210 乳酸菌いかがですか?2
件牧場 商品
『牛酪』
いわゆる、自家製バター。
野菜につけても。焼き物にも。使うと一味ちがうおいしさ。
『リコッタチーズ』
ホエーと牛乳と酢で作ったナチュラルチーズ。
やさしい美味しさ。蜂蜜をかけるとなお美味。
日持ちしませんのでご注意を。
『ヨーグルト』
牛乳を発酵させた新商品。
トロトロの口当たりとさわやかな酸味が特徴。
そのままでも、砂糖や蜂蜜で甘くしても、美味。
『件』の牧場。
『遠野』の一角にある牛妖怪『件』が管理している牧場。
頼めば牛肉も牛乳もわけてもらえるが、元々は営利目的は二の次で、一言でもしゃべると死んでしまうという宿命の『件』が生まれ変わるために、牛の出産を管理している。
現在この牧場を手伝うために、『久万郷』から五人、狸妖怪が移住してきており、牛酪の生産に力を注いでいる。
「いらっしゃいませー。」
真宵が、牧場の狸妖怪達と話をしていると、新たに客が入ってきた。
「あ、まよいちゃん。」
「あら、みなさん、今日はお揃いなんですね。」
入ってきたのは、煌びやかな衣装に身を包んだ三人組の妖怪だった。
『女郎蜘蛛』『骨女』『毛娼妓』。
花街の三美女妖怪達である。
「ええ。夜のお座敷まで時間が空いたから、みんなでお茶をしようってことになってね。」
「そうでしたか。どうぞ、こちらの席に。」
真宵は空いている席のひとつに三人を案内する。
その姿を見て、狸妖怪の晋平は思ってることをつい口に出してしまう。
「うわぁ。えらいめんこい妖怪さんたちッスねぇ。」
独り言にしては、ずいぶんと大きな声だったので女郎蜘蛛たちにも聞こえたようで、三人の視線が、晋平の方に集中する。
「ちょっと!失礼よ。」
しののめが制したが、女郎蜘蛛達はこういったかたちで目立つのは慣れているのか、晋平の方をみてニッコリと笑顔を投げかける。
「あら。いいのよ。お褒めいただいて光栄だわ。ふふ。」
三人は通路を挟んで斜め向かいのテーブルに座ると、晋平たちに話しかける。
「ねえ。あなたたち、もしかして、金長さんの知り合いの狸妖怪?」
「え?ええ。そうですけど。」
「オレたち、金長さんの舎弟ッス。」
「あら、やっぱり、噂になってるのよ。一度会いたいって思ってたの。」
「え?私達、噂になっているんですか?」
しののめが驚く。
『遠野』に来てから、牧場以外はこの《カフェまよい》以外は、山に蜂蜜や材木をとりにいったことがあるくらいで、ほとんど知り合いもいないはずなのだ。
まさか、自分達がまわりの妖怪たちから噂されているなどとは夢にも思っていなかった。
「ええ。件のとこの牧場で働いているんでしょ? このへんじゃあ、狸妖怪はほとんど見ないからね。私達が住んでる花街のある『古都』は狐さんの縄張りだし。」
「ああ。なるほど。」
『久万郷』では狸妖怪ばかりで珍しくもなかったが、こちらでは狸は珍しいらしい。
「じゃあ、せっかくなんでご紹介しておきますね。こちら、金長さんのお友達で晋平さんとしののめさんです。件さんの牧場で働いてるんですよ。」
真宵が間に入って、互いを紹介する。
「あ。しののめっていいます。」
「オレ、晋平ッス。」
「他にも三人いらっしゃるんですけど、また今度、ご紹介しますね。それで、こちらが花街で働いてる女郎蜘蛛さん、骨女さん、毛娼妓さん。よくお店に来ていただいてるんですよ。
「よろしくね。」
「骨女よ。よろしく。」
「私、毛娼妓。覚えてねー。」
美しい女性妖怪が集まる花街で、最高峰と呼ばれる三人の色気と笑顔に、晋平は思わずポゥっと赤くなる。
「花街っスかー。」
「ふふ、よかったら遊びに来てね。サービスしちゃうわ。」
「ほ。ほんとっスか?」
「晋平。あんた、鼻の下が伸びてるわよ。」
美女三人の誘いに晋平は、夢見心地でくちが半分空いている。
「ふふ。晋平さん。あちらの皆さんは花街の超売れっ子で、一晩遊ぶだけで、晋平さんのお給料、全部とんでちゃいますよ。」
「そ、そうなんスか?」
「ふふふ。私達、花街の女は、もてなしでサービスはするけど、安売りはしないからねぇ。それなりの覚悟で遊びに来てね。」
それを聞いて、晋平は塩を振った青菜の様にしょぼくれた。
「皆さん、ご注文はどうしますか?」
改めて真宵が聞く。
三美女は楽しそうにメニューに目を向けた。
「そうねえ。今日はお饅頭にしようかしら?」
女郎蜘蛛は唇に指を当て考える。
「私は、やっぱり、『抹茶セット』。今月の和菓子、気に入ってるんだ。」
毛娼妓は、パタンとメニューを閉じた。
「そうね。私もそうするかな。」
骨女もほつれた前髪を直しながら言う。
「あら?皆、『抹茶セット』? じゃあ、私もそうするわ。」
結局、女郎蜘蛛も一緒にすることに決めた。
「はい。『抹茶セット』三つですね。かしこまりました。」
「今月の『山茶花』はカワイイのよね。大好き!」
毛娼妓が笑顔で言った。
「ありがとうございます。今月は中身を白餡にしてみたんですけど、どうですか?」
今月の『抹茶セット』の上生菓子『山茶花』。
薄い桃色の練りきり餡で花を模った和菓子である。
少し味に変化をつけようと、中身をいつものこしあんではなく、白餡にしてみた。
「おいしいわよ。やさしい甘さで練りきり餡とも相性いいわ。」
「ふふ。お世辞でもそう言って頂けるとうれしいです。」
「あら。お世辞じゃないわよ。この前、妓楼のみんなにお土産で持って帰ってあげたら、評判よかったんだから。」
「ありがとうございます。みなさんが宣伝してくれるおかげで、お客さんも増えて助かってます。」
「あら?それは、ここのお菓子が美味しいからよ。ねえ?」
「ええ。自信、持ちなさい。まよいちゃん。」
三美女が笑った。
実際、この三人の影響力は凄い。
三美女が働く花街にはいろいろな妖怪が集う。
そこで働く妖怪はもちろん、遠方からも足繁く通う客も多い。
三人は、よくなじみの客にお土産としてここのお菓子をもって帰ったり、妓楼で一緒に働く妓女達への差し入れに使ってくれたりもしていて、それで店に来てくれるようになった客も少なくない。
この世界では、花街の頂点の妓女たちが気に入っていると言えば、それだけでブランドなのだ。
この《カフェまよい》が軌道に乗ったのも、早い段階でこの三人が常連になってくれたことが大きな一因であると考えている。
「ありがとうございます。じゃあ、すぐお持ちしますね。」
そう言って、厨房に注文を通しに行こうとした真宵は、ふいになにかを思いついた。
斜め向かいのテーブルに座っているしののめ達のところに行くと、そっと耳打ちする。
「しのさん。今日、もうちょっとだけ店にいられます?」
「え?ええ。この後は何も予定してないけど、どうかしたの?」
「じゃあ、ちょっとだけ、ゆっくりしてもらえます? もしかしたら、商売のお力になれるかも。」
「え?どうゆうこと?」
しかし、真宵は答えず、ちょっと意味深な笑顔でさっさとひっこんでしまった。
「ああ。おいしかった。」
抹茶の最後の一口を飲み干して、毛娼妓は感想をもらした。
「やっぱり、ここのお茶とお菓子はいいわよね。おしゃべりも、つい、はずんじゃうし。」
骨女も満足気だ。
「そうね。だいぶ、寒くなってきて、出るのがおっくうだったけど、来てよかったわね。」
女郎蜘蛛も碗についた紅をそっとふき取りながら、笑顔を浮かべる。
そのタイミングを見計らったように、真宵がトレイになにかをのせて、こちらにやってくる。
「あ。みなさん、実は、ちょっとお願いがあるんですけど。」
「あら?なあに、まよいちゃん。」
「お菓子を食べたばかりで申し訳ないんですけど、こちらを味見していただけませんか?」
真宵は三人のテーブルに、小さな器に入ったチーズとヨーグルトを並べる。
「『リコッタチーズ』と『ヨーグルト』って言うんです。両方とも牛乳から作っているんですけど、こっちの世界じゃあ、なじみのないものなんで、感想を聞きたくって。」
「へえ。新メニュー?」
「ええと、そう言うわけでもないんですけど。いろいろありまして。率直な感想を聞かせてくれるとありがたいんですが・・。」
「ふぅん。よくわからないけど、せっかくだからいただくとするわ。なんだかおもしろそうだし。」
「そうね。ちょっと不思議な食べ物だけど、試してみたいわ。」
快く了承してくれた三人に礼を言うと、真宵は説明を始める。
「ちょっとドロッとした液体のほうが『ヨーグルト』です。今回は林檎を入れてみました。こっちのモロモロっとしたのが『リコッタチーズ』です。そのままでもいけますが、甘味が足りないときはこの蜂蜜をかけてみてください。」
三人は、見慣れない品に興味をそそられ、まず『ヨーグルト』の器を手に取った。
真っ白なヨーグルトの中に、銀杏型に切った林檎が混ぜられている。皮付きなので、赤い色がきれいなアクセントになっていた。
お昼のランチに付けたポテトサラダに使ったあまりものの林檎だったが、ヨーグルトとの相性はいいはずだ。
「あら。けっこういけるわ、これ。」
「うん。おいしいわよ。牛乳からできてるって言ってたから、そういう味かと思ったら酸っぱいのね。でも、おいしい。」
「林檎との相性もいいわ。」
三人とも気に入ったようである。
「でも、不思議な食感ね。プルプルのトロトロで、液体みたいなのに、匙ですくえるし。」
「うん。でも、口に入れるととけちゃうのよね。」
「まよいちゃん、これ、お店で出したら、売れると思うわよ。」
「ありがとうございます。でも、これ、ウチじゃなくて、件さんの牧場で狸妖怪さんがつくって売ってるものなんですよ。ねえ、しのさん。晋平さん。」
いきなり、話を振られて、ふたりはビックリする。
「え、ええ。そうなんです。」
「あら、そうなの? えーと、しののめさんだっけ? これ、すっごくおいしいわよ。」
「あ、ありがとうございます。」
二人を見る真宵の表情がなにか言いたげなのに、晋平は気がつかなかったが、しののめは気がついた。
(あっ。ここで、『ヨーグルト』を売り込めってことね?!)
しののめは、しっかり真宵の意図を察した。
「あ、あの。林檎じゃなくても、果物なら、なんでも合うんですよ。甘く熟した柿とかいれてもすっごい美味しいし。」
「そうッスねー。前に山葡萄採ってきて入れてもウマかったッスよ。」
晋平が付け足す。
しかし、真宵の意図が伝わったわけでも、商売しようとしたのでもなく、単にしののめの言葉につい食べたものを思い出しただけである。
想像のヨーグルトの味に思わず、唾を飲む。
「そのままだと、ちょっと酸っぱいけど、慣れると気にならないし、お砂糖や蜂蜜で甘くしても美味しいですよ。」
「へえー。」
試食用なのでほんの二、三口で『ヨーグルト』を平らげた三人は、次の『リコッタチーズ』の器に手を伸ばす。
「あら。こっちは酸味はあるけど、やさしい味ね。」
「食感もおもしろいわね。ふわっとしてて、お麩みたいな感じ。」
「ねえ!これ、蜂蜜かけるとすっごい美味しいわよ!」
「アンタ、ほんとに味覚がお子ちゃまねぇ。」
興奮気味に話す毛娼妓に、骨女が呆れたように言う。
「ほんとに美味しいんだって!いいから食べてみなさいよ。」
毛娼妓が蜂蜜をすくって、骨女のチーズにかける。
「もう。私はアンタと違って、そこまで甘くなくてもいいのよ。・・・、あら、ホントだわ。蜂蜜かけるとぜんぜん違う。」
「でしょでしょ。」
「ほんと?じゃあ、私もちょっとかけてみるわ。」
はしゃぎながら試食する三人に、真宵は見計らったように殺し文句を投げかけた。
「みなさん、このヨーグルトとチーズって、美味しいだけじゃなくて、美容と健康にもすごく効果的なんですよ。」
『美容』と『健康』。
このふたつのワードにひっかからない若い女性はいない。
そしてそれは妖怪であっても同じだと、真宵は妖異界の生活でしっかりと学んでいた。
真宵の思惑どおり、三人の美女妖怪達の目の色が変わる。
「美容にいいって、それホント?まよいちゃん。」
「美容にも健康にも両方効果があるの?」
「食べるだけで綺麗になるってこと?」
「ええ。人間界ではけっこう有名なんですよ。もちろん、妖怪さんにも効果があるのは実証済みです。ね。しのさん。」
そう言って、真宵はしののめに話を振る。
そして、三人に気づかれないよう、こそっとウインクして、しののめに合図を送る。
すると、しののめは、しっかり理解したようで、ここぞとばかりに売り込みに入る。
「ええ。私、こっちに来て、そのヨーグルトとチーズを食べるようになってから、すっごいお肌の調子がいいんです。前は夜更かししたりするとすぐ肌荒れになったりしてたんですけど、全然、そんなことがなくなって。」
それを聞いて、三美女は、穴が開くほどしののめの顔を凝視する。
そして、作戦会議とばかりに集まって、声を潜めて話し合った。
「ねえ。たしかにあの、しののめさんて狸妖怪、お肌がすっごいきれいよ。」
「でも、若いからじゃない? あの娘、かなり若い狸さんみたいだし。」
「ううん。若いだけじゃないわよ。ハリもあるし、キメもすっごい細やか。」
そんな三人を見て、しののめは立ち上がった。
少々、悪ノリ気味に大げさなポーズをとって、身体を見せ付ける。
「それでですね、お姐さん方。そのヨーグルトとチーズ、お肌だけじゃなくってお腹にもいいんですよ。」
「お腹?」
「ええ。ほら、お腹や体の調子が悪いと、どうしてもお肌にでちゃうでしょう?」
「うんうん。」
「それを食べてると、お腹もスッキリして体調もお肌もよくなるんですよ。」
「へえ。ホントに?」
「ええ。整腸作用っていって、お腹の調子を整えるんです。」
真宵が付け加える。
「見て!ポッコリが基本の狸妖怪のお腹もこんなにスッキリ!これもみんな『ヨーグルト』と『チーズ』のおかげなんですよ!」
そう言って、しののめは自分のお腹を指でさした。
これには、真宵はちょっと苦笑いをする。
たしかにしののめはスレンダーで、ウエストも細く、真宵から見ても羨ましい。
同じ狸妖怪でも、あさけのは胸もお尻も豊満なナイスボディだが、しののめはそれとは違い、スレンダー体型だ。
だが、これは初めて店に来たときからで、別に、『ヨーグルト』や『チーズ』のおかげだということではない。もともとだ。
もしかしたら、体重が少し減った、ウエストがほんの少し細くなったということはあるのかもしれないが、少なくとも、真宵が知る限り、しののめがポッコリお腹だったことはない。
だが、まあ、これくらいはセールストークというやつだろう。
「ちょ、ちょっと!食べるだけで腰まわりが細くなるんですって。」
「魔法の食べ物じゃない!」
「私、絶対、食べるわ!」
げに恐ろしきは女性の美容への執着だろう。
三人完全に食いついていた。
「ねえ。この『ヨーグルト』と『チーズ』っていうのは、この店で買えるの?」
「ええと、ウチじゃなくて、件さんのとこの牧場なんですけど・・。」
「件の牧場ね。たしか、ここから、そんな遠くじゃなかったわよね?」
「ええ。たしか、『輪入道』に乗せてもらえばすぐのはずよ。帰りに寄る?」
「もちろん!買って帰りましょう。早めに出れば寄り道しても、じゅうぶん、夜のお座敷に間に合うはずよ。」
新たに上客を獲得したしののめは真宵と視線を合わせると、ニッコリと微笑みあうのだった。
読んでいただいた方ありがとうございます
牧場経営編、つづきでございます。
件牧場にも座敷わらしが憑くと、商売繁盛するんですかね?
牧場の話はまた書きたいと思っております^^。




