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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第一章 桜
21/286

21 何名さまですか?七人ミサキです

人間界とは別の妖怪たちの棲む世界、妖異界。

ひょんなことから異世界で甘味茶屋を営むことになった真宵まよい


剣も魔法もつかえません。

特殊なスキルもありません。

祖母のレシピと仲間の妖怪を頼りに、日々おいしいお茶とお菓子をおだししています。

ぜひ、近くにお寄りの際はご来店ください。

        《カフェまよい》  店主 真宵


《カフェまよい》の入口が開く。


「いらっしゃいませー。」


いつもどおり、店主である真宵は明かるい声で、挨拶をした。

いつもどおりでなかったのは、入口の戸をあけた人物が、店に入ってこようとしなかったことだ。


「??」


真宵は不審に思って、入口に近づくと、そこには薄汚れた着物に野袴を穿いた顔色の悪い男性が立っていた。

それも一人ではなく、後ろに何人かおり、まるで電車ごっこか、行列に並んでいるようだ。


「いらっしゃいませ。 団体さまですか? どうぞおは・・。」


「まよい! そやつらを入れるな!! 七人ミサキじゃ!」


いつになく厳しい声で、座敷わらしが叫んだ。

駆け寄る座敷わらしに、店の客たちも注目する。


「え、なに、どうしたの?」


真宵が訳もわからず戸惑っていると、座敷わらしよりもさきに顔色の悪い男のほうが口を開いた。

「誤解しないでくれ。 迷惑をかけるつもりはない。」


男は、軽く頭を下げた。

店の敷居を跨ごうとせず、入口の前で立ったままこちらを見ていた。


『七人ミサキ』

七人同行とも呼ばれる。

海や川など同じ場所や同じ状況で死んだ亡霊が七人集まって妖怪化した集団。

出会った人間を同じように死に至らしめ、その霊を七人ミサキとしてとりこむ。

その際、内のひとりが成仏するので、集団は必ず七人である。


「なにをしにきた、七人ミサキ。まよいを同行のひとりに加えようとでも目論んだか?」


座敷わらしが、真宵と七人ミサキの間に割って入った。

あいだに立ち塞がり、身構える。


「座敷わらしか。 迷惑をかけるつもりはないと言ったろう? たしかに我々は、人間を死に誘い、とりこむ妖怪ではあるが、なにも無差別に人間を殺しているわけではない。我々にも規律ルールがあり因果カルマがある。その程度のことは、しらないアナタではあるまい?」


「ふん。 どちらにしろ、人間に災厄をもたらす存在であることに変わりはない。」


「・・・否定はしない。 だから、店に入るつもりも、その人間の娘に関わるつもりもない。ただ、ここでうまいおはぎが食えると聞いてな。売ってもらえれば、すぐに立ち去り、どこぞ他所で食すゆえ、配慮願えぬだろうか? 代金はここに置く。」


七人ミサキの先頭の男は、懐から財布を取り出すと、店の敷居ギリギリのところにそっと置いた。そして、警戒されないように、半歩ほど後ろに下がる。


「ええと、おはぎのお持ち帰りってことでいいんですよね? それなら、すぐ用意できますよ。」

真宵は返答した。

それを、座敷わらしが苦々しくみつめる。


「そんな顔しないの! ただのお持ち帰り希望のお客さんでしょう?」


真宵は、財布を受け取ろうと、前に出ようとしたが、座敷わらしがそれを阻止するように、自分が取りに行く。

財布を手に取った後も、なにか仕掛けでもないか探るように、感触をたしかめたり中を覗き込んだりと疑わしそうに扱った。


「ちょっと!座敷わらしちゃん、失礼よ。」


しかし、座敷わらしは真宵の言葉を気にせず、丹念に調べつくしてから、真宵に財布を渡した。


「すみません。いつもはこんな態度しないんですけど・・。」

真宵は頭を下げた。


「いや、かまいませんよ。 我々は、普段は海難事故の多い海岸を徘徊して、出会った人間に無差別に不幸を与える妖怪ですからね。 気に入った人間の家に棲みつき、幸運と繁栄を与えるそこの座敷わらしとは、真逆の存在ともいえるんです。ウマがあわないのは当然ですから。」

七人ミサキは顔色も表情も変えずに答えた。

それは、たぶん、気にくわないのはおたがいさま。と暗に言っているのだろう。


「ええと、おはぎは二個セットで一人前になっているんですが、それを七人前お持ち帰りってことで、いいのでしょうか?」


「ええ、おねがいします。」


「はい。じゃあ、七人分のお会計、さきにお財布からいただきますね。」


真宵は、財布から枚数を確認しながら硬貨を取り出すと、財布のほうを座敷わらしに渡した。


「はい。じゃあ、このお財布をお返ししてきて。 わたしが直接返さないほうがいいんでしょう?」


座敷わらしは、不服そうな表情を隠そうともせず、財布を受け取ると、それを七人ミサキに返した。


「それじゃあ、すぐ用意しますので、少々お待ちください。」

真宵は厨房へと戻っていった。


途中、常連の妖怪ぬらりひょんが話しかけてきた。


「おい。ありゃあ、七人ミサキじゃろう? よいのか?あのようなぶっそうな連中を客として迎えて。」


「もう。ぬらりひょんさんまで。ただのお客さんでしょう? お行儀もいいし、気をつかって、店には入らないで待ってくれてるんだから。追い返したりするわけないでしょう?」


ぬらりひょんは「フン。」鼻息を荒くして返した。



程なく、真宵が厨房から出てきた。

その手にはおはぎではなく、お盆に湯飲みが七つのっていた。


「まよい! こんなやつらに、茶などだすつもりか?」


座敷わらしがとがめた。

しかし、真宵は、何食わぬ顔で、お盆を座敷わらしに渡す。


「だって、聞いたら、普段は海岸にいる方たちなんでしょう? こんな山の峠まで来たんだからのども渇いているでしょうに。  ほら、お渡ししてきて。」


座敷わらしをせっつく真宵に、七人ミサキははじめて表情を変えた。

真宵の意外な行動に、驚きをかくせないようだった。


「い、いや、茶など煎れてもらわずとも、注文の品だけいただければ我々は・・。」


「いえいえ、ホントなら、中で座ってお待ちいただけたらよかったんですけど、なにかご事情が混み合ってるみたいなので。 外で立ったままで申し訳ないんですけど。あ、このお茶はお店からのサービスなので。それじゃあ、もう少しお待ち下さい。」

そう言って真宵は、再び厨房に戻っていった。


七人ミサキは、茶をお盆ごと受け取ると、後ろのものにひとつづつまわした。

そして、ありがたそうに一口、茶を飲む。


「・・・妖異界で、茶屋を営む人間がいると聞いて、ふうがわりなものもいるものだと、驚いたが、いざ会ってみると、予想以上におもしろい人間のようだな。」

誰に話しかけるでもなく、つぶやいた。


「気に入ったからといって、七人ミサキのひとりにしようなどと考えるなよ。」


座敷わらしが、釘を刺すように言う。

それに、七人ミサキは冷たく言い放つ。


「気にいるいらないで、人間をどうこうするのはアナタのほうだろう? 気に入ればとり憑いて幸運と繁栄を与える。意にそわなくなれば、見放して幸運を根こそぎ取り上げる。アナタが去ったせいで没落した家や不幸に見舞われた人間がどれだけいる?  我らは、ただ、我らと出会った人間の不運と軽率さの代償を求めるだけだ。それが、どのような人物であろうとな。」


座敷わらしと七人ミサキ、ふたつの視線が冷たくぶつかった。




持ち帰りの包みを持った真宵が厨房からでてきた。

それを見たぬらりひょんが、文句をぶつける。


「なんじゃぁ。そりゃ。」

真宵は驚いて立ち止まる。


「な、なに。びっくりするじゃないですか。 なにって、お持ち帰り用のおはぎですよ。」


「そんなことは、わかっておる。いったい何個包んだんじゃ! 持ち帰りはおはぎ六個までときまっておろう!」

常連が決めた《カフェまよい》のローカルルールだ。


「ええ、でも、お客さんは七人いるんですよ。だから、七人分十四個包んだんじゃないですか。へんなぬらりひょんさん。」

通り過ぎようとする真宵を、ぬらりひょんはさらに引き止める。


「いいか、マヨイどの。 七人ミサキってのは七人でひとつの妖怪なんじゃ。じゃから、ひとつの妖怪につきおはぎ六個と考えればじゃな。」


「なに言ってんですか? お客さん七人いるんですよ? 六個しか持ち帰らなかったら、一人食べられないことになるじゃないですか? そんな意地悪なことできませんよ。もう。」

真宵はちょっと怒りながら行ってしまった。


「いや、しかし、七人ミサキってのはのう・・・。」

残されたぬらりひょんは、ぶつぶつと誰も聞いてくれない講釈をたれつづけた。



「おまたせしました。おはぎ七人前です。固くなるので、できれば今日中に食べてくださいね。」

そう言って、真宵は座敷わらしに包みを渡した。

面倒だが、直接渡すと障りがあるらしいので仕方ない。


「ありがとう。・・無作法で申し訳ないが、湯飲みはこちらに置かせてもらってもいいかな?」

入口の床の部分を指して言った。


「ええ。かまいませんよ。 あとで回収しますので、お気になさらず。」


七人ミサキは湯飲みののった盆を置くと、座敷わらしから、包みを受け取った。


「茶まで馳走になって、感謝している。 それでは、長居しては申し訳ないので、これで失礼する。いろいろ手間をかけさせて、すまなかった。」

深々と頭を下げた。


真宵は、笑顔で対応する。 ほかの妖怪と接するときと同じように。

「ありがとうございました。『またいらしてくださいね。』」


座敷わらしが、何か言いたそうな顔をしていたが、あえて、みないふりをした。

七人ミサキは、心底驚いたような顔をした後、来店してはじめて口元をほんのすこし綻ばせて、笑顔を見せる。


「・・・・。あなたのような人間が、我らのような災厄に出会ったりしないことを、こころから願っていますよ。」


そう言い残し、七人ミサキは店を後にした。





七人が去った後、真宵は、湯飲みをのせた盆を片付けながら、つぶやいた。


「そんなに、わるい妖怪さんたちには、みえなかったけどなあ。」


いまだに、不機嫌そうな座敷わらしをよそに、真宵は思った。

たしかに、出会った人を死なせてしまう妖怪なのだから、わるくない、と言ってしまうとおかしいのだろうが、少なくとも、今回は真宵を死なせようとか、とりこんでやろうとかの悪意のようなものは感じられなった。


「まあ、良いか悪いかは別にして、危険な妖怪だし、危険であることに意味や意義のある妖怪だからなぁ。七人ミサキは。」


だまったままの座敷わらしにかわって、答えたのは、客として座っていた『河童』だった。

おもってもいないところから、返答がきて、おもわず問い返した。


「七人ミサキさんとは知り合いなの?河童さん。」


「うーん、知り合いって訳じゃないけど、まあ、似たところがあるからなぁ。オイラと。」


「河童さんと?」

意外だった。

人間とはかなりフレンドリーな関係にあるイメージの河童と、人間なら絶対会いたくない性質の七人ミサキが、似ているとは思いもよらなかった。


河童は、きゅうりの糠漬けをポリポリと頬張りながら、説明してくれた。


「オイラとか『ひょうすべ』とか『濡れ女』とか、水に関する妖怪が多いのはなんでだかわかるかい?」


「え?」

とくに考えたことはなかった。ただ、そうゆうものだと思っていただけだ。


「それは、川とか海とかは人間にとって危ない場所だから、妖怪がでるぞ!気をつけろ! って警告してるんだ。」


「そうなの?」


「ああ。他に例を挙げると、『山姥』や『サトリ』みたいな山にでる妖怪は危険な山にむやみに入らないように警告してるし、『化け提灯』や『からかさお化け』なんかの付喪神系の妖怪なんかは、ものを大事にしないと祟られるぞ、って脅して、ものを粗末にしないように警告している。」


「へぇー。そうなのね。」


「七人ミサキは、その最たるものってかんじかな。 アイツらが七人の亡霊が集まってできた妖怪だってのは、解ってるかい?」


「ええ、なんとなく。七人でひとつの妖怪なんですよね?」

さっき、ぬらりひょんが、そんな風なことを言っていた。


「七人も同じ場所や状況で死んだって事は、そこは人間にとって、とても危険な場所だってことだ。川なら、流れが速くて足を捕られやすかったり、雨で増水しやすい場所だったり。海なら高潮や津波が起こりやすかったり、急に深くなって溺れやすかったりだな。」


「もともと、危険な場所だってこと?」


「そう。そうゆう場所じゃないと、七人ミサキは生まれないし、徘徊もしない。そうゆう妖怪だからな。」


「じゃあ、人間を危険な場所から遠ざける、いい妖怪ってこと?」


すると、河童は難しそうな顔をして、首をかしげる。


「そうともいえないんだよなぁ。実際、七人ミサキに会った人は死んじゃうわけだし。」


「七人ミサキさんが死なせてるんじゃなくて、危ない場所だから、事故で亡くなってるのじゃないの?」


「うーん。なんて言えばいいのかなあ・・。」


河童が困っていると、座敷わらしが口を開いた。


「どっちが先というものではない。人間界と妖異界は表と裏じゃ。事故で死ぬのも、妖怪のせいで死ぬのも実際のところ、おなじことだ。」


「うん。そうゆうことだな。」

河童も同意した。


「七人ミサキと会ったから事故で死ぬ。事故が起こるようなところにいったから七人ミサキと出会ってしまう。オイラたちにも本当のとこはどっちが正しいのかわからないけど、たぶんどっちも正しいし、どっちにしろ同じなんだと思う。」


七人ミサキの出る場所は危険。

危険な場所に行くと七人ミサキに出くわす。

それはたぶんおなじこと。

七人ミサキにいようといまいと、会おうと会うまいと、そこが危険な場所であることにかわりはない。


危ない場所だから行くのをやめよう。

七人ミサキがでるから行くのをやめよう。

理由はどうあれ、ひとが近づかなければ事故は避けられる。


危険な場所で、命を落とす。

死んだあとで、それが事故なのか七人ミサキのせいなのかと言いあったところで、消えた命はかえってこない。


人間は七人ミサキを恐怖することで、危険を回避し、七人ミサキの存在を忘れることで、危ない場所にはいりこみ、命を落とす。


たぶん、そこに善も悪もないのだ。


「・・・・なんか、難しいおはなしね。そんなこと考えたことなかった。」

真宵は素直にそう言った。


「くわえて、七人ミサキには、不慮の死を遂げた人間も、いつかは成仏できるって願いみたいなものもこめられてるからなぁ。」

河童は言った。


七人ミサキに出会った人間は死後、七人ミサキの一人に加わって、徘徊することとなる。

反面、内の一人はそれに押し出されるように成仏する。だから七人ミサキは常に七人なのだ。


それは、悪く見れば、他人を犠牲にすることで自分が成仏しようとする、利己的な行為に見える。

でも、見方を変えれば、事故で亡くなった無念の霊も、七人ミサキになって危険な場所だと警告を送り続ければ、いつの日か成仏できるという救いだととることもできる。


「妖怪さんって、いろんな意味をもって生まれてきたりするのね。」


人間もそうなのだろうか? などと哲学的なことを考えてみる。

真宵が生まれたことも、この世界で茶屋をやっていることも何か意味があるのだろうか?


「オイラだって、子供がひとりで川辺で遊ばないようにってとこから生まれた妖怪でもあるんだぜ。」

河童が言った。


『河童』は、河や沼にあらわれて、相撲が好きだったり、泳ぎが得意だったり、子供好きで一緒に遊びたがる妖怪であるが、足を引っ張って水に引きずり込んだり、尻子玉を抜いて人間を抜け殻のようにしてしまう怖い一面もある。

それは、子供に河や沼で遊んではいけない。遊んでくれるからといって知らない人や得体の知れないモノについていったり、心を許してはいけないと注意喚起しているともいえるわけだ。


なるほど。

テイストはかなり軽い感じだが、人間を危険から遠ざける、という意味では七人ミサキとおなじなのだろう。


妖怪さん、みんなに意味があるのね。

真宵はふと思いついて、聞いてみた。


「ねえ。ぬらりひょんさんは、どんなことから生まれた妖怪なんですか?・・・・あれ?」

さっきまでいたはずのぬらりひょんが、席に居なかった。


「ぬらりひょんの爺いなら、さっきこっそり出て行ったぞ。」


「なんですってーーーー!!?」


「ぬらりひょんは、食い逃げやつまみ食いの犯人探しをしないで、うやむやにするために人間がつくった妖怪だからなあ。 食い逃げは、爺いの存在意義みたいなもんだよ。」

河童は笑う。


「だからって、うちで食い逃げしていいわけないでしょうがーー!!」






読んでいただいた方、ありがとうございます。

今回の妖怪は「七人ミサキ」です。

出会ったら死んでしまうというかなりヤバイ系妖怪なので、けっこうソフトにしたつもりですが、いつものより、ちょっとピリピリした感じのおはなしになってしまいました。

後半はちょっと理屈っぽいかんじになってます。


最近、ちょっと座敷わらしが小姑みたいなキャラになってきて困惑しております。

最初は店のマスコット的キャラのつもりだったはずなのですが。

まあ、古参の妖怪ですし、これはこれでいいのかなとも思ったり、おもわなかったり。



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