229 クリスマスには鳥焼いて
本日、クリスマス特別メニューです。
ご了承ください。
妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。
年の瀬が近づき、今年ものこりあとわずかとなってきた。
店は年末年始は休業の予定だが、その前に小さなイベントを予定していた。
妖異界にはない風習、クリスマスである。
「さて。そろそろ開店ですね。みなさん、準備は良いですか?」
店の厨房で真宵が従業員の前で奮起していた。
いつもなら、皆、寒さにも早起きにも負けず、元気に返事するところなのだが、本日は約二名の表情が固い。
「マヨイどの。本当に今日は俺たち二人で厨房をまわすのか?」
神妙な面持ちで右近が聞いた。
「信頼していただけるのはありがたいですが、やはり、いつもどおりにした方が賢明なのでは?」
金長もいつにも増して表情が固い。
「だいじょうぶですよ。あんなに練習したじゃないですか。 決めたでしょう?今日から三日間、クリスマスフェアの間は、基本的に私と座敷わらしちゃんが客席、右近さんと金長さんと二人が厨房。いまさら怖気づいたってダメですよ。しっかりがんばってください! おふたりならやれますから!」
真宵はこぶしを握って二人を励ました。
「じゃあ、念のため、もう一回確認しておきますね。今日から三日間は、クリスマスフェアです。提供するのは特別メニューのみで、『ランチ』『おはぎセット』『饅頭セット』など、普段のメニューは一切なしです。チキンが二種類とお菓子が三種類ですね。そのかわり、チキンは終日販売します。注文の際は持ち帰り不可のメニューもありますから気をつけてください。あと、チキンは焼くのに少し時間がかかるのでその旨、お客さんに確認をお願いします。」
主に自分と一緒に客席を担当する座敷わらしに、簡単な注意事項を説明する。
「右近さんと金長さんは落ち着いてお願いしますね。なにかあればすぐ呼んでください。小豆あらいちゃんもフォローよろしくね。」
普段とはメニュー構成が違うので、多少段取りも変わってくる。
いろいろとトラブルも起こるかもしれないが、それもまた店を商う醍醐味だ。
「じゃあ、開店します。今日も一日よろしくおねがいします。」
真宵はそう締めくくり、店を開けるため厨房を出て行くのだった。
「いらっしゃいませ。」
店を開けると、すぐに客が入って来た。
『ランチ』好きの常連、『見上げ入道』と『一つ目入道』。それに肉食系女子『安達ヶ原の鬼婆』と『浅茅ヶ原の鬼婆』だ。
他にも常連組が、次々と入店してくる。
「順番にご注文をお聞きしますので、席に座っておまちくださいねー。」
お客を席に誘導し終わると、最初に来た二組のところに注文を取りにいく。
「おまたせしました。」
「おお。待ちくたびれたぞい。のう、見上げの。」
「ほんにじゃ。今日の特別メニューとやらをくれ。二人分だ。のう、一つ目の。」
ふたりの入道が大きな身体を揺らして真宵をせかす。
「はい。今日は『ランチ』じゃなく、『ローストチキン』の単品のみとなりますが、かまいませんか?」
「おう。かまわんぞい。のう、見上げの。」
「飯や味噌汁がないのは残念じゃが仕方ない。なにしろ特別めにゅーだからな。のう、一つ目の。」
『ランチ』にかけての熱意なら誰にも負けない二人組は、今日から特別メニューだと聞いて、指折りで日を数えていた。
そこに、隣の席に座っていた鬼婆たちがはさむ。
「わしらは肉さえ食えればかまわんわい。」
「前に食った『ローストチキン』はうまかったからねえ。今日も期待してるよ。」
肉にかけての執着なら誰にも負けない二人組は、特別メニューが『ローストチキン』だと聞くと、必ず初日に食べに来ると宣言していた。
「今日もあの肉に蜂蜜と辛子を塗った『はにぃますたーど』ってやつかい? 」
「いえ、今日は新しい味に挑戦しました。けっこう自信作なんですよ。」
「へえ。そりゃあ楽しみだ。」
『ひとつ屋』こと浅茅ヶ原の鬼婆は舌なめずりする。
「二種類用意しました。同じ『ローストチキン』ですけど『照り焼きソース』と『クランベリーソース』です。」
「照り焼きはまあわかるけど、なんだいまた変な名前のソースだねえ。くらんべりい?」
「ええ。外国の果物の名前なんです。木苺とかスモモに近いのかな? 酸っぱい果物なんですけど、クリスマスにはよく使われるソースなんですよ。」
「蜂蜜を肉に塗ったり、果物を肉に掛けたり、アンタは変なことばっかりするね。まあ、ウマければなんだっていんだけどさ。」
「『照り焼き』のほうは砂糖と醤油とお酒で、こっちの世界のみなさんにもなじみやすい味だと思いますよ。甘辛です。そっちになさいますか?」
「なに言ってんだい!両方食うに決まってるだろ!」
『ひとつ屋』は歯をむき出して抗議する。
見た目は普通の老婆と変わらないが、口にはしっかり尖った犬歯が見えている。やはり鬼婆だ。
「そ、そうですか。それじゃあ、お二人でシェアなさいますか? けっこう大きなサイズなので・・。」
「なに言ってるんだい!ひとりで二本食うに決まってるだろ! こんな婆ァと飯をわけて食うなんて御免だよ!」
真宵が説明し終わる前に、また声が飛んだ。
「そりゃあ、こっちも同じだよ。この婆ァはなんでも独り占めしたがる強欲婆だからね。」
『黒塚』こと『安達ヶ原の鬼婆』も同じ意見のようである。
さすがは鬼婆。痩せた老婆に見えてもその食欲は並ではない。
「わかりました。お一人様、二本ずつですね。入道さんたちはいかがしますか?」
「そうじゃな。わしらもそうさせてもらうか? のう、見上げの。」
「そうじゃな。どうせ一本ではもの足りんしのう。ひとつ目の。」
「わしらも、ひとり二本で頼むぞ。まよいさん」
「当然、味は二種類で頼むぞ。まよいさん。」
「かしこまりました。四人とも、『照り焼きソース』『クランベリーソース』両方ですね。少々お待ちください。」
真宵は注文を通すために厨房へと急ぐ。
(鶏肉は多めに仕入れているけど・・・、品切れになったりしないわよね?)
妖怪たちの食欲に一抹の不安を覚えるのだった。
「なんだい、こりゃあ。また、えらいうまい鶏肉だねえ。」
浅茅ヶ原の鬼婆が夢中でチキンにかぶりつく。
「このソース甘いんだねえ。肉に甘いソースなんておかしな感じなんだけど、うまいんだよねえ。なんでだろうねえ。」
赤紫色のソースがたっぷりかかった狐色のチキンを不思議そうに堪能する。
「うーん。あたしゃ、やっぱりこっちの『照り焼き』の方が好きかね。甘辛くって濃厚で、でも、これは飯が食いたくなるね。」
安達ヶ原の鬼婆は、もうほとんど肉を食い尽くして、骨までしゃぶる勢いだ。
「うーん。あたしゃこの『ローストチキン』がここの料理で一番好きだね。このパリッとした皮のとこがいいんだよ。」
浅茅ヶ原の鬼婆が言った。
「あたしはやっぱ『スペアリブ』のがいいかねえ。」
安達ヶ原の鬼婆が首をひねる。
「そうかい?だったら、その残りの肉はあたしが食ってやろうかい?」
「ふざけんじゃないよ。ひとつ屋。あたしの肉に牙のひとつでもたててごらん。ただじゃおかないからね!」
「おお怖い。文句言いながらも食うんじゃないか。」
「あたりまえだよ。あたしゃ、ここの肉料理を食うくらいしか楽しみがないんだからね。」
「はっは。そりゃあ、まああたしも似たようなもんだけどね。婆ァに残された楽しみなんか、食い気くらいしかないからねえ。」
「違いないね。」
ふたりは骨にむしゃぶりつきながら、目を合わせて笑った。
となりの席の見上げ入道と一つ目入道もチキンの味を気に入っているようだ。
さっきから、無心でむさぼるように食べていた。
「こりゃあ、早起きして並んだ甲斐があるってももんだのう、見上げの。」
「ほんにのう。一つ目の。」
「この『照り焼き』はいいのう。表面が香ばしくって、噛むと肉汁があふれ出て、いくらでも食えそうじゃ。」
「こっちの『くらんべりぃ』とかいうのもいいぞ。甘くてちょっと酸っぱくて、はじめて食べる味だが不思議とウマイ。」
「わしは『照り焼き』の方がすきだのう。見上げの。」
「わしは『くらんべりぃ』が気に入ったぞ。一つ目の。」
「『照り焼き』は嫌いか? 見上げの。」
「嫌いなどと言うておらんよ。一つ目の。」
「『くらんべりぃ』が気に入ったのだろう?見上げの。」
「だが、『照り焼き』もうまいぞ。一つ目の。」
「両方うまいということか? 見上げの。」
「そうゆうことじゃよ。一つ目の。」
そんな問答をしながら、皿の鶏肉を骨だけ残し平らげてしまった。
「ちょっと!こっちに『ローストチキン』のおかわり頼むよ!」
「わしらにもだ。」
入道と鬼婆がほぼ同時に手を上げる。
「はぁーい。ちょっとお待ちください。」
忙しそうに動き回っていた真宵が駆け寄る。
「はい。チキンのおかわりですか?」
「ああ。あたしゃ『照り焼き』を頼むよ。」
「あたしは『くらんべりぃ』のほうだよ。」
「わしも『照り焼き』だ。」
「『くらんべりぃ』を大急ぎでな。」
我先にと競うように四人が注文する。
「は、はい。あの・・・、実はですね・・。」
「なんだい?まさかもう売り切れたなんていわないだろうね?!」
安達ヶ原の鬼婆が食ってかかる。
「い、いえ。鶏肉はたくさん用意しているんでだいじょうぶなんですが。」
なにしろ今日から三日間の特別メニューだ。
初日で売り切れていては興ざめもいいところだろう。
「じゃあなんだい?」
「あの、ちょっと注文が殺到しておりまして、少しお時間がかかるんですがよろしいですか?」
開店にあわせて、すぐ出せるようにとあらかじめ焼き始めていた分は、すでに全部さばけてしまっていた。
現在、石窯で右近と金長、それに『ふらり火』が大急ぎで次の『ローストチキン』を焼いているが、じっくり焼かないとおいしくならないため、どうしても時間がかかる。
「じゃあ、大至急頼むよ。」
「わしらもじゃ。」
「は、はい。」
急いだところで鶏肉は焼けてはくれないのだが。
そう思いながらも、真宵は注文を厨房に伝えに動いた。
妖異界にはないクリスマス。
だが、《カフェまよい》のクリスマスフェアは上々の滑り出しを見せていた。
読んでいただいた方ありがとうございます。
・・クリスマス回です^^;。
今頃? と呆れず楽しんでいただけたなら幸いです。
次回もクリスマス関連です。よろしくおねがいします。




