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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第八章 初霜
209/286

209 乳酸菌いかがですか?

件牧場 商品。

『牛肉』

牛は定期的に潰して肉にしていますが、常時あるわけではありません。

確実に手に入れたい方は、予約をお勧めします。


『牛乳』

搾りたて牛乳を格安で販売しております。

試飲可。 お気軽にお声かけください。



くだん』の牧場。

『遠野』の一角にある牛妖怪『件』が管理している牧場。

頼めば牛肉も牛乳もわけてもらえるが、元々は営利目的は二の次で、一言でもしゃべると死んでしまうという宿命の『件』が生まれ変わるために、牛の出産を管理している。

現在この牧場を手伝うために、『久万郷』から五人、狸妖怪が移住してきており、牛酪バターの生産に力を注いでいる。




「こんちわーっス。」


ランチが売り切れ、真宵が客席に出てきた頃、聞きなれた声が店に入ってきた。


「あら、晋平さん、いらっしゃい。しののめさんも。」


男女ふたりの組み合わせで入ってきたのは、件の牧場で働く狸妖怪五人のうちの二人だ。

かなり細身のちょっと軽薄そうな男性が晋平。

髪をサイドテールのに結んでいる快活そうな女性がしののめだ。


「あ、これ、頼まれていたヨーグルトっス。」


晋平は大きな包みを真宵に渡す。


「あら。わざわざありがとうございます。牛乳の配達のときでよかったのに。」


件の牧場からは週一度か二度、牛乳や牛肉を配達してもらっている。

前回、配達したときに、今度来るときに、ついでにヨーグルトも一緒に持ってきてほしいと頼んでいた。

今日はまだ配達の日ではなく、わざわざヨーグルトだけを持ってきてくれたらしい。


「いいの。ついでだったし。それより、真宵さんこそいいの? ヨーグルトって、真宵さんからもらった種菌?ってやつで作ってるのよ。わざわざ、うちから買わなくっても、真宵さんなら自分で作れるんでしょう?」


「ふふ。しのさん達が、どんなヨーグルト作っているか知りたかったんですよ。それに、お店で使うとなるとけっこうな量だし、頼んだ方が楽かなって。」


現在、真宵は『タンドリーチキン』の改良に取り組んでいる。

以前、ためしに作ってみたのだが、辛くなりすぎて、辛いもの好きの鳥妖怪波山には好評だったものの、店に出すのは憚られる出来栄えだった。

レシピを変えてリベンジするつもりだったのだが、丁度そのときは、神無月の影響で人間界に戻れない時期だったので、手に入らない材料や香辛料も多かったので、後回しになっていたのだ。

ヨーグルトもその材料のひとつで、鶏肉を漬け込む際に一緒に入れると、グンと味が良くなる。

今回は件の牧場で作ったヨーグルトを使って、最高の『タンドリーチキン』を作ってみせるつもりである。



「おい。配達のときは勝手口から来るよう言ってあるだろう。店の玄関から入るな。他の客に迷惑になるだろう。」


二人に気づいてやって来たのは、一緒に客席で仕事をしていた金長だ。


「あ。金長さん。今日は俺ら、午後からは休みなんスよ。」


「そうそう。仕事できたわけじゃないもの。ついでに届け物しただけ。お休みだから、《カフェまよい》でおいしいものでも食べようって来たの。だから私達だってお客よね。」


「休み?」


「ええ。一昨日、隠神刑部さまから遣いが来て、牛酪バターを取りに来たの。だから、仕事も一段落したから、交代でお休みとってるのよ。」


「隠神刑部様か。たしか、牛酪を大量に発注してくれたんだったな。」


「いままで作った牛酪、全部買ってくれたのよ。それもけっこういい値段で。小女郎がやってる芋畑がもう収穫できるんですって。だから、『久万郷』では、狸総出で『じゃがバター』を作るみたいよ。」


「小女郎殿の芋畑が・・。もう収穫か。」


金長は少し驚いていた。


「へえ。金長さんの畑はもう少しってとこですよね?」


「はい。今月の末か、来月の頭あたりだと考えていましたが・・・。」


金長も店の東側に小さな畑を借りている。

金長の畑も、小女郎の畑も、真宵が人間界から持ち込んだジャガイモが植わっている。植えた時期もほぼ同じ、若干、金長のほうが早かったくらいだが、どうやら育成は小女郎が育てた芋の方が早かったらしい。

世話の差が出たのか、この辺と『久万郷』の気候の差なのかわからないが、金長にしてみるとちょっと悔しい。


「それで、けっこうお金が入ったから、みんなにお給料がでたの。だから、今日はちょっとだけ懐が暖かいのよね。」


「今日は、存分に食うッス!」


嬉しそうにはしゃぐ二人を見て、金長はむしろ顔をしかめた。


「給料だと?売れたといっても、あそこは件殿の牧場だし、件殿の牛だろう。まさか、お前達が全部、懐に入れているわけではあるまいな?」


しののめ達、狸妖怪は、件がやっている牧場に住み込みで働いている形になっている。


「そんなことしないッスよ。・・でも、件さん、牛酪やヨーグルトは自分はほとんど関与していないし、まかせっきりだから、その売り上げはオレたちが使ってくれて構わないって・・・。なあ?」


「ええ。普段、お給料も碌に出せてないんだから、遠慮しなくていいって・・・。ねえ。」


顔を見合わせるふたりに、金長はますます眉間に皺を寄せる。


「だから、甘えたというのか?何を考えてるんだ、お前たちは。我々狸妖怪は、無理を言って件殿に世話になっている立場だぞ。それを金が入ったからと言って、独り占めしようなどと・・・。」


「独り占めなんてしてないッスよ!」


「そうよ。人聞きの悪いことは言わないで!」


二人が抗議の声を上げる。


「私達だって考えたのよ。それで話し合って、隠神刑部様に買ってもらった代金の四分の一は、牧場経営の資金にしようって。ほら、新しい牛舎とか、牛酪作りに使う道具とか、自分達で全部が全部作れるわけじゃないでしょ? お金出して買わなきゃいけないものもあるし。そうゆう資金に置いておく事にしたの。」


「・・・・。」


「そんで、もう四分の一は、生活費に当てることにしたんス。牛肉とか牛乳は牧場のでいいスけど、お米とか小麦粉とかは買ってこないといけないっしょ? いままではそうゆうの件さんに甘えてたんッスけど、これからは、自分達の食べる分くらいは自分達でだそうって。それなら件さんも受け取ってくれるだろうからって。」


「そうそう。それで残りの半分は件ちゃんも入れて六等分して、お給料に、ってことになったのよね。」


うんうんと、晋平が頷く。


「・・・設備投資に生活費、残りを給料か。まあ、妥当なところだが、牧場主の件殿と、居候させてもらているお前達が同じ取り分というのはどうなんだ?」


「それも考えたのよね。もうちょっと、件ちゃんの取り分増やしてもいいんじゃないかって。でも、そしたら、件ちゃんが、自分はなにもやっていないのに私達よりたくさんもらうのはおかしいって。」


「件さんらしいわねえ。」

真宵は、牛の頭をした小さな妖怪の顔を思い浮かべた。


「うん。それに、なんて言うか、適当なとこで手を打っておかないと、あんまり、件ちゃんと問答というか、議論とかで白熱したくないのよね。」


「うんうん。件さん、いいひとだけど、おっちょこちょいなとこがあるから、熱が入ると、ついしゃべっちゃいそうになってて、怖いんスよ。」


「ああ。例のアレですね。」


『件』は牛の頭に人の身体を持った妖怪だ。

普通の牛から生まれてきて、生まれてから一言でもしゃべると死んでしまうという。

そのため、普段はいつも帳面を持ち歩いており、筆談している。

死んでも、また他の牛から生まれなおすことができるらしいのだが、やはり、目の前で死なれるのは遠慮したいのだろう。


「・・・なるほど、そういうことなら、仕方あるまい。しかし、件殿の恩に報いるよう、しっかり励めよ。」


「わかってるわよ。今日だって、件ちゃんにお土産買って帰ろうって、言ってたんだから。」


「そうッスよ。オレ達なりに、件さんに恩返ししようって色々話し合ってたんスから。」


「そ、そうか。」


「それに、それを言うなら、金長さんはちゃんと仕事してるの?私達、今日はいちおうお客なんだから!」


「そうッスよ。それを会うなりいきなり説教なんかはじめて! 接客態度がなってないッスよ。真宵さんに迷惑かけてるんじゃあないッスか?」


「む。」


思わぬ反撃を受けて、金長がたじろいた。

弟分妹分とはいえ、今はたしかに客と店員である。


「ふふ、そうですね。お客さんを立たせたままじゃいけませんよね。こちらどうぞ。」


険悪にならないよう真宵が気を利かせ、ふたりを席に誘導する。


「いま、メニューをお持ちしますね。」


「あ、私、もう決まっているの。『おはぎセット』お願い。今日、牧場出るときから、決めてたんだ。」


「オレもっス!『おはぎセット』でお願いします!」


「あら。そうでしたか。はい、じゃあ、『おはぎセット』ふたつですね。すぐ、お持ちしますね。」


真宵が厨房に行こうとするのを、金長が制する。


「あ、某が行きます。その荷物も運んでおきます。冷蔵庫に入れておけばよいのですよね?」


金長がヨーグルトの包みを真宵から受け取る。


「あ、はい。お願いできますか? 注文は『おはぎセット』ふたつだそうです。」


念のため、注文を繰り返すと、金長は軽く頷き、厨房の方へ振り返る。


「あ、そうだ。なかに、一緒に『リコッタチーズ』も入れておいたから、よかったら食べて。そっちはサービスだから。おまけね。 今朝作りたてのやつだから、きっと美味しいと思うわよ。」

しののめが言った。


「あら、うれしい。いいんですか?サービスしてもらっちゃって。」


「ええ。どのみち、私達だけじゃ食べきれないくらいあるし。」


「捨てちゃうのはもったいないスからね。」


「・・・捨てちゃうくらいってことは、そっちはあんまり売れてないんですか?」


「うん、もう、ぜんぜん!」


開き直ったようにしののめが笑う。

お手上げといわんばかりに、手のひらを挙げた。


「牛酪は、まあ、隠神刑部様がまとめて買ってくれたし、たまに買ってくれるお客さんもいるのよ。でも、チーズとかヨーグルトは全然。買ってくれるのこの店くらいよ。」


「そうですか・・。」


「食べなれると、うまいんスけどねえ。」


「お肉を買いに来たお客とかにも、勧めてはいるんだけどね。・・みんな、なんだこの白い泥は? 蝋燭みたいで気持ち悪い、なんて言って、ろくに味見もしてくれないのよ。」


「あらら・・。」


こちらの世界では、ほとんど乳製品は浸透しておらず、牛乳を飲む習慣さえない。

見慣れない食べなれないチーズやヨーグルトで商売するのはなかなか難しいようだ。


「せっかく作ってるんだし、なんとか買って欲しいんだけどね。」


いつも元気なしののめらしくなく、少しションボリしたような弱音を吐露する。

なにか力になってあげたいとは思いながらも、商売の難しさを真宵は痛感していた。




読んでいただいた方ありがとうございます。

牧場の狸さん回です。

次回につづく予定です。


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