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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第九章 師走
219/286

219 久万郷にて3

登場妖怪紹介。

小女郎こじょろう

『久万郷』の女狸。

金長の許婚でもある。

現在、彼女が中心となって『久万郷』で、じゃがいもの栽培が行われている。





『久万郷』。

妖異界において、狸妖怪の聖地として名高い場所。

久万郷は、もともと深い山間の里、多くの山々が連なる場所、という意味で、その名のとおり、大小多くの山に囲まれ、雄大な自然が広がっている狸妖怪をはじめ、動物妖怪の楽園である。

そこを治めるのが狸妖怪の長、大妖怪『隠神刑部いぬがみぎょうぶ』である。




「さて、そろそろ始めましょうか。隠神刑部様、開始の挨拶をお願いします。」


狸妖怪のひとりが、長である『隠神刑部』に願い出た。


「む? わしがか?今回は小女郎こじょろう狸がするのがよいのではないか?」


「なに言っているんですか。小女郎は厨房で大忙しですよ。なにせ『じゃがバター』の作り方をきちんと熟知しているのは小女郎だけなんですから。挨拶なんかしている暇ないですよ。」


「ふーむ。仕方ないのう。」


隠神刑部は重い腰を上げた。




今日は『久万郷』において特別な日である。

ある意味、祭りだ。

この地においても季節ごとに大小様々な祭りが催されているが、今日はそのどれとも違う。

『収穫祭』ではあるのだが、米でもなければ小麦でもない。

多くの作物が収穫される秋からもだいぶん時期がずれ込んでいる。

今日、祝われるのは『ジャガイモ』の収穫。

この『久万郷』において、正確にはこの妖異界で初めて『ジャガイモ』が収穫されたことを祝う祭りである。


「あ、あ。皆のもの。聞こえておるか?少し、話をさせてもらうぞ。」


広場に集まった何百と言う狸妖怪たちの前に立ち、隠神刑部は声を張り上げた。

先程まで騒いでいた狸たちが一斉に静まり返る。


「今日集まってもらったのは、この『久万郷』の食を大きく前進させるある食材を知ってもらうためじゃ。この食材をこの地で育てるため、この数ヶ月、多くのものが汗を流した。今、ちと手が離せぬようなので紹介は後にするが、小女郎、お鹿ろく、源八、他にも幾人かの狸たちが協力して畑を耕し、水をやり、大事に育てた。」


隠神刑部は懐からそっとひとつ、芋を取り出す。


「これがそれじゃ。名前を『ジャガイモ』という。」


オオーー!!


狸たちから歓声が上がった。


「こちらの世界では珍しいが、人間界では多くの民に好まれている芋であるらしい。我らの知る山芋とも里芋ともサツマイモとも違う芋だ。今日は皆にこの味を知ってもらいたいと集まってもらった。」


オオオーーー!!!


さらに大きな歓声が上がる。


「この芋は様々な料理に使えるらしいが、今回は『じゃがバター』というものを用意させてもらった。蒸かした芋に牛酪をかけただけの簡単なものだが、真に美味な料理だ。この料理を伝えてくれたのは『遠野』にある《カフェまよい》という店を営む人間だ。すでに何度か訪れておる故、このなかにも見知っているものもあろう。」


大勢集まった狸たちの中から何人か手が挙がる。

隠神刑部に付いて行った者や、夏祭りや芋煮会に参加した者達だ。


「また現在、その店ではあの金長が料理修行に励んでおる。このジャガイモの栽培を推奨したのもあやつじゃ。また、ジャガイモにかける牛酪は同じく『遠野』から取り寄せた。件殿という妖怪が営む牧場で作られたものだ。その牧場でも若い衆が働いておる。晋平、文吾、宗助、あさけの、しののめ、いずれもこの『久万郷』の狸だ。このように『じゃがバター』は簡単な料理ではあるが、多くの者達の努力と協力の下に作られたものだ。この場におる者にもおらぬ者にもしっかりと感謝して味わってくれ。」


隠神刑部がそう締めくくると、奥の厨房から湯気を立てたじゃがいもを持った小女郎たちが出てきた。



「できあがったわよ。皆さん、順番に並んで頂戴。」


小女郎の言葉に、広場の狸たちが殺到する。

何百人もの狸妖怪が一斉に動き出したために、広場はごった返した。


「だいじょうぶよ。じゃがいもはたくさんあるから!裏では次のを蒸かしているから、皆にいきわたるわ。押さないで!」


さすがにこの人数分を一度には蒸せなかったが、ジャガイモもバターも大量に用意してある。少なくともひとり一個はじゅうぶんに食べられるはずだ。


「じゃあ、こっちでじゃがいもをもらったら、あっちで牛酪を掛けてもらってね。そのままで美味しいけど、塩味が足りないひとは、ちょっとだけ塩をふって。熱いから気をつけてね。」


小女郎の指示で、狸たちは順番に『じゃがバター』をもらって行く。

山のように持って来たジャガイモは瞬く間に減っていった。


「ほっほ。盛況じゃのう、小女郎。」


「あ。隠神刑部様。ええ。でも、第二陣のジャガイモがもうすぐ蒸せますから大丈夫ですよ。」


「ふむ。そっちは付いておらんでだいじょうぶなのか?」


『じゃがバター』の作り方を実際に教えてもらったのはここでは小女郎だけだった。

ここで配る仕事より、厨房でいたほうがよいのではないかと、隠神刑部は思った。


「ええ。簡単な蒸し物ですから。一応、皆に出す前にはチェックするつもりですけどね。」

小女郎はフフフと微笑む。


「しかし、本当にようやったのう。まさか、あんなにたくさんの芋が収穫できるとは思うとらんかったわい。」


なにぶん初めての試みだ。

いくらかでも収穫できて、次に繋げられればそれでいいと思っていたのだが、予想に反し、小女郎たちの世話した芋畑は大豊作だった。


「私もびっくりしました。前に一本だけ試しに抜いてみたときはこんな小さな芋ばかりでしたのに、まさかひと月であんなに大きくなるなんて。」


「ほう。」


「しかも、一株に何個も芋がついているんですよ。根っこだけじゃなくて、抜いた後に土を掘ってみたらボロボロ芋が出てくるんです。あんなにたくさん収穫できる作物だとは思っていませんでした。あの大きさの畑で皆に行き渡るくらいの芋がとれるなんて。最初は色々手間のかかる作物だと思ってましたけど、あれだけの見返りがあるなら、次はもっと作付け面積を増やすべきです。」

小女郎の声に熱が帯びる。


「ふむ。しかし、たしか連作・・と言ったか?同じ場所でつくるのはマズイのじゃろう?」


「ええ。金長様の手紙に書いてありました。同じ畑で続けてジャガイモばかりを作るとよくないらしいです。」


「なら、また畑を開墾しなければならんぞ? それに畑を広げるなら、手伝いも増やさねばならんし、また一から教えねばならんぞ?」


「そんなことかまいませんわ!」


小女郎が一喝した。


「せっかくこんな素晴らしい作物を金長様や真宵さんが紹介してくださったのです。私達が怠けてどうするんですか? それに手伝いなんていくらでも探せるでしょう?狸妖怪は大所帯なんですから。」


「ふむ。」


「それに、きっと今日、『じゃがバター』を食べたひとのなかにも、自分の畑で作ってみたいってひとが現れます!こんなに美味しいんですもの!」


「なるほどのう。」


小女郎の弁に、隠神刑部は一理を感じ取る。


「しかし、そうなると、おぬしの仕事がまた増えるぞ。他のものに教えるとなると経験者はおぬし達だけじゃからな。」


「勿論ですわ。」

さも当然と、小女郎は胸を張った。


「金長様がこの『久万郷』に広めようと尽力なさったジャガイモですもの。他の者になんて任せておけませんわ。この小女郎がしっかと指導させていただきます。手抜きして枯らすものなどいたら、ただじゃおきませんから!」


「ほっほ。まあ、ぬしがそこまで覚悟があるのなら考えておこう。じゃが、そういう話はまた今度でよかろう。今日は祭りじゃしな。あまりかたい話ばかりではせっかくの料理が不味くなるわい。」

隠神刑部は笑った。


「それもそうですわね。」

小女郎もつられて笑う。


そこに、奥の方から呼ぶ声が聞こえた。


「おーーーーい。小女郎。もうすぐ次のが出来上がるんだ。ちょっと見てくれないかな?」


一緒に畑仕事をやっている源八だった。

最初は成り行きで手伝いを言い渡されたのだが、最近ではかなり本気で取り組んでいる。

芋掘りのときなど誰より張り切っていた。


「はぁーーい。今、行きまーーす。」

小女郎は大きく返事を返した。


「あ、隠神刑部様。ここお願いできますか? 芋を配っていくだけですから。」


「む。わしがか?」


「ええ。いま、手は空いているんでしょう? 私は忙しいんです。『じゃがバター』は熱々のうちに牛酪をかけて食べないとホントの美味しさはわかりません! だから、悠長にはしていられないんです。じゃ、お願いしますね。」


仮にもこの『久万郷』の主にして狸妖怪の長である『隠神刑部』に芋配りを押し付け、小女郎はさっさと厨房の方に戻って行った。



「やれやれ。」


隠神刑部は仕方なく小女郎を引き継ぎ、芋配りを手伝うことにした。

芋はすでに半分以上は配り終えており、先にもらったものは熱い芋に難儀しながらも、なんとかかぶりつき舌鼓を打っている。


「隠神刑部様。この『じゃがバター』ってすっごいオイシイです!」


すでに半分になった芋を大事そうに持っているひとりの少年狸が話しかけてきた。


「そうかそうか。そりゃあよかった。」

少年狸の笑顔に、隠神刑部は目を細めた。


「ねえ、隠神刑部様。こんなおいしいお芋を『久万郷』でいつでも食べられるようになるの?」


「ふむ。」


隠神刑部は少年の言葉に、長い顎髭をなぞって考える。


「そうじゃのう。まあ、それは皆の頑張り次第というところかのう。」


「ホント?!じゃあ、ボク、頑張る!そしたら、このジャガイモが食べられるんでしょう?」


「ほっほ。そうじゃな。とりあえず、ぬしは勉強と家の手伝いに励んでおれ。」


「はぁーい。」

そう言って、少年狸はどこかへ走っていった。





(ほっほ。こりゃあ、本格的に考えねばならんかのう。)


隠神刑部は想いを巡らせた。


今回、小女郎の畑で大量に芋が採れたとは言っても、あくまで予想より多く取れたというだけの話だ。

今日の祭りで大半を消費するだろう。

『久万郷』の狸は八百八狸。その家族を含めれば、ゆうに千を超える。

その胃袋を長期的に満たすだけの芋となると、そう簡単なものではない。

今回のような試験的な栽培でなく、本格的に拡散させ、多くの狸が自分で作れるようにならなければダメだ。それはそう簡単なことではないだろう。

だが・・・。


隠神刑部は広場に集った自分の一族の顔を見渡す。

すでに芋を受け取り、かぶりついているものは皆一様に笑顔で、まだもらっていないものはそれをうらやましそうに見ている。


「この芋を育てることは、『久万郷』の食文化に大きく貢献することになる。」


金長がこの芋を送ってきたときに手紙に書いてあった一文だ。

そのときはそこまで真に受けてはいなかった。

だが、たしかにこれが本格的に栽培されるようになれば、狸たちの食生活は大きく変わるだろう。

決められた面積の畑でたくさん採れ、芋なので保存もきく。なにより味ががいい。


「其の芋、万能にして美味。栽培成功至時は、其の黄金の実の価値たるや、万金に値せん。」


これも金長の言だ。


(ふ。まあ、万金に値するかどうかはわからぬが、やるだけのことはやってみるかのう。)


隠神刑部は、ひとりそっとほくそ笑んだ。



読んでいただいた方ありがとうございます。

久万郷のおはなしです。

じゃがいもは順調に育ったようでなにより。

次回も狸さんのおはなしの予定です。


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