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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第八章 初霜
201/286

201 お菓子作り教室開催

お菓子教室 注意事項。


一、最初に丁寧に手を洗ってください。

一、竹串は危ないので振り回さないようにしてください。

一、いろいろな妖怪さんが参加しています。喧嘩せず仲良くしてください。

一、出来上がったお菓子は店で食べても持ち帰ってもかいませんが、生菓子ですので本日中に召し上がってください。




妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

秋も終わりに近づき、肌寒い日が続いている、

最近ではテラス席で、飲食する妖怪も少なくなった。



「ここが、例の店か・・。」


『遠野』の山間の峠に差し掛かった辺りで、テーブルや椅子がいくつか並べられているのを見つけて、少女は呟いた。

おそらくは、あのテーブルや椅子が置かれている場所の向こうに、《カフェまよい》の建物があるのだろう。

しかし、少女の目にはその建物は映っていない。

仮に、その場所に行っても、建物に入ることも、触ることすらできないであろう。


少女の名は玉藻たまも

だが、その名を呼ぶのはおそれ多いと、ほとんどのものは『九尾』と呼ぶ。

狐の首領。『古都』の主。

妖異界でも、屈指の大妖怪。

それが、外見では十代前半にしか見えないこの少女である。


(耳で聞いた情報で判断できぬなら、自分の目で見て判断せよ・・・、か。)


その言葉は正しい。

その正しさを認め、玉藻は自ら腰を上げ、『遠野』まで足を運んだ。

はたして、あの店は狐にとって、『古都』にとって益となるのか害になるのか。

それを見極めなければならない。


玉藻はゆっくりと足を前に進めた。




《カフェまよい》の店主、真宵はテラス席の湯飲みを片付けていた。

今日は少し気温が低い。

まだ、凍えるというほどではないが、それでも、わざわざテラス席で茶を飲みたいと言う客は少ない。

先程、帰った客をあわせても、朝からテラス席をつかったのは三組だけだ。

そろそろ、オープンテラスは閉める時期がきているのだろう。


そんなことを考えながら、店内に戻ろうとした時、近づいてくる影があった。


「あ。いらっしゃいませ。」


(あら。)


真宵は来店した客に思わず目を奪われる。

玉藻は妖異界では目立ちすぎる白金髪を栗色に変え、妖狐の気配も消していたが、その美貌だけは隠しきれていない。


(きれいな女の子。・・・初めてのお客さんよね?)


「すまぬ。テラス席をお願いしたいのだが・・。」


「あ、はい。今日は、ちょっと寒いですけどかまいませんか?」


「ああ。かまわぬ。」


玉藻にすれば、自分の目には店の建物は映っておらず、テラス席以外の選択肢はないのだが、それを悟られる訳にはいかない。

現在の玉藻は『古都』の主『九尾』ではない。

店を訪れたただの客だ。


「そうですか。それじゃあ、こちらに・・。」


真宵がテラス席のテーブルのひとつに案内しようとすると、店の方から、声が掛かる。


「マヨイどの。そろそろ開始の時間だが・・。」


「あ。はい。すぐ行きます。」


右近の言葉に、真宵はなにか思いついて立ち止まる。


「あの・・、ちょっとお聞きしたいんですけど、甘いものはお好きだったりしますか?」


「・・妾か?うむ。ここで菓子が食べられると聞いて、来たのだが。」


不意の質問に、若干いぶかしみながらも答えた。


(茶屋に来て、甘いものが苦手なはずはなかろうに・・。なんだ?)


「そうですか。よかった。実は、今日これから、和菓子を自分で作って食べるっていう教室を開くことになっているんです。よかったら、一緒にどうですか?」


「・・・和菓子教室。」


まだ、耳に入っていなかった情報に玉藻は一瞬、戸惑った。

だが、それを表情には出さず冷静に対応する。


(おそらく、店内で催される集まりだな。なら、妾が参加する道理はない。)


「いや。ありがたいが、遠慮しておこう。」


「そんなこと言わずに。同じ年齢くらいの妖怪さんがたくさん集まってるんですよ。きっと、楽しいですよ。」


真宵は少々強引に玉藻の腕を掴む。

無論、悪意はない。

外見は十代前半の少女である妖怪に誘いをかけただけだ。


しかし、玉藻にすれば衝撃的な出来事だった。

ここ数百年、玉藻の身体に無断で触れる妖怪などひとりもいなかった。

あの『天狐』でさえ、そのような無体な行動はしたことがない。

もし、『古都』で、そんなことをする妖怪がいれば、即座に首をねたことだろう。

だが、ここで騒ぎを起こすのはマズイ。

その、複雑な事情が玉藻の判断を鈍らせた。


「ほら。こっちよ。」


振り解くことに躊躇した玉藻は、真宵に手を引かれる。

つい数歩、足を動かすと、事態が急転した。


(しまった。)


玉藻がそう思ったときにはすでに遅かった。

玉藻が踏み出したその一歩は、境界線。

その先は『迷い家』の領域だった。

気づかなかったのは無理もない。

大妖怪『九尾』とはいえ、『迷い家』に拒絶されていれば、その気配すら察知できない。

だが、迂闊と謗られても仕方がないとも言える。


(なに?)


一瞬で、玉藻の視界が変わる。

先程まで、ただ広い峠にいたはずなのに、一歩踏み出しただけで建物の中にいた。


(ばかな・・。迎え入れた?)


例え『迷い家』の領域に足を踏み入れたとしても拒否されれば、その空間を素通りするはずだった。

そして、現在、玉藻のみならず、狐妖怪は全てこの店、この建物に拒否されているはずだった。


(・・この娘と一緒だからか?いや。)


そんなことで、『迷い家』の能力を打ち破れるなら苦労はない。

『迷い家』に入れるのは『迷い家』に認められたものだけ。

この不文律は、どんな大妖怪とて曲げられるものではない。


(だとしたら、迎え入れたということか? 『九尾』を。この妾を・・・。)


なんのために?

罠か。

きまぐれか。

それとも、この娘になにか言われているのか。


『迷い家』の体内に入った以上、もう、玉藻の素性はバレているだろう。

狐妖怪であることはもちろん、『九尾』であることも『迷い家』にはわかっているはずだ。


「さ。こっちよ。奥の半分をつかってやるの。皆、もう集まっているのよ。」


「あ、ああ。」


結局、相手の意図を掴めず、真宵に手を引かれるがまま、奥のほうへと連れて行かれる。


「まずは、手を洗ってね。和菓子は手でこねたり、丸めたりするから、丁寧にね。」


店の一角に置かれた水瓶には綺麗な水が張られていた。

隣には使い終わった水を捨てる桶も置いてある。


「皆、同じくらいの年齢の妖怪さんですから、仲良くしてあげてくださいね。」


真宵は、玉藻の手に柄杓で水を掛けながら微笑む。


(同じくらい・・・。)


玉藻は手をこすり合わせて洗いながら、席に座っている妖怪達を見る。

二十人程の妖怪がいるが、皆、若い子供の妖怪だ。


(妾と同じであるわけがなかろう・・・。)


玉藻は外見は十代前半の少女だが、千年の時を生きる大妖怪だ。

同じような外見の妖怪とはいえ、全く別物だ。

それを、人間の娘に理解してもらおうなどとは思わないが、あのような低位の妖怪と同列に扱われるのは正直、おもしろくない。

だが、それを指摘する訳にもいかない。いまはただの客を装っているのだ。


(しかし、『迷い家』たち『遠野』妖怪の反応がないな・・。なにか意図があるのか、泳がされているのか・・。)


相手の出方がわからない以上、こちらから騒ぎを起こすのは得策ではない。

こちらの素性がバレているにせよだ。

『古都』の主『九尾』が『遠野』の店でなにかすれば、それはもう外交問題。

ただの悪戯では済まない。

なにしろ玉藻の妖力を考えれば、並みの妖怪が軍を為して介入するのと変わらないのだ。




「えーっと。こっちの席に座ってもらえます?」


四人掛けのテーブルに、二人だけ座っている席に玉藻を案内する。


「雪ん子ちゃん。このお姉ちゃんも一緒に座らせてあげてね。」


「「はぁーい。」」


玉藻が座った席の向かいには、二人の子供妖怪が座っていた。


(『雪ん子』か・・・。何故なにゆえ、氷雪妖怪の子供が、こんな時期に?)


だいぶ涼しくなったとは言え、まだ雪の降る時期ではない。

一年中雪に閉ざされた『凍りの国』ならともかく、こんな場所に降りてくるにはあまりにも時期が早すぎる。


その答えはすぐに見つかった。

他の席にも『雪ん子』、それに『雪わらし』が何人も座っていた。

そして、それを見守るように真っ白い肌の美しい妖怪が立っていた。


(『雪女』か・・。なるほど。確か、『雪女』は弱い氷雪妖怪を庇護していたんだったな。あの女がついていれば、か弱い妖怪でも融けずに動き回れるというわけか・・。)


だが、融けずにいる理由は解っても、わざわざ連れて来た理由までは解らなかった。

菓子を食べさせたいなら、持ち帰ってやればそれでいいはずだ。

氷雪妖怪には、あまり居心地のいい気候でない場所にわざわざ足を運ばせる意味が解らない。


(しかし、集まったものだな。)


玉藻は感心した。

まわりにいたのは氷雪妖怪だけではない。

『岸涯小僧』に、こちらも付き添いと思われる『河童』。

山彦妖怪の『よぶこ』と『こだま』。

それに『山童』。

『鉄鼠』は家族で参加している。

それに『ねこまた』。いや、どうやらこちらも付き添いのようだ。

参加者は小さな黒い子猫妖怪のほうらしい。

見たことのない猫妖だが、おそらく『化け猫』だろう。


これだけ棲む場所も、妖怪としての質も違うものたちが揃うのは珍しい。

特に、猫妖と鼠妖が同じ催しものに参加するなどとは聞いたこともなかった。

猫と鼠、狸と狐、犬と猿、相性の悪い妖怪は極力、顔を合わさないようにし、会えばいがみ合うのが常だ。

席は端と端で離されているが、きちんと椅子に座って行儀よくしている。

不思議な光景だ。



「じゃあ、そろそろ始めますね。みなさん、今日は参加していただいてありがとうございます。今回は、自分でお菓子を作っていただきます。楽しんでいってくださいね。」


真宵の声に、妖怪達が沸いた。


そして、そんな雰囲気に玉藻はどこか戸惑いを隠せずにいた。




読んでいただいた方ありがとうございます。

お菓子教室&九尾さんのつづきです。

リアルではすでに十二月に入ったというのにだいぶ遅れてしまいました。

できるだけ追いつけるように頑張ります^^;

明日も更新予定です。よろしくおねがいします。

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