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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第十章 旭日
242/286

242 右近VS金長

《カフェまよい》従業員紹介。

金長きんちょう

狸妖怪。

故郷の『久万郷』に《カフェまよい》の料理を伝えるべく修行中。

どちらかと言えば、菓子よりも料理。それも、大人数で食せるような料理に興味が強い。

まだ料理修行中だが、うどんを打たせれば名人芸である。



妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

店では二人の料理人見習いが働いている。

烏天狗の右近と狸妖怪の金長。

普段は仕事仲間として、よき競争相手として、良好な関係を築いていたが、今日はとある勝負が行われていた。





「いらっしゃいませ。『ランチ』ふたつですね。かしこまりました。」


店の中、店主である真宵が忙しそうに動きまわっていた。

開店から二時間弱はランチタイム。

限定三十食の『ランチ』を目当てに多くの妖怪が訪れる。

この時間、注文は『ランチ』一辺倒だが、一斉に客が詰め掛けるので、厨房も客席も大忙しだ。


「はい。今日のメインは『ロールキャベツ』です。トロトロに煮込まれていておいしいですよ。」


真宵は笑顔で対応する。


本日の『ランチ』のメインは『ロールキャベツ』。

クタクタになるよう湯通ししたキャベツに、合いびき肉、玉葱、パン粉、玉子を混ぜて作っておいたパテをきれいに包んで、じっくり煮込んだ。

味付けにはくだんの牧場特製バターとコンソメ。それにちょっとだけ醤油を入れて和風よりにした。

白いご飯にも合う和洋折衷、まさに日本の洋食の代名詞のような一品だ。

だが、今日、注目すべきはこの品ではなかったりする。



「おまたせしました。今日の『特製ランチ』です。副菜の『ポテトサラダ』は二種類用意させてもらってます。よろしければ、どちらが好みだったか帰りに教えていただけますか?」


常連の多いこの時間。

いつもとは違った試みに、客の妖怪は珍しがったり面白がったり、一品多いのを得したと喜んだりと反応様々だ。

実際は、ポテトサラダの量をそれぞれ減らしてあるので、二種類あってもさほど得と言うわけではないのだが、やはり品数が増えるというのは嬉しいものらしい。


二種類の『ポテトサラダ』はそれぞれ右近と金長が、自分達の好みと才覚で作ったものだ。真宵は一切口出ししていない。


右近が作った『ポテトサラダ』は、やはりいつも真宵が作っているものを踏襲していた。

ジャガイモに人参、玉葱、ハム、リンゴそして事の発端となったキュウリだ。

所謂、オーソドックスな『ポテトサラダ』である。

具沢山で様々な食感が楽しめる。

いつも真宵が作っているものと違いがあるとすれば、少しマヨネーズが多めに使われている気がする。

そのせいか、ジャガイモが滑らかでよりしっとりしている。

右近の好みなのか味付けも真宵のより少し優しい感じだ。


対して、金長が作った『ポテトサラダ』はかなり自己主張が強い。真宵が作っているものとはだいぶ違う。

まず、ジャガイモの食感からして違う。

真宵も食感に違いを出すため、しっかり潰して滑らかにしたジャガイモと荒めに潰してイモの食感を残したのを混ぜて作っていたが、金長のはその割合が後者にかなり傾いている。

ジャガイモに並々ならぬ情熱を注いでいるせいなのか、イモのホクホク感を重視しているようだ。

また、混ぜた食材もだいぶ差がある。

右近のものは、普段の真宵のものより具が多めな感じだが、金長はジャガイモ重視だ。

事の発端となったキュウリが入っていないのはもちろんとして、人参も使わず玉葱、リンゴも少なめ。代わりにハムは少し多めに使っている。

そしてなにより、黒胡椒をたっぷりつかってスパイシーに仕上げていた。

ちょっとジャーマンポテト風の『ポテトサラダ』だ。


真宵が試食した感想だと、右近の作ったものは子供から大人まで親しみやすい『ポテトサラダ』だ。

小学校の給食にでてきそうな雰囲気がある。

金長の作った『ポテトサラダ』は黒胡椒が効いていて、酒のツマミによさそうな気がする。

栄養バランスで言えば右近の方が上だろう。

だが、独創性で言えば金長に軍配が上がる。

味で決めるとなると、これはもう食べるものの好みというしかない。

平均点なら右近が有利そうだが、客には酒好きのんべえの妖怪も多い。もしかしたら金長に票が偏る可能性もある。

とりあえず公平を期すために、どちらの品を誰が作ったというは隠しておくつもりだが、できればあまり大差はついて欲しくないと言うのが本音だ。

理想は引き分け。

自分で言い出しておいてなんだが、あまり明確に優劣はついて欲しくない。

実際、どちらの『ポテトサラダ』も良くできているのだ。


(とは言え、はじめちゃった以上、結果は出るのよね。)


別にポテトサラダにキュウリが入っていようといまいと真宵にはどうでもいい。

ただ、負けたほうのやる気が削げてしまうような事態にだけはならなければいいと思っていた。





「わしは、やはりキュウリの入ったのがええなあ。のう、見上げの。」


「そうじゃなあ、わしもそう思うぞ。一つ目の。」


帰り際にそう言ったのは『ランチ』の常連、『見上げ入道』と『一つ目入道』だ。

この二人は右近の『ポテトサラダ』に票を入れた。



「あのピリっとしたほうがウマかったじょう。また食いたいじょう。」


「ウヒヒ。わしはあのキュウリや人参がいっぱい入っているのがうまかったあ。」


同じく常連の猿妖怪、『猩猩しょうじょう』と『狒狒ひひ』は意見が割れた。

猩猩が金長の品が気に入ったのは、酒好きの影響だろうか?



他にも『高女』や『ろくろ首』、最近、よく来店するようになった狐妖怪など、皆、食べ終わった後、快く感想を教えてくれた。

なかには、いつもの『ポテトサラダ』よりおいしかった。という感想を残すものまでいて、真宵としては嬉しさ半分焦る気持ち半分で複雑な気分になったりもした。


そして、限定三十食の『ランチ』が完売し、その最後の客が帰った頃、真宵は厨房へと足を向けた。



「どうだった?マヨイどの。」


「どちらの『ポテトサラダ』が好評でした?」


厨房の二人が食って掛かるように真宵に質問する。



「えーとですね。発表します。」


真宵は間違わないようにチェックしていたメモを取り出すと、神妙に答えた。


「右近さん十三票、金長さん十四票。一応、金長さんの勝利ですかね。」


「ぐ。」


「そ、そうですか。」


負けた右近はがっくりと肩を落とした。

かたや金長は晴れ晴れとした表情だ。

だが、一拍後にあることに気がつく。


「・・十三票と十四票? 『ランチ』はたしか三十食だったはずでは? 票を入れなかったものがいたのですか?」


別に投票は義務ではないのだが、金長にしてみれば、なんとなく気になる数字だ。

消えた三票はどこへいったのか?


「えーと、それがですね。」

真宵が説明する。


「今日、ふたくち女さんがいらしてたんですよ。で、いつものとおり『ランチ』をおかわりしてくれたわけです。それも三回も。」


『ふたくち女』。

店の客の中でダントツの大食漢・・。否、女性なので男を意味する漢は使うべきではないが、とにかく大食らいの妖怪である。

後頭部にもうひとつ口がついており、ふたつの口で飯でも菓子でも底なしに食していく。


「それで、ふたくち女さんは断然、右近さんの『ポテトサラダ』の方を気に入ったようです。」


「?? それはどういう・・。」


「えーと、つまり、食べた妖怪さんの数でカウントすると十三対十四で金長さんの勝ち。売り上げたランチの数でカウントすると十六対十四で右近さんの勝ちってことですかね。」


三回おかわりして『ランチ』を四人前たいらげたふたくち女を、一票とカウントするか四票とするかで勝敗が変わってくるというわけだ。


「そ、その場合、どっちが勝ったことのになるのですか?」


「さあ? 事前に決めてませんでしたしね。まあ、今回は引き分けってことでいいんじゃないですか?」


「ひ、引き分け?」


「いや、しかし、それは・・・。」


二人ともなんとも納得できかねるという表情だった。

店を巻き込んでの勝負で結果は引き分け。

なんとも間の抜けた幕切れだ。


「ふふ。いいんじゃないですか? それに皆さん、おいしかったって喜んでましたよ。また作って欲しいって。よかったですね、ふたりとも。」


真宵はそう笑いながら、また客席の方へと行ってしまった。


残された二人は、なんとも複雑な表情で互いを見る。


「・・・まあ、客が喜んでいたなら、よしとするか。」

右近がポツリと呟いた。


「そうですな。それが何よりだと思います。」

金長も気の抜けた表情で返す。


そこに、洗い物をしていた小豆あらいが一言。


「ドッチモうまかったゾ!」


二人は大きくため息をついた。


(小豆あらいに慰められるとは・・・。)

(小豆あらい殿に慰められるとは・・。)


二人してなんとも言いがたい気分のまま、また仕事に戻っていくのだった。





読んでいただいた方ありがとうございます。

前回の続きでございます。

『きゅうりは嫌いじゃないけど、きゅうりの水分が他の食材に移るのが苦手』

わかってくださる方いるかなあ?^^;

自分が苦手なんですよね。

あの「きゅうり水」みたいな青臭い水。あれがどうもねえ^^;。

共感してくださる方が少しでもいればうれしいです。


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