168 狐と狐がごっつんこ3
登場妖怪紹介
『阿紫』
金狐が気に入り、いつも襟巻きのように首に巻いている狐妖怪。
白い毛並みで、耳と手足の先だけメッシュがかかったような紫色をしている。
金狐に気に入られてはいるが、狐妖怪としての位は高くない。
妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。
現在、店の前にはテラス席が用意され、客は外の景色を見ながら、お茶やお菓子を楽しむことができる。
この時期は気候もよく、周りの山々の紅葉が見られるとあって、テラス席を希望する客も多い。
賑わうテラス席の中、一角だけはなにやら不穏な雰囲気を漂わせていた。
先ほどまで、いがみ合い、罵り合っていた金狐と銀狐のふたりだったが、真宵が戻ってくると、ピタリと口論をやめた。
真宵もそうだが、それ以上に、その後ろにいた人物に警戒をはらったからである。
(・・あれ、狸やないか。それも、あの金長狸。噂で、ここで働いとる言うんは聞いとったけど、ほんまやったんか?)
(らしいわ。なんで、あの戦狸が人間の店なんかで働いてはるの?)
ふたりはまわりに聞こえないように小声で会話する。
(まずいんやないの?ウチらはともかく、阿紫や管狐は狐やいうんがひとめでわかりますえ。あの狸になんやかんや言われたら、どうしますのや?)
(こっちに聞くなや!そうなったら、そうなったときのことや。狸なんかになめられてたまるかい。むこうがその気なら、こっちやって相応のやり方で返すまでのことや。)
(そうやな。いくら金長狸や言うても、こっちはふたりやし。)
(ふん。金狐と共闘するなんて、こんな場合やなかったら、死んでも御免やけどな。)
(それは、こっちもおんなじやわ。)
しかし、ふたりの懸念は杞憂におわる。
金長は真宵ひとりではもちきれない五人分の『饅頭セット』を運ぶのを手伝っただけで、ほとんど口も開かず、管狐たちに『饅頭セット』を配ると、さっさと戻っていってしまった。
「おまたせしました。今日のお饅頭は『いきなり団子』ですよ。」
「いきなりだんごー?」
管狐が聞きなれない名前に首をかしげる。
おおきな狐の耳がなんとも愛らしい。
「ふふ。おもしろい名前でしょう? 熊本っていうところの郷土菓子なの。なかに蒸かしたさつまいもがごろんとはいっているのよ。」
「へぇー。」
『いきなり団子』は熊本県の有名な郷土菓子だ。
団子の中に小豆の餡子と蒸かしたさつまいもをつぶさず、そのままくるんでつくる。
先月、月見団子でなかにさつまいもの芋餡をいれたところ、評判がよかったので作ってみた。
最近では、団子の皮になにか練りこんだり、中に餡子とさつまいも以外に胡桃や林檎を入れた進化形のものもでまわっているが、真宵がつくったのは、シンプルな田舎風のいきなり団子である。
「あ!おいしー!」
「おっきなお芋が入ってるー!」
「あまーい!」
さっそくかぶりついた管狐たちは思い思いの感想を述べる。
「ふふふ。のどに詰まらせないよう、ゆっくり食べてね。それから、今日のお茶はお番茶よ。熱いから、気をつけてね。」
ちいさな子供の管狐に、注意を促すと、真宵もまた店のほうへと消えていった。
「・・・なんや?あの人間も、あの狸も、ウチらが狐やいうことに気づかんかったんか?」
銀狐がつぶやく。
「・・・そんなわけはない思うわ。いくらなんでも、金長狸のほうは気づいてはるやろし。」
金狐が応えた。
「なら、気づいてて、気づかんふりをしとるんか?」
「たぶん、そうやない? 狸が宿敵である狐の気配を見逃すやなんて、あるとは思えへんわ。」
「じゃあ、なんで気づかんふりなんかしてるんや?」
「そんなん、ウチが知るわけないやろう?様子をみてんるか、なにか企んでるんか・・。」
「ふん!狸ふぜいが!」
「それにしても・・・・・。」
金狐が隣のテーブルをチラリと見る。
「なんや、おいしそうな団子やなあ。『いきなり団子』やて?」
銀狐も見る。
隣では、おいしそうに管狐たちが団子を頬張っている。
ひとりだけ人間の姿に変化してない阿紫も、アライグマのように前足を器用に使い、団子を持つとモクモクとかぶりついている。
すでに自分たちは、『抹茶セット』の『栗きんとん』と平らげており、テーブルにはなにものっていない。
「ふん。そないに、人間のつくる菓子が気にいったんかい。金狐とあろうものが。」
「べ、べつに、そんなんやないわ。『九尾』さまに献上するのに、おかしなもんをするわけにはいかんから、味をたしかめといたほうがええかと、思うただけやわ。」
「ふん。どうだか。」
「なんやの? 銀狐はんになんか、そんなこと言われるすじあいないわ。」
そんな小競り合いを延々つづけていると、また、真宵が何か持ってやってきた。
すでに、注文の品はすべてとどいているはずだ。
「お味のほうはどうですか?」
真宵が尋ねると、管狐たちが一斉に応えた。
「おいしーよ!」
「うん、餡子もお芋もおいしい。」
「甘くておいしい!」
「もっと、たべたーい!」
「ふふ。ありがとうございます。お口にあってよかったわ。あと、これ、よかったら、お店からのサービスです。」
真宵がなにかの皿をテーブルにのせようとする。
それを、いちはやく察知したのは銀狐だった。
狐の鋭い嗅覚で、それがなにかを理解した。
(そ、それは、まさか・・!)
「『いなり寿司』なんですよ。狐さんなら、お好きかなーって思って。」
「え!いなり寿司!?」
「ボク、大好き!」
「アタシも!」
『いなり寿司』。
言わずと知れた、油揚げで酢飯を包んだあの料理である。
俗説ではあるが、狐の大好物といえば油揚げである。
一説には、害獣である鼠を捕ってくれる狐を神様のように崇め、供え物をするのに豆腐をつかったことから派生したとか、また、油揚げはたんぱく質と油で、肉とよく似た栄養素なので肉食の狐が好んだとか言われている。
実際のところはどうなのかは知らないが、少なくともこの狐妖怪に限っては、その俗説は事実であるらしい。
「ふふ。なら、よかったわ。お団子のあとでお寿司は、ちょっとちぐはぐだけどいいわよね?」
「食べるー!」
「いなり寿司スキ!」
「油揚げ大好き!」
「一番スキ!!」
管狐はわれ先にと、『いなり寿司』に手を伸ばした。
「一個づつよ。喧嘩しないでね。・・阿紫ちゃんのぶんもあるのよ。まだ、食べられる?」
「モチロンダ!!」
阿紫も狐。『いなり寿司』を前にして、目の色が変わっていた。
そして、目の色を変えていたのは、阿紫だけではなかった。
高位とはいえ、人間に化けているとはいえ、金狐と銀狐もまた狐である。
管狐たちがおいしそうに食べている『いなり寿司』を羨望の眼差しで見ていた。
「ちょ、ちょっといいかや?!」
銀狐がたまらず、真宵を呼び止める。
「はい?」
「な、なんや。ちょっと、小腹が空いてきたわ。ウチにもその『いなり寿司』をもらえるやろか?」
銀狐は平静を装いながら、無理に笑顔をつくる。
「そ、そやなあ。やっぱり、食欲の秋のせいやろか。ウチももうちょっと食べたい思てましたんや。ウチもいただくことにするわ。もちろん、御代はちゃんと払いますえ。」
金狐もその流れにのる。
しかし、真宵はちょっと困った顔で答えた。
「すいません。この『いなり寿司』は商品じゃないんです。」
「なんやて?」
「今日のランチに付けたものの残りで、メニューにない品なんです。今、管狐さんたちに出したのが全部で、もう残ってないんです。」
先日から、『豆腐小僧』のところから、豆腐を仕入れることができるようになった。
その豆腐を揚げた油揚げでつくったのが『いなり寿司』だ。
今日のランチに一品として付けた。
その残りが管狐たちにサービスとして出したものである。
「も、もう、ないんか?『いなり寿司』。」
「ええ。すいません。」
銀狐はこの世の終わりか何かのように、大げさに落胆した。
「あ、あの。もし、お腹が空いているんでしたら、『おにぎり』くらいなら御用意できますけど・・。」
あまりの落胆ぶりに、真宵は提案するが、銀狐は首を振った。
「・・いや。それなら、ええんや。」
「そうですか?すいません。」
真宵は軽く頭を下げると、その場を立ち去った。
そんな、狐たちを離れた場所から監視しているものがいた。
金長である。
金長は、店の入り口付近から、身を隠すようにして、じっと銀狐たちのテーブルを見ている。
「どうかしたか?金長。」
そこに、座敷わらしが通りかかる。
「ああ。座敷わらし殿。ちょうどよかった。あれを見ていただきたい。」
金長は、店の外のテラス席を指差す。
そこには金狐と銀狐。それに管狐たちの姿があった。
それを見て、座敷わらしの顔が不快そうに歪む。
「・・・なんじゃ。なんで、ここに狐が来ておるのじゃ?」
現在、《カフェまよい》では狐妖怪は出入り禁止になっている。
テラス席は『迷い家』の能力圏外なので、狐であろうが来ることはできるが、あれほど堂々と来店するとは考えてもいなかった。
「ええ。それで、気になるのはあのふたりの女性客なんですが・・・。」
「なんじゃ?あのふたりは?」
座敷わらしが見た感じでは狐には見えない。
なにより、狐の妖気を感じない。
「ええ。某もまったく狐の気を感じません。ですが、あれだけの管狐を連れているとなると・・・・。」
「狐が化けておるというのか?」
金長は頷いた。
「おそらくは。・・・しかし、わざわざ狐とバレないように変化しておきながら、狐を連れてくるというのはなんなんでしょう?」
「たしかにな。あれでは、自分たちが狐じゃと名札を付けて歩いておるようなものじゃな。」
「ええ。それが某も不思議で・・・。なにかの罠か企みでもあるのかと注意して見ていたのですが、どうやら、そんな感じでもなさそうで・・・・。」
「ふむ。」
「座敷わらし殿や右近殿に、よからぬ妖怪が客を装ってやってくるやもしれないから、真宵殿が店外にでるときは注意しておいてくれ、と言われていたので、監視していたのですが、こういう場合はどうしたらよいものかと・・・。」
「ふーむ。」
座敷わらしは考え込む。
正直、こういった事態は想定していなかった。
せいぜい、見つからないように化けて、コソコソ様子を見に来るか、逆に暴走して、嫌がらせにでもくるかのどちらかだと思っていた。
相手の意図がわからないのは、ある意味、一番やりにくい。
「とりあえず、放っておけ。」
「いいのですか?」
意外な答えに、金長が目を丸くする。
「相手が何も仕掛けてこぬうちは、こっちも手を出さぬほうがよいじゃろう。ただ、監視は続けてくれ。なにかあれば、すぐ対処できるようにな。」
「ええ。それは、もちろん。」
座敷わらしは、もう一度、店の外の狐たちの席に目をやる。
「・・・なにを考えとるんじゃ、あいつらは?」
座敷わらしは、不可解そうに呟いた。
そんなやりとりをされているとも知らず、銀狐たちは頭から湯気が立ち上るほど怒りを覚えていた。
「なんなんや、あのニンゲン! この銀狐に『いなり寿司』をちらつかせといて、もうありません、やて? 馬鹿にするんもいい加減にしぃや!」
「ほんまやわ。あれ、ほんまにウチらが狐やゆうことに気づいてないんやろか? まさか、気づいた上で、からかってるんやないやろな?」
「ウチが知るかいや! でも、あのニンゲンならやりかねんで。」
「ああ。もう、まだ、あたりに漂っているわ。油揚げのあまい匂い。こんなん嗅がされて、おあずけなんて蛇の生殺しやないの!イケズなんもほどがあるわ。」
「ほんま、この恨み覚えておきや。後悔させたるからな!ニンゲン。」
食い物の恨みは恐ろしい。
ましてや、狐は執念深い動物である。
かくして、高位の妖狐ふたりは真宵への恨みをつのらせていた。
むろん、真宵本人はそんなこととは、露とも知らない。
読んでいただいた方、ありがとうございます。
三回にわたった狐回、決着でございます。
次回は、かの有名な鬼さん登場予定です。




