189 感謝感謝の芋煮会9 小噺 しののめ
ご招待妖怪紹介
『しののめ』『あさけの』
件の牧場で働く女狸妖怪。
『かめざさ』
しののめの母。『久万郷』に棲んでいる。
妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。
突然見舞われた、人間界に帰れないというトラブルも何とか切り抜けた。
来週はもう十一月。
神無月の影響から抜ける。
つまり、この週末が、真宵が妖異界で逗留する最後の週末ということになる。
そのため、今日は世話になった妖怪を招いて『芋煮会』を催している。
『芋煮会』も開幕から一段落たち、喧騒も少し鳴りを潜め、落ち着いてきた。
最初は我先にと、鍋に群がっていた妖怪たちも、今度は、あそこの鍋が美味い、あそこの肉が最高だ、と情報交換を駆使し、もっとも美味な味を探しはじめていた。
それに伴い会話も弾み、楽しそうな雰囲気である。
店主である真宵も、鍋の味見と妖怪たちの評判を聞くために、広場を巡回していた。
「アンタ、ほんとにちゃんとやっているんだろうね?」
「ちょっとやめてよ。もう、子供じゃないんだから!」
ひときわ大きな声が、とある集団から聞こえた。
どこかで聞いたような声で、真宵は気になってそちらの方へと足を向けた。
「こんにちは。お鍋の味はどうですか?」
真宵が声をかける。
すると、振り向いた顔には見知った顔がいくつかあった。
件の牧場で女狸妖怪のしののめとあさけの。
それともうひとり。名前は知らないが、野菜の下拵えを中心になって手伝ってくれたおばさん狸だ。
「あら。店長さん。えーと、名前はまよいさんだっけ?」
おばさん狸が返した。
「ええ。真宵といいます。こちらのお鍋の味はどうですか?」
「ああ。おいしいよー。ここのは塩味でさっぱりしてるんだよ。」
「こちらは塩味の芋煮でしたか。ちょっと味見させていただきますね。」
真宵は匙で少しスープをすくう。
「ん。おいしい。塩味と鶏肉のうまみがあっていますね。」
さっぱり系の塩出汁は、醤油はほんの香り付け程度にして、代わりに塩麹を入れた。
一緒に煮込んだ鶏肉からでた出汁と合わさって、ちょっと参鶏湯っぽくもある。
濃厚な味噌や濃い口の醤油とはまた違った美味しさだ。
「ねえ、まよいさん。この娘、ほんとにちゃんとやっているのかい?」
おばさん狸は隣にいた、しののめの腕をつかんで引き寄せる。
「もう!やめてったら、母さん。恥ずかしいでしょ!」
「え?お母さん?」
真宵はいきなり飛び出した単語に目を白黒させる。
「あ、言ってなかったね。あたしは『かめざさ』って言ってね。この娘の母親だよ。かめざさでもおかめでも、好きなように呼んでおくれ。」
「あ。そうでしたか。それは、知りませんでした。シノさんのお母さんだったんですね。」
口には出さないが、女性にしては長身ですらっとしたしののめと、正直、でっぷりしたいかにもおばさん体型のかめざさ。言われるまで、親子だとは夢にも思っていなかった。
「まよいさん。ほんとのとこ、どうなんだい?この娘、ちゃんとやっているかい? 迷惑かけてるんじゃないのかい?」
「もう!ほんとにちゃんとやってるって言っているでしょ!」
しののめが顔を真っ赤にして反論する。
いつもは勝気な感じの女狸も、母親にかかってはかたなしらしい。
「そんなの、信じられるわけないだろ? まよいさん、この娘ったら、昔は金長のあとをくっついて、悪さばっかりでね。手がつけられないバカ娘だったんだよ。」
「バカってなによ。バカって。」
「それで、金長が落ち着いてから、この娘もちょっとはマシになるかと思ってたけど、ろくに家の手伝いもしないで遊びまわって。やっと仕事する気になったとおもったら、こっちの牧場で働く、なんて言うんだよ。もう、心配でねぇ。ホントに迷惑かけていないかい?」
「え。ええ。よくやってくれていると思いますよ。」
真宵も、ずっと一緒に働いているわけでなく、週末に何度か牧場を訪れただけだが、五人とも仕事はちゃんとやっているように見受けられた。牧場主の件とも、うまくやっているようである。
「ほんとに?それだといいんだけどねえ。・・・この娘がねえ。」
どうしても信じきれない、と言うように、かめざさは、疑いの視線を娘に向ける。
「ちゃんとやっているわよ! ああ、もう!ホントは食後に食べさせようと思っていたんだけど、いいわ。ちょうど、まよいさんもいるし。私がちゃんとやってるって証拠見せてあげる。」
しののめは、後ろに置いてあった包みを開ける。
中からだした入れ物の中には、真っ白なモコモコしたものが詰まっていた。
「ほら!これ、私たちが作ったのよ。」
誇らしげに見せるしののめに、かめざさは怪訝な顔をする。
「なんだい?これ。石鹸かい?」
プッ。と真宵が思わず吹き出してしまう。
「あ、ごめんなさい。しのさんたちに初めてそれを見せたとき、同じ事を言っていたのを思い出したものですから。」
どうやら、外見はあまり似ていなくても、やっぱり親子のようである。
「ふふ。そういえばそうでしたわね。」
しののめの後ろで、あさけのが笑った。
「おばさま。これは石鹸じゃなくって『リコッタチーズ』っていうんですよ。牛乳からつくるんです。美味しいんですよ。食べてみてください。」
「これ、食べ物なのかい?」
初めて見る『チーズ』というものに、かめざさは、どうしても不穏な気持ちをぬぐえないようだった。
「あ。私も味見させてもらっていいですか?」
誰も、手を出そうとしないので、真宵が名乗りを上げた。
少しだけ匙ですくうと、ぺロリと口に入れる。
「・・・うん。いいお味ですよ。美味しい!」
「でしょう!」
「ふふ。朝から頑張って作ってきた甲斐がありましたわ。」
『リコッタチーズ』は賞味期限が短い。
つまり、味が落ちるのが早く、出来立てが美味しいのだ。
しののめとあさけのは、それに気が付いて、わざわざ、今朝、新しいチーズを作ってきたのだろう。
真宵が食べたことで少し安心したのか、かめざさや他の狸たちも恐る恐るチーズに手を伸ばす。
「あら。意外とおいしい。」
「あ、ほんのり甘いね。」
「うん。美味いよ。俺、好きかも。」
絶賛とまではいかないものの、評判はなかなかだ。
食べなれない食材なわりには、上々といえる。
「ふふ。どう?これ、私とけので作っているのよ。」
「へえ。これをあんたたちがねえ。」
かめざさは、不思議な食感とふんわりした味に、もう一度、匙を伸ばす。
「そのままでもいけますけど、蜂蜜をかけると、もっと美味しくなるんですのよ。」
「果物と一緒に食べてもおいしいのよね。」
騒ぎを聞きつけ、どんどん狸妖怪たちが集まってくる。
「まだ、売り物にはなってないけど、そのうち、バンバン売り出すつもりよ。」
「でも、アンタ、こっちには牛酪を作る仕事をしに行くって言ってなかったかい?」
「え?それは、そうだけど・・・。」
「そっちは、もうやめちゃったのかい?」
「ち、違うわよ。牛酪をつくってると、このチーズもできるの! つまり、牛酪を作るときに乳清ってのができてね。それを、えーと、なんだっけ? もう!とにかく、牛酪も作っているし、チーズも作っているの!ちゃんと仕事してるんだから、ゴチャゴチャ言わないでよ!」
しののめは、唇を尖らせた。
「ふふ。それに、この『リコッタチーズ』って美容にすっごいいいんですのよ。」
「え?それほんと?」
あさけのが言った言葉に、まわりの女狸が食いつく。
男狸を押しのけ、しののめとあさけののまわりに集まってくる。
「ほんとなの?けのちゃん。」
「ええ。ほんとですわ。食べるだけできれいになる魔法の食べ物ですのよ。ね、まよいさん。」
「え?ははは。」
どうやら、あさけのはリコッタチーズの美容効果を誤解しているようだ。
美容のよいのは事実なのだろうが、そこまでの劇的な効果はあるとは思えない。
「そう言えば、あさけの、ちょっときれいになったかも。」
「うん。お肌が前よりきれいよね。」
女狸が口々に言う。
「でしょう。牧場仕事で日焼けが怖かったんですけど、全然気にならないんです。これってきっと『リコッタチーズ』のおかげですわ。」
「しのちゃんも、お腹のあたり、ちょっとひっこんだんじゃない?」
「うん。前より痩せたわよね。スタイルよくなってるわ。」
「え?そ、そうかな? たしかに最近、ちょっと、くびれができてきたかも。胸も前よりおっきくなった気もするし。」
「ええー!うらやましいーーーー!!」
女狸たちは、皆、その、きれいになる魔法の食べ物『リコッタチーズ』の恩恵に与かろうと、群がっていく。
そんな、しの達を、かめざさは複雑そうな表情で見ていた。
「どうかしました?かめざささん。」
「ん?いやねえ、実はね、もし、こっちで仕事がうまく行ってないんだったら、『久万郷』に帰ってきなさい、って言うつもりだったんだよ。」
「あら。」
「でもねえ。あんなふうに楽しそうに仕事を頑張ってるんじゃあ、それも言えないわねって、思ってね。」
帰ってきなさい。は、帰ってきて欲しい。の裏返しなのかもしれない。
「だめだねえ。親はいつになっても、子供離れできなくて。ついつい心配しちゃうんだよね。こんな遠くで、なにか困ってやしないか。危ないことしてやしないかってね。もう、いい年なのにね。」
かめざさは、ちょっと寂しそうに笑顔を作る。
(親はいつになっても、子供が心配・・・か。)
真宵は自分の母親の顔を思い浮かべる。
真宵の母も、なにかにつけて、真宵のことにあれこれ口出しする。
あれも、やはり心配する親心なのだろう。
(私も人間界に戻ったら、電話しなきゃね。)
思えば、もう、一ヶ月も母の声を聞いていなかった。
(来週には人間界へと戻るからね。)
現在、違う世界で生活している母親に、心の中で呟いた。
読んでいただいたかたありがとうございます。
次回も狸妖怪のおはなしです。




