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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第七章 神無月
191/286

191 感謝感謝の芋煮会11 シメはうどんか雑炊か

ご招待妖怪紹介

隠神刑部いぬがみぎょうぶ

『久万郷』の主であり、狸妖怪たちの長。

妖異界で五指にはいる大妖怪だが、性格はおおらかで中小企業の社長のような雰囲気。



妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

突然見舞われた、人間界に帰れないというトラブルも何とか切り抜けた。

来週はもう十一月。

神無月の影響から抜ける。

つまり、この週末が、真宵が妖異界で逗留する最後の週末ということになる。

そのため、今日は世話になった妖怪を招いて『芋煮会』を催している。




盛り上がりを見せた『芋煮会』も終盤にさしかかり、食事を楽しむ妖怪達も落ち着きを見せていた。

二十個以上も用意した鍋も、そのほとんどが妖怪達の腹に収まり、煮汁だけが残っている状態である。


「真宵殿。今日は本当に馳走になったな。」


「隠神刑部さん。」


隠神刑部いぬがみぎょうぶ』は『久万郷』の主であり、狸妖怪の長である。

見た目は優しそうな好々爺であるが、その力は、妖異界で五指にはいるという。


「お気に召してよかったです。」


「ははは。気に入らぬわけはなかろう。ただでさえ美味い鍋を、あれほどの種類を用意されたのだ。わしなぞ、十種類・・、いや、十一種類は食わせてもらったぞ。」


「ふふ。よかったら『久万郷』のほうでも、『芋煮会』を開いてみてくださいね。」


「おお。無論だ。なにしろ、大人数で楽しめて、必要なのは里芋と肉、あとは野菜でも茸でもなんでもよし、なんといってもウマイ。『久万郷』にもってこいの料理じゃ。あっちでも開催すれば、今日来られなかった里のものも、喜ぶじゃろう。」


「金長さんも、同じ事を言ってましたよ。だから、ぜひ、『芋煮会』には『久万郷』の狸さんたちを呼んでくれって。」


「はは。あやつもなかなかやりおるのう。最初に料理人修行に行きたいなどど言い出したときは、なにを血迷ったのかと思うたが。」


「ふふ。いい従業員を紹介してしただいて、感謝してますよ。」


「ん?いやいや。わしは紹介状を書いただけじゃよ。迷惑なら追い返してくれてかまわんと、ちゃんと書いておったろう?」


「え?ええ。そ、そうでしたっけね。ははは。」


真宵は笑って誤魔化した。

たしかに金長が店に来たとき、隠神刑部からの招待状を持参していたが、あまりに達筆すぎて真宵にはほとんど読めなかった。

紹介状というからには、そんな感じの内容なのだろうと、流してしまったのだ。


「まあ、迷惑をかけずに仕事しておるならなによりじゃ。・・・そう言えば、金長の姿が見えぬな。」


隠神刑部はまわりを見渡す。

そこには多数の狸妖怪がいたが、金長の姿は見当たらなかった。


「ええ。今、厨房で、右近さんと次の用意をしてます。もうすぐ、出てくると思いますよ。」


「次の用意?まだ、なにかあるのか?」


「ええ。あれ?隠神刑部さん、もしかして、もう、満腹ですか?」


「ん?まあ、満腹と言うほどではないが、まあ、それなりに満足しておるが、どうかしたのか?」


それを聞いて真宵は不敵に微笑む。


「隠神刑部さん。人間界では鍋には『シメ』が必要なんです。鍋の具だけ食べて、満足しているようじゃあ、まだまだですよ。」


この世界で五指にはいる大妖怪『隠神刑部』に向かって、真宵は自信満々に言ってのけた。






「失礼する。順番に配っていくから、少し場所を空けてくれ。」


店から出てきた金長は、大きな器を持っていた。

そして、その中に大量に入ってきたものは、人間界でもこの妖異界でもポピュラーなものだ。


「あ!うどん!」


いちはやく気が付いた狸妖怪が声を上げる。


「鍋が煮立ってきたら食べ頃だからな。」


鍋にうどんをいれる金長を、隠神刑部は興味深そうに覗き見た。


「ほう。鍋の残り汁でうどんを食うのか?」


「ええ、芋煮の汁はお肉と脂とか、野菜のうまみなんかがしっかり溶け出してますからね。いいお出汁になるんですよ。」


「なるほどのう。しかし、ここでうどんが食えるとは思わなんだ。」


「『久万郷』ってうどんが有名なんですよね?」


「おお。知っておったか。わしらの里は山が多くてな。米作りに向かん土地も多い。そのぶん、小麦作りが盛んでな。昔から、うどん処として有名なんじゃ。」


「金長さんもそう言っていました。あのうどん、ほとんど金長さんがひとりで打ったんですよ。私と右近さんも教えてもらったんですけど、なかなかうまくいかなくて。」


「ほう。」


この『芋煮会』に向けて準備する際、いい機会だと、真宵と右近は、金長にうどんの打ち方を習うことにした。

先に、金長の打ったうどんを食べさせてもらったが、コシが強くて、のどごしがよく、絶品だった。

人間界で言うと、讃岐うどんに近いのかもしれない。

これはぜひともマスターしたいと、右近とふたりで頑張ったのだが、うどんを打つのは想像よりも、かなりの力と体力が必要で、真宵は早々に脱落してしまった。

力任せにやればいいというものでもないらしいのだが、やはり、こしのあるうどんを打とうとするなら、それなりに力とコツがいる。

右近が打ったうどんも、真宵のものよりはしっかりしていたが、やはり金長が打ったうどんにはかなわなかった。

そうなると、自分達が食べる分はともかく、客にもてなすとなると、出来の悪いものを出すわけにはいかず、結局、ほとんど、金長が打つことになってしまった。


「金長さん、里のみんなに食べさせるんだって、睡眠時間を削って打っていたんですよ。」


「ほほ。あの金長がのう。」


「ええ。ですから、隠神刑部さんも、お腹は空いてないかもしれませんけど、ちょっとは食べてあげてくださいね。金長さんが皆さんに食べさせたいって、心をこめて打ったんですから。」


「ハハハ。無論だ。『久万郷』の狸にとって、うどんは別腹だ。いくらでもはいるわい。」


そう言って、隠神刑部は、自分の腹を太鼓のようにポンと鳴らす。


「まあ、隠神刑部さんったら。」




金長は、鍋を真剣な眼差しで見ていた。

料理においては、まだ駆け出しだが、うどんに関しては、それなりに自信とこだわりがあった。


「うむ。これくらいでいいだろう。」


鍋の煮汁の中で、白いうどんが美味しそうな湯気をたてていた。



「金長さん。隠神刑部さんにも、一杯、差し上げてください。」


真宵の言葉に金長が頷く。


「勿論だ。ぜひ、一番に食べていただきたい。」


金長は椀に一口か二口ですすれるくらいのうどんと汁をよそうと、隠神刑部にわたす。


「どうぞ、ご賞味ください。隠神刑部様。」


「はっは。では、いただくとするか。」


「真宵殿も、味をみていただけますか?」


金長は真宵にも同じくらいの量のうどんを差し出す。


「ありがとうございます。いただきますね。」


真宵も椀を受け取ると、箸でうどんをすすった。


「ん。おいしい。」


どうやらこの鍋は、醤油ベースの出汁だったようだ。肉はすでに食べる尽くされ残っていなかったが、匂いと風味からたぶん牛肉だろう。

真宵の主観では、コシの強い讃岐うどんを濃い目の関東風の醤油出汁で食べている感じだった。

若干、つゆが濃い目だが、かなりおいしい。


「美味しいです。金長さん。」


「うむ。見事じゃな。つゆもうまいが、うどんも見事なコシじゃ。」


「ありがとうございます。」


金長が深々と頭を下げた。


「では、某は、他の鍋にもうどんを配ってまいりますゆえ。」


そう言って、金長はうどんをもって次の鍋へと移動して行った。

どうやら、うどんには並々ならぬ思い入れがあるらしく、全て自分の手でやりたいらしい。

鍋奉行と言うか、うどん奉行と言ったところだろうか。




「マヨイどの。こちらの用意もできたが、配ってもいいか?」


今度は右近が大きなおひつを持ってやってきた。


「ええ。こっちの列は金長さんがうどんを配っていますから、右近さんはこっちからむこうの鍋にお願いできますか。」


「わかった。」


「なんじゃ?また、別のうどんか?」

隠神刑部が尋ねる。


「いえ。右近さんのは雑炊です。さすがに全員分のうどんを金長さんひとりで打つのはちょっと無理だったんで、半分は雑炊にしようと思いまして。『芋煮』の残り汁にご飯をいれて、玉子を落としてひと煮立ち。おいしそうでしょう?」


「ほう。それはまた、ウマそうじゃ。ぜひとも食わんとな。」


金長は百人を超える客のすべての分のうどんを打つ気でいたらしいのだが、さすがにそこまですると金長の身体のほうが心配なので、半分ほどで妥協してもらった。


「じゃあ、こっちの鍋から、雑炊を作っていくぞ。」


右近は鍋のひとつに用意した米を、投入しようとする。


しかし、それに異議を唱えた狸がいた。


「え。この鍋は雑炊にするの?」


「ああ。そうするつもりだが・・・。もしかして、うどんのほうがいいのか?」


その狸妖怪は、大きく頷いた。


「うん!せっかくなのに、悪いんだけどさ。やっぱり、鍋のシメはうどんだよ。」


「そ、そうか。いや、べつにかまわない。なら、金長どのに言ってもらえれば、うどんをもらえるはずだ。気にしなくていい。」


右近はそう言って、別の鍋に移動しようとする。

しかし、さらに、待ったがかかる。


「ちょっと、待った! 何を勝手なことを言ってるんだよ。俺、うどんより、雑炊がいい! うどんがいいなら、他の鍋に移動すればいいだろ。」


しかし、それにも反論する。


「なんだよ。だったら、お前が他の鍋に移動すればいいだろ!」


「いーや、俺はこの、猪肉の味噌仕立て鍋に惚れ込んだんだ。この鍋で雑炊が食いたい。うどん食いたいなら、他に行けよ!」


「だめだ! この味噌味は絶対、うどんと合う!俺だって、この鍋でうどんを食うのを楽しみにしてるんだ。」


「・・・おい。どっちでもいいから、早く決めてくれ。他の鍋でも作らないといけないんだ。」


「雑炊で!」

「うどんで!」


どちらの狸も譲りそうになかった。


「だいたい、『久万郷』の狸が、うどんより雑炊を選ぶってどうゆうことだ! 『久万郷』の誇りを忘れたのか!」


「いーや。『久万郷』の狸だからこそ、うどんは里に帰ってからでも食える!」


「雑炊だって食えるだろう!」


「こんなうまい鍋の汁で作る雑炊なんか食えない!」


「それは、うどんだって同じだ!」


段々、ヒートアップしていく狸の口論に、何事かと真宵と隠神刑部がやってくる。


「どうかしたんですか?」


「ああ、マヨイどの。実は・・・。」


右近が説明するまもなく、真宵たちに白羽の矢が飛んできた。


「ねえ。店長さん! この猪肉の味噌仕立て鍋には、絶対、雑炊の方が合いますよね!」


「え?」


「隠神刑部様!俺達、狸が鍋のシメっていったら、うどんですよね?」


「む?」


「ど、どっちもおいしいと思いますよ。お味噌はお米にもうどんにもよく合うし・・。」


「そうじゃ。鍋はいろいろあるんじゃし、好きなものを食えばいいじゃろうが。」


しかし、ふたりの狸妖怪は一歩も引かない。


「「俺はこの鍋で・・。」」


「雑炊が食いたいんです!」

「うどんが食いたいんです!」



鍋のシメはうどんか雑炊か?


この議題は、いくら論じても正解がないことを、真宵は知っていた。


(こうゆうのは、人間も妖怪さんも同じなのね・・・。)


真宵はしみじみ思った。





最後に多少のトラブルが勃発したものの、とりあえずは今回の企画は成功したといえる。

また、これより後、狸妖怪の里『久万郷』では、定期的に『芋煮会』が催されることとなる。





読んでいただいたかたありがとうございます。

芋煮会編、やっと幕でございます。

次回から幕間劇をはさみ、次章にうつる予定です。

だいぶリアル季節に出遅れましたが、お見捨てなくお付き合いくださると幸いです。


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