222 会談2
妖異界三大勢力。
『古都』
狐妖怪が束ねる妖異界最大の都。
『鞍馬山』
妖異界の自警団を称する烏天狗の集団。
各地に分寺を配置し、情報収集に当たらせている。
『久万郷』
狸妖怪の里。
八百八狸を数える大集団。
妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。
土曜と日曜は定休日である。
普段なら誰も訪れることのない日曜日。
今日はなにやら様子が違うようである。
「そろそろか。」
閑散とした《カフェまよい》の客席で座敷わらしが呟いた。
店内にいるのは三人。座敷わらしの他は金長と右近だけである。
今日は日曜日なので店主である真宵は人間界。今日の会談のことは存在自体も知らない。
小豆あらいは休日なので出勤していない。
客席はいつもと違い、テーブルも椅子も脇に片付けられ、真ん中にひとつだけ大きな正方形のテーブルが置かれている。
今回の会談のためにわざわざ用意したものだ。
『遠野』『古都』『久万郷』『鞍馬山』、四つの勢力が全て対等な立場での条約であると強調する意味がある。
「本当に、某らが同席してよろしいのでしょうか?」
座敷わらしの隣に控えていた金長が言った。
「俺は烏天狗、金長どのは狸妖怪だしな。『古都』の狐達が不満に思うのではないか? 付き添いはそれぞれ一人づつという約束だろう? 『遠野』だけ俺と金長どの二人も付けると言うのはどうなんだ?」
右近も意見を同じくしたが、そのの言葉にも座敷わらしは表情を変えなかった。
「なにを言っておる。おぬしら二人は『遠野』の妖怪ではなかろう。唯の見物人じゃ。それとも、故郷は捨て『遠野』に鞍替えしたのか?」
「い、いや。それはそうだが・・・。」
「それに、おぬしら二人のことはすでに黒狐に伝え、了承を得ておる。『九尾』のやつが不満があるというのなら、それは黒狐のやつに言うべきことじゃ。わしやおぬしらが気に病むようなことではない。」
さも当然のことと言わんばかりの座敷わらしの態度に、右近と金長はいささか気後れしていた。
座敷わらしは平然としているが、今日ここに来るのはこの世界の三大勢力の頭首。
しかも、お世辞にも互いに仲がいいとは言えない関係だ。
今回の調印がうまくいけば、一気に融和ムードとなるはずだが、失敗に終われば一触即発の事態にもなりかねない。
金長も右近もそれなりに腕もたつ強い妖力を持った妖怪だが、正直、三勢力の頭首相手になにか出来るとは思えない。それほど妖力の差は歴然としていた。
「・・・しかし、それならば『遠野』はもう一人出すべきなのではないですか? 某と右近殿が数に入らないのなら、『遠野』は座敷わらし殿ひとりになってしまいますが・・・。」
金長の言葉に右近も頷いた。
今回の会談はどの勢力も、頭首自身が出向くこと。その際、付き添いは一人だけという約束だった。
「なにを言っておる? 『迷い家』がおるではないか。わしとヤツとで二人じゃ。文句はなかろう?」
「ああ。そういうことですか。」
ついつい忘れそうになるが、この《カフェまよい》の建物自体が妖怪『迷い家』だ。
しかも迷い家は、座敷わらしと同じ『遠野』の重鎮だ。
ある意味、誰より相応しいのかもしれないが、普段からほとんど話さないので失念していた。
金長は同じく重鎮の『オシラサマ』あたりが出てくるのではないかと思っていたのだ。
「・・・来たようじゃの。」
座敷わらしの言葉の直後、入り口の扉が開く。
「失礼します。『古都』の代表、『九尾』様をお連れいたしました。」
座敷わらしたちは、その声に聞き覚えがあった。
『九尾』の側近であり、この会談の立役者でもある黒髪の狐『黒狐』だ。
そして、黒狐と一緒に店に入ってきたのは、この世界では珍しい絹糸のように細い白金髪をした人形のように美しい少女だ。
十代前半にしか見えないこの少女が、この世界の最大勢力『古都』の支配者である。
見た目は幼女だが、長い年月を生きた妖怪である座敷わらしは別にして、若い妖怪である右近や金長はその姿に驚きを隠せない。
「久しいの、座敷わらし。何十年ぶりか。」
鈴の音のように軽やかな、それでいて鉛のような重厚な声で、九尾が言った。
「・・・別に、旧知の仲というわけでもあるまい。懐かしむような間柄でもなかろう。」
「相変わらず、愛想のないヤツよの。」
「愛想のことでぬしに何も言われたくはないわ。この若づくりの千年狐めが。」
「ふ。それこそ、いい年をしていまだ童女顔をしておるお前に言われとうはないわ。」
とても友好的な会話とは言えず、当人以外のもの達はハラハラする。
「きゅ、九尾様。今回は和平条約のための会談。あまり、挑発的な物言いは控えた方が・・・。」
「座敷わらし。喧嘩腰でどうする。ここにきてぶち壊したいわけじゃないだろう?」
黒狐と右近がたしなめるも、ふたりはどこ吹く風だ。
「ふ。この程度の軽口で壊れる和平なら、最初からやらぬ方がマシだろう。」
「そうじゃな。この程度の挑発で我を忘れるほど阿呆なら、約定を守れるはずもないわ。守られぬ約束なぞ、新たな火種以外の何ものでもないわ。」
ふたりして不敵な笑みを浮かべる。
全くタイプの違う二人だが、意外と考え方は似たもの同士なのではないかと右近は思った。
「高慢で他の妖怪を見下す狐が、きちんと約束を守れるのか定かではないがな。」
「ふ。狐が妾の命令に背くとでも? 約定を違えるのは、組織としてまともな命令系統も確立できずにいる『遠野』の方ではないのか?」
隣で聞いていると、とても和平協定のために出向いた代表とは思えない言動の連発だが、二人は全く意に介していないようだ。
本来、部外者であるはずの右近が気を揉んで、空気をかえようと試みる。
「九尾どの、黒狐どの。まだ、他の方々も到着がまだのようだし、立ち話と言うのもなんなので、まずお座りいただけるか? 席はこちらで決めさせていただいたが問題ないだろうか?」
右近はそう言って、正方形のテーブルの一角を示した。
「ふ。さしずめ、対面に『久万郷』、こちらの隣には『鞍馬山』といったところか・・。一番の不仲である狐と狸を隣あわせにはしたくないというわけだな。」
思惑をしっかりと言い当てられた右近は、顔をひきつらせる。
そういったことは、仮に感じていても口には出さないのが外交だと思っていたが、この九尾には通用しないらしい。
「さ、差し障りがあるようなら、他の方々が来る前に場所を調整しますが・・。」
「ふ。構わぬ。あの隠神刑部の顔を正面で見なければならんのは不快だが、隣に座られるよりはマシじゃろう。場所を変えたとて、天狗の赤ら顔や座敷わらしのすまし顔が来るのなら、たいして変わらぬ。」
「それはお互い様じゃ。」
文句を言いながら、九尾と座敷わらしは座席に着く。
それぞれ、九尾の後ろに黒狐、座敷わらしの後ろに右近と金長が立ったまま控える。
所属する陣営は違うものの、このピリピリした空気に振り回されている立場である右近と黒狐は互いに視線を合わせると、小さくため息をついた。
次に姿を現したのは『鞍馬山』の『天狗』だった。
普段、鞍馬寺にいるときは身の丈三メートルを超す巨体だが、現在は二メートル程度に調整されている。
おそらく店に入るのに、普段の大きさでは支障があると考えたのだろう。
「ほう。狐の女皇さまが、先に来ておるとはのう。てっきり、高慢にも遅刻してくると思うておったわい。」
「大将!着いた矢先から、喧嘩を売るような真似はやめてください。」
そう言って咎めたのは、天狗と一緒に来た古道だ。
『天狗』の側近の御側衆として、『鞍馬山』陣営の付き添いに選ばれた。
古道本人は、若手の御側衆からではなく、もっとベテランのものから選ぶべきだと訴えたのだが、重鎮の方々からは、「面倒事は御免。」とけんもほろろに断られ、結局、いつものように仕事を押し付けられる事の運びとなった。
「ふ。粗野な烏の大将とは違う。今回の会談は、我らが言い出したこと。先に来て待つのが礼儀と言うものであろう。」
九尾が不敵に笑う。
「ふん。狐に礼儀など説かれたくはないわい。」
天狗は不快顔で返した。
「師匠、とりあえず座ってください。まもなく『久万郷』の隠神刑部どのも着くはずです。」
右近に促され、天狗は不承不承ながら席についた。
「ふん。隣に女狐、正面に座敷わらしとは、なんとも落ち着かん座席じゃわい。」
「なんなら、席をかわってやろうか? もうすぐ隠神刑部が来るから、正面であの
古狸の顔を拝みたいならな。」
九尾の皮肉に天狗はつまらなそうに顔を背ける。
「ふん。御免じゃわい。古狸の顔も、女狐が座った狐くさい席もな。」
「ふ。なら、おとなしくそこで座っておくがよかろう。そこのとうのたった女童と思う存分に顔を突き合わせておるがよい。」
全員集まる前から、顔を合わすなり挨拶さえろくにせずに始まった毒舌の応酬に、右近達はすでに疲労を感じていた。
だが、肝心の会談はまだ始まってもいないのが現実だった。
「遅いのう。なにをやっておるんじゃ、あの古狸めが。」
天狗は若干の苛立ちを含ませながら吐き捨てた。
「失礼ながら『久万郷』は『鞍馬山』や『古都』よりも遥か遠くに位置します。それに約束の時間まで、まだ少しあります。どうか、もう少しだけお待ちください。」
そう言ったのは、『久万郷』出身の狸妖怪である金長だ。
今回の会談では中立の立場で臨んではいるものの、右近と違い、今も『久万郷』とは強い関わりを持っている。
「しかし、もう時間だぞ。必ずしもこの和平条約に賛成とも限らぬ。待っても姿を現さぬ可能性もあるのではないか?」
「いえ!それはありえません。某は手紙で隠神刑部様本人から、この条約に賛成し、今日、必ずこの場に参上すると確約をいただきました。必ずいらっしゃるはずです。」
「だが、心変わりもありうる。それに、狐の妾が言うのもなんだが、狸はひとを化かすのも騙すのも得意な妖怪だ。気を持たせておいて土壇場でひっくり返すくらいのことはしないとも限らんぞ。」
「いえ。それは・・・。」
九尾の言葉に金長は言いよどんだ。
隠神刑部に限ってそんなことはないと信じていた。
だが、それだけに到着が遅いのが気になる。
普段は豪放磊落で細かいことは気にしない性質だが、ここぞと言うときにはなにより同胞のことを第一に考えるはずだ。
悪戯に他勢力との関係を拗らせるような真似はしない。意に介しないならこの会談ごと最初から断っていたはずだ。
だが、それならなおさら繊細な話し合いの場に遅刻などするはずはないのだが・・。
「おお。遅くなったが、なんとか間におうたようじゃな。」
金長の心配を払拭するかのように、時間ぴったりに入口の扉が開いた。
「隠神刑部様!なにかあったのではないかと心配しました。」
「おお、金長。すまんすまん。もう少し早く着く予定じゃったんだがな。なにしろ、付き添いのものが疲れた疲れたと事あるごとに休みたがるものでな。こんなギリギリになってしもうた。まあ、じゃが遅刻はせんですんだようじゃしな。文句はあるまい。」
そう言って、隠神刑部はドスドスと大股で店に入ってくる。
「それで、その空いている席がわしの席ってことでいいのか?」
「あ、はい。どうぞ、お座りください。」
隠神刑部は正方形のテーブルのひとつだけ空いた席にドスリと音を立て座る。
「そ、それでは全員揃ったようなので・・。」
右近が早速、話を進めようとしたとき、それを制止する声が上がる。
「ま、待ってくれぇぇ。ちょ、ちょっくら手を貸してくれんかあぁ。」
止めたのは、テーブルで睨み合っている四人のうちの誰でもなかった。
右近たちがキョロキョロと見渡すが姿は見えない。
「こっちじゃあぁ。年寄りをないがしろにすると、ろくなことにならんぞぉ。」
声の主はちゃんといた。
姿も見えていた。
だが、予想よりかなり小さかった。
小さすぎて視界に入りきらなかったのだ。
その妖怪は右近の膝くらいの背の高さ。
客で来ている鼠妖怪の鉄鼠と同じくらいの大きさだ。
「豆爺?! あなたが付き添いで来たのですか?」
声を上げたのは金長だった。
駆け寄って、手を差し伸べる。
「金長どの、お知り合いか?」
「知り合いと言うか。有名人だ。『豆狸』の豆爺。『久万郷』の最長老・・、というか最高齢の狸妖怪だ。」
豆狸はしわくちゃの顔をから、何本か抜けて不揃いになった歯を覗かせて言う。
「み、水を一杯いただけんかのう。こんな遠いとは思わんかったぞぉ。」
「俺が持ってこよう。」
右近がそう言うと、厨房のほうへ向かう。
金長は、ヨロヨロよろめいている豆狸に椅子を用意する。
「とりあえず、こちらにお座りください。」
会談する四人と同列に座らせるわけにもいかないので、隠神刑部の斜め後ろに椅子を用意した。
しかし、そうすると『久万郷』側にだけ特別扱いするわけにもいかない。
「あ。あの、それでは、黒狐殿と古道殿にも椅子を用意しますので座っていただけますか?」
本来は四人に椅子を用意し、付き添いのものはそれぞれの主の後ろで立って待機してもらう予定だったのだが、予定とはいつもその通りにいかないものらしい。
ヨボヨボの豆狸を立たせておくわけにもいかず、だとすると、公平を規すために全員に座ってもらうことになる。
しかし、それは相手側から辞された。
「俺は大丈夫です。立ったままで構わない。」
「俺も問題ない。気をつかわないでくれ。」
黒狐も古道も豆狸と違い若い。
立っているのが苦痛になるような年齢ではない。
「・・・まったく、ただでさえ古狸と顔を合わせねばならないのに、その上、さらに古いヨボヨボ狸まで連れてくるとは。『久万郷』にはそんな干物じじいよりましな人材もおらんのか? 八百八狸も昔の話か?」
正面に座っている九尾が皮肉る。
「プハーッハ。面白い事を言うのう。九尾。今回は和平協定の話し合いじゃろう? 和を語るのに何故、付き添いにそこまで気をつかう必要がある? 『古都』も『鞍馬山』もずいぶんと腕っ節の強そうなものを連れてきたようだが、戦争でも始めるつもりか?」
愉快そうに笑いながら隠神刑部が返した。
だが、その言葉にはしっかりと皮肉と棘が込められている。
しかし九尾も負けてはいない。
冷たい笑みを浮かべ、さらに皮肉る。
「ふ。この会談はこの黒狐が発端となったこと。それ故、連れてきただけのこと。腕っ節が強い? 臆病風に吹かれて肝を冷やしておるなら、黒狐は縄ででも括っておくか? それで、臆病者の古狸が安心できるなら妾は構わぬぞ?」
さらに天狗がその言葉にのる。
「ふん。わしもじゃ。近くにおったもののなかから一番暇そうなのを連れてきただけじゃからな。こんな若烏にビビッておるようでは、誰も連れてこれんわい。いっそ、独りで来た方がよかったかのう。」
「ハッハ。気をまわしたのはこっちのほうでな。安易に若くて強そうなものを連れてきては、疑り深い狐殿や、へそ曲がりな天狗殿が疑心暗鬼に陥って会談が頓挫しそうに思ってな。一番、思慮深く害のなさそうなものを連れてきた。まあ、こういった気遣いを理解せよというのは、ぬしらには無理か。気にするな。わしら狸はぬしたち程、狭量ではないからな。そんなことで腹を立てたりはせんよ。」
互いに笑みを浮かべながらも皮肉の応酬は続く。
そこに水を取りにいっていた右近が帰ってきた。
「どうぞ。水です。」
「おお。すまんなぁ。」
豆狸は震える手で水を受け取った。
「・・・ん。うまい水じゃ。生き返ったわい。・・・それで、ウマイ飯とウマイ菓子はいつ食えるんじゃ?ここは、飯も菓子もすこぶるウマイと聞いておるぞ。」
豆狸の言葉に右近は眼を丸くする。
「え? いえ。今日は店は休みですし、今回の会談に食事などは用意していないのですが・・・。」
「ええい!それ見てみい。なにが一番思慮深いものを連れてきただ? ただの耄碌した爺ではないか!」
九尾の指摘が飛ぶ。
「豆爺!今日は飯を食いに来たわけではないと、何度も言っただろうに。」
隠神刑部の言葉にも豆狸は耳を貸さない。
「わしゃあ、甘いものにめがなくてのう。ああ。茶は熱いので頼むぞ。ぬるいお茶なぞどんなウマイ菓子をだされても興醒めじゃからな。」
「い、いえ。だからですね・・。」
「ほおおお。さすが『久万郷』いちの思慮深さを持つ狸だな。しっかり耄碌しておるわ。」
「まったくじゃわい。この耄碌狸が思慮深いとは狸も底が知れるのう。」
「な、なんじゃとおおお。狐や天狗にあれこれ言われたくはないわい。豆狸はたしかに多少耄碌はしとるが、うちの最長老じゃぞ!敬意をはらわんか!」
隠神刑部が激昂する。
「なにが、最長老だか。ただの年寄りだろうに。」
「なにおおお。九尾!おぬしとてそんなナリをしておっても千歳を軽く超えた年寄りの婆だろうが! その自慢の白金髪もホントは白髪が混じっておるのだと気づかれておらんと思うとるのか?!」
「な、なにを!誰の髪に白髪が混じっておると言うか。自分が髪も髭も白髪だらけだからというて、ふざけたことを言うでないわ!」
「ふはは。『九尾』玉藻も寄る年波には勝てぬか。」
「もともと白髪頭の長鼻爺に言われとうないわ!」
「だ、だれが長鼻爺じゃ!」
この世界の三大勢力の頭首による、かくも低レベルな争いが繰り広げられていた。
だが、相手が相手なだけに、この場にいる誰も口が挟めない。
「おい。右近。」
どうしていいかわからず、右往左往している右近の袖を座敷わらしが引っ張る。
「ざ、座敷わらし。どうする?このままでは会談どころではないぞ。」
「はじめよ。」
「は?」
「よいからはじめよ。さっさとはじめて、さっさと終わらせよ。とても付き合っておれんわ。」
呆れかえった顔で座敷わらしが言った。
「こ、こんな状態ではじめられるわけがないだろう。」
「かまわぬ。いつものことじゃ。まあ、実際にこの面子が集まったのはゆうに百年ぶりじゃがな。顔を合わせばこんな感じじゃ。待っておってもおさまったりはせんぞ。」
「し、しかし、これでは会談どころではないだろう?」
現在、三人は皮肉を通り越して罵りあいが始まっていた。
後ろの黒狐と古道もおろおろするばかりで、止めることもなだめることも出来ずにいた。
「だいじょうぶじゃ。」
「は?」
「こやつらは、阿呆は阿呆じゃが能無しではない。政治の話くらい喧嘩しながらでもできる。」
「な、なんだ、それは?」
「右近とて、書を読みながら茶くらい飲めるじゃろう?」
「あ、ああ。」
「それと同じようなものじゃ。喧嘩しながらでも罵りあいながらでも政治の話くらいはできるわ。それくらい出来ねば組織なぞ束ねられぬからな。」
「そ、そういうものなのか?」
「はようせんと陽が暮れるぞ。」
「わ、わかった。」
右近は覚悟を決めると、罵りあう三人に割って入る。
「み、皆様方、それではそろそろ会談をはじめたいと思いますが・・・。」
すると、天狗、九尾、隠神刑部の三人が一斉に右近を見る。
「おう!さっさとはじめんか! いつまで待たせるつもりか! ・・・だいたい、いいかげん年相応の姿をすればよかろう! この若作りの白髪狐めが!」
「だ、誰が白髪狐だ。この腹の突き出たメタボ狸が!・・・さっさと進めよ。そこの烏天狗。まったく、天狗に似てトロくさいやつじゃのう。」
「な、なんじゃとおお。・・おい!右近、お前がトロトロしとるから、こんな狐に言いたい放題言われるじゃぞ!」
悪言と雑言と非難と叱責が入り混じっているが、どうやら会談を開始することに異存はない様である。
始まる前から最悪の雰囲気ではあるが、ここに妖異界の三大勢力が一同に会した和平協議がやっと開始されようとしていた。
読んでいただいた方ありがとうございます。
和平会談開幕でございます。
次回に続きます。




