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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第一章 桜
20/286

20 帯に短しテアシに長し

人間界とは別の妖怪たちの棲む世界、妖異界。

ひょんなことから異世界で甘味茶屋を営むことになった真宵まよい


剣も魔法もつかえません。

特殊なスキルもありません。

祖母のレシピと仲間の妖怪を頼りに、日々おいしいお茶とお菓子をおだししています。

ぜひ、近くにお寄りの際はご来店ください。

        《カフェまよい》  店主 真宵



「おまたせしましたー。今日のランチの『鮭の南蛮漬け定食』です。」


真宵はトレイにのった定食を、机に並べる。

「お味噌汁は、油揚げと豆腐とネギです。どうぞごゆっくり。」

軽く頭を下げると、席を去ろうとする。


「きゃ。」

真宵は、なにかに足をひっかけてつまづいた。

豪快に転びそうになるところを、長い腕ががっしりと受け止め、寸でのところで踏みとどまった。


「だいじょうぶかテ?」


「は、はい。ありがとうございます。たすかりました。」


真宵は、支えてくれた男性に礼を言う。

そして、自分があろうことか、お客さんの足につまずいてしまったことを自覚した。


「すみません。 足は大丈夫でしたか?」

真宵は、助けてくれた男性の向かいの席に座るお客に頭を下げた。


「いやいや、こちらこそ、すまんかったシ。怪我はしなかったシ?」

男は申し訳なさそうに頭をかいた。


「おまえさんの脚は、邪魔なんじゃテ。もうすこし、邪魔にならんように、しまっておけっテ。」


「ワシの脚は長すぎて、テーブルの下に収まりきらんシ? 」


二人の客が言い争いになりそうなのを察知して、真宵が止めにはいる。

「私が不注意だったんですよ。 あしながさん、ほんとうにごめんなさい。 てながさんも、支えてくれてありがとうございました。」


真宵は場の雰囲気を壊さないように、笑顔で対応する。

「ランチ、冷めないうちに召し上がってくださいね。 鮭の南蛮漬け。ランチで初めてお出しするんです。あとで、感想聞かせてくださいね。」

そう言って、真宵は戻っていった。


『てなが』『あしなが』

腕が異常に長いてながと、脚が異常に長いあしながの兄弟妖怪。

あしなががてながを肩車し、お互いの身体的特徴を利用して、魚を獲ったりする姿がみられたりする。


「さて、ではいただくとするシ。」

「うむ。いただこうテ。」


あしながは、箸で鮭の南蛮漬けを一切れつまむとパクリと食べる。


「ほう。これはうまいシ。」

カリッと揚げ焼きにした鮭の表面に、甘酢がしみて、油の甘みと酢の酸味が鮭のうまみを抜群に引き出している。一緒に和えた玉葱と人参は、シャキシャキとした歯ごたえが残っており、これまた甘酢とよくあっている。

アクセントにくわえられた唐辛子も、また食欲を増進させる。


「これは、白飯がすすむおかずじゃシ。のう?てなが。」

白米をかきこみながら、正面に座っているてながを見た。


すると、てながは長すぎる腕をもてあまして、なかなかうまく鮭の切身をつかめずにいた。

長い手を横にすれば、肘が壁に当たって邪魔になる。

縦にすれば椅子につっかえて、うまく手が動かせない。おまけにテーブルの側面に腕がガシガシ当たって痛い。

肘を真上に突き上げれば、珍妙な姿勢になって、食べにくいことこのうえない。

しかも、油断すると、箸を持っていないほうの腕が、通路に突き出て、通行の邪魔になる。

結局、肘を斜め上方向にあげるというのが、比較的食べやすい体勢だと落ち着いて、なんとか食事にありつけた。


おなじ店とはいえ、座る席によって壁側とか通路側とか、柱の横とか角のテーブルとか、微妙に条件が違うので、てながは毎回、自分で食べやすい姿勢を模索する必要があった、


「まったく、いつもながら、めんどうくさい身体をしてるシ。」

あしながは、やっとのことで鮭の南蛮漬けを味わえたてながを見てつぶやいた。


とはいえ、あしながのほうも、席に着くたび、長すぎる足をもてあまし、曲げたり伸ばしたり、そろえてみたりあぐらをかいたりと、苦労しているのであまりかわりはない。


「ええーい。この店は飯はうまいのに、なんで、こんなに狭苦しいつくりをしているのだっテ。」


「四人がけのテーブルをふたりで占領しながら、そんなことを言ってるのは、てながくらいだシ。」


そう言いながら、あしながは通路にはみ出した自分の足をなんとかテーブルの下にねじこもうとする。


てながは、さんざん悪戦苦闘した挙句、ふいに新しいアイデアをおもいつく。

長い腕をのばして自分のではなく、あしながのぶんの南蛮漬けを箸でつまむ。意外と、そのほうがうまくいった。ぱくりと口に入れる。


「な、なにしとるんじゃあーーー。わしの鮭じゃシ!」


いきりたって、立ち上がる。

長い足のせいで、頭が天井にとどきそうな勢いだ。てながをはるか上から見下ろした。


「そう怒るなっテ。そんな頭ごなしに。わしの皿から食っていいっテ。」


「なんでわしが、おまえの皿から食わねばならんのだシ。」


ふたりの兄弟が、言い合っていると、ひとりの女性が首をつっこんできた。

そう、文字通り、比喩ではなく本当に、女性の首がふたりのテーブルまで伸びて、てながとあしながに話しかける。


「あななたち、またつまらない言い争いしてるの? 懲りない兄弟ねぇ。」


『ろくろ首』

女性の姿をした妖怪。

首が自由自在に伸び縮みする。


ひとつむこうのテーブルに座ったろくろ首が、こちら側まで首を伸ばしてきている。


「なーにをしにきたんじゃシ、この首長。」


ろくろ首はさらに首を伸ばし、立っているあしながの顔の近くまで、接近する。


「もう。へんな呼び方しないでよ。アタシはあななたちと違って、長くも短くもできるんダカラ。」


今度は、テーブルの近くまで首を降ろすと、テーブルの上のランチを穴が開くほど見つめた。

「あらー、今日のランチもおいしそうよ。 ほらほら、来て見なさいよ高女。」


すると今度は、ろくろ首と同席していた女性が、下半身をにゅるーんとのばし、上半身ごとあしながたちのテーブルにやってくる。


高女たかおんな

下半身が自由自在に伸びて、二階まで覗ける女性妖怪。


「あら、ほんとねえ。今日はお魚・・、鮭かしら。みたことない料理ねえ。」


いまにもつまみ食いしそうな勢いの高女から、てながは長い腕でしっかりと自分のランチをガードした。

「ええい。さっさと自分の席に戻らんかっテ。おちおち飯も食ってられんテ。」


「ふふ。アタシ、今日はランチにするわ。見た目もきれいだし、お酢の香りが食欲をそそるわ。」

「ええ。あたしもそうしよう。待ちきれないわ。」


ふたりの女妖怪は、それぞれ首と下半身の長さを戻し、自分の席へと帰っていく。


「まよいちゃーん。こっちにランチふたつおねがいねー。」

ろくろ首は、すぐさま注文した。



ふたりが去った席では、あしながが長い足を邪魔そうに座りなおす。

てながは、あいかわらずながい手をもてあまし、食べにくそうに箸を動かしていた。


「・・・・。」

「・・・・。」


「なんで、わしの足は伸びたり縮んだりしないんだろうシ?」

「なんで、わしの手は伸びたり縮んだりしないんだろうテ?」



読んでいただいた方ありがとうございます。

今回の妖怪は、「てなが」「あしなが」です

「ろくろ首」「高女」もちょこっとでてます。


今回ちょっと短すぎました。

そのぶん明日は、ちょっと長めのを書こうと思ってます。

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