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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第一章 桜
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02 ランチ入道

人間界とは別の妖怪たちの棲む世界、妖異界。

ひょんなことから異世界で甘味茶屋を営むことになった真宵まよい


剣も魔法もつかえません。

特殊なスキルもありません。

祖母のレシピと仲間の妖怪を頼りに、日々おいしいお茶とお菓子をおだししています。

ぜひ、近くにお寄りの際はご来店ください。

        《カフェまよい》  店主 真宵

ここは妖異界。

人間のすむ世界とは別の妖怪たちの棲む世界。

その一角に、たったひとつ、人間の娘が営む甘味茶屋がある。

≪カフェまよい≫

運命なのか偶然なのか、店主である娘の名の真宵(まよい)と店そのものである妖怪『迷い家マヨイガ』の名から付けられた店名だ。

まだ、開店してひと月足らず、試行錯誤の段階で、メニューは昼限定のランチとおはぎやまんじゅうや団子などの甘味。お客の反応を見ながら、徐々に品数を増やしていく展望である。


朝早くから始めた仕込みと開店準備が完了し、店の入り口に暖簾を掛けようと真宵が店の外に出た。

少し小高くなった丘の上の茶屋。これがいまの真宵の職場であり夢の城だ。

小さい頃から漠然ともっていた「お店をもちたい」という夢が、唐突に叶った。

出店場所は、夢にも思わなかった場所・・、というか世界であるが、それでも仕事は楽しかった。


「あー。今日もいい天気だなー。」


ビルもなければ、電柱もアスファルトで舗装された道路もない。

視界いっぱいに広がるのは緑の野山だけだ。


「さー、今日も一日がんばりますか!」


おもいきり、両手を伸ばして万歳する。

すると、先ほどまで真宵の身体いっぱいに降り注いでいた日光が、急に途切れた。

まわりが暗くなり、まるで大きな山の陰にはいったみたいだ。



「おーい。やっと開店か?」


山がしゃべった。

正確には山のような大きさのなにかがしゃべった。

ドスン。ドスン。

大きな音をたてて、巨大なものが近づいてくる。

真宵はもちろん、店よりも大きい。


「み、『見上げ入道』さん。おはようございます。」


巨大な山に見えたのは、入道姿の大男だった。


「ほほほ。ぼやぼやしとると、らんちが売り切れてしまうからのう。」


見上げ入道は真宵の頭上、はるか上で笑った。

カフェまよいのランチは数量限定で、早い者勝ちだ。

そのため、どうしても食べたい妖怪はできるだけ早く来店するしかない。


「い、いつもありがとうございます。でも、そのサイズじゃお店に入れませんよ。」


見上げ入道は、店で食事するどころか、店を踏み潰すことができそうな巨大さだ。


「おお、そうじゃな。いかんいかん。」

見上げ入道はなにやらモニョモニョと念仏らしきものを唱えた。

すると、シュルルと、見る見る間に縮んで、真宵の前に普通サイズで立っていた。


「これで、よいかのう?」


それでもまだ二メートル程はありそうだが、店に入れないサイズではない。


「はい。大丈夫ですよ。どうぞ。」


見上げ入道を店内に招き入れようとしたとき、再びおおきな音があたりに響いた。



ドォン。ドォン。ドォン。

地響きがどんどん近づいて、山のほうから大きな影が近づいてくる。

その巨大さとスピードに、そのままその影に踏み潰されるのではないかと、真宵は、身をすくめた。

その巨大な影は、真宵たちのギリギリ手前で減速し、急停止した。

その振動と風圧で、真宵はよろめいた。


「いまごろ、登場か? 一つ目の。」

見上げ入道が、大きな影に向かって言った。


「むー。出遅れたか? まさか、らんちは売り切れておらんだろうなー?」


見上げ入道と同じほど大きく、おなじような入道姿。違うのは、その頭が玉蜀黍のように先がとがっていることと、顔のまんなかに目が大きくひとつだけついていることだ。

『一つ目入道』という妖怪であった。


「だいじょうぶですよー。いま開店するところです。」

真宵が一つ目入道にむかって、叫ぶ。


「おおー。そうかそうか。それはよかったわい。」


一つ目入道が喜び、その巨体で跳ねた。

その反動で、真宵たちが立っていられないほどの地震が起きた。


「おい。一つ目の! おまえが、そんなとこではしゃげば、店がつぶれかねんぞ。」

見上げ入道が叫ぶ。


「おお。いかんいかん。わしとしたことが、」

一つ目入道が禿げた頭を掻いた。

同じように念仏のようなものを唱えると、シュルルと見上げ入道と同じ程度の大きさになった。



「それにしても、おぬしはちゃっかりしとるのぅ。見上げの。」

「おまえと違って、遅れをとったりはせんよ。一つ目の。」


「遅れたといっても、店が開くのは今からじゃろう? 見上げの。」

「そんなことを言っておるから、いつも出遅れるんじゃ。一つ目の。」

「わしはらんちさえ食えれば、かまわんのじゃ。見上げの。」


「はやめに来ておけば、落ち着いて食えるというものじゃろう?一つ目の。」

「わしは、走ってきた後でも、飯はうまいがのぅ。見上げの。 ここの飯なら、なおさらじゃ。」


「そうゆうもんかの? 一つ目の。」

「そうゆうものじゃよ。見上げの。」


ふたりの入道が問答しながら、入店する。


「おふたりとも、どうぞお好きな席へ。今日のランチは『鯖味噌』とホウレン草のおひたし。豆腐とわかめのお味噌汁ですよ。」

真宵が笑顔で対応する。


「ほう。鯖味噌か。これは楽しみじゃのう。」

見上げ入道が目を輝かせた。


「むう。今日は魚か。わしは魚より肉のほうが好きじゃのう。」

一つ目入道がつぶやいた。


「なんじゃ。鯖味噌が嫌いなのか?一つ目の。」

「嫌いとはゆうておらんよ。見上げの。 魚より肉のほうが好きとゆうただけじゃ。」


「鯖はうまいじゃろう。一つ目の。」

「鯖はうまいが、肉もうまいじゃろう。見上げの。」


「だったら、今日はらんちを食わぬのか? 一つ目の。」

「食わぬなどと、誰もゆうておらんよ。見上げの。」


「だったら、今日もらんちを食うのか。一つ目の。」

「もちろん、食うとも。見上げの。」


「魚でよいのか?一つ目の。」

「魚でよいのだ。見上げの。 今日は魚だが、明日のらんちは肉がでるかもしれんじゃろう?」


「それは、そうかもしれんな。一つ目の。」

「そうかもしれんぞ。見上げの。」


問答しながら、ふたりは同じテーブルに着いた。

べつに、約束したわけでも、示し合わせたわけでもないが、これがふたりの慣例になっていた。


「お二人とも、注文は日替わりランチでよろしいですか?」


真宵が確認すると、ふたりはほぼ同時に返答した。


「「もちろん、らんちじゃ。店主どの。」」




程なく、真宵がランチの『鯖味噌定食』を二人前持ってきた。


「おまたせしましたー。ご飯は大盛りにしておきましたよ。」


「おお。気がきくのう。店主どの。」


もともと、ご飯をたくさん食べるお客が多いため、大きめのお茶碗を用意しているが、白飯をさらに大盛りにしている。

それに、定番の味噌汁にしっかり味のしみた鯖味噌。小鉢のほうれん草のおひたしとかぶらの漬物で、今日のランチである『鯖味噌定食』だ。


「それでは、いただくかのう。」


ふたりにの入道は同時に箸を持って、白米をかきこんだ。


「うむ。ここのらんちはただの白飯もうまいのう。一つ目の。」

「うむ。甘みと粘りがちがうのう。見上げの。」


箸を鯖に伸ばす。

味噌の甘みとしよっぱさが、鯖のうまみを何倍にもひきあげて、口の中に広がった。

また、白飯が欲しくなり、かきこむ。


「これはまた、飯がすすむのう。一つ目の。」

「たしかに。味噌と鯖がこんなに合うとはおもわんかったのう。見上げの。」


「なんじゃ。おぬし魚より肉がいいとゆうておったではないか。一つ目の。」

「肉のほうが好きじゃが、魚も嫌いでないとゆうたじゃろうが。見上げの。」


「そうじゃったのう。一つ目の。」

「そうじゃったよ。見上げの。」


さらに、味噌汁をすすり、おひたしに箸を伸ばし、また鯖、白飯、鯖、白飯、味噌汁・・・。

ポリポリと最後にかぶらの漬物の食感を楽しむと、すべての皿を平らげた。


「うまかったのう。一つ目の。」

「うまかったのう。見上げの。」

そして、ふたりは真宵をよぶ。


「「店主どの。らんちをおかわり頼む。」」


これが、ランチが売り切れ易い原因であった。

カフェまよいでは、毎日三十人前のランチを用意している。

昼のランチタイムの来店客数を考えれば、本来、十分な数である。

しかし、一部の食欲旺盛な客が、普通ならけっこうなボリュームであるランチを、軽々とおかわりしていくのである。

ふたりの入道の前に、再び鯖味噌定食が並べられると、まるで先ほどの映像を再生してるかのように、食事シーンが再現されていく。

鯖、白飯、鯖、白飯、味噌汁。。。

とても、二膳目とはおもえないスピードで平らげていく。


そうしているうちに、店もだんだん客が増えていく。

この時間の客は、ほとんどがランチ目当てで、甘味目当ての客は少ない。

来る客がほとんど皆、ランチを注文し、とぶように売れていく。

そんななか、ひとりの女性が来店した。


「いらっしゃいませ。『ふたくち女』さん、今日はいつもより、早いんですね。」


真宵の言葉に、ふたりの入道のあいだにピリッとした空気が流れる。


(きたか・・・。)


真宵が接客している女性は、落ち着いた柄の着物を着た、みため二十代後半くらいで、落ち着いた雰囲気と優しげな微笑みえを漂わせている。

美女と呼ぶには、少々華やかさに欠けるものの、控えめなかんじが良妻賢母をおもわせる。


「ふふ。たまには、まよいさんのつくったご飯が食べたくて。今日はランチをいただきに来たのよ。」


ふたくち女は常連ではあるが、いつもはもう少し遅い時間に、おはぎやまんじゅうを目当てにやってくることが多い。

稀に、こうやって、ランチタイムの時間にやってくるのだ。


「そうでしたか。今日のランチは『鯖味噌定食』ですよ。お味噌汁は豆腐とわかめです。」


「まあ。鯖味噌ですか。うれしいわ。大好物ですの。」


「それはよかったです。ご注文はそれでよろしいですか?」


「ええ。いつもどおりランチをふたつ。それにお箸も二膳おねがいしますね。」


「はい。かしこまりました。」

珍妙な注文にも、真宵は笑顔で答えた。



空いている席に座ったふたくち女は、そばにいたふたりを見つけた。


「あら、見上げ入道さんに一つ目入道さんじゃありませんか。おひさしぶりですね。」


「お、おう。ひさしぶりじゃの。ふたくち女。息災じゃったか。」

見上げ入道が答えた。若干、声がこわばっている。


「おふたりとも、いつもこの時間ですの?たまにはゆっくりした時間に来て、お茶でも飲みながらお菓子を食べましょうよ。」


「い、いや、わしらは、あまいものより、飯のほうが性にあっとるんじゃ。のう見上げの。」

「そうじゃな。飯がいいのう。一つ目の。」


「まあ、あいかららずねえ。」

フフフ、と微笑みながら、ふたくち女は応えた。


そうしているうちに、真宵が鯖味噌定食を持ってきた。

テーブルに二膳並べると、ごゆっくりと言い残し、厨房に戻っていった。


「まあ、おいしそう。味噌の薫りが食欲を刺激しますのね。」


ふたくち女は軽く手を合わせて、お祈りすると、箸を取った。

流れるような動作で、食事を口に運ぶ。

速い。

決して、がっついたり、かきこんだりするわけではない。

あくまで優雅に、そして素早く白米を鯖を味噌汁を口に運ぶ。

すると、先ほどまできっちり結われていた日本髪が、ハラリとほどけ、長い髪がまるで触手のように、ウネウネとうごきだした。

髪の触手は二本にまとまり、もう一膳の箸と茶碗を器用に持つと、ふたくち女の後頭部にあらわれたもうひとつの口に食べ物をほうりこむ。

こちらは、まるでダストシュートに投げ入れてるかのように、ホイホイと食べ物が消えていく。

その間にも、ふたくち女の前の顔は、絶妙な箸つかいで、鯖の骨をよけ、茶碗に一粒の米も残さず平らげていく。

ものの数分で、ふたつの鯖味噌定食がテーブルから消えていた。


「まよいさん。ランチの『鯖味噌定食』をもうふたつおねがいしますわ。」

ふたくち女は笑顔で追加注文した。


ふたくち女のあまりのスピードに呆気にとられていたふたりの入道が我にかえる。

(いかん。いかんぞ。一つ目の。このままでは。)

(わかっておる。見上げの。わしらも急いで食うぞ。)

ふたくち女に聞こえないよう、声を潜めてふたりが会話する。

負けじと、飯をかきこむが、大食漢のふたりをあわせても、ふたくち女のスピードには敵いそうになかった。



食事を終えた二人の入道は支払いを済ませ、店を後にした。

結局、ふたりはもう一度おかわりし、全部でひとりあたり三膳の鯖味噌定食を平らげたが、その隣で、後から来たふたくち女は、全部で十膳の定食を平らげていた。

そこで終わったのは、ランチが売り切れたからだ。

かくして、三十人分用意されていたランチは、その半分以上が、たった三人の腹におさまり、いつもより、かなり早い時間の完売となった。


「いったい、あの女の腹はどうなっとるんじゃ?一つ目の。」

見上げ入道が尋ねた。


「わしが知るはずなかろう。見上げの。」

一つ目入道が応えた。


「しかし、あやつが甘いもの好きでたすかったわい。毎日らんちを食いにこられては、たまったものではない。」

「たしかに。下手をすると、ぜんぶのらんちをアイツに食い尽くされてしまうぞ。」

ふたりは顔を見合わせ、頷いた。


「それにしても、一つ目の。やはり、はやめに店に行ったのは正解じゃったのう。」

「ほんにのう。もう少し遅ければ、ランチを食いそびれるところじゃったわ。見上げの。」


「よかったのう。一つ目の。」

「よかったのう。見上げの。」


「あすのらんちはなんじゃろうなあ?一つ目の。」

「あすのらんちは肉じゃとよいのう。見上げの。」


そんな、問答をくりかえしながら、ふたりは山へと帰っていった。








読んでいただけた方、ありがとうございます。


今回の妖怪さんは

「見上げ入道」と「一つ目入道」それに「ふたくち女」です。


誤字脱字等 ありましたら、コメントで指摘していただけたらありがたいです。

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