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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第七章 神無月
181/286

181 感謝感謝の芋煮会1 狸さま一行、御到着。 

ご招待妖怪紹介

『狸妖怪』

『隠神刑部』を頂点とする狸の妖怪たち。

『久万郷』を棲処にしており、その数、八百八狸。その家族をいれるとゆうに千を超える大所帯の大勢力である。

今回の『芋煮会』には百人が招待されている。



妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

突然見舞われた、人間界に帰れないというトラブルも何とか切り抜けた。

来週はもう十一月。

神無月の影響から抜ける。

つまり、この週末が、真宵が妖異界で逗留する最後の週末ということになる。

そのため、真宵はある催し物を企画していた。




ゴォン。ゴォン。


《カフェまよい》のある『遠野』の山間に、重く低い轟音が響いていた。



「来たようですな。」


従業員である狸妖怪金長が、店の前に立ち空を見上げる。


「き、来たって、あれですか?」


隣にいた店主である真宵は、空に浮かぶものを見て圧倒されている。


「ええ。『宝船』です。少々値は張りますが、大人数でも長距離でも運んでもらえるので便利です。」


「空、飛んでますよね?」


「ええ。それがなにか?」


「はは・・。」


真宵は笑ってごまかした。

考えれば、空飛ぶ牛車ぎっしゃの妖怪がいるのだ。

空飛ぶ船の妖怪がいたとて、不思議ではない。

しかし、店の建物よりはるかに大きい巨大船が、空に浮かんで向かってくるのを目の当たりにすると、驚かずにはいられない。


「『宝舟』はそう簡単に頼める妖怪ではないからな。さすがは隠神刑部いぬがみぎょうぶ殿、と言ったところか。」


隣でいた烏天狗の右近も感心していた。


そうしているうちに、宝船はドスンとおおきな地響きをたてて地上に降り立った。

《カフェまよい》から、百メートルほど離れたところに鎮座した船は、まるでノアの箱舟のようである。


真宵、金長、右近の三人は、店の前で来客を出迎えようと待っていた。

相手は隠神刑部率いる狸妖怪御一行である。

そして、今日、催されるのは『芋煮会』である。





波乱続きだった神無月も終わりに近づいた頃、真宵は世話になった妖怪のために何か礼がしたいと言い出した。

山の幸を持ってきてくれた『山童やまわろ』。

イノシシを持ってきてくれた猿妖怪の『狒狒』と『猩猩』。

米を都合してくれた『泥田坊』と『案山子神』

野菜を都合してくれた『畑怨霊』。

牧場を経営している『くだん』。

そこで働くことになった若い狸妖怪たち。

その他、店の経営に協力してくれている妖怪たちを招いて、なにか食事会のようなものをできないかと考えていた。


平日は、店の営業があるため、そうはいかず、来月になれば、また週末は人間界に戻ることになるので、やるなら、この週末だと思い立った。

そこにのっかってきたのが、狸妖怪の金長だ。

以前、耳にした『芋煮会』なる催し物に、いたく興味を抱いており、ぜひ、この機会に開催してほしいと願い出た。

真宵はいい考えだと賛成したが、反対したものもいる。

座敷わらしだ。

座敷わらしは以前より、真宵が外出したり野外でなにかやることに遺憾の意を表していた。

人間である真宵が、『迷いマヨイガ』であるこの建物を出るのは危険。

すべては真宵の身を案じてではあるが、多少過保護になりすぎている感は否めない。


「ならば、『久万郷』の狸妖怪を招待してはいただけないでしょうか?」


金長は『久万郷』という狸妖怪の里から、この店に働きに来ている。


「隠神刑部さまに来ていただければ、誰も手出しなどできないかと存じます。」


真宵にはピンとこなかったが、狸妖怪のトップである隠神刑部という妖怪は、ものすごい偉い妖怪であるらしい。

この世界の三大勢力の組織の長。さらに個人としても、五指にはいる大妖怪とのことだ。

しかし、組織も勢力も妖力も解らない真宵が見ると、気のいい中小企業の社長さんのような雰囲気なのだ。

この前の夏祭りでも、一日中、腹太鼓を叩いて、踊りまくっていた。

陽気で楽しい親戚のおじさんみたいに思っているのだが、どうやら、この世界での評価はまったく違うものらしい。


それでも座敷わらしは難色を示した。

食事会から、野外での催し物。さらには、狸妖怪の大物まで迎え入れると、だんだん話が大きくなっていくことも、反対の理由のひとつだった。

しかし、結局は真宵と金長の熱意に負けて、渋々、許可することとなった。


「今月は、わしと迷い家の不手際もあるゆえ、大目に見るが、あまり世話をかけさせてくれるな。人間は妖怪と違い、簡単に命を落とすし、一度、失った命はどう足掻いても還ってはこぬ。あとで、後悔しても遅いのだからな。」


座敷わらしの言葉はチクリと胸に刺さったが、安全な店の中だけで籠の鳥のような生活をするのは、やはり嫌だった。

自由気ままにやらせてくれとは言わないが、せめて、店の周りでなにかやるくらいのことは認めてほしいというのが真宵の本音だった。


そうして多少の問答はあったものの、早急に金長に手紙を書いてもらい、なんとか今日の開催にこぎつけたのだ。




「おお。真宵殿。久しぶりだな。夏以来か。」


空飛ぶ『宝船』から最初に降りてきたのは隠神刑部だった。

恰幅のいい中年男性の姿で、七福神の布袋さんのような腹と大きなタレ目をしている。

なんとなく縁起のよさそうな狸妖怪だ。


「おひさしぶりです。隠神刑部様。遠いところわざわざありがとうございます。」


「ハッハ。なにせ、未来の『久万郷』の食を左右する催し物じゃから、ぜひ来てくれと、金長から手紙が来たのでな。」


「ええ?金長さん、そんなこと書いたんですか?ただの『芋煮会』ですよ。」


隠神刑部をはじめとする狸妖怪を招待する手紙を、金長に頼んだのだが、内容までは確認しなかった。

まさか、そんな大げさなことを書いていたとは夢にも思わなかった。


「もちろんです。この催しが成功すれば『久万郷』でも芋煮が作れるようになります。隠神刑部様。手紙でお願いしたとおり、台所仕事が得意なものを連れてきていただけたでしょうな?」


「ほっほ。もちろんだ。しかし、本当によかったのか?手紙に百人位までなら連れてきてよいと書いてあったので、本当に百人連れてきたぞ。」


それには、真宵が答えた。


「ええ。それで、お願いしていたものは持っていただけました?」


「ああ。鍋やら椀や箸は持参した。あと、里芋や人参やら鍋や煮物に使えそうな野菜もな。しかし、それだけでよかったのか?」


「ありがとうございます。それなら、大丈夫です。いろいろお手伝いしていただくことになりますけど、よろしくお願いしますね。」


『芋煮会』は大人数で楽しむ行事だ。

限度はあるが、たくさん来てもらったほうが盛り上がる。

ただ、鍋や食器類は店には数がないので持参してもらった。

里芋や野菜類は『久万郷』でもたくさん採れると聞いたので、持ってきてもらった。

『遠野』のものと味の違いがあるのか、比べるのが楽しみだ。



「金長さま!」


突然、後ろからひとりの女狸が飛び出してきた。


「小女郎殿?」


髪を後ろでポニーテールのように垂らした女狸は、勢いそのままに金長に抱きつく。


「お逢いしとうございました。」


「むう。小女郎。まだ、わしが話しておるんだがのう。」

隠神刑部は、呆れたように言う。


「こ、こちらの女性は金長さんのお知り合いですか?」


真宵が聞いた。

『久万郷』は金長の故郷なので、知り合いがいるのは当たり前だが、いきなり抱きつく女性となると、ただの知り合いという感じではない。


「ああ。それがしの・・・、なんとゆうか、元許婚もといいなずけです。」


「い、許婚ですか?」


「ちょっとお待ちください!元とはどうゆうことですの? 金長様。私との婚約は解消したとでも言うのですか?」


なにやら、不穏な雰囲気である。

しかも、ちょっと既視感を覚える。

前にも右近の婚約者だか元婚約者だかと名乗る女性が現れたことがある。

結局は思い違いがあったようで、今では和解?して、常連のひとりとなっているが、最初はけっこうな剣幕で乗り込んできた。

金長も、この女性とそうゆうことなのだろうか。


「いや。某は、こちらに料理修行に来て、いつ『久万郷』に戻れるか解らぬ身。すでに、婚約は解消されたものだと思っておりますが・・・。」


「なにを言うのです。小女郎はずっとお待ち申しておりました。これからも、待つつもりです。金長様が一人前の料理人になって、戻ってこられる日を。」


「しかし、それは、いつになるかわかりませんぞ。一年後になるか、二年後になるか、それとももっと先か。」


「妖怪に年月など、どれほど意味がありましょう。小女郎は何十年でも、何百年でも待ち続けるつもりでおりました。それとも、金長様は、小女郎をお見捨てになるのですか?」


「小女郎殿・・・。」


困ったようにうつむく金長と、それをじっと見つめる小女郎。

真宵も右近もどうしていいかわからず、展開を見守るしかなかった。


「小女郎。いろいろ話はあるじゃろうが、後にせい。今日はこちらに招待してもらっておる身じゃ。おぬし一人のために来たのではないのだぞ。」


見かねた隠神刑部が諭す。

たしかに、宝船からはどんどん狸妖怪たちが降りてきており、ひとだかりができている。

百人も来ているのだ。あまり放っておくわけにもいかない。


「・・・はい。」


小女郎狸は、シュンとして、一歩下がった。


「ほ。すまんのう。話の腰を折って。それで、わしらはなにをすればいんじゃ?」


「えーと。そうですね。」



まず、狸妖怪には五、六人の班に分かれてもらった。

それで、各班、ひとり台所仕事の得意なものを残して、他は各自、鍋を置く釜戸を作ってもらうことにした。

この人数だと、鍋が二十個以上必要だ。

《カフェまよい》の厨房ではとても間に合わない。


「各班、調理担当の方はこちらに集まってくださーい。」


集まってきた妖怪は女性が大半だった。

《カフェまよい》に働きに来ている妖怪が右近や金長、小豆あらいも男性だったので、気にしていなかったのだが、やはりこの世界でも台所仕事は女性がすることが多いようだ。


「で。あたしらはなにをすればいんだい?」


ひとりのちょっと太り気味のおばさん狸が尋ねる。


「はい。食材の下拵えをおねがいします。芋の皮を剥いて野菜を切ってもらえますか? サイズはこれくらいで。」


真宵はあらかじめ下拵えしておいた芋や野菜を見せた。


「ふぅーん。普通に切ればいいのかい?」


「ええ。なにも特別なことはなくていいです。大きさは揃えたほうが、味が均一になりますけど。あっ、包丁とかはご持参いただいてるんですよね?」


「ああ。ちゃんと持ってきたよ。調理道具も食材も。」


「よかった。うちのほうでも用意してますから、足りないようならおっしゃってください。あと、お肉は後で配りますから。」


「はいよ。肉はなんの肉をつかうんだい?」


「えーと。牛肉と猪肉と鶏肉を用意してます。」


「へえ。ずいぶん豪勢な料理なんだねぇ。三種類も肉を使うのかい?」

おばさん狸は目を丸くする。


「三種類って言っても、全部同じ鍋には入れないんですよ。それぞれ、別の味にしようとおもっています。」


「同じ料理をみんなで食べるんじゃないのかい?」


「ええと。全部『芋煮』っていう鍋料理なんですけど、鍋ごとに味を変える予定なんです。牛肉の鍋とか鶏肉の鍋とか、醤油味とか味噌味とか。いろんな組み合わせで、ちょっとずつ違う鍋をたくさん作るんですよ。」


「変なことするんだね。あれがいいこれがいいって喧嘩にならないかい?」


「ふふ。だから、みんないろんな鍋のところに行って、食べ歩くんですよ。作るときは便宜上、班を作ってもらいましたけど、食べるときは好きな場所に行って、好きな味を食べていいんですよ。もちろん、何種類でも。」


「へえ。おもしろいこと考えたもんだねえ。」

おばさん狸は感心した。

他の狸たちも興味が沸いてきたらしく、ざわついている。


「『芋煮会』っていうんです。もともとは、それぞれご家庭の味を持ち寄って、作ったりするんですよ。味付けも具材も自由ですからね。調理方法も鍋で煮るだけですし。」


「だからこそ、価値があると、某は思ってます!」


金長が割って入り力説する。


「『久万郷』にある食材でも作れ、調理方法も簡単。しかも、様々な味で楽しめる。大人数でも対応でき、むしろ、一度にたくさん作ったほうが味がよくなる。これは『久万郷』にもっとも必要な料理だと、某は確信しています!」


「へええ。」


「ふふ。金長さんはそう言うんですけど、あまり期待しすぎないでくださいね。そこまで特別な料理ではないですから。」

真宵は笑いながら言った。


「はは。まあ、あの金長が言うんだから、信じてみようかね。なんだか楽しそうな感じだし。」


「信じていただきたい。芋煮が『久万郷』に伝われば、きっと大きな力になります。そして、いつか『久万郷』でも『芋煮会』を開けるようにしていただきたい。」


あくまで真面目に大仰に金長は訴える。

どうやら、この『芋煮会』には並々ならぬ熱意で挑んでいるらしい。


「ああ。せっかくだし、いろいろ勉強させてもらうよ。じゃあ、さっそく仕事にとりかかろうかい。まずは芋と野菜だったね。さあ、みんな仕事にかかるよ!」


おばさん狸が声をかけると、他の狸も一斉に声を上げた。



「あ。野菜を洗ったりするのに水が必要な場合は、こちらを使ってください。」


真宵が少し離れた場所に置いてある水瓶を指差す。

瓶の上には、少し透けた半透明の小さな少女が座っていた。

『沢女』だ。

いつもは厨房にいて、きれいな水を供給してくれているが、今日はこちらに来てもらった。

店の厨房のほうは、今日はお客を入れていないのでなんとかなる。


「ああ・・・。」


おばさん狸はなにやら、戸惑った顔をする。


「ねえ。難癖つけるつもりはないんだけど、この人数が準備するのに、あれっぽっちの水じゃあ足りないんじゃないのかい?よかったら、男衆に言って、川かどっかから汲んでこさせるよ?」


「え?ああ。だいじょうぶなんですよ。」


真宵は女狸たちを、沢女の水瓶のほうへ誘導する。


「沢女ちゃんがいると、お水はどんなに使っても減らないんです。それに、いつもきれいで冷たいんですよ。」


「へえ。そうなのかい。」


どうやら沢女のことは知らなかった狸たちは、珍しそうに瓶の上の沢女を見る。


「便利な妖怪もいたもんだねえ。」


「うちにもひとり欲しいよ。毎日、水汲みするのが面倒なことったら。」


「ほんとにねえ。」


「ねえ。アンタ、今日の仕事が終わったら、ここ辞めてウチに来ないかい?」


「ええ?」


いきなりの狸の提案に、真宵は仰天した。


「ちょ、ちょっと。ダメですよ。沢女ちゃんに辞められたらウチが困ります!」


夏にほんの数日、沢女が休みを取っただけで、店はてんてこまいだったのだ。

沢女はこの店のインフラの要だ。

辞められでもしたら、下手すると店が立ち行かなくなる。


「ふふ。冗談だよ。沢女ちゃんて言ったかい?今日はよろしくね。」


沢女は言葉は返さず、いつものように微笑んで手を振った。


そうして、狸妖怪たちはそれぞれの持ち場に行き、仕事に取り掛かった。

普段から台所仕事に慣れているせいか、手際はとてもいい。

仕事はスムーズに進んでいた。


「もし、なにかわからないことがあったら、私か金長さんか右近さんに聞いてくださいねー。」


もともと芋煮はそんな複雑な行程が必要な料理ではない。

おそらく大きな問題はないと思われる。


「じゃあ、私たちも仕事にかかりますか。」


真宵の言葉に、金長と右近は頷いた。







読んでいたただいた方ありがとうございます。

芋煮会編でございます。

以前の夏祭り編を反省して、参加する妖怪をしぼって五話位で終わらすつもりでしたが、短いのもあわせて十一話続くことになってしまいました^^;

どうかお見捨てなきようおつきあいください。


チョット前に、ニュースで日本一の芋煮会の催し物をやっているのを見て、ああ、このタイミングにあわせたかったなあ。などと思ったりもしましたが、後の祭りでした。



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