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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第一章 桜
22/286

22 燻製deエンヤコラ

人間界とは別の妖怪たちの棲む世界、妖異界。

ひょんなことから異世界で甘味茶屋を営むことになった真宵まよい


剣も魔法もつかえません。

特殊なスキルもありません。

祖母のレシピと仲間の妖怪を頼りに、日々おいしいお茶とお菓子をおだししています。

ぜひ、近くにお寄りの際はご来店ください。

        《カフェまよい》  店主 真宵

「こんにちは。右近さん。」


真宵は、定番の『おはぎセット』を食べ終わり、食後の茶を楽しんでいる右近に話しかけた。


「ああ、まよい殿。 桜餅もいいが、やはりおはぎもいい。とくに、今日は、好物のこしあんときな粉だからな。俺の中では、この組み合わせがいちばんうまい。」


右近はうんうんとひとりうなずいた。

突発的に開催されたさくら祭りなるもののために、実に一週間ぶりのおはぎであった。

さくら祭り中に提供された桜餅も、なかなかに美味であったが、やはりおはぎは右近の舌を捕らえて離さなかった。


「えーと、ですね。おはぎの話じゃなくて、申し訳ないんですけど、右近さん、今週の土曜日はお時間あいてますか?」


「む? 土曜日? 《カフェまよい》はたしか土日は定休日だろう?」


そう。《カフェまよい》は土日は休みである。

店主である真宵も、人間界へと戻って過ごすことになっている。


「ええ、そうなんですけど、今週は土曜日はこっちの世界にいて、お餅つきをしようかな、と考えてまして。」


「餅つきだと?」


「はい。実は、この間、オシラサマから立派な臼と杵をいただきまして。せっかくだから、常連さんにお声かけして、お餅つきをしようとおもっているんです。通常営業の日にすると、ランチ目的のお客さんや他のメニュー希望のお客さんに迷惑がかかると申し訳ないんで、店休日に。つきたてのお餅に、あんことかきな粉とかお醤油とか、いろいろな味で食べていただこうとおもっているんです。もし、お時間あるようでしたら、ぜひいらしてください。」


「ほう。つきたての餅か・・。うまそうだな。」


鞍馬山の烏天狗である右近は、妖異界の自警団のような仕事をしている。

当然、土曜とか日曜だからといって必ず休みというわけではない。

しかし、≪カフェまよい≫の特別メニューが食べられる好機をみすみす見逃す手はない。


「わかった。ぜひとも。参加させてもらおう。」

右近は快諾する。


「よかった。正午くらいからはじめる予定なんで、都合のいいお時間にいらしてください。」


「ああ、了解し・・・。」


右近は急に押し黙り、怪訝な表情をする。

もともと、表情豊かなタイプではない右近が、店でここまできつい表情をするのは珍しい。


「右近さん?」


「火事だ! 全員避難しろ!」


右近が大声だ叫んだ。


見ると、厨房からモクモクと白い煙が客席にながれ込んでいる。


「なんじゃ、火事じゃと。」

「いやだ、火事? 逃げなきゃ。」

「おい、今日は『河童』は来ておらんのか? 」

「だれでもいい。火を消せる妖怪はおらんのか? 水をつかえる妖怪は!」


店内が一時騒然となる。

逃げ出そうとする妖怪や果敢に火元に向かおうとする妖怪、のこりのまんじゅうをむりやり口に押し込む妖怪など、反応はそれぞれだ。


「ち、ちがいまーす。火事じゃありません!落ち着いてください。」

真宵が、必死に叫んだ。

店の妖怪の視線が、いっきに真宵に集中する。

真宵は急いで、厨房前まで走ると、中に向かって叫ぶ。


煙羅煙羅えんらえんらさん! 煙が客席に駄々漏れです! 」


すると、なかからしわがれた声で返事が聞こえる。


「おお。すまんすまん。つい夢中になっておった。」


そして、まるで動画の逆回しのように、客席の煙が厨房へと戻っていく。


「お騒がせしました。大丈夫です。火事じゃありませんから。どうぞ、お食事をお楽しみください。」


ざわざわと、浮き足立っていた妖怪たちが沈静化して、店が落ち着きをとりもどしていく。


「右近さんも、驚かせてごめんなさい。もう大丈夫ですから。」


「いや、こちらこそ、はやとちりしてすまない。しかし、煙羅煙羅が来ているのか?」


店に客として来ているなら、べつに不思議はない。煙羅煙羅は別段、人間に害を為すような妖怪でもないので、多彩な客層のこの店にいたとて、どうとゆうことはない。

しかし、厨房にいるというのは少々意図がつかめない。


「ええ、ちょっとお願いしてることがあって。」


真宵は言葉をにごしたが、右近はじっと凝視している。


「・・・。」


「・・・、あの、もしアレでしたら、見ていきますか?」


「もし、可能なら。」


「じゃあ。。どうぞ。」


(・・右近さん。鞍馬山で警察官みたいな仕事をしてるっていってたけど、消防署の立ち入り検査みたいなのも、やっているのかしら。)


真宵は、従業員である座敷わらしに、「ちょっと、客席のほうお願いね。」と声をかける。

座敷わらしは「わかった。」と答えて客席のほうへ出て行った。

あらためて、真宵は右近を厨房へと招き入れる。


「ホホホ。まよいちゃん、すまんすまん。ちょっと気をゆるめたら、煙がだだ漏れになってしもうた。」


「マヨイ。この爺ぃ煙たくて迷惑だゾ。 サラ洗いの邪魔ダ。」


厨房にいたのは、二人。

ひとりは、この《カフェまよい》の従業員。小豆あらいである。

音だけで人間を驚かせ姿を見せない彼は、いつものように、厨房で皿洗いに勤しんでいた。

そしてもうひとり、なにやらおおきな箱のまえに真っ白な老人が立っていた。

体中が白い煙に包まれており、人型の煙なのか、人型の妖怪が煙を纏っているのかもよくわからない。

髪も髭も煙でできており、一見、白髪白髭のおじいさんだ。



煙羅煙羅えんらえんら

煙の妖怪。『煙々羅えんえんら』ともいわれる。

煙そのものが妖怪化したものとも、煙に霊が憑きかたちをとったものともいわれる。

比較的無害な妖怪で、人を襲ったり、祟ったりとの伝承はほとんどない。

姿は、まちまちで、老人の姿だったり、美しい女性の姿だったりと多説ある。



「やっぱり、外でやったほうがよかったですかねー。」

真宵は煙羅煙羅に話しかけた。


「いやあー。わしがちゃんと見ておけばよかったんじゃがな。ついつい夢中になってしもうて。」


煙羅煙羅は両手で、手品でもするように、煙を操って見せた。

そばにおいた大きな箱から立ち昇る煙を、一度くるくると宙で新体操のリボンのように回転させると、自分の体に吸収していく。


「しかし、人間というのは、おもしろいことを考え付くものじゃのう。煙をつかって飯をつくるとは。ん?そこにいるのは、鞍馬山の烏天狗ではないか? 名前はなんといったかな? うーん。」


真宵の隣にいる右近の姿を見て、煙羅煙羅は考え込む。

うーんうーん、と思い出そうとしてはいるが、なかなか出てこない。しびれをきらした右近が自分から名乗り出た。


「鞍馬山の右近です。煙羅煙羅、おしさしぶりです。」


「おお。そうじゃった、そうじゃった。右近じゃったな。天狗のやつが若い烏天狗のなかでは、見所があると誉めとったよ。」

煙羅煙羅は、ポンと手をたたいた。


「へぇ。右近さんて優秀なんですね。」


右近はポーカーフェイスで、とくに何も応えず、話を続けた。


「煙羅煙羅はここでなにをしてるのですか? まさか、ここで働いてるとか?」

煙羅煙羅はホホホと笑った。


「あ、それは、私がお願いしたんです。ちょっと新メニューのことで、、相談したいことがあって。」

真宵が答えた。


「新メニュー? 煙羅煙羅が料理や菓子をつくるのか?」


「ええと、それはですね・・・。」


「ホホホ。百聞は一見にしかずじゃ。 そろそろ次のヤツがいい感じじゃぞい。右近にもひとつ食わせてやれば納得するじゃろうて。」

煙羅煙羅は意味深に笑う。


「そうですね。右近さん、まだお腹に余裕があるのなら、少し味見していただけませんか? 感想も聞きたいので。」

そう言うと、真宵は手袋をして、なぞの箱からいろいろ食材を取り出した。

箱の中から煙が漂っている。どうやら、この箱に煙が充満しており、それを開けたために、煙が客席に流出したらしい。


「その箱の中で、焼いているのか?」

右近が尋ねた。


「いえ、これは燻製っていう料理法なんです。焼くのじゃなくて煙で燻すんですけど、実は私もやるのははじめてで。いちおう、やり方とか燻製器の作り方とかはネットで・・、いえ、むこうの世界で調べてきてはいたんですけど。そうしたら、座敷わらしちゃんが、煙のことならなんでもござれって妖怪さんがいるって紹介してくれたんです。」


「燻製?」


「ホホホ。御託はよいから、まず食ってみなされ。」


真宵が、取り出した食材を適当に切り分けてくれる。

鮭に鶏のささみ、それに定番の燻製たまごだ。


「どうぞ。」


真宵が差し出した皿から、右近はとりあえずたまごを一切れ手に取った。

縦に四つに割られたたまごは、ゆで卵のようであったが、白身の外側の表面が茶色く色づいており、黄身は半熟でトロンと黄金色をしていた。

右近が食べるよりも先に、煙羅煙羅が感嘆の声を上げた。


「おおーー。今度のもいい具合じゃなぁ。さっきのよりも、香りが強くでておるのぉ。」


「そうですね。たまごはこっちのほうが私は好きかもです。」


それを見ていた小豆あらいも、よって来た。


「オレも食べたいゾ。」


「あら、ごめんなさい。 はい。どうぞ。」

たまごの最後の一切れを小豆あらいに渡した。

右近も遅ればせながら、燻製たまごを口にほうりこんだ。


「!?」


口に入れた瞬間から、香ばしい焼き焦げたようななんともいえない香りがひろがる。

半熟の黄身が口の中でねっとりととろけ、すこし固くなった白身を噛むと、またあの香りがさらに広がる。


「な、なんなんだこのたまごは? ただのゆで卵じゃないのか?」

右近は思わず詰め寄った。


「ホホホ。おもしろいじゃろう。人間界には変わった料理があるとはきいていたが、まさか、煙を食べる料理があるとはおもわなんだわい。」


「煙をたべる?」

右近が意味がわからないと困惑する。


「ええ、燻製って特別な味付けをしなくっても、じっくり煙で燻すだけで、おいしくなるんです。水分もぬけて味が濃くなるってゆうか、身がしまるってゆうか。」

真宵が説明する。


「あ、でも、この鮭はちょっと、燻しすぎたかもしれません。さっきのほうがおいしかったです。」

首をかしげた。


「む?そうかのー。いわれてみれば、少し固くなっとるの。香りもさっきのほうが優しい感じじゃったのう。」

煙羅煙羅が頷く。


「オレはこっちの鮭も好きだゾ。」

小豆あらいは意見が違うようだ。


「そうねー。香りはこっちのほうがしっかり付いてるし、お酒のおつまみとかにはこっちのほうがいいのかも。ごはんのおかずだと、やっぱり前のほうがいいのかなー。」


それぞれに意見を出し合う面々を見て、右近も燻製にした鮭を一切れもらう。

たしかに、普通に焼いた鮭より、固くなっている。といっても、干物のように完全に水分が失われているわけでもない。

口に入れると、再びあの、香ばしい少し焼け焦げたような香りがひろがる。たまごとはまた違った鮭の脂とうまみがマッチングしている。


「この鮭でじゅうぶんうまいとおもうのだが、これより旨くなるのか?」

右近は疑問をぶつける。


「ホホホ。わしは、さっきのほうが旨かったのう。」


「オレはこっちのほうがイイ。」


「そうですね、好みはそれぞれだとおもうんですけど。ああ、前につくったのは、ナラの木でやったやつなんですけど。」


「ナラの木?」


「ええ。今、食べてもらっているのはサクラの木のチップで燻したものなんですけど。」


ナラにサクラ。ともに鞍馬山にも生えている木だが、それが料理や味にどうかかわってくるのか、右近にはわからなかった。


「どの木で焼いたかで、味が変わるのか?」


「ホホホ。焼くのじゃなくて、燻すんじゃよ。ホレ、これを見てみい。」

煙羅煙羅が箱の中を示す。箱の下には半分炭化した木屑が盛られていた。


「ここで、木を燃やして、煙を出して、上の網に乗っけた食材にたっぷり煙を浴びせるんじゃ。」


「そんなことで、魚やたまごが旨くなるのか?」


「ホホ。それが不思議なことに旨くなるんじゃ。しかも、使う木によって味が変わる。煙妖怪のワシもはじめて知ったのじゃがな。」


右近は感心した。


「ちなみに、この木屑は妖異界のものなんですよ。オシラサマにお願いしていただいたんです。」

真宵が付け足した。



実は最初は、人間界で通販かなにかで燻製用チップを買ってこようと考えていたのだが、それを座敷わらしに話したところ、辛辣な意見が返ってきた。

「なんで、木屑を金を出して買うんじゃ? 木など、ここにも人間界にもいくらでも生えておるのに。」

確かにそのとおりだった。

《カフェまよい》は山に囲まれた峠のような場所に店を構えているし、真宵の人間界の家も、超がつくような田舎で、山も木もまわりにいくらでもあった。

燻製用になる木がどこにあるのかわからないし、サクラなんかは花見用に植えられているので、勝手に切ったり折ったりはできないが、確かにわざわざお金を出して取り寄せるものか、といわれると首をひねる。

結局、座敷わらしから、オシラサマにお願いしてもらって、サクラ、ナラ、クルミなど何種類かいただくことになった。

座敷わらしによると、オシラサマは木の妖怪の親玉みたいなもので、その程度のことは朝飯前であるらしい。


かくして、本日、オシラサマと煙羅煙羅というふたりの妖怪の協力を得て、《カフェまよい》燻製試作会が行われていたというわけである。


「でも、やっぱり、店の厨房でやるのは問題ですかね。 煙が客席に漏れちゃうのはやっぱりだめだし。」


《カフェまよい》の厨房は基本、古い日本家屋の台所なので、そこまで換気能力が高くない。換気窓はあっても電気をつかう換気扇などはついてないのだ。

今回は煙羅煙羅が煙を操ってくれているから、どうにでもなるが、そうでなければ、厨房も客席も煙だらけになりかねない。


「燻製つくるたびに煙羅煙羅さんに来てもらうわけにもいきませんからね。」


「ホホホ、ワシはかまわんよ。こんなうまい煙料理を食えるんなら、いつでも手伝いに来させてもらうよ。」


「ええ?でも、それは悪いですよ。煙羅煙羅さんだって都合があるでしょうし。」


「ホホ。ワシなんぞ、フワフワ漂っておるだけの妖怪じゃからな。呼んで貰えれば、いつでも駆けつけるぞい。」


「そうなんですか?」


そんなやりとりをしていると、客席のほうから、座敷わらしの声がする。

「マヨイ。おはぎセットをふたつ、注文じゃ。」


「ハーイ。おはぎセットふたつ了解です。」

真宵はすぐさま返答した。

そして、右近に語りかける。


「あ、右近さんそうゆうわけなんで、火事とかのじゃないんで安心してください。」


「・・・・。」


「あの、右近さん?」


真宵的には、どうぞ安心してお帰りください、と遠まわしに言ったつもりだったのだが、右近は微動だにしなかった。


「ん、ああ、その燻製とやらは、まだ試作するのだろう?」

右近は真面目な顔で真宵をみつめる。


「ホホ。次はクルミの木屑でやってみる予定じゃのう。」

煙羅煙羅が言った。


「それ、俺も手伝っては駄目だろうか?」


「ええ?」


「迷惑だろうか?」


「い、いえ、迷惑ってわけじゃないんですけど、燻製は時間かけて燻すので、次ができるまで、けっこう時間かかりますよ?」


「かまわない。今日はこのあと予定はなにもない。」

一歩も引かない右近の態度に、真宵は気おされた。


「じゃ、じゃあ、どうぞ・・・・。私、ちょっと客席のほう見てきますので、煙羅煙羅さんと一緒におねがいできますか?」


「わかった。」


「ホホ。まかせておきなさい。 もうやり方はわかっておるのでな。」


「オレも手伝うゾ。」


かくして、燻製試作会は、オシラサマに木屑を提供され、煙羅煙羅の主導の下、小豆あらいと烏天狗が手伝いに加わるという、よくわからない様相を呈していた。




夕刻、鞍馬山に陽が陰る頃、烏天狗右近が寺へと戻ってきた。

自室にもどる途中で、ばったり同僚の烏天狗、古道に会った。


「お? 右近じゃないか。今帰ったのか?」


「ああ。」


「今日は、昼から休みだったのだろう? 《カフェまよい》に行かなかったのか?」


「? いや、行ってきた帰りだが、なぜだ?」


古道は、右近をジロジロと見てから言う。

「いや、いつもなら、おはぎの包みを大事そうに抱えているのに、今日はもっていないから、行かなかったのかと・・・。」


!!!


「ああーーーーー!!」

突然、ガクリと右近が膝をつく。


「な、なんだ、どうしたんだ??」


右近は搾り出すように、無念の言葉を吐き出す。

「・・・も、持ち帰りのおはぎを、買うのを忘れた。」


「は?」


燻製の試作と試食を閉店間際まで繰り返した右近は、ついつい持ち帰りのおはぎを頼むのを忘れてしまっていた。


「いつも、買って帰っているのに、なんで今日に限ってわすれたんだ?」

古道は呆れながら問うた。


「煙に、煙に巻かれたんだ・・・。」



『煙に巻かれる』

意味:言い争いに負け、目的をはたせないこと。  詭弁や言い逃れで議論を誤魔化されること。


本来の意味とは違うが、今の右近の状況は、そういうことなのかもしれない。








読んでいただいてありがとうございます。

今回の妖怪は「煙羅煙羅」です。

なんか、響きがかわいいですよね。えんらえんら。


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