表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第七章 神無月
189/286

189 感謝感謝の芋煮会9 小噺 しののめ

ご招待妖怪紹介

『しののめ』『あさけの』

件の牧場で働く女狸妖怪。

『かめざさ』

しののめの母。『久万郷』に棲んでいる。



妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

突然見舞われた、人間界に帰れないというトラブルも何とか切り抜けた。

来週はもう十一月。

神無月の影響から抜ける。

つまり、この週末が、真宵が妖異界で逗留する最後の週末ということになる。

そのため、今日は世話になった妖怪を招いて『芋煮会』を催している。





『芋煮会』も開幕から一段落たち、喧騒も少し鳴りを潜め、落ち着いてきた。

最初は我先にと、鍋に群がっていた妖怪たちも、今度は、あそこの鍋が美味い、あそこの肉が最高だ、と情報交換を駆使し、もっとも美味な味を探しはじめていた。

それに伴い会話も弾み、楽しそうな雰囲気である。


店主である真宵も、鍋の味見と妖怪たちの評判を聞くために、広場を巡回していた。



「アンタ、ほんとにちゃんとやっているんだろうね?」


「ちょっとやめてよ。もう、子供じゃないんだから!」


ひときわ大きな声が、とある集団から聞こえた。

どこかで聞いたような声で、真宵は気になってそちらの方へと足を向けた。



「こんにちは。お鍋の味はどうですか?」


真宵が声をかける。

すると、振り向いた顔には見知った顔がいくつかあった。

件の牧場で女狸妖怪のしののめとあさけの。

それともうひとり。名前は知らないが、野菜の下拵えを中心になって手伝ってくれたおばさん狸だ。


「あら。店長さん。えーと、名前はまよいさんだっけ?」

おばさん狸が返した。


「ええ。真宵といいます。こちらのお鍋の味はどうですか?」


「ああ。おいしいよー。ここのは塩味でさっぱりしてるんだよ。」


「こちらは塩味の芋煮でしたか。ちょっと味見させていただきますね。」


真宵は匙で少しスープをすくう。


「ん。おいしい。塩味と鶏肉のうまみがあっていますね。」


さっぱり系の塩出汁は、醤油はほんの香り付け程度にして、代わりに塩麹を入れた。

一緒に煮込んだ鶏肉からでた出汁と合わさって、ちょっと参鶏湯サムゲタンっぽくもある。

濃厚な味噌や濃い口の醤油とはまた違った美味しさだ。


「ねえ、まよいさん。この、ほんとにちゃんとやっているのかい?」


おばさん狸は隣にいた、しののめの腕をつかんで引き寄せる。


「もう!やめてったら、母さん。恥ずかしいでしょ!」


「え?お母さん?」


真宵はいきなり飛び出した単語に目を白黒させる。


「あ、言ってなかったね。あたしは『かめざさ』って言ってね。この娘の母親だよ。かめざさでもおかめでも、好きなように呼んでおくれ。」


「あ。そうでしたか。それは、知りませんでした。シノさんのお母さんだったんですね。」


口には出さないが、女性にしては長身ですらっとしたしののめと、正直、でっぷりしたいかにもおばさん体型のかめざさ。言われるまで、親子だとは夢にも思っていなかった。


「まよいさん。ほんとのとこ、どうなんだい?この娘、ちゃんとやっているかい? 迷惑かけてるんじゃないのかい?」


「もう!ほんとにちゃんとやってるって言っているでしょ!」


しののめが顔を真っ赤にして反論する。

いつもは勝気な感じの女狸も、母親にかかってはかたなしらしい。


「そんなの、信じられるわけないだろ? まよいさん、この娘ったら、昔は金長のあとをくっついて、悪さばっかりでね。手がつけられないバカ娘だったんだよ。」


「バカってなによ。バカって。」


「それで、金長が落ち着いてから、この娘もちょっとはマシになるかと思ってたけど、ろくに家の手伝いもしないで遊びまわって。やっと仕事する気になったとおもったら、こっちの牧場で働く、なんて言うんだよ。もう、心配でねぇ。ホントに迷惑かけていないかい?」


「え。ええ。よくやってくれていると思いますよ。」


真宵も、ずっと一緒に働いているわけでなく、週末に何度か牧場を訪れただけだが、五人とも仕事はちゃんとやっているように見受けられた。牧場主の件とも、うまくやっているようである。


「ほんとに?それだといいんだけどねえ。・・・この娘がねえ。」

どうしても信じきれない、と言うように、かめざさは、疑いの視線を娘に向ける。


「ちゃんとやっているわよ! ああ、もう!ホントは食後に食べさせようと思っていたんだけど、いいわ。ちょうど、まよいさんもいるし。私がちゃんとやってるって証拠見せてあげる。」


しののめは、後ろに置いてあった包みを開ける。

中からだした入れ物の中には、真っ白なモコモコしたものが詰まっていた。


「ほら!これ、私たちが作ったのよ。」


誇らしげに見せるしののめに、かめざさは怪訝な顔をする。


「なんだい?これ。石鹸かい?」


プッ。と真宵が思わず吹き出してしまう。


「あ、ごめんなさい。しのさんたちに初めてそれを見せたとき、同じ事を言っていたのを思い出したものですから。」


どうやら、外見はあまり似ていなくても、やっぱり親子のようである。


「ふふ。そういえばそうでしたわね。」


しののめの後ろで、あさけのが笑った。


「おばさま。これは石鹸じゃなくって『リコッタチーズ』っていうんですよ。牛乳からつくるんです。美味しいんですよ。食べてみてください。」


「これ、食べ物なのかい?」


初めて見る『チーズ』というものに、かめざさは、どうしても不穏な気持ちをぬぐえないようだった。


「あ。私も味見させてもらっていいですか?」


誰も、手を出そうとしないので、真宵が名乗りを上げた。

少しだけ匙ですくうと、ぺロリと口に入れる。


「・・・うん。いいお味ですよ。美味しい!」


「でしょう!」

「ふふ。朝から頑張って作ってきた甲斐がありましたわ。」


『リコッタチーズ』は賞味期限が短い。

つまり、味が落ちるのが早く、出来立てが美味しいのだ。

しののめとあさけのは、それに気が付いて、わざわざ、今朝、新しいチーズを作ってきたのだろう。


真宵が食べたことで少し安心したのか、かめざさや他の狸たちも恐る恐るチーズに手を伸ばす。


「あら。意外とおいしい。」


「あ、ほんのり甘いね。」


「うん。美味いよ。俺、好きかも。」


絶賛とまではいかないものの、評判はなかなかだ。

食べなれない食材なわりには、上々といえる。


「ふふ。どう?これ、私とけので作っているのよ。」


「へえ。これをあんたたちがねえ。」


かめざさは、不思議な食感とふんわりした味に、もう一度、匙を伸ばす。


「そのままでもいけますけど、蜂蜜をかけると、もっと美味しくなるんですのよ。」


「果物と一緒に食べてもおいしいのよね。」


騒ぎを聞きつけ、どんどん狸妖怪たちが集まってくる。


「まだ、売り物にはなってないけど、そのうち、バンバン売り出すつもりよ。」


「でも、アンタ、こっちには牛酪を作る仕事をしに行くって言ってなかったかい?」


「え?それは、そうだけど・・・。」


「そっちは、もうやめちゃったのかい?」


「ち、違うわよ。牛酪をつくってると、このチーズもできるの! つまり、牛酪を作るときに乳清ってのができてね。それを、えーと、なんだっけ? もう!とにかく、牛酪も作っているし、チーズも作っているの!ちゃんと仕事してるんだから、ゴチャゴチャ言わないでよ!」

しののめは、唇を尖らせた。



「ふふ。それに、この『リコッタチーズ』って美容にすっごいいいんですのよ。」


「え?それほんと?」


あさけのが言った言葉に、まわりの女狸が食いつく。

男狸を押しのけ、しののめとあさけののまわりに集まってくる。


「ほんとなの?けのちゃん。」


「ええ。ほんとですわ。食べるだけできれいになる魔法の食べ物ですのよ。ね、まよいさん。」


「え?ははは。」


どうやら、あさけのはリコッタチーズの美容効果を誤解しているようだ。

美容のよいのは事実なのだろうが、そこまでの劇的な効果はあるとは思えない。


「そう言えば、あさけの、ちょっときれいになったかも。」


「うん。お肌が前よりきれいよね。」


女狸が口々に言う。


「でしょう。牧場仕事で日焼けが怖かったんですけど、全然気にならないんです。これってきっと『リコッタチーズ』のおかげですわ。」



「しのちゃんも、お腹のあたり、ちょっとひっこんだんじゃない?」


「うん。前より痩せたわよね。スタイルよくなってるわ。」


「え?そ、そうかな? たしかに最近、ちょっと、くびれができてきたかも。胸も前よりおっきくなった気もするし。」


「ええー!うらやましいーーーー!!」


女狸たちは、皆、その、きれいになる魔法の食べ物『リコッタチーズ』の恩恵に与かろうと、群がっていく。


そんな、しの達を、かめざさは複雑そうな表情で見ていた。


「どうかしました?かめざささん。」


「ん?いやねえ、実はね、もし、こっちで仕事がうまく行ってないんだったら、『久万郷』に帰ってきなさい、って言うつもりだったんだよ。」


「あら。」


「でもねえ。あんなふうに楽しそうに仕事を頑張ってるんじゃあ、それも言えないわねって、思ってね。」


帰ってきなさい。は、帰ってきて欲しい。の裏返しなのかもしれない。


「だめだねえ。親はいつになっても、子供離れできなくて。ついつい心配しちゃうんだよね。こんな遠くで、なにか困ってやしないか。危ないことしてやしないかってね。もう、いい年なのにね。」


かめざさは、ちょっと寂しそうに笑顔を作る。



(親はいつになっても、子供が心配・・・か。)


真宵は自分の母親の顔を思い浮かべる。

真宵の母も、なにかにつけて、真宵のことにあれこれ口出しする。

あれも、やはり心配する親心なのだろう。


(私も人間界に戻ったら、電話しなきゃね。)


思えば、もう、一ヶ月も母の声を聞いていなかった。


(来週には人間界へと戻るからね。)


現在、違う世界で生活している母親に、心の中で呟いた。





読んでいただいたかたありがとうございます。

次回も狸妖怪のおはなしです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ