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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第七章 神無月
192/286

192 幕間劇 久万郷にて2

170 狸は狸で働きもの

の少し前の『久万郷』でのおはなしです。

そちらを読んでからのほうが楽しめると思われます。




『久万郷』。

妖異界において、狸妖怪の聖地として名高い場所。

久万郷は、もともと深い山間の里、多くの山々が連なる場所、という意味で、その名のとおり、大小多くの山に囲まれ、雄大な自然が広がっている狸妖怪をはじめ、動物妖怪の楽園である。

そこを治めるのが狸妖怪の長、大妖怪『隠神刑部いぬがみぎょうぶ』である。



隠神刑部は普段、『久万郷』の『古狸城こりじょう跡』に居を構えている。

古狸城は、もともとは人間が建てた城であったが、長い年月と戦のせいで朽ち果て、そのわずかな片鱗だけが妖異界に名残を残す。

古狸城という名も、あとからつけられたもので、本来の名前は、もう誰も覚えていない。

その朽ち果てた城跡も、自然を愛する狸妖怪にすれば心地よいらしく、狐妖怪の『古都』のように整然とした都市をつくることも、烏天狗の『鞍馬寺』のように建物を修繕することもなく、ただ、半分朽ちた城を朽ちるがままに楽しんでいた。


現在、その古狸城で、なにやら一枚の手紙をめぐって、騒動が起きていた。




「ずるい!! それだったら、私が行きたい!」


そう、大声で訴えたのは小女郎こじょろう狸である。

長めの髪を、頭の後ろで結び、ポニーテールのように垂らした快活そうな女性である。


「何を言ってるんだよ。小女郎は芋畑の管理の仕事があるだろう?」


そう言ったのは宗助そうすけという若い男狸だ。


「だって、こんなことになるとは思わなかったんですもの。『遠野』の牧場で働けるってわかってたら、芋畑の管理なんて立候補しなかったわ。そっちのほうがいいもの!」


小女郎は顔を赤くして抗議する。



事の起こりは、一枚の手紙。

『遠野』にある《カフェまよい》で働く金長きんちょうから、くだんという妖怪がやっている牧場で働く狸を何人か送ってくれないかと申し出があった。

なんでも、牛乳から牛酪を大量に作りたいらしい。

牛酪は薬としては作られているものの、生産量が少なく高価で、料理にはほとんど使われない。

『久万郷』の食文化向上のためにも、大量に生産できるようにして、流通させたいらしのだ。

そのために、労働力が欲しいとのことだった。


「『遠野』の牧場とはいえ、遊びに行くんじゃないんじゃぞ。仕事じゃぞ。小女郎狸。」


長い髭と巨大な体躯を持った、この城の主『隠神刑部』が言った。


「でも、休日くらいあるでしょう? そしたら、金長さまに逢いに行けるわ!」


「ふむ。まあ、同じ『遠野』じゃしのう・・。」


食い下がる小女郎に、隠神刑部は頭を掻いた。



「ああ。もう、俺たちが行くって決まったんスから、いいしょ?蒸し返さないでくださいよ。」


そう言ったのは晋平しんぺいという狸だ。

若い男狸で、かなり細身。若干、軽薄な感じが漂っている。


「決まったわけじゃないでしょ!勝手なこと言わないでよ。」



ここに集まった狸は、隠神刑部を除けば八人。

晋平、文吾、宗助、しののめ、あさけの、の五人は金長とは昔からの知り合いで、金長の後を付いてまわっては、喧嘩だの悪さだのして、手に負えない若者達だった。

金長が改心してからはおとなしくなったが、いまも金長を慕っている。

小女郎は、所謂、親の決めた許婚だ。

金長が『遠野』に料理修行に行ってしまったために、結婚は無期延期になってしまったが、本人は「すでに、心は妻だ」と公言している。

残りの二人は、お鹿ろくと源八。

ふたりは、小女郎と一緒の芋畑で働いている。

金長とは面識はあるものの、特に親しいわけでなく、ここには小女郎に付き添って来た、ただの野次馬だったりする。


最初、金長から手紙が届いたとき、晋平たち五人が手を挙げた。

五人とも、金長を慕っており、力になりたいと言っていたので、少々、調子に乗りすぎるきらいもあるものの、若く体力もあるので良いだろうと、隠神刑部は許可するつもりだった。

しかし、それを聞いた小女郎が猛反対したのだ。

金長の近くで働くなら、許婚の自分以外にはないと言うのだ。

その気持ちもわからなくもなかったが、小女郎には以前より、芋畑の管理を申し付けていた。

こちらも、金長からの要請で作った畑だ。

小女郎も金長の力になれると、熱心に働いていたのだが、この話を聞いて、隠神刑部のところへ飛んで来たのだ。



「小女郎狸よ。芋畑の管理も大事な仕事じゃぞ。あれだって、金長の要請で作った畑なんじゃから。お前だって、金長のためじゃと言っておったじゃないか。もうすぐ、収穫というところまで、こぎつけたんじゃじゃろう? それは、どうするんじゃ?ほっぽりだすのか? それこそ、金長が残念がるんじゃないのか?」


隠神刑部が諭すように言う。


「それは・・。そうですけど・・・。」


小女郎は唇を尖らせる。

頭ではわかっていても、気持ちの上で納得がいかない。


「そうよ。小女郎。あんたがいなくなったら、あの畑なんて、誰も管理しないわよ。あたしも畑仕事は意外と面白かったけど、水遣りの回数がどうだとか、あっちの畑は生育が悪いだとか、いちいち記録をつけたりするのはまっぴらよ。面倒くさくてやってられないわ。」


「・・・お鹿(ろく)ちゃん。」


お鹿と源八は、小女郎を手伝って、畑で働いている。

だが、あくまで手伝いで、記録や育て方の考察や面倒なことは責任者の小女郎に一任されていた。


「そうだよ。俺なんか、志願もしてないのに命令されて手伝ってるんだぜ。なのに、責任者の小女郎が一抜けするなんてズルいよ。」

源八が言った。


「なに言ってるのよ。おいしいものが一番に食べられるかもしれないって言ったら、意気揚々と手伝うって言った癖に。」

お鹿が茶化す。


「そ、それはそうかもしれないけど、もし、芋が収穫できても、牛酪がなかったら、あの『じゃがバター』は作れないんだろ? だったら、牧場で牛酪を作ってたほうが、先にうまいものが食えるじゃん。向こうにはジャガイモもあるんだから。」


「うーん。そう言われると、そうね。だったら、あたしも、牧場で働こうかな。『遠野』で暮らすのもおもしろそうだし。」


「なに言ってるのよ、お鹿ちゃん! そんなことしたら、誰が畑をみるの?」


「自分だって、畑をほっぽりだして、『遠野』に行こうとしてるくせに!」


「それとこれとは話が別でしょ?私は食い意地が張って、行くって言っているんじゃないもの。」


「いっしょよ。私だって、食い意地だけで言っているんじゃないわ。畑仕事も初めてやったら意外と楽しかったし、牧場の仕事も、きっと、性に合うはずよ。」


「だったら、私だってそうよ!」


「嘘ばーっかり。単に金長さんに逢いたいだけでしょ。牧場の仕事なんて、興味ないくせに。」


「そんなことないわよ。」


「ふーん。ホントかなぁ?」


言い合う小女郎とお鹿に、今度は、しののめが割ってはいる。


「喧嘩したってダメよ。行くのは私達って、決まったんだから。それに、お鹿ちゃんなんか絶対ダメ。」


「なんでよ?」


「だって、お鹿ちゃん、もう二回も『遠野』に行ってるのよ。今度も行くなんてズルいわ。」


皆の視線がお鹿に集中する。


「そうだよ。俺達なんか一回も行ったことないのに、お鹿は二回も行ってるんだよな!」


突然の糾弾に、お鹿は顔色を変える。


「そ、そんなの関係ないでしょ!最初のは、隠神刑部さまの付き添いで行っただけだし、夏祭りのときは、みんな公平にじゃんけんしたでしょ。たまたまよ、たまたま。」


「そう言えば源八も行っていたな。」


「お、俺は夏祭りの時だけだ。一回しか行った事ないぞ。」


「俺達、誰も行った事ないんだぜ。」


「そ、そんなの今回のことと関係ないだろ。」


晋平の言葉に、お鹿はなにやらひっかかったような顔をする。


「あれ?ちょっと待って。嘘よ。宗助は夏祭りに行ってたはずよ。向こうで見かけたもの。」

お鹿は、宗助を指差した。


「え?宗助。お前、『遠野』に行ったことがあるのか?」


文吾の言葉とともに、こんどは宗助に視線が集まる。


「え。ええ。僕はじゃんけんに勝ちましたから・・・。」


「ずっるーい。隠して知らん顔してるなんて。」


「ず、ずるいってなんですか! 関係ないから黙っていただけでしょう!」


お鹿の言葉に、今度は宗助が顔を真っ赤にして反論する。



「えええーーーい!!いい加減にせんか!!」


収拾がつかなくなりそうな騒ぎに、隠神刑部が一喝する。


「もう決めたことじゃ。『遠野』の牧場で働くのは、晋平、宗助、文吾、あさけの、しののめ。この五人じゃ。よいな!」


隠神刑部の言葉に五人は喜び、残りの三人は肩を落とした。

特に、小女郎の無念そうな顔は、見ているほうが切なくなる。


「小女郎とお鹿、源八の三人は、引き続き畑の仕事を申し渡す。途中で投げ出すなど許さぬ。きっちり収穫まで責務を果たせ。よいな!」


「はぁーい。」

お鹿だけが、つまらなそうに返事をする。


「・・・そのかわり、きちんと畑の仕事をすれば、次に『遠野』の《カフェまよい》に行くときには優先的に小女郎を連れて行ってやろう。」


「ほんとうですか?」


小女郎の顔がパアっと明るくなる。


「ほんとうじゃ。その代わり、きちんと仕事に励めよ。手抜きなぞしたら、連れてはいかぬからな。」


「ええ。ええ。もちろんです。ああ。金長さまに逢いに行けるんだわ。」


小女郎は、夢見る乙女のように、その日を想像して頬を桜色に上気させた。



「ねえ。隠神刑部さま。畑仕事を頑張ったら連れて行ってもらえるって事は、あたしたちも連れて行ってもらえるってことですよね?」

お鹿が尋ねる。


「え?じゃあ、俺も、ってこと?」

源八が言った。


「ん?そうじゃな。まあ、そうゆうことかのう。」


「ええーー?じゃあ、お鹿ちゃん、三回連続連れて行ってもらえるってこと? ずっるーい。贔屓だわ。」

しののめが抗議する。


「なによ、シノ。あんたたちは、ずっと行ったきりなんだし、文句ないでしょ!」

お鹿が言い返す。


「そうよ。シノ。そんな細かいことは言わないでおきましょう。これから、私達は金長さんのお傍でいられるんだから。」


その、あさけのの言葉に、小女郎がピクっと眉を動かす。


「ちょっと!あさけの。あなた、まさか、まだ、金長さまのこと狙ってるんじゃないでしょうね?!」


「あら?」


小女郎の追求に、意外そうな顔であさけのは返した。


「もう。小女郎さんたら。 前にも言ったでしょ? 正妻の座なんか狙っていないって。私は、二番目の妻でも愛人でもかまわないわ。」


「なんですってーーー!!!」

小女郎は、顔を真っ赤にする。


「隠神刑部さま! お聞きになったでしょう?! やっぱり、ダメです! このひとたちじゃなく、せめて、ほかの狸を遣わしてください!」


「もう。蒸し返さないでよ。いいじゃない、正妻は譲るって言っているんだし。」


「なんですってーーー!!!」



「ええーい!!もう、この話は終わりじゃ。小女郎達は、さっさと畑に戻って仕事をせぬか! 残りの五人は帰って、旅支度をせよ!遊びで行くのではないから、当分は帰れぬぞ。まわりのものにきちんと挨拶しておけよ。」


隠神刑部は、一段と大きな声で怒鳴り、一同を黙らせた。



それから二日後。

五人の若狸が、『久万郷』を後にし、『遠野』へと旅立って行くこととなる。







読んでいただいた方ありがとうございます。

幕間劇 『久万郷』の狸さんたちのおはなしです。



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