177 野菜不足は栄養不足
《カフェまよい》従業員紹介。
『金長』
『久万郷』から料理修行に来た狸妖怪。
仕事内容は右近とほぼ同じで厨房と接客を交代でやっている。
料理はまだまだ勉強中。
どちらかと言うと甘い菓子より食事メニューの方に興味がある。
妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。
神無月の影響で、食材の確保が困難になり、混乱をきたすかにおもわれたが、妖怪たちの協力により、とりあえずの解決に至った。
ただ、通常営業には支障なくなったものの、完全に不自由なく過不足なくとまではいかないようである。
「どうですか? 今日の『おにぎりセット』は?」
テラス席のひとつで食事している二人組に、真宵が声をかけた。
「うまいど!やっぱり、米の飯は最高だど!」
地面から上半身だけ生えてきたような『泥田坊』が言った。
「うん。おいしいよ。ボク、この『肉味噌』が入ったのが一番好き。」
席に座っていた木綿の着物を着た青年が言った。
『案山子神』。カカシの付喪神である。
「ふふ。おふたりが作ったお米の『おにぎり』ですよ。お米がおいしくなったって言ってくれる妖怪さんもいらっしゃいましたよ。」
「ほんとうだか?!」
泥田坊は大喜びだ。
これは、お世辞でなく事実である。
もちろん、この秋に採れた新米だからなのもあるだろうが、米がかわってから『おにぎり』や『ランチ』の評判がいい。
「ええ。おふたりの作ったお米はおいしいですからね。」
「そう言ってくれると、うれしいど!また、来年もうまい米を作るんだど!」
「ふふ。月曜日には、銀杏の炊き込みご飯をする予定なんですよ。よかったら、また食べに来てくださいね。」
「おおお!それは、また、うまそうだど! なあ、カカシ。」
「あ。うん。」
返事をしながらも、案山子神はなんとなく表情が冴えない。
「どうかされました?案山子神さん。」
「うーん。だって、月曜は僕はこれないんだもの。明日から、また仕事がはいってるからさ。」
「あら。そうでしたか。」
案山子神はカカシの付喪神。
田や畑に立って、害獣から作物を守るのが仕事である。
田んぼや畑に作物がある限り、そこを離れることができない。
そのため、《カフェまよい》に来るようになったのも、つい最近のことで、稲刈りが終わったからだ。
「でも、田植えはまだまだ先ですよね?」
東南アジアでやっている二毛作三毛作でもない限り、この時期に田植えはないだろう。
「うん。知り合いのところに手伝いにいくことになってさ。まあ。仕事は嫌いじゃないんだけど、また、ここに当分来られなくなるのはね。せっかく、田んぼの仕事が終わって、来られるようになったのにさ。」
「なるほど。」
妖怪にもいろいろ事情があるようだ。
「仕事してると、いろいろありますよね。」
真宵はしみじみ言った。
「まよいさんも、仕事でいろいろあるの?」
「え?ええ。それは、まあ。」
一番に思い出すのは『ぬらりひょん』の食い逃げだ。
最近では。『赤鬼』『青鬼』コンビも、なにかしらにつけ無銭飲食をしようと企んでいる。
あとは、『化け提灯』『から傘お化け』や『天井さがり』。
彼らは、いまだに真宵を驚かそうと画策している。迷惑極まりない。
『オトロシ』など意思の疎通ができない客もいれば、なにかにつけ騒動を起こす『舞首』のような客もいる。
だいぶ慣れたとはいえ、妖怪相手に客商売となると枚挙に暇がない。
「ふぅん。最近だと、なにが大変?」
「え?えーと。それは・・・。」
世間話とはいえ、客への愚痴を言うのは、少々憚られる。
なにか、ないかと、思考すると、ひとつ思い当たった。
「あ!お野菜。」
「野菜?」
「ええ。最近、ちょっと野菜が不足しているんですよね。」
神無月のせいで、人間界から食材を持ち込むことができなくなった。
肉も魚も卵もなんとかなり、米は泥田坊と案山子神の棚田で採れたものを融通してもらえたが、ここにきて、野菜が不足しがちである。
『山童』や猿妖怪たちが、山の幸をもってきてくれるのだが、山菜や木の実、茸などがメインで野菜が少ない。
いまさらであるが、野菜というものがヒトの手が入り、ヒトのよって育てられるものだと実感していた。
「ふぅん。それだったら、『畑怨霊』に相談してみれば?」
「畑怨霊・・・さん?」
真宵は知らない名前だった。
おそらく店の客にはいないはずだ。
「僕が明日から手伝いに行くところだよ。畑をやっているんだ。最近、動物が畑を荒らすから手伝ってほしいって言ってた。」
「へえ。畑を。」
そういえば、猿妖怪のところも、イノシシが山を荒らすからと言って退治していた。
冬に備えて動物が栄養を蓄える時期なのかもしれない。
「畑怨霊はいろいろつくってるど!おらもたまに手伝いに行ってるど。」
「野菜を作っているんですか? お願いしたら分けてもらえるかしら?」
「きっと、わけてもらえるど。ちょっと変わりもんだけど、悪いヤツじゃないど。」
「ほんとですか? ぜひ、紹介してください!」
その晩。
片付けも終わり、全員が母屋に引き返した後、なにやら重苦しい雰囲気の中、話し合いがもたれていた。
「・・・で。日曜にこちらから出向くと約束したわけか。」
眉間に皴を寄せ、硬い表情の座敷わらしが聞いた。
「・・・えと。紹介してくれるって言われたものだから、つい・・・。」
真宵は小さく縮こまりながら答える。
右近と金長は少し離れた場所で聞いていた。
できれば、巻き込まれたくない、という距離だ。
「今月は、事情があるにしろ、泥田坊の棚田やら件の牧場やら、自由が過ぎるとは思わんのか? ここは、人間界ではないのだぞ。」
「・・・・。」
妖異界は妖怪の棲む世界。人間である真宵が好きに歩き回っていい場所ではない。店の中ほど安全ではない。
座敷わらしから、耳にタコができるくらい聞かされたお説教だ。
「でも、ここから、そんな遠くないって聞いたし、畑怨霊さんも、そんな悪い妖怪さんじゃないって泥田坊さんが言ってたから・・・。」
「『怨霊』じゃぞ。」
「それは、まあ・・。」
真宵もそれは気づいていた。
具体的にどんな妖怪なのかは知らないが、怨霊とは、ちょっと、おどろおどろしい名前だ。
怖い妖怪かも、と思わないでもなかったが、泥田坊の知り合いということで、そこまで警戒しなかったのだ。
「ハア。」
座敷わらしはおおきくため息をつく。
「よい。好きにせい。」
「え?」
意外な言葉に、真宵は思考停止した。
いつもなら、ここで大反対されるか、長いお説教が始まるところだ。
「い、いいの?」
反対されるのも困るが、あまりにあっさり許可されると、突き放されたようで不安になる。
「いまさら反対したところで行くのじゃろう? 必ず、右近か金長は連れて行けよ。あと、畑怨霊は畑を荒らしたものには容赦なく祟る妖怪じゃ。冗談でも悪さはするなよ。」
冗談ではすまなくなるからな。
と、座敷わらしは付け加えた。
「大丈夫だ。俺が付いて行くし、向こうには案山子神と泥田坊も行ってるんだろう? めったなことにはならないさ。」
右近の言葉に真宵はホッとなる。
「某も、同行しますからご安心ください。」
金長が言った。
「あ。金長さんは件さんの牧場に行く予定でしょう?」
件の牧場には金長の仲間の狸妖怪が働いている。
金長は前から、日曜日に様子を見に行くと言っていた。
「いえ。店の仕入れにかかわることですし、某も同行します。警護なら多少はお役に立てるでしょうし。」
「そんな。だめですよ。狸妖怪さんたちとお約束があるんでしょう? 晋平さんとか文吾さんとか、きっと、みなさん楽しみにしてますよ。」
「いや、しかし・・・。」
遠慮する金長に、右近も口添えする。
「俺が行くし、金長どのは、かまわず牧場のほうへ行ってくれ。あちらも、牛酪つくりが本格的に始まっている頃だろう?」
「・・・ええ。それは、そうなのですが。」
「そうですよ。元々、土日は定休日なんですから自由にしてもらってかまわないんですから。気なんか使わず、行ってください。」
ふたりにそう言われて、金長は少し考え込むと、口を開いた。
「・・・、申し訳ない。では、お言葉に甘えさせていただく。正直、あやつらがきちんと仕事をしているか、件殿に迷惑をかけておらぬか、気が気でなくて・・。」
「ふふ。そうですよ。あの牧場だって、ウチにとっては大事な場所なんですから、しっかり、見てきてくださいね。」
仲間思いで、責任感の強い金長らしいと、真宵は思った。
「じゃあ、お休みの日に申し訳ないですけど、右近さん、よろしくね。」
「ああ。俺は、特に用事がないからな。遠慮なく使ってくれてかまわない。」
かくして、今度の日曜は、真宵と右近は、案山子神の知り合いだという畑怨霊の畑へ。金長は仲間の働く件の牧場へ行くこととなった。
「座敷わらしちゃんは、日曜日どうするの? 何か予定が入ってる?」
真宵の問いに、座敷わらしは興味なさそうに答える。
「別になにもない。じゃが、おぬしらに付いていくのは遠慮する。休みの日くらいはゆっくりさせてもらおう。」
そう言って、立ち上がると、居間を出て行った。
「・・・・。」
「どうかしたか、マヨイどの?」
「え?ううん。ちょっと、思っただけ。座敷わらしちゃんて、お休みの日は、なにやってるのかなーって。」
以前は、真宵は土日は人間界へ戻っていたので、気にも留めなかったが、今月、妖異界に逗留しても、座敷わらしがなにをやっているのか、まったくわからなかった。
「なにをって・・・、そう言えば、どうしているんだろうな?」
「・・・・某も、存じません。」
たまに廊下なので見かけるので、どこかに出かけているというのでもなさそうなのだが、何かしているのか、皆目見当がつかない。
そもそも、平日でも、忙しいときや気が向いたときは店に出ているが、暇な時間帯になると、いつの間にやら姿を消す。
それも、部屋に戻っているのか、どこかに隠れているのかわからない。
謎だ。
「・・・意外にミステリアスよね。座敷わらしちゃんて。」
すでに半年以上、一緒に暮らしている同居人の生活が謎に包まれていることに気づき、首を傾げる真宵であった。
読んでいただいた方ありがとうございます。
食材調達、野菜編でございます。
畑ということで次回『畑怨霊』さん登場予定です。
明日、明後日と更新予定ですのでよろしくおねがいします。




