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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第九章 師走
230/286

230 クリスマスにはどら焼きで

本日、クリスマス特別メニューです。

ご了承ください。




妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

年の瀬が近づき、今年ものこりあとわずかとなってきた。

店は年末年始は休業の予定だが、その前に小さなイベントを開催していた。

妖異界にはない風習、クリスマスである。




《カフェまよい》のクリスマスフェアは好評だった。

特別メニューは『ローストチキン』。

クリスマスは本来なら、チキンではなく七面鳥ターキーらしいのだが手に入りにくいのとコストの面から気にしないことにした。

本日は『ランチ』を休む代わりに終日このチキンを販売している。持ち帰りも可能だ。

だが、クリスマスを家族で祝う習慣がないせいか、焼きたてのほうがおいしそうと、店内で食べる妖怪が大半である。

また、『ローストチキン』は焼くのに多少時間がかかるため、待ってもらうことも多く、店内は混雑気味だ。

現在、昼の三時。普段ならそろそろ客の数が落ち着いてくる時間帯になってもそれは変わらなかった。




「いらっしゃいませー。」


このクリスマスは厨房は右近と金長に任せて接客を担当している真宵の声が新しい客の到来を告げる。


「あら?ずいぶん混んでるのね。」


「特別メニューにするって言っていたからそのせいかもね。」


「年の瀬だって言うのにみんな暇なのねー。」


入って来た三人は常連中の常連だった。

『女郎蜘蛛』『骨女』『毛娼妓』、通称花街の三美女。

ここから決して近いとはいえない『古都』の花街の棲んでいるにもかかわらず、足繁く通っている女性妖怪達だ。


「いらっしゃいませ。みなさん。」


「まよいちゃん。今日は盛況ね。」


「おかげさまで。どうぞ、奥の席に。」


いつもは好きな席に座ってもらうのだが、今日は空いている席も少ないので効率よく座れるように案内している。

いつもより幾分騒がしい店内を通って三人は奥の席へと案内された。




「どうぞ。今日のメニューです。」


いつものふたつ折りのメニューとは違い、一枚の紙を三人に差し出した。




クリスマスフェア


『ローストチキン』


『照り焼きソース』『クランベリーソース』からお選びください。



『バター入りどら焼き』

中につぶあんと牛酪が入っています。


『抹茶生クリーム大福』

中身はつぶあんと生クリーム。皮には抹茶が練りこんであります。


『あんこヨーグルト』

つぶあんとヨーグルトをご一緒に。蜜柑入り。




「なにこれ? 不思議お菓子ばっかり!」


「どら焼きがあるの? それも牛酪入り?」


「ヨーグルト!私、大好き!でもあんこと一緒?どうゆうこと?」」


三人は食い入るようにメニューに注目する。


「牛酪に生クリーム?それにヨーグルトって、まよいちゃん、これ・・。」


「ふふふ。さすがは女郎蜘蛛さん。お気づきになりましたか? 今回の特別メニューはくだんさんの牧場の乳製品をつかったお菓子なんです。」


真宵が得意気に説明した。


「ほら。女郎蜘蛛さんたちが宣伝してくれたおかげで、けっこう牛酪やヨーグルトが売れるようになったでしょう?私も何か手伝えないかなって思って、今回のクリスマスフェアで妖怪さんたちに乳製品のおいしさをわかってもらえたらな、って感じなんです。」


現代風に言えばコラボ商品と言ったところだろうか?

こちらの世界では乳製品の需要が少ない。

流通の問題も大きいのだが、なにより食べる文化があまり育っていないのだ。

だが、育っていないならこれから育てればいい。

それには、まず食べてもらって味を知ってもらうのが一番の近道だ。

今回の菓子で気に入った客が何割かでも、件の牧場に乳製品を求めて足を運べばいいと真宵は画策していた。


「へえ。おもしろいこと考えたわね。でも、三種類もあると悩むわ。」


「そうねえ。どれも美味しそう。」


「あーん。全部食べたいけど、そんなに食べられないし。うーん。」



三美女は悩みに悩んで結論を出した。


「よし!私、やっぱり、どら焼きにするわ!」

一番に決めたのは骨女だった。


「あら、もう決めたの?」

いまだ、決断のつかない女郎蜘蛛が尋ねた。


「ええ。私、どら焼きには目がないの。ここでどら焼が食べられるなんておもってなかった。他のも気になるけど、やっぱりこれに決めたわ。」


「ふーん。・・・よし、じゃあ、私は大福にするわ。抹茶も好きだし、この生くりーむっていうのが気になるのよね。食べてみなくちゃ!」


「あーん。二人とも決まったの? どうしよう? えと、えと、えと・・・・、うん!じゃあ私はヨーグルトにするわ。牧場から買ったのを食べてるけど、あんこと一緒なんて考えたことなかったもの。食べておかないと気になって眠れないわ。私はこれ!」


毛娼妓が決めたことで、偶然にも三人とも別々のものを頼むことになった。


「かしこまりました。お茶はお付けしますか?」


「「「もちろん。」」」


真宵の言葉に期待に胸を膨らませ、三人は応えた。






ほどなく注文の品が届き、テーブルに並べられた品を前に三人はお茶をすすっていた。

食べ物が届くなり、すぐにがっつくような品のない真似は出来ない。

妖異界に名をはせる花街の三美女はどこでだれに見られているかわからないのだ。


「・・・さてと。」


女郎蜘蛛の声で、三人は自分の注文した品を注視する。


「美味しそう。皮も焼きたてね。」


骨女は焦茶色に焼きあがったどら焼きを見つめる。



「きれいな色。うっすら抹茶の緑が映えて。ぞくぞくしちゃうわ。」


大福は抹茶を練りこんだ半透明の緑皮のまわりに真っ白な粉がまぶされており、優しい若草色のフォルムになっている。



「やだ。この器かわいい。こうやって盛るとヨーグルトもずいぶん違って見えるわね。」


ヨーグルトは小振りで深さのある和食器に盛られており、上にあんこときれいに皮を剥いた蜜柑が二房のせられている。

見ようによっては和風のパフェにも茶碗蒸しのようにも見える。



「でも、この大きさだと、一口でパクリってわけにもいかないわよね?」

女郎蜘蛛が呟く。


「そうね。だからと言って、どら焼きや大福を小さくちぎって食べるっていうのもね。逆に無粋だわ。」

骨女が言った。


「ふふ、私のヨーグルトはそんな心配ないわ。匙でお上品に食べられるもの。」

毛娼妓はニコリと笑う。


「花街の妓女としては、人前で大口開けてものを食べるのはちょっと気が引けるけど・・。」


「口紅が落ちちゃうのも気になるわよねえ。」


「みっともないとこみせられないわね。」


「「「でも、我慢できないわ!」」」


三人は、そう言うと一斉に自分の菓子に手を伸ばした。



「・・・・・。」


「・・・・・。」


「・・・・・。」


一拍、二拍、三人が黙った後。



「「「おいしいーーー!!」」」


色気と品と気位の高さが売り物の妓女だったはずだが、そんなものはかなぐり捨てて、三人は大きな声で言った。



「やだ。なにこれ。どら焼きなのに、普通のじゃないわ。餡子も皮もおいしいけど、なかに入ってる牛酪!フワフワなの。それで、牛酪の塩気のせいで餡子も皮ももっとおいしく感じるのよ。コクがあるっていうか奥深いっていうか・・・、とにかくおいしいの!! こんなどら焼きはじめてよ!」

骨女が興奮気味に言った。


「こっちの生クリームもすごいわ。ほんとにふわふわで軽いの。雲を食べているみたい。それであまーいの。餡子とは違った優しいふわっとした甘さ。これも牛の乳からつくってるのかしら? ああん。皮の抹茶の苦味が餡子と生クリームの甘さを引き立ててるわ。すっごいまろやか。ほんとうに極楽みたいな味よ。」

女郎蜘蛛が陶酔の表情を受かべる。


「ヨーグルト!ヨーグルト!ヨーグルト!あのヨーグルトなんだけど、大発見よ! ヨーグルトと餡子を一緒に食べるとすっごいおいしいの!同じ甘いのでも蜂蜜入れたときとは全然違う味なの。こんな食べ方知ってて秘密にしていたなんて、ずるいわ、まよいちゃんたら。」

毛娼妓も声が高ぶっている。


「ああん。牛の乳と餡子がこんなにあうなんて思っても見なかったわ。」


三人の共通した意見だった。


乳製品に馴染みのないこの世界では知られていないが、餡子と牛乳は実は相性がいい。

『クリームあんみつ』や『和風パフェ』は定番化されているし、《カフェまよい》ではやっていないが、餡子をつくるとき、まろやかさを出すため牛乳を加えることもある。アンパンを食べるときは牛乳に限ると言う人も少なくない。

アズキ味のアイスクリームは日本人なら一度くらいは口にしたことがあるだろう。

黒い餡子と真っ白な牛乳。

ミスマッチのようで実は最高の取り合わせだったりするのだ。



妖怪にとっては初めての味に一通り堪能すると、他のものが食べているものに気がいく。


「ねえ。骨女。ほんとに牛酪をいれたどら焼きは普通のよりおいしいの?」


「ええ。牛酪って、こんな使い方があったのね。知らなかったわ。毛娼妓、あんたの食べてるヨーグルトって酸っぱいわよね?餡子とはあわない気がするんだけど。」


「ううん。そんなことないわ。すっごいおいしい。蜂蜜入れたのよりおいしいかも。・・ねえ、女郎蜘蛛。私、牛酪とヨーグルトは知ってたんだけど、その生クリームって言うのは初めて聞いたのよね。どんななの?」


「ええ。私も初めてよ。ほんとに軽くて雲みたいなの。口の中でフワッととける感じ。」


それぞれ相手が食べているものに興味が移る。

普通の女子会なら、ここで交換会が起こりそうなのだが、品位がうりもののこの三人では、食べかけのものを交換しあうのは人目が気になり若干抵抗がある。


「・・・ねえ。もう一品づつ頼まない?」

毛娼妓が提案する。


「・・・そうね。私も他のを食べてみたいわ。」

女郎蜘蛛が賛成する。


「・・・でも、甘いものばかり食べると太るわよ。それに、今日は三人ともお座敷で仕事でしょ? あんまりゆっくりはしていられないわよ。」

骨女の言葉に、ふたりはうーん、と頭を傾げた。


「・・・ねえ。たしか、このクリスマスフェアって今日から三日間って言っていたわよね?」


「ええ。それが?」


「じゃあ、三日とも来て別々のを注文したら、三種類とも食べられるわよね?」


「そっか。」


「・・・明日も来る?」


「もちろん。」


「絶対ね!」


「毛娼妓。あなた、寝坊しないでよ。放っておくと夕方まで寝ているんだから。」


「そ、そんなことないわよ。化粧がうまくいかないって、いつも約束の時間に遅れて来るのは骨女でしょう?」


「な、なに言っているのよ。約束って言うなら、女郎蜘蛛は大丈夫なの? 愛しの黒狐さまに誘われたら、すぐ私達の約束なんか後回しにするくせに。」


「だ、誰が愛しの黒狐さまよ。ただの客よ、あんな男!」


「あら。憎からずおもってるくせに。」


「そうそう。ちょっと私達が黒狐さんと話しただけで、すごい顔で睨むのよ。」


「そ、それは、ひとの客にちょっかいだそうとするからよ! 別に黒狐だからじゃないわよ。」


「へえ。そうかなあ。」


「あやしいわよね。」



そんなたわいないおしゃべりをしながら、楽しい時間は過ぎていった。


クリスマスフェアの三日間、花街の三美女妖怪が欠かさず来店したのは言うまでもない。





読んでいただいた方ありがとうございます。

次回やっと今章ラストです。

だいぶ、出遅れましたが、次章より、新年のおはなしのなります。


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