178 自慢の畑で野菜作り
《カフェまよい》従業員紹介
『冬将軍』
夏の間、冷凍庫の管理のため『雪女』から紹介された氷雪妖怪。
現在夏季メニューの『カキ氷』は終了しており、冬将軍はいなくても問題ないのだが、本人の希望により秋の終わりまで働く予定。
お目当ては当然、週末に支給される『純米吟醸酒』である。
妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。
神無月の影響で、食材の確保が困難になり、混乱をきたすかにおもわれたが、妖怪たちの協力により、とりあえずの解決に至った。
ただ、通常営業には支障なくなったものの、完全に不自由なく過不足なくとまではいかないようで、ここにきて野菜が不足気味だ。
『案山子神』と『泥田坊』の紹介で、野菜を作っている『畑怨霊』という妖怪に会いに行くことになった。
「今日はお天気よくて、気持ちいいですね。」
真宵は牛車の小窓から、真っ青な秋空を覗いて言った。
「ああ。そうだな。」
同伴している右近が、感情のこもらない声で答える。
正直なところ、烏天狗の右近にとって、空が青かろうが曇っていようが気持ちがいいかどうかはわからない。
そういった感情の機微には疎く、「雨さえ降ってなければいい」くらいの考えの持ち主だ。
「・・・しかし、マヨイどのも、だいぶ慣れたようだな。」
「え?なにがですか?」
「いや、前は、スピードが速いとか、空を飛んだとか、建物が見えた、とか騒いでいただろう? それに比べたら、今日はずいぶんと落ち着いているな、と思ってな。」
「あはは。」
そう言われると、ちょっと恥ずかしい。
たしかに、最初に乗ったときは、まさか、牛車が空を飛ぶとは思っていなかったので、かなり興奮して、はしゃいだ記憶がある。
最近は泥田坊の棚田やら件の牧場やらに行くのに乗せてもらって、慣れてしまった感はある。
考えてみれば、空飛ぶ牛車に慣れるというのも、すごい話だ。
「まよいちゃん。もうすぐ着くわよ。」
牛車のなかに、『片車輪』の声が響く。
今日は、『片車輪』に頼んで『畑怨霊』の畑へと向かっている。
片車輪の牛車は、片方にしか車輪が付いていないにもかかわらず、傾くこともなく、倒れることもなく、真宵と右近を目的地まで送り届けた。
「じゃあ、あたしはこの辺で待ってるからね。」
片車輪はウインクする。
現在、人間の姿に戻っており、法被を着た妙齢の女性にしか見えない。
ただ、腰にフラフープの輪っかのように、牛車の車輪がくっついている。
「わかりました。それじゃあ、お手数ですけど帰りもお願いしますね。」
「ああ。あたしのことは気にしないで、ゆっくりしてきな。」
真宵と右近は、片車輪をその場に残し、畑怨霊の畑へと向かう。
「片車輪さん、今日は一緒に来ないんですね。」
真宵は歩きながら、右近に話しかける。
「一緒に?」
「あれ?ああ。そっか。前に件さんの牧場に行ったときは、右近さんは別行動でしたっけ。」
「ああ。最初に行ったときな。それだったら、俺はいないな。」
「そのときは、片車輪さん、件さんに会いたいからって、一緒に来たんですよ。」
「ああ。そう言えば、片車輪は、件のことを可愛い可愛いと気に入ってた気がするな。」
「ええ。」
たしかに件はかわいい。
小さな身体に、ちょっと大きめの牛の頭が付いていて、ちょっとゆるキャラっぽい見た目だ。
一言でもしゃべると死んでしまうらしく、小さな身体でゼスチャーしたり、持ち歩いている帳面に、懸命に筆をはしらせる姿も愛らしい。
真宵も密かにファンだったりする。
「て、ことは、畑怨霊さんって、可愛くない妖怪さんなんですかね?」
「うーん。」
右近は手を顎にあてて考える。
「どうだろうな? 人間の価値観でどうなのかはわからないが、あまり、可愛いといった表現の似合う妖怪ではないと思うが。」
「そうなんですか。」
人間も妖怪も見た目で判断してはいけないが、できれば、とっつきやすい妖怪であるとありがたい。
なにしろ名前からして『怨霊』だ。
畑を荒らすものを祟るだけで、無差別に害を為す妖怪ではないと聞いているが、ちょっと不安だ。
「あっ。この家ですよね?」
山と山の間の平坦な土地に、ポツリと一軒、茅葺き屋根の民家が建っている。
その奥に木の柵で囲われた広い畑が広がっている。
「ごめんくださーーーーい!」
真宵は大きな声で呼びかけた。
しかし、返事はない。
「・・・いないんですかね?」
連絡は行っているはずだし、『案山子神』も何日か前から、ここで働くと言っていた。
泥田坊も来てくれると言っていたのだが、姿がない。
鍵は開いていたので、ちょっと中を覗き込んでみたが、薄暗く気配はない。まるで空き家だ。
「畑に出ているんじゃないのか?」
「そうですかね? ちょっと見に行ってみましょうか。」
ふたりは畑に移動した。
「立派な畑ですねー。」
裏に広がっていた畑は、テニスコートが四つくらい入りそうな広さで、きちんと区画分けされ、動物よけなのか柵で囲われていた。
さすがにビニールハウスはなかったものの、竹で支柱を作って蔓を絡ませたり、畝を作って作物を植えていたりと、ちゃんとした畑だ。
真宵が知っている人間界の畑とほとんど変わりなかった。
「あ。あれ、葱ですよね。ホウレン草もある。お豆も。ナタ豆かしら? いろいろ植わってますね。」
真宵はおもちゃ屋に連れてきてもらった子供のように、はしゃいだ。
最近は、限られた食材でやりくりしていたので、いろんな野菜を目の当たりにすると、つい想像力がかきたてられる。
思えば、一年中、外国の野菜まで揃っているスーパーの野菜売り場のなんとありがたいことか。
「あ。かぼちゃ! 収穫までもうちょっと、って感じですかね。あ、でも、こっちのはそろそろ、食べられそう。」
地面を這うように伸びた蔓に実っている南瓜を見つけて、真宵は大喜びする。
中腰で覗き込むように、南瓜を愛でていると、突然、怒声が響いた。
「畑を荒らすが! 野菜を盗むが!」
「え?」
真宵には何が起きたかわからなかった。
実を傷めないよう藁を敷いた地面から、突然、恐ろしいヒトの顔が現れた。
その顔は、大きく口を開ける。
巨大な口だった、巨大な顔だった。
真宵を丸呑みにできるくらいの巨大さだ。
真宵の視界が歯や喉頭でいっぱいになり、初めて自分に迫っている危機に思考が追いつく。
(食べられる!)
そう思っても、足はすくんで動かなかった。
あまりの恐怖に身が竦み、思わず目を瞑る。。
「マヨイどの!」
右近の声が聞こえた。
しかし、動けない。
動けないまま、なにか、胸とお腹の境目くらいにグッと圧がかかる。
そして、なにか遊園地のアトラクションにでも乗ったような浮遊感というか無重力感が、真宵を襲う。
(齧られた?食べられた?飲み込まれた?)
なにが起こったかわからないまま、真宵の体勢が変えられる。
仰向けで肩と膝の裏あたりで、支えられているような。
それは、まるで、抱きかかえられているような・・・。
「マヨイどの!大丈夫か?!」
「右近さん?」
真宵がそっと目を開けると、目の前に右近の顔があった。
しかも、その距離、ほんの数十センチ!
(こ、これは、もしかして・・・・。)
日本人なら誰もが知っている。
女の子なら誰もが一度は夢見る。
しかし、真宵は幼少期、父にしてもらったのを除けば、一度も経験したことがない。
(お、お姫さま抱っこ!!)
真宵は右近に抱きかかえられ、空を飛んでいた。
右近の背中には、普段は隠してある真っ黒な烏の翼が、バサッバサッと羽音を立てている。
「怪我はないか?」
「え、ええ。だいじょうぶ・・です。」
真宵は眼下に広がる畑と野山を見て、身体が竦んだ。
今、真宵たちがいるのは地上五、六メートルくらいだろうか?
マンションの三階から地上を見下ろしたくらいの高さだ。
しかし、命綱もなく、抱きかかえられて、この高さだと目が回りそうだ。落ちたらただでは済まない。
真宵は思わず、右近にしがみついた。
「降りて来い!この烏があ! また、畑を荒らしにきたがあ!」
下で、あの巨大な顔の妖怪が叫んだ。
よくわからないが、空は飛べないらしい。
「おい!畑怨霊だな。誰も、畑を荒らしに来たわけじゃない! 案山子神から連絡は行っているはずだろう?」
右近の言葉に下の妖怪が眉をしかめる。
「あ、あれが、畑怨霊さん?」
いきなり祟ったり、襲ったりはしない妖怪だと聞いていたのだが。
どうやら、畑を荒らす野菜泥棒と勘違いされたらしい。
「おおーいい! ダメだよ!そのひとは、畑荒らしじゃないんだからー!」
畑の向こうから、知っている声が聞こえた。
ちょっと間が抜けたような暢気な声だ。
案山子神である。
カカシの姿ではなく、人間の姿でこちらに走ってくる。
「む?畑荒らしじゃないのが。」
巨大な顔の異形の妖怪が、CGでも見ているようにシュルシュルとひとのかたちに戻っていく。
「どうやら、わかってくれたようだな。」
右近は真宵に負担にならないよう、ゆっくり地上に降りていく。
重力を無視するように、ふわりと地上に降り立つと、真宵を下ろす。
「マヨイどの。どこか痛むのか?」
「え?べつに怪我はありませんけど。」
よくわからないが、寸でのところで、右近がかっさらってくれたようだ。
かすり傷ほとつついていない。
「そうか。なら、いいんだ。顔が紅いから、どこか痛めたのかとおもった。」
「え?」
思わず手で顔を覆う。
(や、やだ。私ったら。右近さんは、危ないから助けてくれただけなのに。)
「ちょ、ちょっと、びっくりしたから。べ、別に平気だから気にしないで。ホホホ。」
わざとらしい笑い声で誤魔化す。
「そうか。それなら、よかった。」
右近はニッコリ微笑んだ。
(うう。イケメンだわ。いつにも増してイケメンだわ。)
女の子を危機から救い、お姫様抱っこ。
その上、優しくおろした後に、イケメンスマイル。
少女漫画の主人公なら、恋に落ちること間違いなしのシチュエーションだ。
しかし、真宵は知っている。
右近はそういったことには疎く、また、そうゆうつもりでやっているのではないことも。
(それに、妖怪さんだしね。カラスさんだし。)
お互い、そういった感情はヌキで働いている。
変に意識しだすと、一緒に暮らしていることもあり、やりにくくなる。
真宵は、一旦、深呼吸すると、気持ちを整える。
「ええと。畑怨霊さんですよね? 私、真宵といいます。勝手に畑に入っちゃって、ごめんなさい。」
「家の方にいなかったから、探していただけだがな。」
真宵が謝った横から、右近が言う。
どうやら、真宵に襲い掛かったことを立腹しているらしい。
「ごめんねー。最近、畑を荒らす鳥や動物が多くて、このひと、ピリピリしてるんだ。」
案山子神が代わりに言った。
「いきなり襲いかかかるのは、よくないど。」
いつの間にか地中から出てきていた泥田坊も注意する。
だが、畑怨霊は不機嫌そうな顔でこっちをねめつけていた。
「畑を荒らすやづは、許ざね。」
先ほどの人間を丸呑みできそうな巨大な顔ではなくなっていものの、顔にはありありと不快感が漂っている。
装いは似たような農民スタイルなのだが、ぐしゃぐしゃの髪といい痩せこけた頬といい陰気で、いつもニコニコしている案山子神とは正反対の印象だ。
「あの・・、案山子神さんからお話が行っていると思うんですけど、もし、可能なら野菜を売っていただきたいんですけど。」
そう言いながらも、すでにちょっと諦めかけていた。
どう見ても、友好的に話し合いができそうな雰囲気ではない。
畑怨霊の表情と態度を見る限り、ものすごい警戒心と敵意が剥き出しだ。
「人間なんぞに売る野菜はねえ。」
畑怨霊はケンモホロロにはねつけた。
「・・・そうですか。」
真宵は残念そうに言った。
正直、この半年とちょっと、妖怪の世界で仕事をしてきたが、ここまで嫌悪感をぶつけられたことはなかった。
そういった妖怪は店に入れないよう、『迷い家』がはじいてくれていたのだろうが、さすがに、この感じでは友好的な取引などできそうになかった。
「そんな、言い方するもんでねえだど。おめえだって昔は人間だったんだど?」
泥田坊が優しい口調で諌める。
「そうなんですか?」
「ああ。『畑怨霊』は凶作で餓死したり、大事な畑を奪われて死んだ人間の魂が寄り集まってできた妖怪だと言われている。幽霊とか怨霊とかは大抵、そんな感じだな。」
右近が説明してくれた。
「ふん。そんな昔のごとは、関係ねえ。人間もカラスも、みんな畑を荒らす敵だ。」
「え?カラス?」
畑怨霊は今度は、右近のことを睨み付ける。
「お、俺は烏天狗だ。烏天狗はこの世界の秩序を守ってるんだぞ。畑荒らしなんぞするか!」
「ふん。カラスにはかわりねえ!」
どうやら、畑怨霊は真宵だけでなく、烏天狗である右近まで敵視しているようである。
一瞬、それなら金長に同行してもらえば、と頭に過ぎったが、よく考えてみれば、狸も似たようなものだろう。
畑をやっていれば、鳥も狸も猿も鼠も、畑を荒らす種類は、皆、害獣だ。
「しかたありませんね。失礼しましょうか。」
「いいのか?」
珍しく諦めの早い真宵に、右近は意外そうな顔をする。
「ええ。無理に売ってもらうわけにもいかないですし。それこそ、畑荒らしって言われちゃうわ。残念だけど、他の方法を考えましょう。」
野菜不足とはいえ、全くないわけではないし、山菜や野草で代用できるものもある。
ないならないなりに工夫すれば、どうにかなるだろう。
「ごめんねぇ。ボクが深く考えないで、紹介するなんて言っちゃったから。」
案山子神が、へのへのもへじの様な顔を沈み込ませて、申し訳なさそうに謝った。
「いえ。案山子神さんのせいなんかじゃないですよ。それより、当分、こちらの畑でお仕事するんでしょう? がんばってくださいね。また、お休みになったら、お店のほうにも来てくださいね。」
「うん!もちろん!」
「じゃあ、私たちはこれで失礼します。畑怨霊さんも、お騒がせしてごめんなさい。」
真宵は、頭を下げると、右近と一緒にその場を立ち去ろうとする。
「ふん!帰れ帰れ!」
畑怨霊はまるで砂をかけるように罵声を浴びせる。
だが、真宵は気にせずそのまま立ち去ろうとした。
しかし、畑怨霊の最後の一言に反応し、ピタッと足が止まった。
「野菜はそのままでもウマイんだ。料理なんぞ、余計な邪魔でしがねえ。」
「・・・。」
「マヨイどの?」
右近の言葉に応えず、真宵は振り返る。
畑怨霊の陰気な顔をまっすぐ見つめた。
「料理が邪魔ってどうゆう意味ですか?」
「フン!邪魔つったら邪魔だ。いいが?どこぞのまっずい野菜ならともかく、うぢの野菜はなんも、せんでもうまいんだ。料理なんぞ、邪魔ったしいことせんでも、うまい。」
その言葉に、真宵はカチンとなる。
「失礼ですね。うちの店で使ってた野菜は、シンタロウさんとこが作ってるお野菜なんです! そこらへんのお野菜なんかより、よっぽど美味しいんですから!」
シンタロウの家は米農家だが、開いた土地や米作りに向かない場所で野菜もいろいろ作っている。
米は農協を通して出荷しているが、野菜は主に地元の朝市などで販売している。
出荷用の野菜ではないので、形や大きさは多少、不揃いだったりするが、そのぶん低農薬で新鮮、しかも安くて、なにより美味しい、真宵にとっては大事なおなじみさんだ。
「なんだあ?料理しなきゃいがんような野菜が、うまいはずねえが!」
「そんなことありません! そりゃ、失敗することもありますけど、料理はお野菜を美味しくするんです。いろんな食べ方ができたほうがいいに決まってます!」
「なんだが、この娘っこがあ!」
ふたりはバチバチとにらみ合う。
今度は真宵も一歩も引かない。
「ちゃんと作れば、野菜に料理なんて必要ねえが!そのままだって、うまいんだがら!塩振っただげでも、茹でただけでもじゅうぶんだ。」
「ほら! やっぱり、塩振ったり、茹でたりしたほうが美味しいんじゃないですか!それだって、料理です!」
「な、なに言ってるが? 塩振るのが料理なわけねえが!屁理屈ぬがすな!」
「屁理屈言ってるのは、そっちじゃないですか! そのまま食べるだけじゃなくて、手間隙かけていろんな美味しさを引き出してあげるのが料理でしょう?塩を振るのも、味噌をかけるのも、茹でるのも焼くのも煮るのも、全部、料理だわ。」
「手間隙なんぞかけんでも、野菜は食える!」
「そうとは、限らないでしょ!じゃあ、蒟蒻とかどうするんですか?」
「こ、こんにゃく?」
予想外の反撃に畑怨霊が怯む。
「蒟蒻の作り方って知っていますか? 蒟蒻芋から作るんですけど、蒟蒻芋は、そのままだと、茹でてても焼いても食べられないんです。」
ものすごいエグみと、粘膜に刺激を与える成分で、口に入れただけで大変なことになる。
「手間隙かけて、美味しく食べられるようにしたのが蒟蒻ですよ。」
「うん。蒟蒻おいしいよねー。」
「味噌を付けて食うと最高だど!」
案山子神と泥田坊が、うんうんと頷く。
「こ、蒟蒻芋なんて、うちの畑では作ってねえが!」
畑怨霊が怒鳴った。
「他にもありますよ。スイカとか瓜の皮はどうしてます? そのままだとぜんぜん美味しくないですけど、糠漬けにすると美味しく食べられるんですよ。」
「たしか、夏には、ここでもスイカは作っていたど。」
「・・・・。」
泥田坊の指摘に、畑怨霊は苦虫を噛み潰す。
「そりゃあ、採れたてのお野菜はそのままでも、美味しいものですけど、お料理したほうが、いろいろバリエーションも増えて、美味しいはずです!」
「ああああ!うるさい!うるさい! じゃあ、俺を納得させる料理とやらを作ってみろ!口だげなら、なんとでもいえるがぁ。」
「望むところです! 絶対、美味しいって言わせてやりますから! ここの野菜、いくつか使わせてもらいますよ? そうじゃないと、公平じゃありませんから。」
「ああ。好きにづかえ。そのがわり、うぢの野菜をづがって、マズイものなんかづぐっだら、承知じねえぞ!」
「ええ!そのかわり、美味しいっておもったら、さっきの言葉、取り消してもらいますからね! それから、あの家の台所、借りますよ。」
先ほど訪ねた家を指差す。
「ああ。がまわねえぞ!」
真宵は踵を返すと、右近を引っ張って、家のほうへと大股で歩いていく。
「マ、マヨイどの。これはいったい・・・。」
いきなりの話の展開に、ついていけない右近が尋ねた。
「どうしたもこうしたもないわよ! 絶対に認めさせてやるんだから!」
真宵はいささか乱暴に扉を開けると、家の中に入っていった。
台所は簡単に見つかった。
古いタイプの日本家屋で、台所は土間になっている。
当然、水道などはなく、釜戸がひとつと水瓶が置いてあるだけだ。
真宵は、簡単に台所をチェックする。
塩や砂糖といった基本的な調味料くらいはあるものの、野菜はそのまま食えばいい、というだけあって、あまり台所は使っていない感じだ。
「やっぱり、これだけじゃ無理ね。右近さん、悪いんですけど、一回、お店に戻って、これから言うものを、持って来てもらえますか?」
「なに?おれひとりでか?」
「ええ。私はその間に、野菜を下拵えしておきますから。」
右近は信じられないという顔をする。
「なに言ってるんだ。こんなとこに、ひとりで置いておけるわけないだろう? この家は『迷い家』じゃないんだぞ。」
おなじ日本家屋でも、ただの建物だ。
真宵の安全を守ってくれたりはしない。
「わかってますよ。大丈夫です。ここには、案山子神さんも泥田坊さんもいるし。」
「いや。それは・・・。」
右近はため息をついた。
たしかに案山子神や泥田坊は、真宵を気に入っており、なにかあれば助けにはなってくれるだろう。
だが、ふたりとも、なにかの脅威から真宵を守れるような強い妖怪ではない。
妖異界の自警団である『鞍馬山』で働いていた右近とは違うのだ。
正直、二人合わせても頼りない。
右近は金長を連れてこなかったことを、後悔した。
「マヨイどの。いったい何をそんなに怒っているんだ? 野菜は一度あきらめたんだろう?」
右近には、真宵が何故、ここまで怒っているのかわからなかった。
畑怨霊相手に、まるで喧嘩腰だ。
前後の態度から、ここの野菜目当てだとも、思えない。
「右近さんは悔しくないですか?」
「なに?」
「あのひと、「料理なんて必要ない」って言ってるんですよ?」
「・・ああ。そうゆうことか。」
料理なんて必要ない。
料理人など不要。
それは、料理が好きで店を営んでいる真宵にとっては侮辱も同然だ。
右近も料理人志望であるが、正直、そこまでの矜持はまだなかった。
だが、自分が真剣に取り組んでいる仕事を馬鹿にされて、怒る気持ちは多少わかる。
それに、真宵にとっては、自分の作っている料理は、大切な祖母から譲り受けたものだ。蔑ろにされては憤慨するだろう。
「・・・わかった。超特急で行って戻って来る。で、なにが必要なんだ。」
「ありがとうございます。じゃあ、えーと、・・・・。」
真宵は必要な材料を、右近に伝える。
「あと、『かまど鬼』さんのだれかが暇そうにしてたら、ひとり連れてきてください。薪を使うより楽ですから。」
「わかった。」
右近は、台所を出て行こうとする。
「あ。それと、片車輪さんに、ちょっと時間がかかりそうなんで、一度、帰ってもらってください。ずっと待たせるのは、ご迷惑ですから。」
片車輪には、帰りを送ってもらうため、近くに待機してもらっている。
まさか、こんな展開になるとは思っていなかったので、話がついたらすぐ帰るつもりと伝えていた。
このぶんだと、当分帰れない。待たせておくのは申し訳ない。
「わかった。伝えておく。」
右近は改めて、台所を出て行った。
「ボクたちも、なにか手伝うよー。」
「おらにもできることは、あるだか?」
入れ替わるように案山子神と泥田坊が入ってきた。
台所は土間になっているので、泥田坊もそのまま入ってこられた。
「あら。ありがとうございます。じゃあ、遠慮なく手伝ってもらいますね。」
真宵は微笑む。
「さあ! やるわよ。絶対に、美味しいって言わせてやるんだから!」
真宵の瞳は闘志で燃えていた。
読んでいただいた方ありがとうございます。
野菜調達編つづきでございます。
裏テーマは真宵さん右近のイケメンぶりにちょっとトキメク、です。
次回、野菜編は決着です。明日更新予定なのでよろしくおねがいします。




