20 帯に短しテアシに長し
人間界とは別の妖怪たちの棲む世界、妖異界。
ひょんなことから異世界で甘味茶屋を営むことになった真宵。
剣も魔法もつかえません。
特殊なスキルもありません。
祖母のレシピと仲間の妖怪を頼りに、日々おいしいお茶とお菓子をおだししています。
ぜひ、近くにお寄りの際はご来店ください。
《カフェまよい》 店主 真宵
「おまたせしましたー。今日のランチの『鮭の南蛮漬け定食』です。」
真宵はトレイにのった定食を、机に並べる。
「お味噌汁は、油揚げと豆腐とネギです。どうぞごゆっくり。」
軽く頭を下げると、席を去ろうとする。
「きゃ。」
真宵は、なにかに足をひっかけてつまづいた。
豪快に転びそうになるところを、長い腕ががっしりと受け止め、寸でのところで踏みとどまった。
「だいじょうぶかテ?」
「は、はい。ありがとうございます。たすかりました。」
真宵は、支えてくれた男性に礼を言う。
そして、自分があろうことか、お客さんの足につまずいてしまったことを自覚した。
「すみません。 足は大丈夫でしたか?」
真宵は、助けてくれた男性の向かいの席に座るお客に頭を下げた。
「いやいや、こちらこそ、すまんかったシ。怪我はしなかったシ?」
男は申し訳なさそうに頭をかいた。
「おまえさんの脚は、邪魔なんじゃテ。もうすこし、邪魔にならんように、しまっておけっテ。」
「ワシの脚は長すぎて、テーブルの下に収まりきらんシ? 」
二人の客が言い争いになりそうなのを察知して、真宵が止めにはいる。
「私が不注意だったんですよ。 あしながさん、ほんとうにごめんなさい。 てながさんも、支えてくれてありがとうございました。」
真宵は場の雰囲気を壊さないように、笑顔で対応する。
「ランチ、冷めないうちに召し上がってくださいね。 鮭の南蛮漬け。ランチで初めてお出しするんです。あとで、感想聞かせてくださいね。」
そう言って、真宵は戻っていった。
『てなが』『あしなが』
腕が異常に長いてながと、脚が異常に長いあしながの兄弟妖怪。
あしなががてながを肩車し、お互いの身体的特徴を利用して、魚を獲ったりする姿がみられたりする。
「さて、ではいただくとするシ。」
「うむ。いただこうテ。」
あしながは、箸で鮭の南蛮漬けを一切れつまむとパクリと食べる。
「ほう。これはうまいシ。」
カリッと揚げ焼きにした鮭の表面に、甘酢がしみて、油の甘みと酢の酸味が鮭のうまみを抜群に引き出している。一緒に和えた玉葱と人参は、シャキシャキとした歯ごたえが残っており、これまた甘酢とよくあっている。
アクセントにくわえられた唐辛子も、また食欲を増進させる。
「これは、白飯がすすむおかずじゃシ。のう?てなが。」
白米をかきこみながら、正面に座っているてながを見た。
すると、てながは長すぎる腕をもてあまして、なかなかうまく鮭の切身をつかめずにいた。
長い手を横にすれば、肘が壁に当たって邪魔になる。
縦にすれば椅子につっかえて、うまく手が動かせない。おまけにテーブルの側面に腕がガシガシ当たって痛い。
肘を真上に突き上げれば、珍妙な姿勢になって、食べにくいことこのうえない。
しかも、油断すると、箸を持っていないほうの腕が、通路に突き出て、通行の邪魔になる。
結局、肘を斜め上方向にあげるというのが、比較的食べやすい体勢だと落ち着いて、なんとか食事にありつけた。
おなじ店とはいえ、座る席によって壁側とか通路側とか、柱の横とか角のテーブルとか、微妙に条件が違うので、てながは毎回、自分で食べやすい姿勢を模索する必要があった、
「まったく、いつもながら、めんどうくさい身体をしてるシ。」
あしながは、やっとのことで鮭の南蛮漬けを味わえたてながを見てつぶやいた。
とはいえ、あしながのほうも、席に着くたび、長すぎる足をもてあまし、曲げたり伸ばしたり、そろえてみたりあぐらをかいたりと、苦労しているのであまりかわりはない。
「ええーい。この店は飯はうまいのに、なんで、こんなに狭苦しいつくりをしているのだっテ。」
「四人がけのテーブルをふたりで占領しながら、そんなことを言ってるのは、てながくらいだシ。」
そう言いながら、あしながは通路にはみ出した自分の足をなんとかテーブルの下にねじこもうとする。
てながは、さんざん悪戦苦闘した挙句、ふいに新しいアイデアをおもいつく。
長い腕をのばして自分のではなく、あしながのぶんの南蛮漬けを箸でつまむ。意外と、そのほうがうまくいった。ぱくりと口に入れる。
「な、なにしとるんじゃあーーー。わしの鮭じゃシ!」
いきりたって、立ち上がる。
長い足のせいで、頭が天井にとどきそうな勢いだ。てながをはるか上から見下ろした。
「そう怒るなっテ。そんな頭ごなしに。わしの皿から食っていいっテ。」
「なんでわしが、おまえの皿から食わねばならんのだシ。」
ふたりの兄弟が、言い合っていると、ひとりの女性が首をつっこんできた。
そう、文字通り、比喩ではなく本当に、女性の首がふたりのテーブルまで伸びて、てながとあしながに話しかける。
「あななたち、またつまらない言い争いしてるの? 懲りない兄弟ねぇ。」
『ろくろ首』
女性の姿をした妖怪。
首が自由自在に伸び縮みする。
ひとつむこうのテーブルに座ったろくろ首が、こちら側まで首を伸ばしてきている。
「なーにをしにきたんじゃシ、この首長。」
ろくろ首はさらに首を伸ばし、立っているあしながの顔の近くまで、接近する。
「もう。へんな呼び方しないでよ。アタシはあななたちと違って、長くも短くもできるんダカラ。」
今度は、テーブルの近くまで首を降ろすと、テーブルの上のランチを穴が開くほど見つめた。
「あらー、今日のランチもおいしそうよ。 ほらほら、来て見なさいよ高女。」
すると今度は、ろくろ首と同席していた女性が、下半身をにゅるーんとのばし、上半身ごとあしながたちのテーブルにやってくる。
『高女』
下半身が自由自在に伸びて、二階まで覗ける女性妖怪。
「あら、ほんとねえ。今日はお魚・・、鮭かしら。みたことない料理ねえ。」
いまにもつまみ食いしそうな勢いの高女から、てながは長い腕でしっかりと自分のランチをガードした。
「ええい。さっさと自分の席に戻らんかっテ。おちおち飯も食ってられんテ。」
「ふふ。アタシ、今日はランチにするわ。見た目もきれいだし、お酢の香りが食欲をそそるわ。」
「ええ。あたしもそうしよう。待ちきれないわ。」
ふたりの女妖怪は、それぞれ首と下半身の長さを戻し、自分の席へと帰っていく。
「まよいちゃーん。こっちにランチふたつおねがいねー。」
ろくろ首は、すぐさま注文した。
ふたりが去った席では、あしながが長い足を邪魔そうに座りなおす。
てながは、あいかわらずながい手をもてあまし、食べにくそうに箸を動かしていた。
「・・・・。」
「・・・・。」
「なんで、わしの足は伸びたり縮んだりしないんだろうシ?」
「なんで、わしの手は伸びたり縮んだりしないんだろうテ?」
読んでいただいた方ありがとうございます。
今回の妖怪は、「てなが」「あしなが」です
「ろくろ首」「高女」もちょこっとでてます。
今回ちょっと短すぎました。
そのぶん明日は、ちょっと長めのを書こうと思ってます。




