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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第十章 旭日
233/286

233 幕間劇 金長の里帰り 久万郷にて4

従業員兼料理人見習い 金長。


現在、故郷の『久万郷』に帰省中。

『遠野』からは距離があるので、明後日にはこちらを出発する予定。




正月。

《カフェまよい》は休みである。

従業員はそれぞれ里帰りし、おもいおもいの時間を過ごしている。




《カフェまよい》で料理修行に励む狸妖怪金長は故郷の『久万郷』に里帰りしていた。

徒歩での帰郷は時間がかかり過ぎるため、何人かの車力妖怪を乗り継いで、それでも丸二日かかった。

帰ってすぐは狸妖怪の長『隠神刑部』をはじめ、知り合いの妖怪のところに挨拶回りに忙しかったが、それも一段落し、今日は朝からゆっくりしている。

時間ができたところで、許婚の小女郎と一緒に、人間界から持ってきたジャガイモという妖異界になかった芋を試験的に植えた芋畑を見学に来ていた。


「ほう。なかなか大きな畑を作ったようですな。」


すでに芋は全て収穫が終わっており、畑にはなにも植わっていなかったが、その広さは金長が店の側に作った畑とは比べ物にならない大きさだった。

しかも、小女郎が言うにはここだけではなく他に二箇所、日当たりや水捌けなど条件の違う場所に畑を作ったらしい。

その全ての畑の記録を小女郎は帳面に残しており、また春からの芋作りに活かすつもりらしい。

実物を目の当たりにすると、自分が店の仕事の片手間にやった畑とは規模が違うことを実感し、己が頼んだこととはいえ、小女郎には頭が下がる思いの金長だった。


「ふふ。金長様が作ってくれって手紙をよこしたんでしょう?」


小女郎が嬉しそうに笑う。

その表情はどこか誇らしげだ。


「ええ。ですが、まさか小女郎殿が責任者になるとは思いもしませんでした。てっきり畑仕事の得意な男衆にでも頼むのかと。大変だったでしょう?」


「ふふ。私も畑仕事は経験がなかったんですけどやってみると、けっこう楽しゅうございました。もちろん、お鹿ちゃんとか源八にも手伝ってもらいましたけど。」


「こんなに大きな畑でやってもらえるとは思いませんでしたよ。」


「あら。春にはもっとたくさんの畑に植えるつもりなんですよ。収穫した芋で、あの『じゃがバター』を皆に御馳走したら、こんな芋なら自分も作りたいってひとがいっぱいでてきて。春先には、私があちこちまわって作り方を教える予定なんです。ふふ。ちょっと恥ずかしいです。」


「小女郎殿が?それは素晴らしい。」


「もちろん、私もまた作るつもりです。春に植える畑の場所も、もういくつか候補が挙がってるんですよ。」


「この畑ではもう作らないのですか?」


金長の言葉に小女郎はキョトンとなる。


「だって、ジャガイモは同じ畑で作ってはいけないのでしょう? 金長様が送ってきた手紙にそう書いてありましたよ?」


「え? ああ。そうでした。」


金長は思わずパチリと額を叩いた。


「すっかり忘れていました。たしか真宵殿にそのように言われたのでした。小女郎殿は良く覚えていましたね。」


「まあ。金長様ったら。」

小女郎は笑う。


「私はしっかり覚えていましたよ。金長様の手紙は暗記できるくらい何度も読み返しましたから。 ここの畑にはなにか別の作物を植える予定です。放置しておくのはもったいないですから。それと、一部だけはジャガイモも植えてみるつもりなんですよ。同じ畑で作らないほうがいいとのことですが、実際に作るとどんな影響が出るのか知っておくのも悪くないと思うんです。」


「なるほど。」


ジャガイモを同じ畑で連続で作ると、連作障害といって育成が悪くなったり、害虫がつきやすくなったりする。

回避策としては幾つかの畑をローテーションでつかうのが最も簡単なやり方だ。

だが、そんな常識もまだ始めたばかりのこの世界では浸透してはいない。

なにごとも勉強。なにごとも経験。

努力家の女狸妖怪は自分の仕事に前向きだった。


「しかし、小女郎殿は本当にすごい。某など、作った芋は収穫して食ってたら終わりでした。小さな畑でしたから、店の皆と晋平たちが働いている牧場に配ったら、ほとんどなくなってしまって。」


「ふふ。金長様は《カフェまよい》での料理修行という大事な役目があるのですもの。畑だけやっている私とは違いますわ。」


小女郎は天を仰いだ。

風は冷たいが天気はいい。

空にはうっすらとうろこ雲が浮かんでいた。



「あ。そう言えば、晋平や文吾さん達は帰ってこなかったのですね。てっきり一緒に帰郷するものだと思っていました。」


晋平、文吾、宗助、あさけの、しののめ、の五人はここ『久万郷』の狸妖怪である。

現在、《カフェまよい》から少し離れたところにある件の牧場で働いている。


「うむ。某も一応、声は掛けたのだがな。牛の世話があるから帰れないと断られた。件殿ひとりに任せるのは申し訳ないし、何人かだけ帰ると言うのも不公平なので皆で残ることにしたらしい。」


「あら。あの五人が金長様の誘いを断るなんて珍しいこともあるものですね。」


五人とも自称金長の舎弟、妹分で、金長を兄のように慕っている。

牧場で働き始めたのも金長を慕ってのことだ。


「ああ。なんでも、最近は牛酪やらヨーグルトやらの商売が軌道に乗ってきたらしい。世話をする牛の数も増やしたと言っていたし、仕事が面白くなってきたようだな。たまに店にも来て、真宵殿に乳製品を使った料理まで教わっている。」


「へえ。あの五人がですか? 仕事に精を出すタイプだとは思ってませんでした。」


「まあ、何事も真剣に取り組めばおもしろさがわかってくるものなのだろう。某も正直、料理があれほど奥深く、おもしろいものだとは思っていなかった。」


「ふふ。そう言われると、私の畑仕事もそのようなものかもしれませんね。」


微笑みかける小女郎に金長は珍しく優しい笑顔で応えた。


「そうですな。・・ああ、もしこの畑になにか植えるのなら、また真宵殿にお願いして、別の苗か種を送りましょうか? 人間界の野菜はどれもおもしろいものが多いですからな。」


「本当ですか?それは素敵です。ぜひ育ててみたいわ。」


「はは。それでは、帰ったら真宵殿に頼んでみます。きっとよい野菜かなにかを選んでくださるでしょう。」


「ふふ。また楽しみがふえましたわ。」


「はは。また仕事が増えると文句を言われるかと思いました。」


「まあ、金長様ったら。」


「さて、小女郎殿。少し腹が減りませんか? せっかくなので某がなにか作りましょう。」


「あら。嬉しいです。金長様が作ってくださるんですか?」


「ええ。某も多少は腕が上がったと、真宵殿にも褒められました。ぜひ、小女郎殿にも腕前を披露させていただきたい。」


「ふふ、光栄ですわ。でも、感想は正直に言わせていただきますよ。ちゃんとおいしい物を作ってくださいね。」


「はは。これは手厳しい。わかりました。小女郎殿が納得するようなものを作ってみせましょう。」


そう言って笑いながら、二人は手をつなぎ歩いていくのだった。





読んでいただいた方ありがとうございます。

正月話金長編でございます。

当然次回は、右近編を予定しております。

よろしくおねがいします。


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