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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第七章 神無月
172/286

172 みんな一緒に試食会

登場妖怪紹介

『しののめ』

久万郷から牧場に移住してきた女狸妖怪。

サイドテールの髪で細身。少々勝気。

『あさけの』

久万郷から牧場に移住してきた女狸妖怪。

髪を後ろで結っている。お色気たっぷりナイスボディ。





くだん』の牧場。

『遠野』の一角にある牛妖怪『件』が管理している牧場。

頼めば牛肉も牛乳もわけてもらえるが、営利目的は二の次で、一言でもしゃべると死んでしまうという宿命の『件』が生まれ変わるために牛の出産を管理している。

つい先日、この牧場を手伝うために、『久万郷』から五人、狸妖怪が移住してきた。




一旦、牛酪作りは金長ら狸妖怪に任せ、真宵と右近は件に案内してもらい、台所を借りた。

台所といっても、件が生活している小屋のそばに、釜戸がふたつ設置されているだけの簡素なものだ。一応、雨がしのげるように屋根らしきものはついているが、壁はなく、完全に屋外だ。


「マヨイどの。なにか作ると言っても、そんな材料は持ってこなかったはずだが?ここにはじゃがいももないだろうし。」

右近が言った。


右近にとっては、バターといえば、まず『じゃがバター』が思い浮かぶ。

右近の得意料理だ。


「ええ。簡単にちょっとつまめるものを作ろうと思いまして。件さん、小麦粉を少し分けてもらえますか?」


件は牛の頭をコクコクと縦に振った。

身振り手振りで食材や調味料を置いてある場所を教えてくれる。


「あとは、牛乳を少し。バターを作るのにたくさん使いましたから余ってますよね?」


また件は、コクコクと頭を振ると、自分で取りに行ってくれた。


「あ。ここも薪をつかった釜戸なんですよね。自分で火をおこさないと。」


人間界では、ガスやIHをつかっているし、こちらの世界でも、『かまど鬼』にまかせっきりなので、真宵はこういった釜戸の火起こしには慣れていない。


すると右近が、釜戸の傍に置いてあった薪を数本、釜戸の中に放り込むと、指をパチンと鳴らすだけで、釜戸の中にポッと火が点る。

以前、『鞍馬山』で古道が同じ事をやっていた。


「あ。すごい!右近さんも古道さんと同じことができたんんですね。」


右近は複雑そうな表情で真宵を見る。


「・・・古道にできて、俺にできないわけがないだろう。」


真宵としては褒めたつもりだったのだが、そうはとられなかったらしい。

この世界にいる妖怪たちは、人間にはできないいろいろなことができる。

マッチもなしに火を点けたり、風を起こしたり、水を操ったりと、多種多様だ。

人間である真宵からすると、超能力のようなものなのだが、妖怪たちにとってはあたりまえのことで、驚くにも値しないらしい。


「たすかりました。じゃあ、さっさと作っちゃいましょうか。その小麦粉を器に入れてもらえますか?件さんが牛乳を持ってきてくれますから、それを入れて混ぜてください。」


「饅頭の生地でもつくるのか?餡子は持ってきていないぞ?」


右近がそう思ったのは無理はない。

《カフェまよい》では小麦粉は主に、饅頭をつくるときの生地につかわれる。


「ええ。似たような感じです。」


真宵はニッコリと微笑んだ。





一刻ほど後、作業小屋の前にテーブルをひとつ用意してもらった。

普段、件が生活している小屋は小さく、全員が入るには少々手狭で、狸たちが新しく作った小屋も、寝泊りするのにつかっているだけで、布団をおいて雑魚寝しているだけらしいので、屋外で食べることにした。


「おまたせしました。」


真宵は持ってきたものを、テーブルの真ん中に置く。

皿の上には、山のようにパンケーキのようなものが重ね積まれていた。


「これなーに?」


見慣れない、薄いきつね色をした食べ物を見て、しののめという女狸が聞いた。


「えーと。パンケーキ?クレープかしら? とにかく、小麦粉と牛乳と卵を混ぜて薄く延ばして焼いたものですよ。」


「へーえ。」


ベーキングパウダーなどがないので、パンケーキほどは膨らまなかった。

どちらかといえば、ぶ厚めに作ったクレープに近いだろう。


「はじめて見るけど、いい匂いッスね。」


晋平という狸が、一枚、クレープを取ると、端をちぎって味見する。


「うん。悪くないッスよ。ほんのり甘くって、何枚でも食えるって感じ。」


「あんた、お行儀悪いわよ。」

しののめが、晋平を小突いた。


「そのままでも、食べられますけど、せっかくなんで、これをつけて食べてください。」


そう言って真宵が出したのは、先ほど作ったばかりのバターだ。

竹の節を半分に割った器に入っていた。


「へえ。牛酪を付けて食べるんだ?」


パンやクレープなど小麦粉製品にバターは定番中の定番なのだが、そもそもこの世界にはパン食の文化がないため、妖怪たちには奇妙に映るらしい。

バターも、基本的に薬として扱われることが多いようだ。


真宵がスプーンで、たっぷりめに付けてあげる。


「ん!ウマイ! 牛酪つけたらムチャクチャうまいッスよ!」


晋平は、バターのついたクレープを折りたたむように、口の中に押し込む。


「ほんと?あたしも食べたい。」

「俺も!」


狸妖怪たちが群がるようにテーブルに集まってくる、

それぞれクレープを手に取ると、バターを付けてもらい、かぶりついた。


「あら。ほんと。おいしいわ。」


「うん。牛酪の塩味と甘みがすっごいおいしい。卵の味もするね。」


皆、夢中で食べている。


「・・・これは、たしかに興味深い味です。真宵殿。あんな短い時間でこれを作ったんですか?」

金長が尋ねた。

金長は、牛酪つくりのほうを手伝っていたので、クレープ作りには立ち会っていなかった。


「ああ。俺も手伝っていたが、驚くほど簡単だった。材料を混ぜて、鉄板で焼いただけだからな。材料も特別なものはつかわなかったし。」


代わりに右近が答えた。

ふたりとも、ひとくちひとくち確かめるように、クレープを味わっている。


「では、これは『久万郷』でも作れるということですか?」

さらに金長が尋ねた。


「ええ。バターさえあれば、誰でも簡単に作れると思いますよ。」


真宵の言葉に、金長は、ますます真剣にクレープの味を確かめる。




「ねえ。あたし、もう一枚食べてもいい?」

しののめが聞いた。

まだ、クレープはたくさん残っていた。


「ええ。でも、今度はこっちもためしてみてもらえますか?」


そう言って、真宵はまた新たなものを出してきた。


「・・・なにこれ?」


しののめは怪訝な表情で、それを見つめる。

器にはなにやら真っ白な泥のようなものが入っている。


「それ、食べ物なの? 石鹸みたいだけど?」


見たこともない物体に、不安で顔を曇らせる。

それくらい、しののめの知ってる食べ物とはかけ離れていた。

それは、ほかの狸も同じようで、皆、微妙な反応で、それを見ている。


「ふふ。これ、『リコッタチーズ』っていうんです。ほら、さっきバターを作るときに、水分が分離したでしょう?あれを使って作ったんですよ。」


「ええ?だって、あれ、ただの白い水みたいだったわよ?」


目の前のものは明らかに固体だった。

雪のような泡のような石鹸のような、奇妙な物体である。


「ええ。乳清とかホエーとかいうんですけど、あれと牛乳を一緒に温めて、最後にお酢を加えると、こんなふうに固まるんですよ。」


カッテージチーズともいう、もっともお手軽に家庭でも作れるチーズだ。

お酢の代わりにレモン汁をつかうと、風味がよくなるのだが、こちらでは手に入らないので断念した。


「ふぅん。でも、おいしいの?これ?」


しののめは怪訝そうに、匂いを嗅ぐ。


「ふふ。ものは試しです。とりあえず食べてみてください。」


真宵は、クレープを一枚取ると、これでもかとたっぷりチーズをのせ、上に店から持ってきた蜂蜜をたらして、しののめの前に差し出す。


「は、蜂蜜もかけるの?これ、お菓子なの?ご飯じゃなくて?」


「え、えーと。どうなんでしょう?」


こういう料理を、食事か菓子かではっきり分別するのは難しい。

パンケーキもクレープも食事として食べることもあれば、間食扱いのときもある。

最近の流行のように、生クリームを山盛りにして食べることもあれば、野菜やベーコンと一緒に食べることもある。

蜂蜜をかけたピザなどは、ピザ自体は塩味だし、食事なのかデザートなのか、真宵にもよくわからなかった。


「な、なんだか、食べにくいわね。」


しののめはチーズののったクレープを、茶巾寿司のように折りたたむと、恐る恐るかぶりつく。


「!! なにこれ!? おいしい!」


初めて食べる味だったが、しののめはその味に驚愕する。


「ちょっと、ケノ。あなたも食べてみなさい。これ、すごいおいしいわよ。」


ケノ。もうひとりの女狸、あさけのの通称である。

しののめとあさけのは、しの、けの、と呼び合う。

血のつながりはないが、姉妹のように仲の良い女友達だ。


「ほんと?ねえ。私ももらっていいかしら?」


「ええ。もちろん。」


真宵は、あさけのにも同じように、チーズをたっぷりのせたクレープを渡す。


「!! あら。ほんとうにおいしい。ちょっと酸っぱくって、蜂蜜の甘さとあってますね。私、牛酪のより、こっちのほうが好きですわ。」


「あたしも!」


ふたりの女狸たちには大好評のようだ。

チーズと甘いものといえば、女の子の好きなものの代表格だ。

どうやら、狸妖怪でもそれはかわらないらしい。


「俺も食いたいッス!」


「僕ももらっていいですか?」


最初、躊躇していた他の面々も、しののめたちのの反応を見て、食いついてきた。

真宵は、順番のに作って渡していく。


「なんとも、不思議な味ですな。しかし、うまい。真宵殿、この『ちぃず』というは、牛酪とともに売り物になるのではないですか?」

金長が尋ねる。


しかし、真宵は、うーん、と複雑そうな顔をする。


「そうですねえ。でも、このチーズって、ちょっと問題もあるんですよね。」


「問題?」


「ええ。けっこう、いたむのが早いんです。冷蔵庫に入れても三、四日くらいしかもたないし。」


冷蔵庫が普及していないこの世界ではもっとはやいだろう。これから寒くなるとはいえ、それはさほど変わらない。


「なるほど。それはたしかに厳しいですな。」


とくにこの世界は流通が確立されていないので、販売経路の問題もある。

保存が利かないというのは、大きな弱点なのだ。


「・・・だとすると、これを『久万郷』に送るというのは無理ですか。」


金長はつぶやく。

狸妖怪たちの故郷である『久万郷』の食生活の向上のために働いている金長にとっては、残念な事実だ。


「だいじょうぶッスよ。俺たちがここで勉強して、『久万郷』でも作れるようにしてみせますから!」

晋平が言った。


「そうです。絶対に自分たちでも作れるようになってみせます!」

文吾も同じ意見のようだ。


彼らもまた、故郷のために、わざわざこの『遠野』まで働きに来たものたちなのだ。


「そうだな。酪農もあちらでできるようになれば、この『ちぃず』とやらも作れるようになる。そうすれば、『久万郷』の皆にも、この味を食わせてやることもできるだろう。頼んだぞ、お前たち。」


「まかせといてください!」


「まよいさん。この『チーズ』ってやつの作り方、教えてくださいね。」


「ええ。簡単ですから、後で、レシピを書いておきます。すぐ作れるようになりますよ。」


「ふふ。そうしたら、チーズ食べ放題ね。楽しみだわ。」


「おい。自分たちで食ってばかりでどうするんだ。材料はここの商品だぞ。」


文吾の言葉に、皆がドッと笑った。


「ふふ。だいじょうぶですよ。乳清はあまり使い道がないんで、いくら食べても。」


乳清ホエーはチーズやバターを作るときに大量に出る。

乳糖が含まれていて、ほのかに甘いし、栄養価も高いのだが、いかんせん腐りやすいのであまり活用されていない。

最近では、ホエー豚といって、豚に飲ませるのが流行っている。肉質がやわらかくなるらしい。

逆に言えば、豚に飲ませるほど大量に出て、豚に与えるくらいしか使い道がないのだ。


「こうゆうのも、あるんですよ。」


真宵は大きな水差しから、白い液体をコップに注ぐ。


「その乳清を牛乳と混ぜて、ちょっと蜂蜜で甘くしました。」


乳清飲料というやつだ。


「あ!甘い。そんでうまい!」


「うん。牛乳よりさっぱりしてる感じ。おいしいよ。」


こちらは女性陣より男狸に人気のようだ。


「いまのとこ、バターを作る以外、牛乳も乳清も使い道がみつかってないですからね。どんどん飲んでもかまわないと思いますよ。栄養もありますし。」


牛乳も、あまり飲む文化がないせいで、余っているらしい。

保存できるタイプのチーズが作れれば一番なのだが、ああいったチーズは、バターとは比較にならないくらい難しい。

温度や湿度の管理、発酵につかう菌。なかにはブルーチーズのようにわざとカビをはやすものもある。

素人に簡単にできるものではない。

人間界に戻ったら、調べてみるつもりだが、それは来月の話だ。

もったいないので、捨ててしまうくらいなら、どんどん狸たちで飲んでもらったほうがいいと思う。


「牛乳も乳清も使い放題。いい職場よね。あとは、蜂蜜ね。ねえ、この近くの山でも蜂蜜は採れるんでしょう?」

しののめが聞いた。


「ああ。だが、蜂の巣を見つけるのはけっこう大変だぞ?」

件を除けば、この辺の地理に詳しい右近が答える。


「ふふふ。あたしたち狸の嗅覚を舐めてもらっちゃ困るわ。烏天狗さんの鼻とは出来が違うのよ。」

狸たちが笑う。


「よし!明日から、山に入って蜂蜜探しだ。」


「まかせろ!」


盛り上がる狸たちに金長がドスのきいた声で、苦言を呈する。


「お前たち。自分たちの仕事がなんだかわかっているんだろうな。牧場仕事をおざなりにするようなら、ただではおかんぞ。」


「わ、わかってますよ。仕事の合間にってことですよ、なあ?」


「そうそう。これでも、ちゃんと牛の世話は手伝ってるんだから。な、件さん。」


すると、件はニッコリ微笑んだ。

しゃべれないが肯定ということだろう。

狸妖怪と件。うまくやっていけるかと懸念していたが、いまのところ仲良くやっているようで一安心だ。



「ねえ。私、もう一枚もらってもいいかしら?」


よっぽど気に入ったのか、あさけのがリコッタチーズのクレープを欲しがった。


「ええ。もちろん。たくさん食べてくださいね。」


真宵は笑顔で応えた。






読んでいただいた方ありがとうございます。

牧場編つづきでございます。

牧場の話とか、五人の狸の話とか、また書く予定ですのでよろしくおねがいします。



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