17 コナハナサクラモチ
人間界とは別の妖怪たちの棲む世界、妖異界。
ひょんなことから異世界で甘味茶屋を営むことになった真宵。
剣も魔法もつかえません。
特殊なスキルもありません。
祖母のレシピと仲間の妖怪を頼りに、日々おいしいお茶とお菓子をおだししています。
ぜひ、近くにお寄りの際はご来店ください。
《カフェまよい》 店主 真宵
本日は さくら祭り 開催中 です。
「いらっしゃいませー。」
今日も《カフェまよい》は相変わらずの店主の声で客を出迎えた。
『烏天狗』の右近は忙しそうに接客する真宵に軽く一礼すると、空いている席に腰を下ろした。
(今日は、盛況だな。)
右近は口に出さないが心の中で思った。
右近がこの店を訪れるのは、この時間帯が多い。ランチタイムも終わり、ゆっくり茶と菓子を頂きたい客が増える時間帯だ。
日によっては、満席に近かったり、騒がしい客が騒動を起こしてたりするが、たいていは、もっとゆったりしており、店主とたわいない会話をする余裕もあったりするのだが、今日は少々忙しそうである。
「おまたせしました。遅くなってすみません、右近さん。」
店主の真宵が、いそいそとやってくる。
「いや、かまわない。忙しそうだな。『おはぎセット』をたのむ。」
メニューを持ってこさせるのは申し訳ないので、すでに決まっている注文の品を、真宵に伝える。
しかし、いつもならここで笑顔で応える真宵が複雑な顔をした。
「すみません。右近さん。実は今日は、おはぎないんですよ。」
「なに!」
《カフェまよい》の『おはぎセット』を溺愛し、忙しい仕事の合間を縫って通いつめている右近にとって、青天の霹靂ともいえることだった。
いままで、この時間におはぎが売り切れたことはない。
むしろ、売り切れの危険がないよう、少々無理をしてもランチタイムが終わったすぐ後のこの時間帯を狙って来ているはずだったのだ。
「なぜだ? まさか、烏天狗が大挙して押し寄せて、買い占めていったのではあるまいな?」
右近には、そんなことをしそうな人物に心当たりがあった。実際、しようとしたのを阻止したこともあるのだ。
「え? 烏天狗さんですか? 今日は右近さん以外、まだいらしてないとおもいますけど・・。」
真宵は困惑しながら答えた。
どうやら、鞍馬山の某妖怪の仕業ではないらしい。
「なら、なぜだ? なぜ、こんな時間に、おはぎが売り切れているのだ?」
「こ、これです。 こちら見てください。」
詰め寄る右近の迫力に押されながらも、真宵はテーブルの横に貼られた紙を指差した。
本日より三日間 《さくら》祭り
甘味メニューは さくらもち のみ とさせていただきます
※ランチは通常通り提供させていただきます。
「さくらまつり?」
右近は、眉をひそめた。
よく見ると、店内の各テーブルに貼られている。
「はい。もっとはやくに告知しておけばよかったんですけど、急に思いついてしまって。」
「・・・しかし、おはぎをメニューからはずすとは、どういう所存だ? 『おはぎセット』はここの看板メニューだったはずだろう?」
おはぎ愛のせいで、いつもより、態度が刺々しくなっている右近に慄きながらも、真宵は答えた。
「はい。そうなんですが・・、ちょっといろいろ事情が・・。」
そこに、他のテーブルから注文がとんだ。
「まよいちゃん、こっちに『道明寺』三つちょうだい。」
「おう。こっちは『長命寺』をふたつだ。」
「は、はい。かしこまりました。・・あっ、座敷わらしちゃん、お願いできる?」
ちいさな幼女の姿をした妖怪座敷わらしに、追加オーダーを通す。
座敷わらしは、みためは子供だが、忙しいときには頼りになるここの従業員だ。
「わかった。」と、にこっと笑うと、厨房のほうへと消えていった。
「・・・、いま、どうみょうじとか、ちょうめいじとか、さくらもち以外の注文があったようだが? おはぎはやめたのに、他の品は、提供しているのか?」
いまや、犯罪捜査でもしているかのような迫力で問い詰めてくる右近に、真宵は焦った。
「い、いえいえ。違いますよ。 桜餅に『道明寺』と『長命寺』の二種類があるんです。」
「さくらもちが、二種類?」
「ええ。実は、うちの祖母のレシピは『道明寺』なんですが、私が育った地域って『長命寺』が主流だったんです。だから、どっちも捨てがたかったというか、どっちも作りたかったというか。でも両方作ってたら、他のお菓子をつくる時間が確保できなくて。それで、この三日間は、桜餅オンリーなんです。」
「ほーう。だが、桜なんぞ、花は綺麗でも、煮ても焼いても食えぬだろう? わざわざ二種類も桜餅をつくる必要があるのか? たいしてかわらんだろう?」
キラリと真宵の瞳が光った。
「それは、違いますよ、右近さん!」
先ほどまで、押されていた真宵とうってかわって、強気にでる。
「いいですか? 桜餅を道明寺にするか長命寺にするかは、卵焼きを甘いのにするか出汁巻きにするか、目玉焼きになにをかけるのか、と同じぐらい重大な問題なんです。」
「そ、そうなのか?」
「ええ。たしかに桜は煮ても焼いても食べられませんが、塩漬けにすると食べられるんですよ! とにかく、一度食べてみてください! もし、口にあわなければ、御代はいりません!」
あまりの迫力に、右近は押され負けた。
「わ、わかった。 そこまでいうのなら、桜餅をいただこう。ええと、どちらがオススメなんだ?」
「コホン。そうですね。おはぎ好きな右近さんなら、『道明寺』なら絶対気に入ると思いますよ。」
少々、熱が入りすぎたと感じた真宵は、少しテンションを落として説明する。
「そうか。じゃあその道明寺と茶をたのむ。」
「かしこまりました。少々お待ちください。・・・絶対おいしいですから!待っててくださいね。」
真宵は闘志を燃やしながら、厨房へと入っていく。
「おまたせしました。こちら、『道明寺』です。お茶はお煎茶ですよ。」
テーブルに桜餅がおかれる。
薄い桜いろのもち米に少し褐色がかった緑色の葉がまかれている。
「ほう。これが桜餅『道明寺』か・・。たしかに、おはぎと似ているな。それに見た目も美しい。」
右近は、桜餅を眺めたり匂いをかいだりと興味津々だ。
「これは、どうやって食するのだ? この巻いてある葉っぱははずしてもいいのか?」
「あ、その葉っぱは塩漬けにした桜の葉なんです。お好みですけど、柔らかくなってますので、そのまま食べてもおいしいんですよ。」
桜餅の葉っぱを食べるか残すか? これも人間のあいだでも答えのでない論争の種だ。
ちなみに、真宵は食べる派である。
「そのまま、手づかみでかぶりついてください。」
右近は、言われたとおり、巻かれた葉ごとかぶりつく。
「・・・・うまい。」
(よし!)
真宵は、心の中でガッツポーズをとった。
「なんというか・・、おはぎよりも、塩味が効いてる気がするな。葉っぱもパリっとしてて、食感がおもしろいし、中のこしあんの甘さを塩味と桜葉の風味がよく引き立ててる気がする。」
「はい。桜餅ってみための桜色は味にはそんなに関係なくて、葉っぱの塩漬けがいい仕事をしているんですよね。だから、葉っぱも一緒に食べたほうがおいしいと思います。」
右近が桜餅を気に入ったことで、上機嫌の真宵は笑顔で応える。
「それじゃあ、右近さんごゆっくり。」
礼をして、立ち去ろうとする真宵を、右近が引き止める。
「待ってくれ。真宵どの。」
「はい?」
「桜餅というものに興味が出てきた。ぜひ、もうひとつの長明寺、というのもいただけないだろうか?」
「ええ。もちろん。 『長命寺』ひとつですね。ありがとうございます。」
満面の笑みで返答した。
目の前におかれた、『長命寺』という桜餅に、右近は感嘆した。
桜色のみためや葉が巻かれているのは同じだが、おはぎと似ていた『道明寺』とは違い、こちらは優雅なビジュアルをしていた。
美しさで言えばこちらのほうが上かもしれない。
一番の差は、薄く焼いた桜色の生地を少し折り曲げ、こしあんを包んでいる。隙間からあんこが覗いて見えるのがまた美しい。
右近はたまらず、かぶりついた。
「これは、さっきのとはだいぶ食感が違うな。」
もっちりずっしりとしていた道明寺と違い、こちらは、口当たりが軽く、さらりとした食感だ。
「生地に小麦粉をつかっているんですよ。」
正確には薄力粉と白玉粉だ。
そのせいで、もち米をつかった道明寺とはかなり印象が違う。
「ほう、小麦粉か。」
さっくりと噛み切れ、なめらかな舌触り、それでいて、噛むともっちりした弾力もある。
こしあんや桜葉は同じ味なのに、別の食べ物として成立している。
「さっきのとは、だいぶ違うが、これはこれでうまい。」
右近が、桜餅を食べ終わった頃を見計らって、ひとりの客が声を掛ける。
右近と同じ常連客のぬらりひょんだ。
蛸のようなおおきな頭の老人の姿をした妖怪で、こちらも甘味、とくにおはぎめあてで店に通っている。
「のう、カラス天狗よ。それで、おぬしはどっちの桜餅が気に入ったのじゃ?」
右近は、いきなりぶしつけに聞いてきた顔見知りに、すこし間を空けて答えた。
「・・・、そうだな。どちらもうまかったが、どちらかといえば道明寺のほうが好みだな。」
やはり、おはぎと同じもち米のどっしりした食べ応えが、右近には好みだった。
「あー、なにもわかっとらんのう!」
ぬらりひょんは不機嫌顔で不満を漏らす。
そこにさらに、別の客が割り込んでくる。
「いやー。さすが、右近のダンナ。よくわかってるねぇ。 わかったでしょう?ぬらりひょん。桜餅は道明寺のほうが美味なんだよ。」
『毛倡妓』という女性妖怪だった。
派手な薄紅の着物で、ウェーブのかかった髪が、足元まで伸びている。
「なにを言っておる! 道明寺は、おはぎとたいして変わらんじゃろう? だったらおはぎを食えばよいではないか。 桜餅はぜったい長命寺じゃ。」
「馬鹿だねぇ。おはぎのおいしいお店だから、おはぎに似た道明寺のほうが美味なのは自明の理ってやつじゃないか。」
桜餅の好みで言い合いするふたりに、右近は呆れて仲裁に入る。
「どちらでもいいだろう? ふたりとも、自分の好きなほうを注文すれば言いだけの話なんだから。」
当然のことを言ったはずの右近だったが、ぬらりひょんも毛倡妓もいぶかしい顔でこちらを見ていた。
「なんにもわかってないねぇ。右近のダンナは。」
「おぬし、何もきいておらぬのか?」
「な、なにがだ?」
「よいか?ふたつの桜餅で、正式にメニューになるのは、どちらかひとつじゃ!」
「そうよ。だから、人気のないほうのメニューは、もう二度と食べられなくなるわけ。わかった?」
「なに? 」
右近は仰天した。
すぐさま、真宵に問いただす。
「ほんとうなのか?! まよい殿。」
ずっと、黙っていた真宵が、ポツリと口を開く。
「え、えと。そこまで明確に決めたわけじゃないんですけど・・、ただ、両方の桜餅をつくるのは、ちょっと無理があるって、言っただけ・・なんですけど。」
つまり、両方の桜餅を作ろうとすると、他のメニューをつくるのに支障が出る。
この三日間はともかくとして、今後、つくるとしたら、どちらかひとつに絞ったほうがいい。
どちらにするかは、この三日間で、お客の反応を見てから決める。
そんなことを、真宵は口ばしった。
それを聞いた客の妖怪たちが、自分の好みの桜餅をメニューにのせるべく、喧々諤々の議論になっていたというわけだった。
「それで、やけに騒がしかったのか・・。」
右近は、得心がいったとばかりにうなずく。
「なら、俺は、道明寺に一票だ。」
「右近さんまで・・・。」
真宵が、呆れて言ったが、始まった議論は止まらなかった。
他の妖怪たちも加わり、道明寺派対長命寺派の論戦が繰り広げられていた。
「道明寺だ!」
「長命寺だ!」
桜餅は道明寺か長命寺か?
意見が真っ二つに割れるのは、人間界も妖異界もおなじであるようだ。
読んでいただいた方、ありがとうございます。
今回は さくらもち は 「道明寺」か 「長命寺」か ? がテーマです
ちなみに自分は 道明寺派 葉っぱは一緒に食べてしまう派 です。




