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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第一章 桜
23/286

23 稀有なるものの価値

人間界とは別の妖怪たちの棲む世界、妖異界。

ひょんなことから異世界で甘味茶屋を営むことになった真宵まよい


剣も魔法もつかえません。

特殊なスキルもありません。

祖母のレシピと仲間の妖怪を頼りに、日々おいしいお茶とお菓子をおだししています。

ぜひ、近くにお寄りの際はご来店ください。

        《カフェまよい》  店主 真宵


「ありがとうございました。またいらしてください。」


《カフェまよい》 の店主真宵はお客の妖怪を送り出した。

そろそろ、お客のピークも過ぎて、幾ばくかゆっくりできる時間帯だ。

多少、ゆとりができた客席を見渡した真宵は、なにか見慣れないものを発見してしまう。


(え?)


おもわず、目をパチパチと瞬きし、再度確認する。


(目の錯覚じゃないわよね?)


先ほどまで、誰も座ってなかったはずの客席のひとつのになにか黒い塊が置かれていた。

いや、置かれているのか、座っているのか、飾られているのか。

そもそも、いったいそれがなんなのか?

毛玉? たぶんそれが一番わかりやすい表現だとおもう。

毛糸玉ではなく、毛玉。 

大きさは大型犬くらい。長毛種の黒い犬が十年くらい毛を伸ばしっぱなしにすると、もしかしたらこんな風になるのかもしれない。

置物なのか、犬なのか、妖怪なのか、なにかよくわからないが、とにかくその大きな黒い毛玉が、客席のひとつに鎮座している。


「なんじゃ、毛羽毛現けうけげんではないか。」

とおりかかった座敷わらしがサラっと言った。


「座敷わらしちゃん、知ってるの? ってゆうか、アレって妖怪さんなの?」

真宵は、小声で座敷わらしに聞いた。


「うむ。毛羽毛現という妖怪じゃな。まあ、見た目はおかしなヤツじゃが、別に噛みついたりはせんぞ。」


「そ、そう。じゃあ、お客さんなのよね? いつの間にいらっしゃったのかしら?ぜんぜん気づかなかったわ。」


「あやつは、知らぬうちに、家の敷地にはいりこむ妖怪じゃからな。わしが注文をとりにいくか?」


真宵は首を振る。


「ううん。お客さんだったのならいいのよ。あまりみないタイプの妖怪さんだから、わからなくって。ありがとうね。」


この茶屋には、様々な妖怪が来店するが、たいていの妖怪は人に近いかたちをしている。もともと化けるのが得意なものたちなので、人に化けたり、大きな体を小さくしたりと店で食事しやすいように形を変えてたりする。

あの、イケメン烏天狗の右近も、実は真っ黒なカラスの顔が本当であるらしい。

そう考えると、あの毛玉の中は、もしかしたら人型なのかもしれない。


しかし、どのような見た目であろうと、毛玉の中身がなんであろうと、お客さんであるなら、きちんと接客するのが店主の仕事だ。

真宵はメニューを片手に、毛玉の・・、もとい毛羽毛現の座るテーブルへと足を運ぶ。


「いらっしゃいませ。《カフェまよい》へようこそ。 こちらメニューになります。」

真宵は、メニューを開いて毛羽毛現に差し出す。


「モフ。」

毛玉から声がした。それが声なのか、音なのかはさだかではないが・・・。


(モ、モフ?)

「ええと、注文はいかがいたしましょう?」


「モフモフ。」

やはり、同じような鳴き声みたいな声がする。


(え、ええと、しゃべれない妖怪さんなのかしら? やっぱり、座敷わらしちゃんに変わってもらったほうがようかったかしら。)


真宵は毛羽毛現のほうをチラッと見る。

近くで見ても、本当に巨大な毛玉だ。

どこに目がついているのか、口がついているのかわからない。

そもそも、目や鼻や口があるのかもわからなかった。

(食べるんだから、口はあるのよね?)


「モフモフー。」


「え、えーと、どうしよう。」

意思の疎通ができず、オロオロしていると、あることに気づく。

毛羽毛現の体から細い毛の束がひとふさ、ニョロニョロと伸びて、メニューの一部を指している。


(もしかして・・。)

「おまんじゅう、でよろしいですか?」


「モフモフ。」

よくわからないが、なんとなく喜んでいる感じがする。。。。たぶん。


「お茶はおつけしますか?」


「モフモフ。」


(たぶん、イエスよね?)

「かしこまりました。 少々お待ちください。」



真宵は注文の品を用意すると、毛羽毛現のテーブルにもどってきた。

あいかわらず、椅子の上に座ったまま動いていない。

妖怪さんだとわかっていても、傍から見るとほんとにただの毛玉だ。


「お待たせしました。こちら、みそまんじゅうとお番茶です。」

テーブルに饅頭と湯のみ、それにお茶請けのお漬物を並べる。


「どうぞ、ごゆっくり。お茶のおかわりはご自由ですので、遠慮なくおっしゃってください。」

軽く会釈をして、真宵は戻っていった。


厨房近くのカウンターまで戻ってきた真宵だったが、どうしても毛羽毛現が気になり、失礼がないように気をつけながら、観察した。

毛羽毛現は、さっきと同じように、体毛の一部を伸ばすと、触手のように饅頭に巻きつき、毛玉の中に押し込んだ。

毛玉の中に食事するための口があるのか、毛玉そのものが消化器官の役割があるのか、とにかくまんじゅうを食べているのは間違いないようだ。

まんじゅうを食べ終わると、今度は湯のみに触手の毛をからませて毛玉の中にもっていく。湯のみごと飲み込んでしまったかのようにも見えたが、さすがにそれはなく、毛玉の中から湯のみを戻すとテーブルへ置いた。

見た目は奇妙だが、普通にお茶とお菓子を楽しんでいるようだった。



すべての品を平らげると、毛羽毛現はチョコンと椅子から飛び降り、真宵のほうに寄ってくる。

また、触手の毛を伸ばして、真宵の手に代金をのせた。


「モフモフ。」


「あ、はい。ちょうどいただきます。ありがとうございました。」

伝わっているのかいないのか、よくわからなかったが、真宵はとりあえず笑顔で応える。

そこに、入り口が開いて新しいお客が入ってきた。


「まよいちゃーん。今日のお饅頭はなーに?」

艶やかな着物とウェーブのかかった長い髪が特徴的な女性の姿をした妖怪、毛倡妓けじょろうである。


「あ、毛倡妓さん、いらっしゃいませ。今日のお饅頭はみそまんじゅうですよ。」

そう答えた真宵だったが、毛倡妓の視線が自分にではなく、その前にいるおおきな毛玉にそそがれているのに気づいた。


「いやーん。毛羽毛現のおじさまじゃない! おひさしぶりー。ぜんぜん会いにきてくれないだもの。」

毛倡妓は小走りで駆け寄ると、毛羽毛現を両手で持ち上げ抱きしめる。


「モ、モフモフー。」

毛倡妓はギュウギュウと抱きしめ頬ずりし、感触をたしかめる。


「やーん。やっぱり、モフモフのフワフワのモコモコね。」


「モモフー。」


言葉はわからなかったが、真宵には、なにか逃げ出そうともがいてるように見える。

毛羽毛現は触手の毛を使って、なんとか腕から抜け出そうとしているが、毛倡妓は腕を緩めない。

(あ、こうゆうの見たことある。)

子供のいる家庭に、はじめてペットの犬とか猫を連れてきたとき、子供があまりの可愛さに興奮してペットを抱っこして離さないやつ。

ペットが驚いて必死に逃げようしてもがいてる様は、今の毛羽毛現そっくりだ。


「毛倡妓さん、毛羽毛現とお知り合いなんですか?」

とりあえず、聞いてみた。


「ええ、むかし馴染みよー。ぜんぜん会いにきてくれないからさびしかったっわー。」

毛倡妓が答えた。

その、意識がそれた一瞬を狙って、毛羽毛現が腕から逃れる。


「モフモフモフー。」


そのまま、ピョンピョンと飛び跳ねて、店の外まで逃げていってしまった。


「あーん。いっちゃったわ。 残念。ひさしぶりに会えたのに。」

毛倡妓はつまらなそうに、口をすぼめた。



「毛羽毛現は帰ったのか? 」

座敷わらしが聞いてきた。


「ええ、なんていうか、ちょっと不思議ってゆうか、珍しいタイプの妖怪さんね。」

真宵が答える。


「珍しいか。。まあ、そうじゃろうな。毛羽毛現は稀有稀現ともゆうめったにあらわらない妖怪じゃ。わしも会うのは、ひさかたぶりじゃ。」


「そうなの?」


稀に有り、稀に現る、けうけげん。

ぜんぜん知らなかったが、めったに見られないレアな妖怪さんだったらしい。


「へー。めったに見ることも会うこともできない妖怪さんか・・・。なにかご利益ありそうな感じね。」


真宵はちょっとふざけて言ってみた。

珍しい自然現象を見たら幸せになるとか、希少動物に出会えたらそのカップルは結ばれるとか、まあよくある言い伝えとか都市伝説とかの類だ。

ゲームとかでは、レアなモンスターはたいていレアなお宝をもっていたいたりする。


「ご利益か? そうじゃのう・・、毛羽毛現の現れた家には、病人がでると言われておるのう。」


「え?」


座敷わらしは真面目な顔でこっちを見ている。


「めったにあらわれない妖怪さんなんでしょう? ふつう、そうゆうのって会えたら幸せになったり、いいことがおこったりするんじゃないの?」


「普通はどうなのかわからぬが、毛羽毛現に会ってなにかよいことが起こったとゆうのはきいたことがないな。」


「なんなのよ、その設定・・・。」


「心配するな。べつにこの店に病人がでるわけではなかろう。おそらく、菓子を食いに来ただけじゃ。」


「そう、そうなのね・・・。」

なんとなく納得のいかない真宵であった。





『毛羽毛現』

いつの間にか知らないうちに、家の軒下や床下など、湿気の多い場所に現れる毛むくじゃらの妖怪。

希有希見、希有希現とも言われ、名前のとおり、めったに現れたり、見えたりしない妖怪であるが、現れるとその家に病人が出るという、ありがたくない妖怪。



読んでいただいた方ありがとうございます。

今回の妖怪は「毛羽毛現」です。

本文でも書きましたが、めったに現れない見られない妖怪ですが、現れると病人がでるという残念な妖怪です。

ゲームとかだと嫌われそうですよね。

レアモンスターなのに、出会ってもとくにいいことなし。その上、状態異常攻撃(病気)もち。

モコモコな毛玉みたいなビジュアルはちょっと可愛い感じもしますが。



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