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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第七章 神無月
184/286

184 感謝感謝の芋煮会4 小噺 山童

ご招待妖怪紹介

山童やまわろ

『遠野』の山に棲む少年妖怪。

店には山菜や木の実、茸などを持ち込んで商売している。




妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

突然見舞われた、人間界に帰れないというトラブルも何とか切り抜けた。

来週はもう十一月。

神無月の影響から抜ける。

つまり、この週末が、真宵が妖異界で逗留する最後の週末ということになる。

そのため、今日は世話になった妖怪を招いて『芋煮会』を催している。




《カフェまよい》の前の広場で、大勢の狸妖怪が、釜戸を組み『芋煮』を作っていた。

鍋がグツグツと煮立ち、あたりにいい匂いが漂いはじめる頃、他の招待客も続々と来店していた。



「こんにちは。まよいさん。今日はご招待ありがとうございます。」


やってきたのは、まだ十代前半の少年の姿をした妖怪『山童やまわろ』だ。


「あら。山童くん。こんにちは。来てくれてうれしいわ。もう少しで出来上がるはずだから、もうちょっと待っていてね。」


店主である真宵が笑顔で迎える。


「あ。オシラサマから伝言を預かっていたんでした。「せっかく招待してもらったのにお受けできなくて申し訳ない。」とのことです。」


「あら。こっちこそ、申し訳ないわ。気を使わせてしまって。」


『オシラサマ』は、この地域『遠野』の古参妖怪で、桑の木の妖怪である。

特に、この辺りの山や森に棲む妖怪からは尊敬を集めているらしい。

《カフェまよい》にも、なにかと協力してくれて、材木や薪、燻製用の木屑など、樹木関係ではなにかと世話になっている。

そのため、今日も招待したのだが、真宵はひとつ大きなことを見落としていた。


「いいんですよ。オシラサマが肉を食べないのは、ただの偏食なんですから。」


『オシラサマ』に肉を供え物してはならない。

これは、昔からの言い伝えである。

『オシラサマ』は桑の木の妖怪であり、養蚕の守護者であり、道に迷った人間に進む方向を教えてくれるという。

そのため古くから人間に崇められてきた。

ただ、鳥でも牛でも獣肉を供えると祟られ、呪いで顔が歪むと言われている。

以前に座敷わらしからも聞かされていたのだが、すっかり忘れてしまっていた。


真宵からしてみると、あのヒョロヒョロと背の高い、いつもニコニコした優しい老人が、人間を祟るところなど、とても想像できないのだが、事実、そうらしいいのだ。


「お肉が食べられないんじゃ、『芋煮会』なんて呼ばれても迷惑よね。逆に失礼な招待をしちゃったわ。」


芋煮は肉も野菜も全部ごっちゃにして煮込む料理だ。

芋にも野菜にも、しっかり肉のうまみが染み込んでいる。

オシラサマが忌避するのが、肉そのものなのか、肉の味なのか、それとも宗教的ななにかなのかはわからないが、喜んで食べる料理だとは思えない。


「まよいさんがそんなに気に病むことじゃないですよ。老人の我侭なんだから、放っておけばいいんです。」


山童がそっけなく言った。

こういったところは山童はドライである。


「あ。それと、この前、お邪魔したときに食べた、『銀杏の炊き込みご飯』がいたく気に入ったそうです。また、作るのであれば、ぜひ、教えて欲しいそうですよ。」


「あら。そう。それはよかったわ。銀杏はまだたくさんあるの。ぜひ、また食べていただきたいわ。」


真宵はうれしそうに言った。

この間、久しぶりにオシラサマが来店したときに、『銀杏の炊き込みご飯』を出したら、何度もおかわりし、さらにおにぎりにして、テイクアウトまでしていた。

気に入ってくれたようだとは思っていたが、そこまでだとは思っていなかった。


「あの方、木の実とか種とか、そうゆうの好きなんですよね。まあ、歯は丈夫そうなんでなによりなんですけど。」


肉がダメなら、植物系に偏るのは当然だろう。

しかし、樹の妖怪が、木の実や種が大好物というのは、若干、共食いっぽくもあるのだが、どうやら気にならないらしい。


「・・・あの、それより、ちょっと質問してもいいですか?」


山童が少し声を潜めて聞いた。


「はい。なんですか?」


「今日はまた、ずいぶんたくさんお客を招いてますよね? 狸妖怪ばっかりですけど。」


山童が広場を見渡す。

狸妖怪がわんさかいて、鍋の用意に勤しんでいた。


「ええ。狸妖怪さんだけで、百人も来てるんですよ。」

真宵がのんきに言った。


「・・・失礼ですけど、お金のほうはどうなっているんです? 夏祭りのときも一銭もお金をとらなかったんですよね? まさか、今回もですか?」


いきなり、お金の話がでてきて、真宵はちょっと驚いた。


「え、ええ。お金はもらっていませんけど、鍋の材料のほとんどは狸妖怪さんに持参してもらったんですよ。お芋とか野菜とか茸とか。うちでも多少は用意しましたけど。」


全体の割合にすると、たいしたものではない。

さすがに百人分の食材を全て店で持つのは負担が大きい。


「店が全部用意したのは、お出汁とお肉くらいですよ。」


その言葉に反応して、山童の表情がきつくなる。


「お肉って百人分のお肉、全部、店が無料で提供してるんですか?」


「え?ええ。あ、でも、今日、くだんさんが牛肉を持ってきてくれましたし、まるまる全部ってわけじゃ・・・。」


「それでも、ほとんどはお店でもっているんでしょう?」


「え、ええ。」


なんとなく語気に熱が入る山童に、ちょっと真宵は気圧されていた。


はあ。

山童は大きくため息をつく。


「まよいさん。部外者のボクが、あまりお店のことに口出しするのはどうかと思うんでうすけど・・・。」


「は、はい。」


「まよいさん。ちょっと、経営者として金勘定が杜撰すぎる気がするんですよね!」


「え?ええ?」


いきなりズバッと、すごいことを言われてしまった。


「夏祭りのときもそうでしたけど、いくらなんでも気前よく振舞いすぎじゃないんですか?」


「そ、そうですかね・・・。」


ちょっと、心当たりがあるだけに反論できない。


「八月とか、お盆休みもあったでしょう? ちゃんと利益は出たんですか?」


「は、はは。それは、ちょっと・・。」


痛いところを突かれた。

八月はけっこう赤字をだしていた。

休みもあったし、開店来のトータルで考えれば、黒字経営なのは間違いないし、まあいいやと流していたのだ。

まさか、ここに来て、少年妖怪に指摘されるとは思っていなかった。


「お店のお菓子や料理も、けっこう安い値段で出してるし。普段の経営のほうは大丈夫なんでしょうね?」


「あ、はい。それはなんとか。」


なんと言っても、『迷い家』が家賃も高熱費も無料にしてくれているので、従業員の給料と食材費さえ出れば、あとは基本的に黒字なのだ。

客の数も順調なので、そこはさほど問題にはならない。


「だったらいいんですけど、しっかりしてくださいよね。ボクは部外者ですけど、《カフェまよい》のおかげで商売できてるんです。店が潰れたら、ボクだって困るんですから。」


「は、はあ。肝に銘じます。」


なぜか、外見ではずいぶん年下の少年相手に、教師と生徒のようにダメだしをくらっていた。

しかも、年上の真宵が生徒役なのが、また物悲しい。


「ボク、人間なのに別世界で商売を始めて成功してる真宵さんを尊敬してるんですからね。商売がうまくいかないならまだしも、余計な散財で店を潰すなんてことにだけはならないようにしてくださいよ。」


山童が瞳をキラキラ輝かせる。

どうやら、知らないうちに、この商売好きな少年妖怪に尊敬されていたらしい。


「ははは・・。そうね。お店は潰さないように、私も頑張るわ・・・。」


真宵はちょっと複雑な気分のまま、笑顔をつくって応えた。



読んでいただいた方ありがとうございます。

芋煮会編つづきでございます。

ここから数回、短い話が続きますので、よろしくお願いします。

明日更新予定です。


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