241 ポテトサラダとキュウリの関係
《カフェまよい》従業員紹介。
『右近』
烏天狗。
あまり料理の才はないように思われたが、最近ではめきめき腕を上げてきている。
好物としては『おはぎ』。
あまいものが好きで、食事系よりも菓子系のほうに興味が強い。
ただ、美的センスは成長していないようで細工菓子のようなものは苦手。
妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。
唯ひとり、通いで働いている小豆あらいを除き、全員同じ屋根の下で暮らしている。
仕事、私生活、ともに四六時中顔を合わせているが、喧嘩や諍いの類は少なく、ほとんどない。
だが、たまに意見の食い違いは起こらないわけではない。
《カフェまよい》の料理人見習い右近と金長。
烏天狗と狸。
種族としては、あまり仲の良い組み合わせではないが、本人達は同じ職場で働く仲間として、料理という同じ目標に向かう同士として、互いに認め合っており、仲は悪くない。
休日も、ともに料理の自主練習に励んだり、金長が店の側でやっている畑を手伝ったりと、とても良好な関係を築いている。
だが、今日は珍しく意見が対立しているようだった。
「右近殿。たとえ右近殿であろうと、これだけは譲れません。」
厳しい顔で金長が睨む。
昔、かなりの乱暴ものだったらしく、昔取った杵柄なのか、かなりの迫力だ。
「いいや。金長どの。これは俺も譲る気はない。何度でも言わせてもらうぞ。」
右近も真剣な面持ちで、金長に対している。
ここが厨房でなければ、果し合いでも始めるのかと勘違いするくらいだ。
「なにをやっておるんじゃ?」
客席の方の掃除と準備を終えて戻ってきた座敷わらしが、ただごとでない雰囲気でにらみ合う二人を見て聞いた。
「ああ。座敷わらしちゃん。実はねえ・・・。」
朝の仕込をしながら困り顔の真宵が答えた。
「ポテトサラダ?」
座敷わらしが呆れて言った。
「そうなのよ。今日の『ランチ』に使うポテトサラダを、金長さんに作ってもらおうとしたんだけど・・・。」
以前は、店に出すものはほとんど真宵が作っていたが、最近では右近も金長も腕を上げて、簡単なものや作り慣れたものは、十分、客に出せるレベルに達している。
一応、最終チェックは必ず真宵がしているものの、今後のことも考えて、最近ではできるだけ二人に仕事を割り振るように心がけているのだ。
今日は、右近には『抹茶饅頭』を、金長にはランチの『ポテトサラダ』をお願いしてみた。
だが、そこで事件は起こったのだ。
「某は真宵殿の作る料理はどれも素晴らしく、完成度の高いものだと思っております。」
金長が真宵に向かって言う。
「はあ。それは、どうも。」
「しかし、『ポテトサラダ』だけはいただけません。これまでは修行させていただいている身ゆえ、遠慮していましたが、この機会に言わせていただきたい。」
「はあ。」
熱く語る金長だが、真宵の方はどこか真剣味に欠けた。
しかし、かまわず金長は続けた。
「『ポテトサラダ』自体に文句を言うつもりはありません。いや、むしろ素晴らしい料理です。ジャガイモをあえて潰して食べさせるという意外性。マヨネーズという素晴らしい調味料。ジャガイモの中にさらに他の具を混ぜ込むという発想。どれも素晴らしい。さすが真宵殿です。」
「はあ。どうも。」
さすがと褒められても、ポテトサラダは真宵が考えたものではなく、あちらの世界ではありふれたものだ。
真宵はそれをこちらの世界で作っただけにすぎない。
「しかし、ですよ!」
金長が語気を強めた。
「なのに何故、そこにキュウリを入れるのか。それが某には理解できません。キュウリの青臭い汁がジャガイモにうつって、せっかくのポテトサラダが台無しになるじゃありませんか!」
「何を言う!」
真宵が何か言う前に、右近が黙ってられないとばかりに割って入った。
「あのキュウリの食感があるから、ポテトサラダはうまいんじゃないか。キュウリが苦手だからと言って、それを排除しようなんて狭量が過ぎるぞ、金長どの。」
「いや、勘違いしないでいただきたい。某はキュウリは嫌いでも苦手でもありません。もろきゅうも酢の物もぬか漬けも全部好物です。ですが、ポテトサラダに入れるのだけは度し難いと考えるのです。」
「度し難いとはどういうことだ? ポテトサラダはホクホクしたジャガイモとマヨネーズの濃厚なうまみと酸味、それにキュウリの食感がアクセントになって独特の世界をつくりだしているんだろう?」
「某はその世界観をキュウリの青臭さが台無しにしていると思うのです。」
「台無しとは何だ?キュウリがなければポテトサラダは完成しない。自明の理だ。」
「いや、キュウリによって完成度が下がっている可能性を考慮すべきです。」
金長の言いたいことはなんとなく真宵にも解った。
キュウリはしっかり絞って水分を切るようにしているが、どうしても多少は水気が残る。
それが時間が経つとポテトに移るのが金長は嫌なのだ。
真宵はさほど気にならないが、昔、真宵の父が似たようなことを言っていた気がする。
サンドイッチは嫌いじゃないが、時間が経ってキュウリの味と臭いがパンにうつったのが苦手だとかなんとか。
(キュウリは水分が多いからなあ・・。)
そのせいで時間が経つと味が薄まったり、ベチャベチャになったりするのは料理でよくやる失敗だ。
「キュウリを入れないと、歯ごたえのアクセントがなくなるだろう?」
「リンゴだけでも十分アクセントになります。」
「キュウリのパリパリした歯ごたえにはならない!」
「歯ごたえより、まず味です!」
「味だって、キュウリを入れたほうがうまい!」
段々とヒートアップして、語気が荒くなっている。
右近も金長も普段は冷静で大人なのに、ここまで熱を帯びるのは珍しい。
それだけ料理に真剣だというのは、真宵にとっても嬉しいことだが、内容がポテトサラダにキュウリをいれるか否かというのは、なんとも子供っぽい。
「・・・失礼ながら右近殿。今日の『ポテトサラダ』は某が担当です。右近殿は口出ししないでいただきたい。」
金長が低い声で威圧する。
「・・・マヨイどのに託されたのは、店の味で作ることだろう? 使用人である俺達が勝手に味を変えるというのは、いささか職分を逸脱した行為ではないのか、金長どの?」
右近も負けてはいない。
「・・勝手に変えようなどとは思っておりません。ですから相談しているのです。キュウリは抜くべきではないかと。」
「・・ならば、判断はマヨイどのに任せるべきだな。俺や金長どのが決めるべきことじゃあない。」
「たしかに。」
そう言うと、ふたりは同時に真宵の方を見た。
「どうするんだ、マヨイどの。」
「某の陳情、どう思われますか?」
「え?わ、わたしですか?」
いきなり振られて、真宵は焦った。
正直言えば、どちらでもいい。
料理はどうしても好みで左右されるので、右近の言うようにキュウリが入った方がいいと言うものもいれば、金長のようにキュウリがないほうがいいと言うものもいるだろう。
一応、真宵なりの基本のレシピがあるにはあるが、それも季節や手に入る食材により変えているもので、絶対不変なものではないのだ。
だが、それよりもこうなってしまうと、どちらかに加勢するのが問題な気がする。
正解がないだけに、どちらかを選んでしまうと後々遺恨が残りそうな気がしてならない。
「ど、どうと言われましても・・。」
「どっちでもよいじゃろうが。」
真宵が言い出せないことをキッパリと座敷わらしが言ってのけた。
「どうでもよいから、はやく支度せぬと店が開けられんぞ。」
座敷わらしの言うことはもっともだった。
さっきから、ふたりともにらみ合って、まったく作業が進んでいない。
このまま続けていると、店の開店時間に間に合わなくなる。
「そうだな。金長どのがそんなにキュウリが気に召さないなら、自分で食べる分だけ別に作ればいい。」
「そうですな。右近殿がキュウリがお好きなら、某が右近殿用にキュウリ入りのポテトサラダを別にお作りしますよ。」
睨み合いお互い一歩も譲ろうとしない。
(困ったわね・・・。あんまり適当なことを言うと、ふたりとも固執しちゃいそうだし。)
二人とも真面目で熱心だが、少々頭が固い。
下手にこっちにしましょうなどと言うと、今後、ポテトサラダを作るときは必ずそのレシピで。などと考えてしまいそうで怖い。
キュウリうんぬんはさておいて、できれば自由な発想で料理に取り組んでもらいたいのだ。
(よし!)
真宵は決心した。
「わかりました。右近さん、お饅頭の仕込みは私がやりますから、右近さんはポテトサラダを作ってください。」
「俺がか?」
「そ、それでは、某は?」
ふたりとも、意外な指示に目を白黒させる。
「金長さんもです。それぞれ、自分がおいしいと思うポテトサラダを作ってください。材料は自由、・・って言っても時間もないですから冷蔵庫にあるもので、ってことになりますけど。」
「二種類のポテトサラダを作るってことか?」
「ええ。それで、お客さんにアンケートとって、どっちがおいしいか決めてもらいましょう。それで恨みっこなし。」
ポテトサラダはそれほど難しい料理ではないし、ランチの副菜によく付けているので作り慣れているはずだ。
一応、最終チェックはさせてもらうが、お客さんにだせないようなものは作らないだろう。
「ふ。ポテトサラダ勝負と言うわけですか。」
「おもしろい。キュウリなしのポテトサラダに負ける気はしないがな。」
「恨まないでくださいよ。右近殿。」
「そちらこそ、現実を直視して落ち込まないように頼むぞ、金長どの。」
ふたりはメラメラと闘志を燃やす。
本人達はめっぽう本気だが、まわりはいささか呆れ顔である。
「じゃあ、ふたりとも頑張ってください。早く始めないとランチに間に合いませんよ。」
真宵の言葉に、ふたりは急いで調理に取り掛かる。
「まったく。面倒なやつらじゃのう。」
座敷わらしが呆れ顔で言った。
「そうねえ。でも、まあ、料理に真剣なのは悪いことじゃない・・かな。」
いつまでも真宵の下であれをしろ、これを頼む、と指示されているだけではいけない。
自分達の作りたい料理を考えたり、真宵とも違った味や世界をつくっていくべきなのだろう。
そう思えばいい機会なのかもしれなかった。
「そうゆうワケで、座敷わらしちゃん、お饅頭作るの手伝ってくれる?」
右近が本来予定していた仕事が真宵に引き継がれたため、こちらも急がないと開店に間に合わなくなる。
なにしろ、真宵は他にも仕事が盛りだくさんなのだ。
「かまわぬぞ。客席の掃除は済んだからな。・・・しかし、世話を掛けさせるやつらじゃ。」
「ふふ。まあ、たまにはいいんじゃない?」
真剣にジャガイモやらキュウリやらと格闘する烏天狗と狸妖怪を、真宵は微笑ましく見つめるのだった。
読んでいただいた方ありがとうございます。
従業員同士、ずーっと仲が良いのもなんだなあ、と喧嘩させて見ました。
まあ、ほのぼの系なので、こんな感じですが。
事の顛末は次回に。
明日も更新予定です。よろしくおねがいします。




