211 貝の王様
登場妖怪紹介。
『出世法螺』
山に三百年、海に三百年、里に三百年、修行に修行を重ねて竜へと転じた法螺貝の妖怪・・らしい。
実際、竜になっても特になにかできるわけでなく、頭に角が生えただけ。
店ではなにかにつけ、店や他の客におごってもらおうと画策して失敗している。
妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。
こちらの世界にはインターネットもテレビもない。
大規模な宣伝は出来ないため、多くはクチコミに頼る他はない。
なので、新しいお客を連れてきてもらえるのはとてもありがたいことである。
「ああ、おいしかった。あなた、なかなかいいお店知ってるじゃない。」
ショートカットの少女が言った。
「そうね。妖異界ではここでしか食べられないおいしい菓子があるなんて聞いたたときは、またホラかと思っていたけど、ほんとだったカナ。」
頭に大きな巻貝をヘルメットのようにかぶった少女が同意した。
「ボクがホラなんか吹くはずないだろう? 誰だと思っているんだよ。」
テーブルに座っている三人のうち一人だけが不満そうなむくれ顔だ。
「よく言うよ。いつも大きなことばっかり言って、たいていホラなんだから。」
「そうそう。今日だって、貸してたお金の代わりに美味しい店でご馳走するって言うから来たのカナ。ちゃんと御代はあなたが払ってよね。いつもみたいに調子のいいこと言って誤魔化そうとしたら承知しないのカナ。」
「わかってるよ!」
二人はこの店は初めてだが、彼だけは何度も通っている。
名は『出世法螺』。
山に三百年、海に三百年、里に三百年、修行に修行を重ねて竜へと転じた法螺貝の妖怪である。
・・・・真偽は定かではない。
「お茶のおかわりはいかがですか?」
店主の真宵が三人に声を掛けた。
「あ。ありがとう。もらえるカナ。」
「私もいただこうかな。」
「かしこまりました。・・出世法螺さんはどうします?」
「・・・・もらう。」
出世法螺はふてくされたように、自分の湯のみを差し出す。
「出世法螺さんがお友達と一緒に来るなんてめずらしいですよね。おふたりはこちらは初めてですか?」
「ええ。私、蜃よ。ハマグリの妖怪なの。よろしくね。」
「アタシ、栄螺鬼。名前の通り、サザエの鬼なのカナ。」
「あら。ハマグリにサザエ。じゃあ、みなさん貝の妖怪さんなんですね。」
「ボ、ボクは竜だぞ! 一緒にするなよ!」
出世法螺は不満げに口を尖らせる。
「竜は妖怪の中でも特別な存在なんだ。貝や鬼なんかと一緒にされたくないね!」
出世法螺はいつものそぶりで額の角をチョンチョンと指差す。
珊瑚のように枝分かれしたご自慢の竜の角だ。
「角だったらアタシにもあるけどね。」
からかうように、頭の巻き貝から突き出た鬼の角をチョンチョンと出世法螺の真似をして指差す。
「私は貝妖怪だってことに誇りを持ってるわ。竜だの鬼だのになんかならなくってもいまのままでじゅうぶん!」
蜃は誇らしげに微笑んでみせる。
三人とも同じ貝妖怪ではあるようだが、微妙に立ち位置というか考え方は違っているようである。
真宵にはいまいち理解しにくいが、それでも一緒にお茶をしに来ているわけだから、仲が悪いわけでもないのだろう。
「じゃあ、新しいお茶煎れてきますね。」
そう言って席を離れる。
厨房に戻り、新しいお茶を持って来るほんのすこしの時間、たったそれだけの間に新たな問題が勃発しているとは真宵は思っていなかった。
「どうぞ。お茶のおかわりです。熱くなってますので気をつけてくださいね。」
それぞれの前にお茶を配る。
すると、思いもかけない問題を栄螺鬼から突きつけられた。
「ねえ、貝の王様って何だと思うカナ?」
「はい?」
真宵には意味が解らなかった。
なにかの謎かけか。
「あのね。さっきから話していたの。竜とか鬼とかはおいておいて、貝のなかだと誰が一番カナって。」
「はあ。」
「みんな譲らなくってさ。どう考えても法螺貝が一番だと思うんだけど。」
「まあ、大きさだと法螺貝は大きいですけど・・・。」
「ほら!聞いたろう?やっぱり法螺貝が一番だよ。まあ、当然だけどさ。」
出世法螺がフフフンと鼻を鳴らす。
「あ、でも、大きさでいえば世界最大はシャコ貝だったような・・・。」
「はあああ?シャコ貝?あんなでかいだけでなんの取り得もない貝なんて問題外だよ。絶対、法螺貝の方が上だね。」
えらい言われようである。
ここにシャコ貝の妖怪がいたら、大喧嘩になりそうな物言いだ。
そこに、今度は蜃が呆れたように言う。
「大きさなんて意味ないわよ。私、ハマグリだけど、ホントはシャコ貝よりもずっと大きな妖怪だもの。あなたたちの誰より大きいわ。」
真宵は知らないが、『蜃』と言う妖怪は山のような大蛤だ。
海中から煙のような気を吐き出し、巨大な楼閣を作り出す。
楼閣は目には見えるが、たどり着くことも触れることもできないため、幻を作り出す妖怪とも言われ、蜃気楼の語源にもなっている。
「大きさなんてね。やっぱり、貝の価値は味じゃないカナ? その点、サザエは最高よ。王様はやっぱりサザエじゃないカナ。」
「あら!味ならハマグリでしょ!焼いてよし、お吸い物にしてよし、まさしく貝の王様ね。」
「ム。味ならサザエが上よ。ね?人間はみんなサザエが好きよね?」
「そんなことないわ。人間はハマグリ大好きだもの。ね?店長さん。」
「え?ど、どうでしょう。好みもありますし・・、どっちも美味しいですよ。」
いきなり振られても困ってしまう。
(うーん。たしかにハマグリのほうが用途は多いかも・・。でも、用途の多さならアサリとかも・・・。ああ、でもサザエのつぼ焼きは捨てがたいわよね。)
真宵の頭においしい貝料理が次々浮かんでくる。
「ちょっと待ったあ!」
出世法螺が大きな声を出す。
「ふ。キミたちわかっていないな。人間界では法螺貝は高級食材として通っているんだよ。ね、店長さん。」
「え?ええ。そうですね。たしかに。」
「ほら!皆が高い金を払っても欲しがる最高の貝。それが法螺貝さ。当然、味も最高! な。店長さん。」
「え、えと。ごめんなさい。私、法螺貝って食べたことなくて。味のほうまでは・・。」
そもそも法螺貝は一般的とは言いがたい食材だ。
普通にスーパーなので見かける貝たちとは違う。
真宵も話には聞いたことがあるが、二十年以上生きていて一度も売っているのを見たことがない。
「ほら、ごらんなさい。ただ珍しがられて値段が高いだけ。あなたと一緒ね。竜だ竜だと言ってもなにもできないものね。ホラ吹くだけ。」
「な、なんだとお!」
「ちょ、ちょっと!喧嘩はダメですよ、喧嘩は。」
すると、三人はキッと真宵のほうに向きなおす。
「店長さん!アナタが決めてくれるカナ!貝の王様は何?」
「ええ?」
「そうね。議論してても仕方ないわ。第三者に決めてもらいましょ。」
「そうだな。恨みっこなしだ。まあ、法螺貝が一番に決まっているけどね。」
「そ、そんなこと言われても。」
「いいのよ。直感でも、好みでも。アナタの意見を聞かせてくれるカナ。」
「そうよ。さっさと決めて。遠慮なしでいいから。」
「え、ええと、私の好みで言うなら・・・。」
真宵は頭を巡らせる。
自分の好きで構わないと言われても、条件は様々だ。
(味で言えばやっぱりハマグリかしら?)
なんと言っても一番馴染みが深い。
だが、コストパフォーマンスや馴染みで言えば、真宵にはアサリやシジミの方が上かもしれない。
(サザエはなんとなく特別感があるしねえ。)
浜焼きやバーベキューでやるサザエのつぼ焼きはなんとなくテンションが上がる。
子供の頃は苦手だった苦いわたも、大人になると意外とイケルことに気づく。
(でも、それならアワビとかも・・・。)
高級感はサザエより上。アワビの肝もソースに使えば珍味だ。
だが値段で言えばもっと高いものもあるだろうし、食用でなくとも真珠の養殖につかうアコヤ貝なんかも人間にとってはありがたい存在だ。
他にも水質を浄化してくれる自然に優しい貝とか、逆に猛毒をもつ貝とかもある。
一概になにが一番かと聞かれても、どう順位をつけてよいかわからない。
「さあ、なに?」
「店長さんの一番好きな貝は?」
「さあ!遠慮なく言ってくれ。」
「わ、私の一番好きなのは・・・。」
三人に詰め寄られ、出た言葉は。
「牡蠣・・かな?」
「「「はああああああ??」」」
「なんでカナ?カキってあの牡蠣でしょ?」
「あんな見た目も悪い藻とかフジツボとかいっぱいくっついてるヤツのなにがいいの?」
「ちょ、ちょっと理解できないな。法螺貝より牡蠣? 本気?」
三人が一斉にブーイングする。
「わ、私、好物なんです。牡蠣。それに、ちょうどおいしい時期だし。」
十一月も終わりに近づいた現在、真牡蠣の旬だ。
どこの魚屋にもスーパーにも、ぷっくりと膨らんだおいしそうな牡蠣が並び始める。
「おいしいって言っても牡蠣でしょ?」
「王様って感じじゃないよね。」
「ぜんぜん、わかってないね。これだからニンゲンは。」
言いたい放題言われて、さすがに真宵もムッとなる。
「じゃあ、証明して見せましょうか?」
「証明?」
「ええ。ちょっとお時間いただくことになりますけど。」
「へえ、いいじゃない。やってもらおうカナ。」
「わかりました。少し時間がかかりますので、お席でお待ちください。」
そう言うと真宵はさっさと厨房へと引っ込んでしまった。
「・・・なにをする気なのかしら?」
「ひっこみがつかなくんなったんだろ? 牡蠣が王様なんてありえないさ。」
蜃の疑問に、出世法螺は半笑いで答えた。
それから半時間近く真宵は厨房から出てこなかった。
席に座って待っていた三人も、いい加減退屈してきて不満をもらす。
「・・いつまで待たせるつもりカナ?」
「まさか、いまから海まで牡蠣を獲りにいってるとか?」
「嘘だろ。ニンゲンの足でここから海まで何時間かかると思ってるだよ。陽が暮れちゃうぞ。」
そこにやっと真宵が戻ってくる。
「おまたせしました。」
「遅いよー。」
「で、なにを証明して見せてくれるのカナ?」
「はい。こちらをお召し上がりください。」
「なにこれ?」
真宵がテーブルに置いた皿には、狐色に揚がったフライが三つ並んでいた。
「ふふ。私の貝の王様です。このタルタルソースをたっぷりつけてどうぞ。」
「貝の王様?もしかして、これ牡蠣なの?」
「はい。実は今朝、てながさんとあしながさんがランチ用の魚と一緒にもって来てくれたんです。ランチには数が足りなかったんで夜の賄い用で食べるつもりで用意してたんですけど、ちょっとだけ先に作ってみました。『カキフライ』です。」
「カキフライねえ。」
「まあ、食べろって言うなら食べるけどね。」
「いくら料理したって牡蠣がそんなにうまくなるはずがないと思うけどね。」
三人はそれぞれ箸を取って、熱々の『カキフライ』を口へ運ぶ。
「・・・・。」
「。。。。。」
「、、、、。」
「ふ、ふえぇぇぇ。」
ザクリと軽い衣をかじると中から、熱い汁が迸る。
新鮮なくさみのない海の香りのする牡蠣のエキスが口内に広がる。
そこに濃厚なタルタルソースのうまみが加わると、感じたことのないハーモニーが三人の味覚を揺さぶった。
「な、なにこれ!」
「こ、これ、ほんとに牡蠣なのカナ?」
「ふふ。おいしいでしょう?私も大好物なんですよ。『カキフライ』。」
驚愕する三人に真宵は満足する。
「まあ、色々と意見はあるでしょうけど、私的にはこの時期の貝の王様は牡蠣です。理由は食べていただけたら納得していただけると思いますけど。」
「・・たしかにね。」
「この味は、ただのサザエじゃだせないカナ。」
「まさか、牡蠣がこんなおいしい料理になるとは。あなどってたわ。」
「じゃあ、この話はここまで、ってことで。私は仕事に戻りますので、あとはごゆっくり。」
「ちょっとまった!」
その場を離れようとする真宵を出世法螺が引き止める。
「まだなにか?」
「・・・・こ、この『カキフライ』、もう少し作ってくれないか?」
「え?」
「そうね。一個だけじゃとても足りないわ。」
「たしかに、もっと食べたいカナ。」
蜃と栄螺鬼も賛同する。
「もちろん金は払うよ。」
三人の期待の視線が集中するが、真宵はあっさりと断った。
「無理です。」
「な、なんでだー。」
「だって、今はランチタイムじゃないですし、『カキフライ』も正規のメニューじゃありませんもの。話の流れで味見用に作っただけで。」
「そ、そんなあ。」
「それに、牡蠣はそんなにたくさんありませんもの。みなさんにごちそうしたら、私達の晩御飯がなくなっちゃいます。」
真宵がニコリと笑う。
「キ、キミたちは、自分達だけでおいしいものを食べるつもりか!」
「そうよ。ここ、食べ物屋でしょ?お客に食べさせないなんてズルイわ!」
「なんとかならないのカナ?」
「それは、それ。これは、これ。です。それじゃあ、あとは皆さんでごゆっくり。」
そう言って、真宵はさっさとその場を離れた。
(ふふ。今日の晩御飯はカキフライ。)
閉店時間まで、あと一時間ほど。
真宵は大好物の『カキフライ』を楽しみに、もうひとふんばり仕事へと戻っていくのだった。
読んでいただいた方ありがとうございます。
カキフライ食べたーーい! と思ったら書きたくなりました。
大好きなんですカキフライ。美味しいですよねー。
自分は生の貝がダメなんで、焼いたのとか揚げたのが好みです。




