221 牧場にて2
登場妖怪紹介。
『鬼童丸』
牛の毛皮のマントを羽織った鬼の少年。
牛に化けて驚かせるのが好き。
喧嘩っ早く日本刀を振り回したりもするが、竹光なのでそこまで危険ではない。
『件』の牧場。
『遠野』の一角にある牛妖怪『件』が管理している牧場。
頼めば牛肉も牛乳もわけてもらえるが、元々は営利目的は二の次で、一言でもしゃべると死んでしまうという宿命の『件』が生まれ変わるために、牛の出産を管理している。
現在この牧場を手伝うために、『久万郷』から五人、狸妖怪が移住してきており、牛酪の生産に力を注いでいる。
「ああ、腹減った。しの、けの、もう飯出来てるか?」
文吾を先頭に、仕事を終えた男狸達が入ってきた。
一番後ろには、不満そうにしているむくれ顔の鬼童丸の姿があった。
「もうすぐよ。座って待ってて。あ、ちゃんと手は洗いなさいよ。その鬼の子供もね。」
台所から顔を出したのはしののめだ。
この食堂は狸たちがここに来てから新設された建物だ。
台所も以前は野外に釜戸と雨避けの屋根を付けただけのものだったが、建物内に造り直した。
六人分の食事を作るのに少々手狭だったのと、みんなでゆっくりできる場所が欲しかったからだ。
丸太を組んだだけの簡素な小屋で、畳も引いておらず板間にテーブルを置いただけだが、見ようによっては洋風のログハウスのようにも見える。
おかげで六人揃ってゆっくり食事が出来るし、たまには皆で揃って昔話に花を咲かせたりもする。
「おまたせ。出来たわよ。」
皆が座っているテーブルにしののめとあさけのが今日の夕食を並べる。
「ん?なんだこれ。」
いちおう客人である鬼の少年、『鬼童丸』が見慣れない品に怪訝な表情を浮かべる。
木の椀に入っている汁物は、芋やら野菜やらたくさん入ってうまそうであるが、なにやら白っぽい汁で不思議な香りを漂わせていた。
「『ジャガイモのミルクスープ』よ。暖まるんだから。」
「ミルクスープ? なんだそりゃ?」
「牛乳で作った汁物よ。ここの牧場の牛乳なんだから。ジャガイモは金長さんがおすそ分けしてくれたの。人間界の芋なんだって。春になったら教えてもらってウチでも作ろうかって話しているの。」
「最近、こればっかり作ってるよな、シノ。」
「いいでしょ。ほっといたら、もらったジャガイモをあんたたちが全部『じゃがバター』にして食べちゃうんだもの。せっかく、真宵さんにおいしい食べ方いろいろ教えてもらったのに。」
「まあまあ、冷めないうちに食べましょう。ミルクスープは熱々で食べないと美味しくないんですのよ。」
あさけのに促され、全員が食卓に着いた。
本日の夕食は、
白飯。
ジャガイモとミルクのスープ。
茸と野菜のバターソテー(牛肉入り)。
鬼童丸が客で来ていることもあり、いつもよりちょっとだけ豪勢だ。
「どう?けっこういけるでしょ?」
スープをすすっている鬼童丸にしののめが尋ねる。
先週、真宵からレシピを教えてもらったばかりのメニューだが、けっこう自信がある。
「・・・ウソダ!」
「なに?」
「ウソダ!牛の乳がこんなにウマイはずない!お前はウソツキだ。」
「なんですってー。なんで嘘なんかつかなきゃいけないのよ。」
「まあまあ。それくらいおいしいって事でしょ。考えようによってはすごい褒め言葉ですわよ。」
「・・・そうかしら?」
あさけのの言葉に、しののめは唇を尖らせる。
しかし、スープが好評なのは事実なようで、鬼童丸だけでなく他の皆もおいしそうに食べている。
「でも、このミルクスープ、ほんとに美味しいですわよね。体が芯から温まる感じで。ほんのり牛酪の香りがするのも食欲をそそりますわ。」
「そうよね。牛乳も牛酪も自分達で作ったのだと思うと余計においしく思えるのよね。」
ホクホクに柔らかくなるまで煮込んだジャガイモがバターと牛乳の風味とあいまって口の中でとろける。一緒に煮込んだ玉ねぎとほうれん草との相性もいい。
「あれ? 文吾はそんなに好きじゃない?」
ひとりだけミルクスープには手をつけず炒め物と白飯をかきこんでいる。
「あ、いや。嫌いじゃないぞ。けど、飯と一緒に食うのはなあ。最後にいただく事にする。」
「ふーん。そう言われるとるとそうかしら?」
「そうねえ。お味噌汁なんかと比べると確かにそうかもしれませんわね。」
しののめもあさけのも最近では牛乳は大好きになったが、白いご飯と一緒に、というのは確かに少々違和感がある。
自信作の『じゃがいものミルクスープ』だが、思わぬ弱点を指摘されたかもしれない。
「そうっスか?オレは全然気にならないっスけどねえ。」
ひとり異議を唱えたものがいた。晋平だ。
晋平は半分ほど飲んだミルクスープを白飯の上にぶっかける。
「ちょ、ちょっと何してるの、晋平。」
「へ?だって、味噌汁でもこんな風にして食べるじゃないっスか。けっこうイケるんスよ?」
そう言ってミルクスープのぶっかけ飯をうまそうにかきこむ。
「ん!ウマイ! 皆もやってみたらどうっスか?」
しかし、他の面々は冷たい視線を送るだけで、だれもそれを真似しようとはしなかった。
「そ、それにしても、牛酪って意外と使い道が多いんですよね。僕、こんなに色々使える食材だと思ってませんでした。この茸も牛酪で炒めると全然味が違うんですよね。」
若干、盛り下がる場の空気を察したのか、宗助が話を変えようと『茸の野菜のバターソテー』に箸をのばす。
「ああ、そうね。魚焼くのも普通に塩焼きにしたのじゃ全然味が違ったものね。『ムニエル』って言ったっけ?名前は変だけど。」
「ええ、ええ。それに、このあいだ作った『テールスープ』。まさかあんな牛のお尻尾の肉があんな美味しいスープになるとは思いませんでしたわ。」
「ああ!あの汁はウマかった! あれ、また作ってくれないか?」
「うーん。そうですわね。でも、あれすごい時間がかかるんですのよ。下茹でしたり、弱火で長時間煮込んだり。」
「そうそう。それにすっごい脂が浮くのよね。アレ見たときは真宵さんに騙されたのかと思ったわよ。」
「まあ。」
「でも、脂をきれいにすくって取り除くと、おいしいスープになるのよね。コクがあるって言うの?」
「ああ、アレうまいッスよね。寸胴に一杯あったのにすぐなくなっちゃったっス。」
真宵や金長から教えてもらったレシピを片っ端から試している狸妖怪の面々は、今まで食べた料理の味を思い出して話に花を咲かせる。
「チョット待て! お前らいつもそんなウマイものを食ってるのか?!」
鬼童丸がテーブルをドンと叩いて立ち上がる。
「え? いつもってわけじゃないわよ。忙しいときはご飯と味噌汁だけで済ます事もあるし。」
「そうだな。朝は前の日の残り物で我慢することもあるしな。今日みたいなのは時間のあるときだけだな。」
「そうっスね。でも、『久万郷』にいたときよりはいいもの食ってる気がするっス。」
「そうねえ。全部、自分達で作らないといけないから手間はかかるけど、真宵さんから色々教えてもらってるしね。肉や乳製品には不自由しないし。」
「マヨイってのは誰だ?」
「あら?鬼童丸は知らないの? ここからちょっと行った峠にある甘味茶屋の店長さんよ。人間なのにこっちの世界でお店をやっているの。すっごいお料理上手なのよ。」
「ニンゲンはキライだ!」
「あら?そう? でも、そのミルクスープもこっちの茸のやつも、その人間の真宵さんから教えてもらったものよ? キライだったら食べなくていいわ。」
しののめにそう言われると、鬼童丸はむくれたように黙ると席についた。
「・・・・よし!決めた!」
しばし考え込むように黙っていた鬼童丸がいきなり叫んだ。
「なによいきなり。ちょっと!お箸でひとのこと指さないでよ。お行儀悪いわね。」
しののめに言われても聞く耳もたず鬼童丸は続ける。
「おい!しののめ!おまえ、オレの嫁になれ!」
「は?」
いきなりの求婚に一同唖然となり、一瞬沈黙が訪れる。
「あのねえ・・。」
「そんなこと、許されるわけないだろう!!」
しののめの返事を遮ったのは宗助だった。
立ち上がって大袈裟に抗議する。
「なんでだ? しののめは腕っ節も強いし、料理もウマイ。鬼の嫁にはもってこいだ。」
「だ、だめに決まってるだろう。しののめは狸だぞ。鬼のとこになんか嫁に行くわけない!」
「なんでだ!鬼嫁だぞ!光栄だろ!」
「そんなわけない!だめったらだめだ。」
本人そっちのけで喧嘩するふたりにまわりは呆れ顔だ。
「宗助はしののめにぞっこんスからねえ。」
晋平に指摘され、宗助の顔が真っ赤に染まる。
「な、なに言ってるんですか!そんなこと今は関係ないでしょう!」
「なんだ。お前もしののめが好きなのか。でもダメだぞ。しののめはオレの嫁になるって決まってるんだ。」
「な、なんだと!そんなのいつ決まったんだ!勝手なことを言うな!」
「ふふ、しのったらモテモテですわねえ。」
あさけのが面白がりながらしののめをからかう。
「あのね。私はまだ誰の嫁になる気もありません。だいたい、鬼童丸も宗助もまだ子供でしょ。対象外よ対象外。」
「ナンダト!誰が子供だ!」
「そうですよ!僕としのさん、そんなに年齢変わらないでしょう?!」
さっきまで言い合いをしていた二人が今度は一緒になって食って掛かる。
しかし、しののめは面倒そうに手をパタパタ振る。
「精神年齢のことを言ってるの。私はもっとしっかりした大人の男がタイプなのよ。それに、弱い男は御免だしね。私に負けるような男は問題外よ。」
「オレはしののめより強いぞ!」
「僕だってしのさんに負けたりしません!」
「よく言うわ。さっきは相手にもならなかったくせに。宗助だって私に喧嘩で勝ったことないでしょ。」
けんもほろろに扱われ、二人は顔を真っ赤にしてしののめに詰め寄る。
「だったら、飯の後で勝負だ!オレが強いってとこ見せてやる!」
「ボクだって本気を出したらしのさんに負けたりしません。」
「はいはい。外はもう暗いしまた今度ね。」
しののめは相手にせず、バターの香りのする茸をひとつ口の中に放り込んだ。
「あら?どうしたんですの?」
あさけのが隣で食事している件が、愉快そうに微笑んでいるのに気がついた。
件は一言でもしゃべると死んでしまうので、食事中でも静かに皆の話を聴いているだけで、会話に参加したり声を出して笑ったりはしない。
それでも、長く一緒にいると表情は読める。
今日はなにやらずいぶんと楽しそうだ。
あさけのに聞かれた件は、いつものように帳面を取り出すと筆を走らせる。
食事は大勢でにぎやかに食べると、いつもより美味しいです。
「あら。たしかにそうですわね。」
しののめに食って掛かる鬼童丸と宗助。
それに呆れる文吾と面白がる晋平。
それを横目で見ながら、あさけのと件は顔を見合し、ニッコリと微笑む。
そんな件の笑顔とともに牧場の夜は更けていった。
読んでいただいた方ありがとうございます。
牧場編、つづきです。
鬼と狸の三角関係のつづきはまたの機会に。
次回はあのおはなしのつづきでございます。




