188 感謝感謝の芋煮会8 秘密の鍋
ご招待妖怪紹介
『波山』
派手ないでたちの鳥妖怪。
養鶏を営んでおり、店に玉子や鶏肉を持ってきてくれる。
妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。
突然見舞われた、人間界に帰れないというトラブルも何とか切り抜けた。
来週はもう十一月。
神無月の影響から抜ける。
つまり、この週末が、真宵が妖異界で逗留する最後の週末ということになる。
そのため、今日は世話になった妖怪を招いて『芋煮会』を催している。
広場ではすでに『芋煮会』が始まっており、狸妖怪や他の妖怪たちが、あちこち動き回りながら、それぞれ違う味の芋煮に舌鼓を打っていた。
しかし、真宵たちが管理する二つの鍋だけが、まだ蓋も開けられておらず、誰の口にも入っていない。
「それじゃあ、そろそろ、いってみますか。」
「ああ。」
「準備万端です。」
真宵、右近、金長の三人は、顔を見合わせ、タイミングを合わせると、一、二、三で鍋の蓋を取った。
とたんに辺りに不思議な香りが漂う。
鼻のいい狸たちは、一斉に鍋のほうへと視線を向けた。
「《カフェまよい》の特製芋煮はいかがですかー。」
真宵が大きな声で、呼び込む。
すると、ざわざわと妖怪たち集まってきた。
「なんだ?この匂い。」
「初めて嗅ぐぞ。」
「食べ物の匂いなの?」
「でも、いい匂いだわ。」
誰も知らない匂いに、狸妖怪たちは騒然となる。
しかし、ひとりだけ、その匂いに心当たりのあるものがいた。
「そ、そ、そのにおいはぁぁぁぁぁ!!」
歌舞伎役者のような隈取をした派手な衣装を身に纏った妖怪『波山』である。
「ま、まさか、『カレー』なのか?!!!」
「ふふ、さすがですね。波山さん。この芋煮はカレー風味なんですよ。」
企画段階でいろいろ芋煮を考えているときに、なにかひとつくらいちょっと変わったものも用意したいと思い、考え付いたのがこの『カレー風味芋煮』である。
以前、芋煮の残りで、シメにカレーうどんを作るのが流行っていると、なにかで聞いた。
それなら、芋煮ごとカレー風味にしても問題ないだろうと、作られたのがこの鍋である。
これなら大きな鍋ふたつ分作ったので、たくさんの妖怪が食べられるはずだ。
「て、店主殿。ぜひ、一杯いただきたい。」
波山が、椀を差し出す。
「はい。あ、でも、あくまでカレー風味なんで、カレーほど辛くもないし刺激も控えめですよ。」
カレーのようにライスにかけたり、ナンと一緒に食べるわけではないので、あくまで芋煮にカレーの風味を付けた程度だ。
少しはピリっとするが、波山の求めている劇辛料理とはかなり違うと思われる。
「かまわぬ!ああ。この鼻腔をくすぐるカレーの香り。まさか、この『芋煮会』で味わえるとは思っていなかった。」
「はい。落ち着いて食べてくださいね。」
真宵は椀に芋煮をよそい、波山に渡す。
「お、おい。俺にもそれ、食わせてくれ。」
「俺もだ。よくわからんが食ってみたい。」
「私も、ちょっと試してみたいわ。」
波山の様子を見て触発されたのか、知らない匂いに戸惑っていた狸妖怪たちも一気に押し寄せた。
「はい。順番に並んでくださいねー。まだ、たくさんありますから、だいじょうぶですよー。」
真宵たちは並んだ妖怪たちに、順番に芋煮をよそっていく。
「おおおお!!このピリっとした辛さ!香り!刺激!確かにカレーだ! たしかにカレーよりは優しい味だがたしかにカレーだぞおおおお!!」
芋煮を食べた波山が、口から勢いよく炎を放射する。
「うわあああぁぁ。こいつ、火を噴いたぞ。」
「やばい!だれか、水!水!水もってこい!」
「あいつ、なにもんだ?!」
波山の炎を見た狸妖怪たちが騒ぎ、一時騒然となった。
「みなさーん。だいじょうぶですよー。波山さんの炎は熱くもないし、燃え移りもしませんからねー。」
妖怪相手に人間である真宵が妖怪の説明をするという、よくわからないやり方で事態はすぐに沈静した。
「なんだ。あいつが波山か。」
「そういや、派手ななりだな。」
「もう、びっくりさせないでよ。」
顔は知らなくとも、名前くらいは知っていたようである。
意外と有名なのかもしれない。
特にあの外見だ。
一度見たものは、もう忘れないだろう。
どんどん芋煮を配っていくうちに、先程の芋煮をたいらげた波山がまた寄ってきた。
「て、店主殿。できれば、もう一杯いただきたいのだが・・・。」
波山が真剣な顔で、真宵に詰め寄る。
「え、えーと。できれば、いろんな味を試していただく企画なんですが・・。」
もちろん、同じ鍋を二度食べてはいけないなどというルールはないのだが、できれば、いろいろ試してもらいたい。
そのために、わざわざいろいろと味を変えた鍋を用意したのだ。
「そうか・・・。そうだな。我侭を言うものではないな。申し訳ない。」
波山はガックリと肩を落とす。
相当、ショックだったようだ。
「あ、じゃあ、隣の右近さんの方の鍋はどうですか? 同じカレー風味ですけど、右近さんの方は鶏肉なんですよ。」
他の内容はほとんど変わらないはずだが、真宵が配っている牛肉がはいったものとは、ちょっと違う味が楽しめるはずだ。
「それも、波山さんのところの鶏肉ですよ。」
それを聞いて、波山は瞳を輝かせる。
「おお! 私のところの鶏肉か!それは、ぜひ味見せねばなるまい! 右近、私にもそちらの芋煮を食わせてくれ!」
今度は右近のところへ突撃する。
しかし、右近の鍋にもすでに行列ができており、並んでいた妖怪たちからクレームが入る。
「おいおい。こっちは並んでるんだぜ。横はいりはナシだろ。」
「あ、ああ。これはすまぬ、私としたことが、無作法なことをしてしまった。申し訳ない。きちんと並ぶとしよう。」
そう言いながら、列の一番最後尾に並ぶ。
すると、最後に並んでいた狸が、波山に声をかけてきた。
「なあ。その『かれー』てのは、そんなにうまいのかい?」
波山は胸を張って断言した。
「うまい!」
さらに続ける。
「人間界の、さらに異国の料理らしい。聞いたことも嗅いだことも食ったこともない香辛料がたっぷり使われていて、ここでしか食えない料理だ。カレーそのものではないにしろ、あの味を味わえるとは、そなたも幸運だな。」
波山の語りに、狸妖怪はゴクリと唾を飲み込んだ。
「そ、そりゃあ、楽しみだ。並んだ甲斐があるってもんだ。」
並んでいる妖怪たちに芋煮を配り、鍋の中が半分くらいになったあたりで、真宵が隣で手伝っていた金長に、おたまを渡す。
「金長さん、ちょっと、ここを頼んでもいいですか?」
「ああ。それはもちろん。どこかいかれるのですか?」
おたまを受け取りながら、金長が尋ねる。
「ええ。なくなっちゃう前に、座敷わらしちゃんと小豆あらいちゃんに、この芋煮を持って行ってあげようと思って。ふたりとも、広場に出て食べましょうって言ったんだけど遠慮するって出て来ないのよ。」
「なるほど。わかりました。」
「小豆あらいちゃんもそうだけど、座敷わらしちゃんも、出てこないのよね。やっぱり、『芋煮会』のことまだ反対なのかしら?」
真宵が言うと、隣の鍋をよそっていた右近が声をかける。
「いや。それは違うと思うぞ。」
「右近さん、何か知ってるんですか?」
「いや。本人から聞いたわけじゃないがな。ふたりは座敷わらしと小豆あらいだろう?」
「え?」
真宵には、右近の言いたいことが解らなかった。
「座敷わらしは『座敷』に棲む妖怪。あまり、外には出ないんだ。小豆あらいも姿を現さず、音だけで驚かせる妖怪だからな。人前に出て仕事したりするのは性に合わないんだろう。」
「え?そうゆうことなんですか?」
いまさら知らされる事実に驚いていた。
言われてみれば、小豆あらいはあれほど仕事熱心なのに、厨房からはほとんど出ない。
洗い物や裏でお茶を煎れたりする仕事ばかりしたがっている。
座敷わらしも、店内の接客がメインで、テラス席にはめったに顔を見せない。頼んだときや必要最低限のときだけで済ませている。前の祭りのときや餅つき大会のときも、外にはほとんど出ないで、店内で仕事をしていた。
(逆に、なんで気が付かなかったのかしら・・。)
半年以上、一緒に仕事をしていたのに、まったく気が付かなかった。
迂闊である。
「妖怪さんていろいろあるんですねえ。」
今日だけでも、案山子神が畑を離れられなかったり、オシラサマが肉を食べなかったりといろいろ聞いた。
妖怪にもいろいろ縛りがあるのらしい。
「まあ、妖怪にもよるがな。」
右近は、そう言ってチラッと波山の方を見る。
「え?どうゆう意味ですか?」
意味が解らなかった真宵に、金長が耳打ちする。
「波山殿は別名『婆娑婆娑』といい、姿を現さずその羽音でひとを驚かせる妖怪です。」
それは、小豆あらいとまったく同じだ。
しかし・・・。
「おおおおお!!キタキタキタ! この辛さ!この香り!この刺激!私の鶏肉と合わさってなお美味い! すばらしいぞおおお!!!」
空に向かって火炎放射のように炎を吹き上げる。
その姿と炎に、まるで大道芸のようにひとだかりができていた。
姿を現さない妖怪のはずであるのに。
「まあ。人間もそれぞれ。妖怪もそれぞれってことだな。」
右近の一言に、ものすごい説得力を感じる真宵だった。
読んでいただいたかたありがとうございます。
カレー鍋。けっこう好きです。
おなべのおいしい季節になりましたねー。




