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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第八章 初霜
200/286

200 乳酸菌足りてますか?

登場妖怪紹介。

『あさけの』

件の牧場で働く狸妖怪のひとり。

愛称で「けの」とも呼ばれる。

ナイスボディのお色気系女狸で、密かに金長の愛人の座を狙っていたりする。



くだん』の牧場。

『遠野』の一角にある牛妖怪『件』が管理している牧場。

頼めば牛肉も牛乳もわけてもらえるが、元々は営利目的は二の次で、一言でもしゃべると死んでしまうという宿命の『件』が生まれ変わるために、牛の出産を管理している。

現在この牧場を手伝うために、『久万郷』から五人、狸妖怪が移住してきており、牛酪バターの生産に力を注いでいる。





「おはようございます。牛肉と牛乳を届けにきました。」


《カフェまよい》の厨房で、真宵たちが朝の支度に勤しんでいると、勝手口のほうから声がした。


「あら。きっと件さんとこの狸妖怪さんね。金長さん、開けてあげてくれます?」


「わかりました。」


金長が勝手口を開けると、二人の狸妖怪が入ってきた。

文吾とあさけのである。


「おはようございます。文吾さん、けのさん。配達ご苦労様。」


狸妖怪たちには、定期的に牛肉や牛乳を配達してもらっている。

件の牧場は同じ『遠野』にあるとはいえ、けっこうな距離で、重い牛乳や牛肉を運んでくるとなると、かなりの重労働のはずだ。


「はぁ。やっと着いたわ。」


あさけのは背中の背負子しょいこを下ろして、牛肉の塊を机に置く。


「御注文はあばら肉でよかったんですよね?」


「ええ。ありがとうございます。また、『スペアリブ』を作るつもりなんです。『黒塚』のお婆さんと『一つ屋』のお婆さんにリクエストされてまして。」


『黒塚』と『一つ家』。

別名、『安達ヶ原の鬼婆』と『浅茅ヶ原の鬼婆』。

ともに、なによりも肉料理を愛する肉食系女子妖怪である。

特に、『黒塚』は『スペアリブ』にハマっており、よく、今度はいつ作るんだ?作るなら必ず連絡をよこせ、とせっつかれている。

もともとお祖母ちゃんなせいか、ついつい、お年寄りの妖怪には対応が甘くなってしまう真宵は、この間、来店したときに今週中に必ず作ると約束してしまった。

以前は、豚肉や猪肉で作ったので、今度は牛肉で作ってみる予定である。



「お肉ってけっこう重いんですの。腕が太くなっちゃいそうですわ。」


「何を言ってるんだ、あさけの。軽いほうを持たせたのに文句を言うやつがあるか。」


一緒に来た文吾があさけのに苦言を呈した。

文吾が運んできたのは大きなミルク缶だ。

牧場でよく見かける円筒形で取っ手の付いた坪のような形の金属製で、かなりの大きさだ。あれに牛乳が入っているとなるとかなりのものだろう。


「私は文吾みたいに、馬鹿力じゃないんです。かよわい女なんですから。」

そう言って、プイッと顔を背ける。


文吾は五人の狸妖怪のなかでも、一番体格がよく力持ちだ。

重い牛乳を件の牧場からここまで運んできても涼しい顔をしていた。


「ふたりともお疲れ様。それで、牧場のお仕事のほうはどうですか?」


真宵は二人のために『沢女』の水瓶から、冷たい水を汲みながら尋ねた。


「うーん。そうですわねぇ。牧場の仕事自体は、まあ、問題ないのですけど、商売ってなると、まだまだってとこですわ。」


あさけのの意見に、文吾も頷いた。


「肉のほうは、たまに肉好きの妖怪が牧場まで買いに来るんですが、牛乳とか牛酪はさっぱりで。まよいさんに教えてもらった『リコッタチーズ』は、しののめとあさけのばかりが食ってる始末で。」


「いいでしょう。どうせ、売れ残っても処分しちゃうんですもの。」


「はあ。そうですか。やっぱり、商売となると難しいんですねえ。」


「牛乳を買ってくれるのは、この店くらいです。」


元々、日本という国は酪農が盛んになったのは近代に入ってからで、伝統的な和食や和菓子にはあまり牛乳は使わない。

そのせいもあって、こちらの世界では、牛乳を料理に使うこともあまりなく、飲む習慣すらほとんど浸透していない。

さらに、電気冷蔵庫のない世界とあっては、保存もままならないので牛乳はあまり人気がないのだ。


「ウチもなんとか協力したいんですけどね。」


《カフェまよい》はおはぎやお饅頭が売りの和風甘味茶屋だ。

当然、牛乳の需要は多くない。

出すお菓子をケーキやクッキーといった洋菓子にシフトすれば、需要も増えるのだろうが、一応、真宵にも店のイメージやコンセプトというものがあって、できればそれは崩したくなかった。


「あ。でも、この間、隠神刑部様から手紙が届いて、今月の末あたりに使いを出すから牛酪を用意しておいてくれって注文が入ったんですのよ。」


「隠神刑部様から?」


狸妖怪の主の名前が出て、金長が身を乗り出す。


「はい。なんでも、小女郎さんがやっている芋畑が順調なようで、収穫した際には、皆で『じゃがバター』を作るのですって。その時用に牛酪をたくさん欲しいからって。」


「なるほど。牛酪ならそれなりに日持ちはするし、牛乳よりは運搬しやすいしな。さすがは隠神刑部様だ。」

金長が納得したように頷く。


「えと、小女郎さんて方は確か、金長さんの許婚・・・・、あれ?元許婚でしたっけ?」


若干、デリカシーのない質問をしてしまったと、後悔する真宵に、金長は照れくさそうに答えた。


「ああ。その件ですが、ご報告が遅れまして。某と小女郎殿は、婚約を継続することとなりました。あくまで継続で、実際に夫婦めおとになるのは、まだまだ先になりそうですが。」


「それは、おめでとうございます・・・でいいのかな?」


これを『婚約継続』ととるか『結婚延期』ととるかで、変わってくるのだろう。

だが、それも本人達の気持ち次第だ。


「もう。婚約破棄ってなったら、私がお慰めしようと思ったのに。」


あさけのがつまらなそうに呟いた。


「・・・あさけの。何度も言うがそうゆうのは結構だ。」


金長は呆れた様に返す。

金長とあさけの達は昔なじみの関係らしい。

よくわからないが、付き合いも長いといろいろあるのだろう。

真宵はあえて、つっこんで聞かないことにした。


「それで、その『久万郷』に送る予定の牛酪は順調なのか?」

話題を戻し、金長が尋ねる。


「ええ。まよいさんに教わったとおり、水分をしっかり抜いて作ってますわ。月末までには隠神刑部様から注文いただいた分は確保できるはずです。」


「そうか。『久万郷』の皆に食べてもらうのだ。手抜きせず、心して励めよ。」


「わかっていますよ。ただ、そうすると、どうしても牛乳が余るんですよね。」

今度は文吾が答えた。


「ほら。牛酪って、ドロッとした上澄み部分から作るでしょう? すると、どうしても下にたまる部分の生乳が余るんですよ。もったいないから、自分達と件さんで飲んでるんですけど、おっつかなくて。」


それはそうだろう。

牧場ひとつ分の牛乳を、たった六人で飲もうとしても無理だ。


「件さんは元々営利目的でやってる牧場じゃないから、牛乳は捨てても気にしなくていいって言ってくれるんですけど、やはり、もったいなくて。」


「そうですわねぇ。『リコッタチーズ』に使う分もたかがしれてますし。かと言って、せっかく絞った乳を無駄にするのもねえ。」

あさけのも悩ましげだ。


「あ。だったら、こうゆうのも試してみますか?」


そう言って、真宵は冷蔵庫から何かを取り出す。


「正直、これもそんなに日持ちしないんで、商売になるかは微妙なんですけど。」


テーブルに置かれたものは真っ白なドロッとした液体だった。


「これは? 『リコッタチーズ』・・・じゃ、ないですわよね?」


「ええ。『ヨーグルト』って言うんです。牛乳を発酵させて作ったんですよ。」


真宵は、あさけのと文吾に少し取り分ける。

匙を渡すと、ふたりは一口味見してみる。


「あら、『リコッタチーズ』にちょっと似ていますけど、酸味が強いですわね。でも、口当たりはトロッとしてけっこうおいしいですわ。」


「・・・・。」


あさけのにはなかなか好評のようだが、文吾は複雑な表情を見せる。


「あら?文吾はあまり好きじゃないようね。」


「いや。まあ、マズイわけじゃないが、酸っぱいし、あまり好きな味じゃないな。」


「ふぅん。この酸っぱいのがおいしいのに。」

あさけのは、もう一口、ヨーグルトを口に運ぶ。


「ふふ。男のひとって、結構、酸っぱいの苦手なひと、多いですからね。じゃあ、こっちも味見してもらえます?」


「これは?さっきのと違うんですか?同じに見えますけど。」


真宵が別に出してきたのは、さっきと変わりないヨーグルトだった。


「さっきと同じですけど、こっちは、砂糖をいれて甘くしているんです。さっきより食べやすいと思いますよ。」


真宵に、そう促され、ふたりはまた一口食べる。


「あら。おいしい。甘酸っぱくて、果物かなにかを食べてるみたいですわ。」


「自分も、これは旨いです。」


「ふふ。よかったわ。どうです?もし、その気があるなら、作り方を教えますけど。」


「「ぜひ!!」」

ふたりの狸は声を揃えた。





開店までの時間もそう余裕はないので、真宵は『ヨーグルト』の作り方を手短に説明した。

あさけのはしっかりと、帳面にメモ書きしている。


「へえ。じゃあ、作り方って言っても、その種菌さえ混ぜておけば、勝手に作ってくれるわけですのね?」


「ええ。ですから、作り方より準備のほうに神経を使ってください。道具の煮沸消毒とか、雑菌が入らないように注意するとか。あとは温度管理ですね。それがきちんとできてたら、あとは菌が勝手に牛乳をヨーグルトにしてくれますから。」


「なるほどねぇ。」


熱心に聞くあさけのに対し、文吾のほうはどこかうわの空だ。


「・・ちょっと!文吾、アナタ、ちゃんと聞いてますの? せっかく、まよいさんが教えてくれているのに!」


あさけのは隣で座っている文吾の耳を引っ張った。


「いてて。いや、だって、煮沸消毒とか乳酸菌とか、よくわかんないんだよ。どうせ、チーズとかヨーグルトは、しののめとあさけのが主導してやるんだろ? だから、そのへんはまかせるよ。」


「まったく。・・・ごめんなさいね、まよいさん。男供は馬鹿ばっかりで。私がちゃんと覚えて帰りますから。」


「ふふ。だいじょうぶですよ。実際やってみると、そんなに難しくないですから。ただ、雑菌の混入だけは気をつけてくださいね。作ってみて味が変だったり、おかしな臭いがするようだったら、もったいなくても捨ててください。汚染された種菌で次のを作ったら、どんどん悪くなっちゃいますから。衛生管理が第一です。」


「わかりました。・・いい?文吾、汚い手で触っちゃダメなのよ。」


「・・・それくらいは、わかるさ。」


「ふふ。いまちょっと切らしてるんで砂糖を使いましたけど、ヨーグルトは蜂蜜と相性がいいんですよ。もちろん、果物とも。一緒に食べるとおいしさ倍増です。」


「・・・蜂蜜ですか。」

あさけのが少し複雑そうな顔をする。


「あれ?けのさん、蜂蜜苦手でしたっけ?」


以前、美味しそうに食べていたような気がするが、思い違いだろうか?


そこに、文吾が口を挟む。


「ああ。前にリコッタチーズに蜂蜜かけるのにハマッて、太ったのを気にしてるんだよ。あさけのは。それで、チーズにもなにもかけないで食べるようになったんだよな。」


「余計なことは言わないでいいんですのよ!」


文吾の言葉に、あさけのは顔を真っ赤にして、また文吾の耳を強く引っ張る。


「いててて。」


「あら。そんなことが・・。」


あさけのという狸妖怪。

見た目は二十歳位で、真宵より少し年下な感じなのだが、なんというか色っぽい感じである。

胸とかお尻とか、出るところがしっかり出ていて、正直、真宵よりスタイルがいい。

とても、太ったとか気にしなくてもいいと思うのだが、やはりそこは女性。平均よりちょっと痩せていたいのだろう。


「ふふ。蜂蜜はあんまり食べ過ぎると、カロリーオーバーしちゃいますけど、美容にも健康にもいいんですよ。」


「え!そうなんですか?!」


『美容』の二文字にあさけのがとびつく。


「ええ。砂糖より栄養素も豊富ですし、毎日、少しずつ摂るといいと思いますよ。」


「そうでしたの!勉強になりますわ!まよいさん、美容のこと、他にもいろいろ教えてくださいね!」


やはり狸でも妖怪でも年頃の女性。

美容には人一倍関心があるらしい。


「え、ええ。私で知っていることなら。」


とはいえ、真宵は年頃の娘にしては、そちらの知識には疎い。

化粧やらファッションには、あまりお金をかけないで生きてきたクチだ。

それでも、食事による美容法や健康法なら多少は教えられることもあるだろう。


「ヨーグルトも美容と健康にいいって言われてますよ。とくに整腸作用があるから、お腹の調子を整えてくれるんです。ほら、お腹の具合が悪いとお肌が荒れたりしませんか?」


「ええ。ええ。そうですわよね。思ってました。吹き出物できやすかったり、血色が悪かったり。」


「一度にたくさん食べるよりは、適度な量を毎日かかさず食べるのがお勧めですよ。続けていると、体質そのものが改善されていくって言いますから。食事を作る厨房で言うのはなんですけど、便秘とかには効果抜群ですよ。」


「まあ!ぜひ、実践しますわ。早速、牧場に帰ったら、ヨーグルト作りをはじめないと。シノもきっと喜びますわ。」


はしゃぐあさけのに対し、美容には全く興味がない文吾は冷めた反応だ。


「ふーん。整腸効果ねえ。」


「なんなんですの?その言い方。」


にらみつけるあさけのに、文吾は半分ふざけて笑う。


「いや。だって、便秘ってつまりあれだろ?糞詰まり。あさけのが、そんなこと気にしてたなんて・・・。」


文吾が最後まで言い終わる前に、あさけのは立ち上がる。

そして、文吾のほうをむくと、右腕のこぶしをおもいっきり文吾の顔にねじ込んだ。


ドサッ。


勢いで、文吾が椅子から崩れ落ちる。

大柄な文吾と女性のあさけので、二人の身長差はかなりあるのだが、文吾が椅子に座っていたため、立ち上がったあさけのの肩の高さにちょうど文吾の顔があった。

叩くとか小突くとかではない。

ボクサー真っ青な、腰の入った右ストレートだった。


「いってえー!なにするんだよ、あさけの!」


左頬を必死に押さえて抗議する文吾を、あさけのはフンと一瞥する。


「まったく。デリカシーのない殿方ってのは、どうしようもないですわね。ねえ、まよいさん。」


「え?ははは。」


そうですね、とも言えず、笑って誤魔化すしかなかった。

たしかに文吾の言い方はデリカシーに欠けているが、さすがにちょっと同情する。




その光景を、朝の準備をしながら見ていた右近と金長は顔をこわばらせた。

右近と金長。

ふたりとも、デリカシーがあるとは言い難い。

それをふたりとも自覚していた。


(女性は怖いな。怒らせないようにしよう・・・。)


そんなことを思いながら、ふたりは仕事に戻っていった。




読んでいただいた方ありがとうございます。

狸さん回です。ヨーグルト回でもありました。

次回からはお菓子作り教室が始まります。

三回で終わる予定ですのでお付き合いくださいませ。



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