170 狸は狸で働きもの
《カフェまよい》従業員紹介。
『右近』
従業員兼料理人見習い。
烏天狗。
料理人見習いだが、人手の問題で開店後は真宵、金長と交代で接客もこなす。
包丁捌きなど技術的なことは、この半年でかなり上達したが、料理のセンスはイマイチのもよう。
最近では多少は改善されたようで、たまに賄いの一品を任されることもある。
得意料理は『じゃがバター』。
妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。
神無月の影響で、食材の確保が困難になり、営業への影響が懸念されたが、妖怪たちに協力を要請することで、とりあえずのところは窮地を脱した。
また、それとは別に、有効的に活用されず廃棄されている牛乳を牛酪としてつかうために、とある計画が進んでいた。
ランチタイムも終わり、そろそろ厨房担当と客席担当が交代する時間だ。
厨房で、真宵と右近が仕事をしていると、客席で接客をしていた狸妖怪の金長が入ってくる。
「真宵殿。少しだけよろしいか?」
「ええ。なにかありました?」
真宵は濡れた手を手拭で拭きながら応える。
「はい。紹介しておきたいものが来ておりまして。できれば、右近殿もいっしょに客席の方までご足労願いたいのですが。」
「俺もか?」
意外そうに右近が言う。
「ええ。また、この店にも出入りすることになるので、紹介だけでも、しておきたいと思っておりまして。」
「もしかして、件さんの牧場で働く狸妖怪さんですか?」
「ええ。『久万郷』からここまで旅してきたので汚れてますから、厨房に入れるのは支障があると思いまして。」
件の牧場とは、ここから少し離れた場所にある牛妖怪の『件』が管理している牧場のことである。
乳牛や肉牛をたくさん飼っているが、妖異界では牛乳はあまりつかわれない上、腐りやすいので流通しておらず、余った分は捨ててしまっているらしい。
これをなんとか有効に活用しようと、《カフェまよい》と協力して、牛酪をつくろうという話になっている。
件、ひとりではとても無理なので、『久万郷』から人手を借りることになっていた。
どうやら、その妖怪たちが今、着いたようである。
「すぐ行きます。どんなひとたちなのか楽しみだわ。」
真宵たちが、店に出ると、そこには五人の狸妖怪たちが待っていた。
男性三人に女性二人。皆、二十歳前後の若者だ。
「紹介します。右から、晋平。文吾。宗助。あさけの。しののめ。です。件殿の牧場で働かせていただくことになっています。こちらにも配達で出入りすることもあると思いますので、どうか、お見知りおきください。」
「ドモ! 晋平です。よろしくっス!」
「文吾です。」
「宗助と言います。よろしくおねがいします。」
「あさけのといいます。よろしくお願いしますね。」
「しののめよ。シノって呼んでね。」
「あ。こちらこそ、よろしくお願いします。この店の店主で真宵といいます。」
「烏天狗の右近だ。ここで、料理人見習いをしている。」
お互い、挨拶を交わす。
真宵はあらためて、狸妖怪たちを確認した。
ちょっとチャラめの軽い感じの狸が晋平さん。かなり細身。
がっちりした体育会系っぽい短髪なのが文吾さん。
ちょっと小柄で真面目そうなのが宗助さん。
髪を後ろで結わえている色っぽいのが、あさけのさん。
髪をサイドテールにして垂らしているちょっと気の強そうなのが、しののめさん。
顔と名前を覚えるのは、比較的得意なので、すぐ覚えられるだろう。
「・・・『久万郷』には、できるだけ真面目で働き者をおくってくれるよう、頼んでいたはずなのですが。まさか、こいつらをよこしてくるとは・・・。」
金長はおおきくため息をついた。
「ちょっと!金長さん、そりゃないっスよ。」
「そうです。金長さま。我々は金長さまのお力添えになればと思い、志願したんです。」
「そうよ。金長さんがひとりで『遠野』で働いてるのは寂しいだろうと思って来てあげたのよ。ねえ?」
「そうですわ。そんな言われ方をするのは心外ですわ。」
狸たちは口々に抗議した。
「あ。前々からのお知り合いなんですね?」
真宵が尋ねた。
おなじ『久万郷』から来たのだから、面識はあって当然なのかもしれないが、あそこには八百八狸、それ以上の狸妖怪が棲んでいるらしい。
ならば、全部が全部、親しい間柄というわけでもないだろう。
「ええ。昔からの・・・、まあ、悪縁とでも言いかますか・・。」
金長が言葉を濁す。
「俺たち、金長さんの舎弟っす!」
「以前より、尊敬申し上げてます。」
晋平と文吾が言った。
「しゃ、舎弟ですか?」
なんとも、極道ちっくな響きだ。
あまり、日常生活では聞かない単語が飛び出してきた。
以前に、金長が若い頃はやんちゃで喧嘩ばかりしていたという話は聞いていたが、その頃の白愛であるらしい。
人間界でいうなら、昭和の不良グループとか暴走族の総長と舎弟みたいなものだろうか?
「いまはまるくなったけど、昔の金長さんはヤバかったよなー。」
「ああ。狸も他の妖怪も避けて通っていたからな。」
「怖かったです。」
「ムチャしてたわよねー。あの頃は。」
「ええ。懐かしいですわ。」
狸たちが思い思いに昔話に花を咲かせる。
「ええい!昔の話はいい! 」
金長が顔を真っ赤にして遮った。
珍しく、照れているらしい。
「ほら。挨拶が終わったら、さっさと、件殿の牧場に向かえ。件殿にも失礼のないようにな。」
「はぁーい。」
「じゃ。失礼しまーす。」
「お邪魔しました。」
「あ。ちょっと待って。」
出て行こうとする狸妖怪を、真宵が止めた。
「『久万郷』から、来たんでしょう? お腹すいてるんじゃないですか? なにか食べていきませんか?」
「え?飯食わしてくれるの?」
狸妖怪たちの目の色が変わる。
「いえ。そのような気遣いは無用です。ただ、挨拶に寄っただけですから。」
「ええー。」
「そんなぁ。」
金長は固辞するも、狸妖怪たちは不満のようだ。
「まあ。せっかく来ていただいたんですから。・・・もう、『ランチ』は終わっちゃったんで、簡単なものしかできませんが、食べていってください。ウチの味も知ってもらいたいし。どうぞ、席で座ってお待ちください。」
「おおー!」
金長の苦虫を噛み潰したような表情をよそに、狸たちは大喜びで席に座った。
「お待たせしました。こちら、ウチで出している『おにぎりセット』です。」
ご飯はすでにランチで使い切っていたので、『おにぎり』を食べてもらうことにした。
「こっちは、ありものでつくった『牛肉ときのこの炒め物』です。お口にあうといいんですけど。」
「おお!うまそお!!!」
「真宵殿、こんなにもてなしていただかなくても・・・。」
金長は恐縮しているが、店にあったものを炒めただけの即興品だ。
たいした手間はかかっていない。
あとは、ランチの残りの味噌汁と漬物。
簡易ランチといったところだ。
「ふふ。その牛肉は件さんの牧場からわけてもらったものなんですよ。味を知っておいて損はないでしょう?」
件からわけてもらった牛肉はなかなかのものだった。
さすがにA5ランクの霜降り和牛とはいかなかったが、おいしい赤身肉の牛肉だった。
ちょっと歯ごたえもあって、噛めば噛むほど肉のうまみが溢れ出る。
最近流行の熟成肉にでもしたら、もっとおいしくなりそうのなのだが、さすがにその知識は真宵にはなかった。
「ほお。これが俺たちの働く牧場の牛肉ですか。うん。旨い!」
「じゃあ、俺たち、こんな旨い肉、毎日食べれるの?」
「バカ!あたしたちが食べてどうするのよ。育てて商売にするんでしょう?」
「あ、そっか。」
「でも、ほんとの美味しいわぁ。お肉も茸も。」
狸妖怪たちは、どうやら、料理の味に満足のようだ。
「ふふ。その茸も『遠野』の山で採れたものなんですよ。」
「へぇー。」
先日、『山童』が大量に茸を店に持ってきてくれた。
この季節、『遠野』の山々では茸がたくさん採れる。
《カフェまよい》が食材不足と聞いて、商売のチャンスとばかりに張り切ったらしい。
「ちゃんと、人間にも妖怪にも無害な味のいい茸を選んで持ってきましたからね。」
と、言っていた。
見た目は子供ながら、さすがにしっかりしていた。
茸はさすがに松茸はなかったが、シメジ、ナメコ、マイタケなど、真宵にも馴染みの深いものから、見たことのない茸まで、多種多様だった。
なかには、「え?これ、食べられるの?」というくらい、毒々しい色をしたものまであったが、試しに食べてみたら、意外と美味だったりした。
「茸なら、『久万郷』でもたくさん採れるし、肉が確保できるようになったら、『久万郷』でもこういうの食べられるようになるかしら?」
あさけのという女性の狸妖怪が聞いた。
「どうだろうな。某は知らない料理だが・・・。」
「できると思いますよ。味付けは普通のお醤油とお酒とお砂糖とかですし。」
真宵が説明する。
この料理は、真宵が人間界でよく作っているもので、本当は、いつもならオイスターソースで炒めるところなのだが、こちらの世界にはなかったので、和風にアレンジした。
ただの炒め物なので、材料さえ揃えば、そう難しいものではない。
「ふーん。ねえ、金長さま。絶対、この料理、覚えてくださいよね。『久万郷』に帰ってもまた食べたいもの。」
しののめが言った。
「ふむ。・・・・真宵殿。この料理の作り方、時間のあるときでかまわないので、ご教示願えるだろうか?」
「ええ。もちろん。簡単だから、すぐ作れるようになりますよ。」
真宵は笑顔で答える。
「あ、このおにぎりも旨めえ!」
晋平が大きな声を出した。
「あ。その、サバの身をほぐしたのと白ゴマが混ぜてあるのは、金長さんが握ったおにぎりですよ。」
「マジ?」
「え?金長さまがおにぎりを握ってるんですか?」
「・・・あたりまえだろう。某が、ここでなにを修行してると思っているんだ?」
「ええー。金長さんがおにぎり握っているとこなんか想像できないわ。」
狸妖怪たちにとっては、料理人見習いの金長はあまりピンとこないらしい。
真宵にとっては、喧嘩好きで暴れまわっている金長のほうが想像できないのだが、不思議なものである。ひとに歴史あり。妖怪にもいろいろあるのだろう。
「じゃあ、ごゆっくり。あ、お店の方はだいじょうぶなんで、金長さんはおはなししててください。ひさしぶりに会ったのなら、つもる話もあるでしょうし。」
そう言って真宵は厨房に戻って行った。
「それでは、申し訳ないが、今日は早退させていただきます。」
金長が深々と頭を下げた。
これから、『件』の牧場まで、狸妖怪たちを送って行くことになっている。
金長は最初、仕事があるのでと固辞したのだが、いきなり知らない妖怪が団体で訪ねていくと、件が驚くと、真宵が説得した。
仕事のほうは、ランチタイムは終わっているので、金長が抜けてもなんとかなる。
「はい。件さんによろしくお伝えください。週末にはまた、お邪魔しますからって。」
「承りました。お伝えします。」
「それから、これ。お土産です。お饅頭とかおはぎとかいろいろ。 件さんに渡してくださいね。」
おおきな包みを金長に渡す。
「はい。・・・ずいぶん大きいんですね。」
「ええ。みんなで食べられるように、多めに入れておきました。」
「え!俺らのぶんも?!」
「ありがたい!ここの菓子は絶品と聞いています!」
「楽しみだわー。」
はしゃぐ狸たちに、金長は複雑な顔で応える。
「真宵殿。あまり甘やかしてはクセになります。ほどほどにしていただかないと。あやつらは、遊びに来たのではないのですから。」
「ふふ。いいじゃないですか。件さんとも仲良くやってほしいし。それには、一緒においしいもの食べながら、お茶するのが一番ですよ。」
「そういうものでしょうか。」
金長ははしゃぐ狸妖怪をたしなめながら、それでは行ってきますと、店を出て行った。
金長と狸妖怪たちが出て行った後、真宵と右近は、残った食器や湯飲みを片付けていた。
「ふふ。金長さん、ずいぶん、後輩たちに慕われてましたね。」
故郷の『久万郷』思いなのは知っていたが、あんなに年下に慕われているとは思っていなかった。
「そうだな。金長どのは面倒見もよさそうだし、下のものに慕われるタイプなんだろうな。」
右近が答える。
「そうですねー。金長さんがいるから、志願したって言ってましたし。よっぽど好かれてるんですよ。きっと。」
わざわざ故郷から遠く離れた場所まで、働きに来るのだ。ちょっと仲が良いくらいでは、決断しないだろう。
「ふふ。そのうち、右近さんを慕って、烏天狗さんも働きたいって来るかもしれませんよ?」
冗談めかして真宵が言った。
「ははは。俺は金長どののように下から慕われるようなタイプじゃないしな。そんなことは、まず、おこらないさ。」
「そうですか?右近さんが気づいてないだけで、右近さんを慕っている烏天狗さんもいっぱいいるとおもいますけどねえ。」
真宵が笑った。
「右近いるー? 今日の『お饅頭セット』はなに?」
そこに、店の入口からひとりの女性が入ってきた。
女烏天狗の綾羽である。
さらに、後からもうひとり烏天狗が入ってくる。
「ああ、疲れた。右近さーん。僕、『おはぎセット』でお願いしますー。」
烏天狗の清覧だった。
「ほら。さっそく、かわいい弟分と妹分がいらっしゃいましたよ? あ、これは私が片付けておきますので、右近さんはおふたりの接客をお願いしますね。」
真宵はそう言って、右近の肩をポンと叩くと、使い終わった食器を持って、厨房へと戻って行った。
呆然と立ち尽くす右近に、ふたりは追い討ちを掛ける。
「右近、なにボーっとしてるのよ。お客よ、お客。はやくしなさいよ。」
「右近さーん。僕、のど乾いちゃったんです。お茶、はやくお願いしますー。」
(ぐっ。)
右近はこみあげてくる言葉をぐっとこらえる。
(違う。マヨイどのは勘違いしている。あいつらは俺の弟分でも妹分でもない!ましてやかわいいなどとは思ったことがない!)
右近はなにやらわからぬ疲労感を感じていた。
読んでいただいたかた、ありがとうございます。
163話で触れた牧場関係のお話です。
狸妖怪の5人は、某有名小説の8人の名前をもじらせていただきました。
あっちは狸じゃなくて犬ですけどね。
馬琴さま。尊敬してます!




