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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第九章 師走
231/286

231 仕事おさめ

人間界とは別の妖怪たちの棲む世界、妖異界。

ひょんなことから異世界で甘味茶屋を営むことになった真宵まよい


剣も魔法もつかえません。

特殊なスキルもありません。

祖母のレシピと仲間の妖怪を頼りに、日々おいしいお茶とお菓子をおだししています。

ぜひ、近くにお寄りの際はご来店ください。

        《カフェまよい》  店主 真宵




妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

三日間のクリスマスフェアも終わり、従業員は片付けに精を出している。

諸事情もあり、店は明日から冬休みにはいる。




「みなさんおつかれさま。三日間忙しかったですけど、なんとかおわりましたね。」


店主である真宵が最後の客の食器を洗い場へと運んでくる。


「はい。某は当分、鶏の足は見たくありません。もう、何本焼いたか覚えていないくらいです。」


めったに弱音を吐かない狸妖怪の金長がため息をつきながら答えた。


「俺も、どら焼きの皮が夢にまで出てきそうだ。」


烏天狗の右近もお疲れ気味だ。



それというのも、この三日間、真宵は朝の下拵え以外は厨房に立たず、全て右近と金長に任せた。

メニューはクリスマスの特別メニューに絞っての営業だったとはいえ、慣れないことでかなり疲労がたまったらしい。

特に金長が担当した『ローストチキン』右近が担当した『バター入りどら焼き』は焼き立てを出すようにしていたので、一日中かかりきりだったと言っても過言ではない。


「ふふ。でもどちらも好評でしたよ。『ローストチキン』は波山ばさんさんに追加でもってきてもらったぶんも全部売り切れちゃいましたし、『どら焼き』は三種類のお菓子のなかで一番売れましたしね。」


『ローストチキン』は売れ行きが好評で、早々に鶏肉が足りなくなりそうだったので、今朝、追加分を鳥妖怪の波山に持ってきてもらった。

明日から休みなので売れ残ったらロスになるのを心配していたが、追加分まで閉店の一時間前に売り切れるという快挙だ。

三種類の菓子もこの世界では馴染みの薄い乳製品を使ったにもかかわらず、皆好評だった。

特に右近が焼いた『バター入りどら焼き』はバターの塩味とコクがどら焼きの餡子にマッチして、土産に持ち帰る妖怪も多数いた。


「まあ、問題なかったのならありがたいな。なにしろ、こんなに全面的に仕事を任せてもらったのは初めてのことだし。」


「そうですな。ソースの味付けやらは真宵殿に力をお借りしたとはいえ、自分達でやりとげたのは我らには大きな自信になりますな。」


ふたりともうれしそうに顔を見合わせた。


「ふふ。そうですね。おふたりとも料理の腕もあがってきましたし、これからはもっといろいろお願いしないといけませんね。」


性格のせいなのか、ついつい真宵はなんでも自分で背負い込もうとしがちになる。

思えば金長がここに仕事に来てからもうすぐ四ヶ月。右近はその倍だ。

もう、任せても頼ってもいい仕事はたくさんあるはずだ。


「まあ、それも来年になってのことですがね。」


今日は十二月二十六日。

《カフェまよい》にとっては最後の営業日である。


「しかし、今回はゆっくり休みをとるんじゃな。」


洗い終わった食器を片付けている座敷わらしが聞いた。

次の営業再開は年明けの一月五日を予定してる。

つまりまるまる一週間以上休みと言うことになる。


「ええ。私も年末年始くらいは実家に帰らないと親が心配するしね。それにたまに親孝行もしないと。普段はろくに連絡も取っていないですから。」


平日はずっとこちらの世界でいるため、週末にしか連絡が取れない。それも、いろいろ忙しいため、ついつい疎かになってしまっている。

せめて正月くらいは。

というのが真宵の考えだった。


「それに一週間もあれば、金長さんも里帰りできるでしょう?」


「某ですか?」


金長の故郷は『久万郷』。

《カフェまよい》からは遠く、毎日通い出来ている小豆あらいや、近くはないが空を飛べば数時間で着く『鞍馬山』が故郷の右近とは違う。

定休日の週末にちょっと帰るというわけにはかないのだ。


「・・・里帰りですか。特に考えていなかったのですが。」


「帰らないんですか?」


「いえ。修行の身ゆえ、こんな長い休みがいただけるとは想定していなかったものですから。」


金長としては、一人前の料理人になるまでは帰らない、くらいの気持ちで店に修行に来ていた。

ただ、やることがあるならまだしも、店も休み、真宵もいないということであれば、ここにいても特に意味がない。


「そうですね。せっかくの機会ですから、一度、帰るのも良いかもしれませんね。里の様子も知りたいですから。」


「そうですよ。きっと小女郎こじょろうさんも喜びますよ。」


真宵はニコリと微笑んだ。

小女郎と言うのは金長の許婚で、『久万郷』で畑をやっているらしい。


「いえ。小女郎殿とは十月の終わりに、芋煮会で会ったので別に・・・。しかし、小女郎殿が管理しているという畑は気になりますな。話によると大豊作だったようですし。」


金長も店のすぐ側で芋畑を作って、そちらも豊作だったのだが、どうやら小女郎が『久万郷』でやっている畑の芋の方が出来が良かったらしく、金長はそのことをいたく悔しがっているようだった。

春先に植える芋では絶対に負けないと、いまから意気込んでいる。

来年の話をすると鬼が笑うと言うが、これに関しては来年の収穫のことまで考えているようだった。

しかし、許婚の小女郎のことより畑の芋のことに気が向くとは、金長らしいと言えば金長らしい。



「右近さんはお正月は『鞍馬山』で過ごすの?」


「え?俺か? 俺は山を下りた身だし、帰っても特にすることはないしなあ。」


「お正月に鞍馬寺でなにかしたりしないんですか?」


「うーん。毎年、特別なことは何も。せいぜい食事に餅がでるくらいかな。」


「あら。いいじゃないですか、お餅。皆さんでお餅つきとかやればどうです? よければ店にある臼と杵を使っても構いませんよ? あ、でも運ぶのが大変かしら?」


「いや、臼と杵はたしか寺にもあったはずだが・・・、餅つきか。」


うーん。と顎に手を掛けて、右近が悩むそぶりを見せる。


「前にウチでもやりましたよね。ちょっと季節はずれでしたけど。色んな餡子や味付けを用意すると楽しいですよ。」


《カフェまよい》の餅つき大会。

春に行われ、たくさんの妖怪を招待した。

そのころまだ右近はただの客であったが、あれがきっかけで店で働くことを決意したといっても過言ではない。


「・・・そうだな。考えてみるか。どうせ、店が休みならすることもないしな。料理の勉強になると考えればいいかもしれない。」


「ふふ。よかったから、味付けの簡単なレシピ書いておきますよ。」


「そうか?それは助かる。ぜひお願いする。」


右近もどうやらやる気になったようだ。



「小豆あらいちゃんはお祖父さんと過ごすのよね。 座敷わらしちゃんは?」


「わしか?」


興味なさそうな雰囲気で座敷わらしが答えた。


「わしはなにもせぬ。」


「どこかに行ったり、誰かを呼んだりしないの?」


「騒がしいのは好かぬ。正月はここで迷い家とゆっくりさせてもらう。」


「ふーん。」


いわゆる寝正月というやつだろう。

まあ、ひとの好みはそれぞれなので、無理に何かさせるわけにも行かない。


「あとのみんなはどうするのかしら? 沢女ちゃんとかかまど鬼さんたちとかは。」


「沢女は明後日に川守をしていた川に戻ると言うておった。かまど鬼らも長い休みじゃ。好きに過ごすじゃろう。もともとフラフラしておる鬼火たちじゃからな。」


「へえ。そうなの。あ。じゃあ、沢女ちゃんにはお土産を持たせてあげなきゃね。夏に帰ったときは知らなくてなにもしてあげられなかったし。」


水瓶の上に座っている小さな幼女に話しかけると、ただ黙ってうれしそうに微笑んだ。

返答はないが、喜んでいるようである。


「つらら鬼はおそらくここで過ごすじゃろうな。あやつら、いったん帰るとここの仕事を奪われると思うておるみたいじゃからな。」


「はは。」


過ごし方はそれぞれだが、皆、それなりに予定は立っているようである。




「しかし、明日からは真宵殿がおられないとなると、少々寂しくなりますな。」


「あ、明日はまだいるんですよ。明日の晩に迷い家さんに人間界に送ってもらうつもりなんです。」


「そうなのですか?」


「でも、明日は店は休みにするのだろう?」


わざわざ店を休みにしておいて、帰るのは一日遅らせるという。

真宵はこちらの世界では、自由に出歩けるわけでもない。

皆、何故かと不思議に思った。


「明日は、迷い家さんの大掃除をしようと思って。」


「迷い家の?」


意外な答えに、右近が目を丸くした。


「ええ。いつも忙しくてなかなか時間を掛けてお掃除できないでしょう? 特に私は休日はあっちの世界で、こっちにはいないし。」


「まあ。そうだな。」


「お店のほうは気をつけてるけど、母屋はついついサボりがちになってるから、この機会にね。いつも世話になっているんだし、たまには感謝の気持ちも込めて。」


「なるほど。」


この《カフェまよい》の建物は妖怪『迷い家』そのもの。

店舗部分も皆が生活している母屋部分もすべて迷い家である。

その上、真宵は家賃も払っておらず、母屋で使う蝋燭や油なども迷い家が用意している。

さらに言えば、真宵が週末ごとに人間界と妖異界を行き来できるのも迷い家のおかげである。

本来ならもっと感謝すべきなのだが、ほとんど喋らない上、みためは完全にホンモノの日本家屋なので、ついつい忘れがちになる。


「言われてみれば、そうですな。では、某も明日は協力させていただきましょう。」

金長が言った。


「そうだな。俺も特に用事はないし参加させてもらうか。」

右近も賛同する。


「え、そんな気を使わなくってもいいんですよ。私が勝手にやるんだし。明日は仕事は休みって言ってあったんだから遠慮なく休んでください。」


「いえ。迷い家殿に世話になっているのは某も同じですから。」


「そうだな。皆でやった方がはやいし。それに自分の部屋もついでに掃除できるしな。」


「そうですか?」


なんだか、自分が巻き込んだようで少々心苦しい。


「オレもやるゾ!」


「え?小豆あらいちゃんも?」


少年妖怪がやる気になっているのを見て真宵は困惑する。


「小豆あらいちゃんはいいのよ。通いだから母屋は全然使ってないでしょう?」


しかし、小豆あらいは大きな目玉をギョロリと動かす。


「仲間ハズレはよくないゾ!」


「な、仲間ハズレってわけじゃあないんだけど。」


皆が店や迷い家を大切にしてくれるのは嬉しいのだが、だんだん話が大きくなっている気がした。



「よし。じゃあ、こうしません? 明日は昼間に大掃除して、夕食はなにかおいしいものを作って皆で食べるっていうのは。仕事納めの忘年会みたいな感じで。」


「ほう。それはいいですな。」


「賛成だ。」


「小豆あらいちゃん、お祖父さんの腰の調子がよさそうなら、夕食をご一緒にいかがですかって聞いてみてね。夜におひとりだと寂しいでしょうから。」


「わかったゾ!」


「座敷わらしちゃんもそれでいい?」


「別に構わん。」


「じゃあ、そういうことで。ホントなら今日で仕事は終わりだったはずなんだけど、明日までよろしくお願いしますね。」


「ああ。」


「こちらこそお願いします。」




そうして明日は皆で大掃除する運びとなった。


今年もあと数日を残すばかり。

真宵にとって激動の一年はもうすぐ終わりをむかえようとしていた。







読んでいただいた方ありがとうございます。

タイトルどおり仕事おさめのおはなしです・・。

年末に投稿するつもりだったんですがね^^;。

やっと、次回から新年のおはなしです。


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