメニューを開けると、品書きに目を走らせる。

前に来たときは、なし崩し的に菓子作り教室に参加したために、メニューを見るのはこれが初めてだ。


(ほう。意外と細々(こまごま)とやっておるのだな。饅頭は日替わり・・、抹茶に付く上生菓子は月替わりか・・。)


定期的に配下の狐妖怪が、ここの菓子を献上しにくるが、どういったかたちで商いされているのかは今まで知らなかった。

興味深くメニューを確認する。


(・・・しかし、なんだ、この価格は? これで儲けがでるのか?)


これでは『古都』にある普通の店と同じくらい。いや、むしろ安いくらいだ。

まして、『古都』の主、『九尾』が贔屓にしているような高級店とは比べるべくもない。


「そうだな。やはり『抹茶セット』をもらおう。」


他にも気になるメニューはあったが、やはり玉藻の好みは抹茶とそれに合う菓子だ。

玉藻は『古都』から少し離れた場所に自分のための茶畑まで所有しているほどの茶道楽だ。

ここの菓子は何度も献上品として口にしているものの、やはり、初めて正式に来店したとなれば、このメニューははずせない。


「はい。『抹茶セット』ですね。かしこまりました。」


真宵は笑顔で注文を受けると、その場を離れた。







ふう。


菓子をいただき、抹茶で喉を潤した玉藻は安堵の息をもらした。


(なかなかの茶だな。最高級と言うわけではないが、悪くない。)


自分が多額の報酬を与え作らせている茶と比べても、さほど遜色ない。

提供されている値段をかんがみれば、破格といってもいいくらいだ。

もし、玉藻が『古都』で自分の畑の茶で店を出そうとすれば、ここの五倍はとらなければ採算が合わないだろう。



「お味の方はいかがでしたか?」


玉藻が飲み終わるのを、待っていたかのように真宵が寄ってきた。


「ああ。よい茶だ。苦味の中にほのかに甘みも感じられる。温度もちょうどいい。」


玉藻は表情に出さず、淡々とした言い方で茶を褒める。


「よかった。お菓子のほうはどう?新年ってことで、おめでたい梅の花にしてみたのだけど。」


今月の『抹茶セット』につく上生菓子は『紅梅こうばい』。

まだ梅の季節には早いが、めでたい花として正月の飾りやおせちのモチーフににも良く使われる。

五つの花弁はピンクに近い紅色。真ん中には雌しべを模した黄色いきんとんが飾られている。

一月の和菓子としては定番中の定番だ。

わかりやすいモチーフで花のかたちがかわいらしく、お客の評判も悪くない。


だが、玉藻はじっと真宵の方を見つめた。


「それは、妾に菓子の批評をせよ、と言っておるのか?」


「え?」


批評。というほどのものを求めたつもりはなかった。

普通に感想を聞きたかっただけなのだが、そう言われると、真宵の好奇心がうずく。


「そうね。葛の葉ちゃん、お茶とかお菓子に詳しそうだし、ぜひ、率直な意見を聞きたいわ。」


「そうか。ならば・・。」


玉藻は先程食した菓子を頭に浮かべ少し考えると、真宵の目を見つめていった。


「ひとことで言うならば、平凡。じゃな。」


あまりに、辛辣な批評に真宵は言葉を失った。

端的ではあるが、なかなかの破壊力だ。

しかし、気にせず玉藻は続ける。


「平凡と言っても一般的な菓子と比べて、という意味ではない。ここの菓子はこの世界のどの菓子と比べても非凡だからな。だが、今回の『紅梅』という菓子は、以前、ここで出していた『山茶花』という菓子に似すぎているな。中身は白餡、まわりは練りきり餡、しかも色合いまで薄い赤と酷似している。『山茶花』をだしていたのは霜月の頃だったか? 似たものをだすなとは言わぬが、ほんのひと月ふた月前のものと同じものを目先だけ変えて出すのなら、わざわざ月替わりにする意味もなかろう?」


一片の遠慮も婉曲もない率直そのもの。

だが、それだけに的を射ている意見だ。

真宵は一言も返す言葉がない。

そんな真宵の表情を察したのか、玉藻は付け加えた。


「・・・率直な批評を求められたので、思ったことを口にした。期待したものでなかったのなら、聞き流してくれてかまわない。」


真宵はそれを聞いてハッとなる。


「ううん。そのとおりよ。私も内心、似ちゃったとは思っていたの。」


新年の菓子といことで、梅のモチーフが決定し、梅の花弁を作るなら赤い練りきり餡、中に入れるのは抹茶に合わせるならこし餡か白餡あたり、とさほど悩まずにそのまま作り上げたのが『紅梅』だ。

だが、結果として、葛の葉の言うとおり、以前作ったものに目先だけ変えた品ができあがった。

以前は何種類も試作し、試行錯誤を繰り返していたこともあったはずなのに、これでは安易だ平凡だと言われてもしかたない。


「そうよねえ。年の瀬とかいろいろバタバタしてたから、深く考えないで採用しちゃったのよね。」


しきりに反省する真宵に、玉藻は珍しく慰めの言葉を口にした。


「別にそこまで悔やむことでもない。率直に、と言われたからそうしただけだ。それに菓子自体の出来は悪くない。むしろ秀逸だ。」


「ううん。よく言ってくれたわ。葛の葉ちゃん。最近、ちょっと調子に乗ってのかも。惰性でやってた部分もあるわ。初心に帰らないと!」


こちらの世界では、皆、真宵の作る菓子や料理を珍しがって褒めてくれるので勘違いしていたのかもしれない。

そもそも、真宵は正式な料理修行をした経験があるわけでもない、素人に毛が生えた程度のものなのだ。

慢心するなど十年早い。


「今月のお菓子を今から替えるのは無理にしても、来月のはちょっと真剣に考えるわ。今から準備しておけばいろいろ試せるし。」


「それもよかろう。心して励むが良い。」


玉藻はこともなげに言った。

完全な上から目線だが、真宵には不思議と嫌味な感じはしなかった。。


「そうね。葛の葉ちゃん。よかったら、また、来月も食べに来てね。今度は、もっと美味しくて感動するようなの作っておくから!」


意気込む真宵に、玉藻は少しだけ口の端を上げて微笑む。


「・・・まあ、よかろう。また暇をみつけて来るとしよう。」


「うん。約束ね。」


真宵はニコリと笑った。


「・・・では、そろそろ帰るとするか。勘定を頼む。」


「あら。もう帰るの? ゆっくりしていけばいいのに。」


「ふ。妾もそれほど暇ではないからな。茶も菓子も堪能した。店主との話もなかなか愉しめた。じゅうぶんだ。」


玉藻はそう言って席を立つ。


「そう。忙しいのにお引止めしちゃ、失礼よね。じゃあ、ほんとにまた来てね。次のお菓子で、葛の葉ちゃんをギャフンと言わしちゃうんだから!」


真宵はそう言って笑った。






勘定を済ませ店を出た玉藻は、少し離れてから立ち止まる。

店には、狐専用の『朧車』で来ていたが、もう少し離れた場所に待たせてある。

せっかく変化して身分を偽っても、高位の狐妖怪しかつかえない『朧車』で乗り付けたのでは意味がない。


(・・・しかし、ふざけたニンゲンよな。)


先程まで話していた人間の店主との会話を思い出す。


(ニンゲン如きが、この『九尾』をギャフンと言わせるだと?)


ふん、一笑に付した。


(できるものなら、やってみるがいいわ。その挑戦、この『九尾』玉藻が受けてたってやる。)


それでも玉藻はどこか愉快そうな笑みを浮かべると、振り返って店を見る。

そして、また来月、この場所を訪れることを心に決めたのだった。





読んでいただいた方ありがとうございます。

九尾さん、正式に来店しました。ちょっと辛口批評。

当然、来月も来店予定です。

どうなるかは、また来月と言うことで。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ