179 美味しい野菜と美味しい料理
《カフェまよい》従業員紹介
『つらら鬼』
冷蔵庫の中で氷を管理している小さな鬼たち。
ずっと狭い空間に閉じ込められているが、本人達は満足しているらしい。
適度な冷気さえあれば生きていけるが、たまに差し入れされる饅頭や菓子は大好物。
妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。
神無月の影響で、食材の確保が困難になり、混乱をきたすかにおもわれたが、妖怪たちの協力により、とりあえずの解決に至った。
ただ、通常営業には支障なくなったものの、完全に不自由なく過不足なくとまではいかないようで、ここにきて野菜が不足気味だ。
野菜を作っている『畑怨霊』という妖怪のところを訪ねてきたが、売り言葉と買い言葉で、料理対決の運びとなった。
「じゃあ、この辺に敷いてもらえますか。」
「おっけー。」
「わかったよ。」
畑の近くの平らな地面に、案山子神と片車輪がゴザを広げる。
片車輪は、待たせるのが申し訳ないと、帰ってもかまわないと伝えたのだが、事の次第を知って、帰るどころか手伝ってくれている。
気風のいいおっかさん妖怪は頼りになる。
「こんな感じでいいのかい?」
「ええ。ありがとうございます。」
この後、真宵が作った料理の試食会が行われる予定なのだが、畑怨霊の家はあまり使っていないらしく、埃がかぶっていて、少々衛生的によくなさそうなので、ピクニック形式にした。
土から上半身だけしか出られない『泥田坊』もいるので、ちょうどいいだろう。
「じゃあ、用意してきますから、みなさん、こちらで待っていてくださいね。」
そう言って真宵は、台所を借りている家のほうへ走っていく。
現在、この場にいるのは、片車輪と泥田坊、案山子神。それに不機嫌そうな顔の畑怨霊である。
片車輪と案山子神がゴザの上に座ると、畑怨霊も面倒くさそうに座る。
泥田坊だけはすぐ横で、いつものように上半身だけ地中から出していた。
あと、台所では戻ってきた右近が、真宵を手伝っているはずだ。
「ふん。泥田坊や案山子神だけがと思っていだら、片車輪までが。いっだい、なんで、あんな人間の娘っこに肩入れすんだが。」
陰気な顔で畑怨霊が吐き捨てる。
「あら。まよいちゃんはいい娘よ。素直だし、気立てもいいし、お料理もうまいし。できるんなら、アタシの娘にしたいくらいだよ。人間だろうと妖怪だろうと、しみったれた根性のアンタなんかより、よっぽど仲良くしたいねぇ。」
片車輪が容赦ない物言いで、切り捨てる。
「ふん。料理ったって、どうぜ、大事な食材をごちゃごちゃこねくりまわしだ、ろくでもねえもんだろうが。そんなもん、ありがたがる気がしれねえ。」
「あんたねえ。そうゆうのは食べてから言うもんだよ?なんで、そんなにひねくれちゃったかねえ。」
「畑怨霊はそんな悪いやつでも、ねえんだど。たしかに、ちょっと、ひねくれもんではあるだども・・・。」
泥田坊がかばうが、畑怨霊は相変わらず不機嫌そうな顔で、そっぽを向いた。
そうこうしているうちに、真宵が戻ってきた。
手に持った盆に皿がふたつのっている。
「おまたせしました。まずは、これを食べてみてください。」
皆が座っている真ん中に皿をひとつ置く。
皿には緑色の葉野菜の炒め物がのっていた。
「なんだが、これは。」
「ただのほうれん草の炒め物ですよ。」
ニッコリと真宵が微笑む。
「なんだが?これが、おめえの言う料理だが?俺がいつも食ってるのとかわらんが!」
畑怨霊が馬鹿にしたように嘲る。
しかし、真宵は気にせず答えた。
「ええ。畑怨霊さんが、さっき、茹でただけ、塩を振っただけでいいって言っていたんで、そんな感じのものを作ってみました。」
「なんだが?結局、俺のほうが正しかったって言いたいだが?」
「まあ、それは、食べてみて判断してください。ほかの皆さんも食べてみてくださいね。」
すると、そこにいる全員が箸を持って、ほうれん草の味見をする。
「うん。おいしいよ。」
「そうだね。塩味の塩梅がよくってうまいね。」
「ふん。俺のどごのほうれん草だ。うまいに決まってるが。」
皿が空になるのを見計らって、真宵が口を開く。
「さっき採ったほうれん草ですからね。おいしいですよね。採れたてのお野菜って。」
「なんだが?降参でごとだが?」
「いえ。きちんと比べたほうがわかりやすいと思いまして。じゃあ、今度はこっちのを食べてみてください。」
そう言って、真宵はもうひとつの皿を、置く。
「これはなんだど?」
同じ大きさの皿に、おなじほうれん草の炒め物が盛り付けられていた。
ただ、少しだけ違う部分がある。
「『ポパイベーコン』です。さっきのほうれん草の炒め物とほとんど一緒なんですよ。炒めただけ。塩味はベーコンの方に付いてますから、控えめにしましたけど。」
「おお。いい匂いがするど。ベーコンていうのはこの肉のことだか?」
泥田坊が尋ねる。
「ええ。煙羅煙羅さんに手伝ってもらった燻製肉です。こっちの世界で言う干し肉みたいなものですかね?保存が効くんで便利なんですよ。」
「へえ。おいしそう。」
「どうぞ、冷めないうちに食べてみてください。」
真宵に促され、皆が箸をのばす。
「う、うまいど!」
「うん!すっごいおいしい。」
「へぇ。これは、さっきのとかなり違うね。おなじ、ほうれん草の炒め物なのに、こっちのほうがうまいよ。」
畑怨霊も、その味に目を大きく見開いていた。
「どうですか?」
「こ、これは、この肉が旨いだけだが! ごんなもん、俺は認めねえが!」
これには、真宵が返答するより他のものが先に応えた。
「ええー。それは、おかしいよ。だって、ベーコンと一緒に食べなくても、ほうれん草の部分だけでもおいしいよ。」
「そうだねえ。このベーコンの脂と肉汁がほうれん草を何倍もおいしくしてるって感じだよ。肉だけがおいしいわけじゃないよねえ。」
「両方いっしょに食うと、なおウマイど。」
そう言われると、畑怨霊は何も言えなかった。
たしかにこの『ポパイベーコン』という料理は、先ほどのほうれん草の炒め物よりも、普段、畑怨霊が食べているものより数倍うまかった。
「でしょう? ベーコンとほうれん草っていい相性なんですよ。どっちかだけで食べるより、一緒のほうが美味しいんです。」
真宵が笑顔で言う。
「ところで、まよいちゃん。ベーコンてのはわかったけど、ポパイってのはなんだい?」
「え?えーと。それは・・・。」
真宵は口淀んだ。
ここで、某キャラクターとほうれん草の関係を、長々説明するのはどうなのだろう?
「ほ、ほうれん草をつかった料理によく使う名前なんですよ。人間界では・・。」
かなりはしょった説明だが、嘘ではない。
「へえ。変な名前だねえ。」
片車輪は笑いながら、もう一口、ポパイベーコンを口にする。
「これに玉子を絡めても美味しいんですよ。今回は比較しやすいように使いませんでしたけど。」
「へえ。それもおいしそうだねえ。」
ほうれん草とベーコンの相性が最高のように、玉子とベーコンもまた最高のコンビだ。
現代人で『ベーコンエッグ』を知らないものはいないだろう。
ならば、ほうれん草、ベーコン、玉子の三つを合わせればさらに美味しい。
「じゃあ、ちょっと、待っていてください。あと、もう一品、用意してるんですよ。」
真宵が台所に戻ろうとしたが、その必要がなくなった。
右近が運んで来てくれたからだ。
「そろそろいいかと思って持ってきたが、よかっただろうか?」
右近が聞く。
「ええ。ナイスタイミングです。いま、取りに行こうと思ってたところですよ。皆に配ってもらえますか?」
「わかった。」
右近が持ってきたのは面妖な汁物だった。
なにやら、うすい黄色をしたドロッとした汁だ。
畑怨霊はもちろん、片車輪たちも見たことがない料理だ。
「これは、なんだど? 味噌汁じゃあねえだど?」
この世界で汁物といえばまず味噌汁だ。
だが、椀の中の汁はそれとは似つかない。
「粕汁っぽくも見えるけど、違うわよね。不思議な色ね。ちょっと黄色がかった乳白色。」
「とりあえず飲んでみてください。そうすれば、なにを使ったスープかわかると思いますよ。」
そう言われ、見慣れぬ汁に躊躇しながらも、皆、スープをすする。
「あら?」
「うまいど!」
「あ!ボクわかった。これ、カボチャの味だ!」
「ふふふ。当たりです。さっき、そこの畑でもらったあのカボチャですよ。」
右近が運んできたのは『カボチャのポタージュ』である。
裏ごししたカボチャを牛乳と出し汁でのばし、塩コショウでで味を調えた。
「へえ。カボチャ?カボチャを汁物にするなんて、初めて知ったよ。でも、これ、それだけじゃないよね? なんだかトロっとしているし。」
「ええ。牛乳を使っているんですよ。こっちじゃ、あまり飲まないみたいだから、珍しい味でしょう?」
「牛乳!? 牛の乳かい?こんな使い方もあるんだねぇ。」
片車輪は感心する。
「ふふ。前に片車輪さんに連れて行ってもらった件さんのとこの牛乳なんですよ。さっき、右近さんに店まで取りに行ってもらいました。」
「へえ。牛の乳とカボチャで、汁物ができるんだ。おもしろいねー。不思議な味。でも、おいしいよ。なんていうか、まろやか?で。」
「おらも、こんなの初めてだど。」
案山子神にも泥田坊にも好評だ。
「どうですか?やっぱり、料理なんてくだらないですか?」
「・・・・。」
畑怨霊は真宵の問いに答えようとせず、ずっと押し黙ったままだ。
「なんとか、言ったらどうなんだい?あんただって、うまそうに食っていたじゃないか。あんたのとこの野菜をこんなにうまく料理してくれるひとなんて、そうはいないんだからね。」
「・・・・。」
畑怨霊は、片車輪の言葉にまた、なにやら考え込むと、意を決したように、残りのポタージュを全部飲み干した。
そして、真宵の方に向きなおしたと思うと、突然、土下座張りに頭を下げた。
「すまんがっだ。俺が間違ってだ。」
「え?いえ。そんな。頭上げてください。そこまで謝っていただくことでは・・・。」
畑怨霊の突然の豹変に、真宵は毒気を抜かれる。
「俺は、畑でおっ死んで妖怪になったもんだ。俺は人間だった頃も、ちっちゃな畑を借りで、野菜を色々作っていたんだが。でも、地主の取立てがきづぐでな。作った野菜はみんな持ってがれだ。どんなに丹精こめで作っでも、自分の食うもんはろくに残らなかっだ。」
いきなり、身の上話をしだした畑怨霊に、皆、耳を傾けた。
「そんで、地主のやづは、美食家だなんだど言って、おかしな料理ばっがり作らせては、一口か二口だけ食って、あとは捨てでた。俺が一生懸命世話して育てた野菜を・・・。」
「それで、料理がくだらないとか、言っていたんですか・・・。」
一言で言えば「八つ当たり」なのだろうが、さすがに、これは責められない。
「俺は、ろくに食えもしねえで、やせ細って、そのうち病気になっでな。そしだら、地主は働けねえもんには、土地は貸せねえって俺を追い出したが。」
「ひどい・・・。」
おそらくは遠い昔、真宵は生まれてさえいない時代の話だろう。
だが、聞いているだけで胸が痛んだ。
「追い出されだ俺は、行くところもなくでな。自分が働いてだ畑に忍び込んで、そこで、そのまま、おっ死んじまっだ。そしたら、知らん間に妖怪になっていたが。」
「そんな経緯が・・。」
ただの偏屈な変わり者妖怪だと思っていたが、やはりひとにも妖怪にも、それぞれ事情があるものである。
「おめえさんが、あんな奴等とは違うっでことは、よぉぐわがっだ。俺の作った野菜は好きなだけ持っていっでくれ。」
「そんな。無理しなくてもいいですよ。料理もちゃんとすれば、美味しくなるってわかってもらえれば。」
「いや。どのみち、俺だけじゃ食いきれねえほど作っているんだ。腐らせるかどっかの動物に食われるくらいなら、あんたに使ってもらったほうがええが。」
「だったら、最初から、そう言えばいいのに。まったく、わけのわかんない男だねえ。」
片車輪が呆れて言った。
「せっかくなんだ。使わせてもらったらどうだ? もともと、ここに来た理由はそれだろう?」
右近が隣で真宵に耳打ちする。
「そうですね。せっかくだから、そうさせてもらいます。もちろん、ちゃんと代金はお支払いしますよ。畑怨霊さんが一生懸命お世話した野菜ですものね。」
「ああ。それは、ありがたい。それともうひとつお願いがあるんだが。」
「お願いですか?」
「ああ。俺も、畑が暇になったら、その《カフェまよい》ってのに行ってみてえが。俺みたいなんが行っても、食わしてくれるんが?」
「ええ。もちろん。従業員一同、お待ちしています。」
真宵は笑顔で応えた。
そのあと、皆に手伝ってもらい、畑から必要な分を収穫すると片車輪に店まで運んでもらった。
一度に持ってきても使い切れないし、まだ、収穫時期でない野菜もあったので、時期を見て畑怨霊が配達してくれるらしい。
新鮮な野菜が手に入ることなり、真宵はとても満足だった。
その夜・・・・・。
「どうゆうことじゃ!なんのために付いて行ったと思っておるのじゃ、右近!」
「いや。右近さんはちゃんと守ってくれたのよ。ただ、どうしても店に取ってきて欲しいものがあって、私が頼んだだけで・・・。」
「頼まれたからといって、マヨイの傍を離れてどうする!なんのための警護じゃ!」
「・・・申し訳ない。」
「右近さんが謝らなくてもいいのよ。私が無理言ったんだから。悪いのは私よ。」
「マヨイが悪くないなどどは、一言も言っておらん!」
「はい・・。」
真宵はしゅんとなり小さく体を縮める。
「しかも、畑怨霊に喧嘩をふっかけるとは、なにを考えておるのじゃふたりとも!」
「ごめんなさい。」
「申し訳ない。」
事の顛末を知った座敷わらしに、真宵と右近はしこたま説教された。
読んでいただいた方ありがとうございます。
野菜調達編、決着でございます。
次回は鶏肉編を予定しております。
よろしくおねがいします。




