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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第七章 神無月
166/286

166 狐と狐がごっつんこ

《カフェまよい》メニュー


『栗きんとん』

十月の『抹茶セット』に付く和菓子。

おせち料理によく使われる甘露煮と同名だが別物。

栗茶巾とも呼ばれる、潰した栗に砂糖を混ぜ炊き上げたもの。

栗本来の風味が楽しめる逸品。



妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

現在、店の前でオープンテラスが開催されている。

『遠野』の紅葉に色づく山々を楽しみながら、茶や菓子をいただけるとあって、なかなかの盛況ぶりだった。

また、このテラス席のおかげで、店内に入れない一部の客も飲食ができたりもする。





「ねえ、ねえ、ねえ。行きましょうよ。銀狐さまぁー!」


「せっかく、狐でも行けるようになったんですから!」


「行きたーい!お店で、お饅頭食べたーい。」


「いこうよー。」



「ええい!しつこいのう! いい加減にしいや!」


まとわりつく『管狐』たちを一喝したのは、『九尾』の側近として名高い妖狐『銀狐』だ。



場所は銀桐邸ぎんとうてい。『古都』の一角に建てられた銀狐の私邸である。

銀狐はその一室で、眷属である『管狐』の面々にとあることをせがまれていた。

『管狐』は小さな管に棲みつく狐妖怪だ。

妖力は強くないが、その小さな体と隠遁の術で密偵や情報収集を得意とする。

筆くらいの小さな竹筒に入れておけば懐に忍ばせられるので、銀狐は好んで使役している。

難を言えば、その小さな姿が影響しているのか、皆、一様に化けても子供の姿で、精神年齢もいつまでも幼い。

よく甘えてきたり、駄々をこねたりと手を焼かされることも多い。


「だって。黒狐さまだって、何度も行ってるみたいなんですよ。」


「・・まったく。自分からあの店には手を出すなて言い出して。裏でなにやってるんかわからん油断ならない狐や。」


「オープンテラスっていうのは、暑かったり寒かったりすると、やらないそうですよ。いまのうちにいかないと、寒くなるとなくなっちゃいますよ。」


「ふん!そないなもん、なくなったからって、誰も困りはせんやろ。」


「ええー。あそこのお店で、お菓子食べたいですぅ。」


「菓子なんぞ、誰ぞ買うてこさせたらええやろ! 最近はいくらでも手に入るんやから。」


「お店でしか食べられないお菓子や料理もあるって、聞きましたよぉ。それに、あのおまんじゅうくれた、優しそうなお姉さんにも、また会いたいよぉ。」


「・・・なんやて?」


銀狐がピクリと眉をヒクつかせる。


「あの娘に会いたいやて?! よくもそんな戯言を! あの娘がこの銀狐にどれだけ恥をかかせたかわかっとんのか!!」


銀狐の怒号に、まとわりついていた子供姿の管狐たちが、クモの子を散らすように逃げ出した。


「あーん。銀狐さまが怒ったぁ。」


「一二六号が余計なこと、言うからだよぉ!」


「銀狐さまは、あのお姉さんのことキライなんだから。」


「ごめーん。だって、あのお姉さん、おいしいおまんじゅうくれたんだもん。」


「だからって、銀狐さまの前でいうことないだろ。」


「四三号だって、いつも言ってるくせに! また会いたいねーって。」


「でも、銀狐さまの前では言わないさ。ご機嫌損ねるのわかってるもの。そこらへん、わかってないんだよ、一二六号は!」


それぞれ部屋の隅っこまで避難した管狐たちが好き勝手にしゃべる。

一二六号とか四三号というのは管狐の名前だ。

『管狐』は放っておくだけで勝手に増える。

つがいになるわけでも妊娠するわけでもなく、勝手に増える。

なので、とてもいちいち名前を考えている余裕はなく、慣例として番号を名前として呼ぶことになっている。


「まったく!だいたいいくら店の中にはいらんでも飲み食いできるゆうても、お前たち管狐が行けば一発で狐ってバレるに決まってるやろ?追い出されるんがオチや。」


現在、《カフェまよい》では妖狐とその眷属はすべて出入り禁止となっているらしい。

テラス席では、『迷い家』のちからが及ばないので、狐でも近づくことができるだけで、別に、狐が歓迎されるという意味ではない。


「ええー。だって黒狐さまは、何回も行ってるらしいですよ。」

管狐のひとりが声を上げる。


「それは、黒狐がなんか他の妖怪に化けて騙くらかしたんやろ?あの狐がやりそうなことや。お前たちなんぞが化けたところですぐ見破られるんが関の山や。」


同じ狐といっても『管狐』と『黒狐』ではその妖力も、化ける力もレベルが違う。

狐の気配を完全に消せる妖狐など、そうたくさんいるわけではない。


「じゃあ、銀狐さまだったら、いけるんじゃないですか?」


「なんやて?」


「銀狐さまなら、黒狐さまと同格の妖狐だもの。きっとばれずにあの店に行けますよ。」


「それは・・。」


「だめだよ、八一号。もし、銀狐さまが店に行ってバレちゃったら、銀狐さまが、黒狐さまより変化が下手ってことになっちゃうじゃないか。」


「あ。そうか。」


「ちょっと、待ちや!! なんや!この銀狐が黒狐より下とでも言いたいんか?!」


「ええー。そうじゃないですけど・・・。でも、銀狐さまは、あの店には行かないんでしょう?」


「む、それは・・。」


「そうだよねー。バレないんだったら行けるはずだよねー。」


「だめだよ。あんまり言ったら銀狐さまがおかわいそうだよ。」


「むむむ。」


銀狐は歯噛みしながら、目を吊り上げるのだった。






次の日。



「ほんとにここでいいのかい? 《カフェまよい》はもう少し先だぜ?」


《カフェまよい》から少し離れた場所で、銀狐を降ろした『輪入道』が言った。

輪入道は車力妖怪。この世界では運送業とタクシーを併せたような仕事をしている。

先刻、銀狐に呼び出され、『古都』からここまで運んできた。


「かまへん。・・・なんや、なんぞいいたいことでもあるんか?」


なにか、含みのある表情の輪入道に銀狐が尋ねる。


「・・・いや。できれば、あの店で騒動を起こしてほしくはないんだがな。」


「なんや?いつから、客の内情まで詮索するようになったんや?」

銀狐が不愉快そうに目を細める。


「べつに、詮索するつもりなんかないさ。だが、あの店を俺のお得意さんでな。あの店ができたおかげで、客が何倍にも増えたんだ。世話になってるとこには迷惑掛けたくないっていうのが人情だろう? あんたたち、狐がなにを考えているのかなんて、知ったこっちゃないが、よからぬ行為の片棒を担いだとなりゃあ、顔向けできなくなる。やめてもらいたいもんだ。」


「ふん。ずいぶんと人間の店に肩入れしとるもんやな? 詮索せんとか言うときながら、そんだけ干渉してくれば、じゅうぶんや。あんた、そんな妖怪やったか? もとは、あちこち走り回って、姿を見た人間の魂を片っ端から奪っとった極悪妖怪やろが?」


輪入道が禿げ頭をかいた。


「そりゃあ、いつの話だ。まあ、俺も昔はいろいろ悪さもやったがな。今じゃあ、ただの車力妖怪だぜ。」


「その悪行妖怪が、なんで、ひとのやることに口出しするんやって聞いてるんや。だいたい、そないに気に食わん客やったら、なんで、連れてきたんや。さっさと、断ればよかったやないか?」


「俺はプロだからな。頼まれれば、狐だろうが、狸だろうが、天狗だろうが、鬼だろうが、どこにでも運んでやるさ。乗車拒否なんてしたら車力妖怪の矜持に反するからな。」


「ふん。」


「けど、だからって、情や義理をないがしろにしてるってわけじゃない。むしろ、俺や『片車輪』みたいな仕事をしている妖怪はそういったことこそ大事にしてるんだ。だから、大事な客の頼みなら多少の無理はきくし、ときには損を承知で相手のために融通を利かすこともある。付き合いを大事にしたいからな。」


「つまり、あんたはそのだいじなお得意さんに、この銀狐が迷惑を掛けて、顔をつぶされるのを心配しとるわけか。」


「まあ、そういうことだな。あんたたち狐と『遠野』の連中が反りが合わないのは知ってるが、わざわざ、乗り込んでまで諍いを起こさなくてもいいだろう?」


「・・・・。」


銀狐は軽い苛立ちを感じた。。

前に、同族の黒狐から、同じようなことを言われていたからだ。

まるで、あのいけ好かない男狐から、釘をさされているような錯覚をおぼえる。

銀狐はプイと顔を背ける。


「そんなこと、輪入道に言われる筋合いなんぞない。そもそも、なんで騒動を起こすって決めてかかってるんや?失敬な。別に騒動なんぞ起こす気ははなからないわ。なんのために、わざわざ、こんな離れた場所の降ろしてもろたと思うとるんや?」


そう言って、銀狐は拍手かしわでをひとつ打つ。

すると、先ほどまでの姿形から別の姿へと変化する。

同じ妙齢の女性であることはかわりないが、髪型も顔つきも別人に変わる。

着ていた豪奢な銀糸の着物までも、落ち着いた風合いの淡い藤色の紬へと変わっていた。

狐の得意技、変化の術だ。


「こりゃあ、たいしたもんだな。」

輪入道が、感心した。


変化は妖怪にとって基本のようなものだ。

輪入道とて、本来の姿は大きな車輪に入道の顔がついただけのものだ。

それが、客を乗せるときは、牛車の姿になり、いまはこうやって人間の姿に変化している。

むしろ、姿を変えることのできない妖怪のほうが珍しいくらいだ。

だが、ここまで見事に変化する妖怪はそうはいない。

なにより感心させられるのは、狐の気配をまったく感じさせないことだ。

普通は、たとえ姿を変えられたとしても、妖怪同士なら、その妖力の波動でどんな妖怪かはだいたいわかってしまうものだ。

しかし、いまの銀狐にはそれがない。

もし、輪入道が、どこかでいまの銀狐とすれ違っても、銀狐だとも狐妖怪だとも気がつかないだろう。


「これでわかったやろ? ちょっとあの店に行ってみるだけや。だれも、騒動なんか起こしたりせんわ。だいたい、この銀狐の変化がバレるはずなんぞないしな。」


姿は変わっても、その高慢な物言いだけは同じだった。


「まあ。それならな。」


とりあえず輪入道は納得した。

たしかにそれなら、どんな妖怪にもバレることはないだろう。

完全に信用したわけではないが、どうやら最初から騒動をおこすつもりで行くわけではなさそうだ。


「それじゃあ、もう行くで。帰りは、『朧車』を呼ぶつもりやから、いらんで。」


「ああ。そういや、なんで、『朧車』で来なかったんだ? あいつは狐妖怪御用達だろう?」


「・・・。」


『朧車』は『輪入道』や『片車輪』らと並ぶ車力妖怪のひとりだ。

だが、輪入道たちと違うのは、フリーで客を乗せているのではなく、狐妖怪専属となり働いている。

狐なら誰でもつかえるかというと、そうではないが、『九尾』の側近の銀狐なら使い放題のはずだ。

わざわざ輪入道を呼ぶ必要などなかったはずなのだ。


「ちょうど、朧車が出払っとったんや。どいつが使うとるのか知らんけど、まったく。間の悪いことや。」


不満げに銀狐が言った。

いくら、狐専用とはいえ、朧車はひとり。

他につかっているものがいれば、待つか他の妖怪を呼ぶしかない。

誰か別の高位の妖狐が朧車をつかっている最中だったのだろう。


「ほなな。」


銀狐はプイと背をむけると、《カフェまよい》のある方向へと歩いていった。

その後姿を見ながら輪入道はつぶやく。


「おっと、いけねえ。あんまり油売ってると、次の客の約束の時間に遅れちまう。」


輪入道はプロだ。

乗車拒否も、遅刻も、道を間違えるのも、車力妖怪の矜持が許さない。


「さて行くか!」


再び人間の姿から、牛車の姿に変わると、勢いをつけて空へと舞い上がっていった。






一方、銀狐は《カフェまよい》を目指し、緩やかな坂道を登っていた。

店は『遠野』の山間の峠にある。

歩いていくとなるとけっこうな労力だ。


(まったく、面倒な場所に構えおってからに。ほんまに、いまいましい店やわ。)


銀狐にとって《カフェまよい》はありがたがるような店でも恩義を感じるような店でもない。

むしろ、存在すら忌々しいと感じている。

だが、その店の菓子を主君であり唯一尊敬し敬愛する妖怪である『九尾』が気に入っている以上、そう簡単には手は出せない。

しかも、その菓子というのが、いたく美味で、この世界ではそこでしか手に入らないというのがまた憎らしい。

最近では、比較的簡単に手に入るため、狐妖怪のなかにまでファンが増えているというのである。


(・・・それにしても。誰や?こんなときに『朧車』つかっとるのは。金か白か黒か知らんけど、覚えておきや。)


なにか命令でもあったならまだしも、私用で『朧車』を自由にできるのは側近クラスの狐だけだ。

つまり銀狐を除けば三人。金狐、白狐、黒狐だけだ。

無論、『九尾』の命令なら、なにより誰より優先されるが、今回はそんな情報はない。

おそらく三人の誰かが私用で使っているのだろう。


(やっと、見えてきたわ。)


銀狐が峠を登りきると、なにやら賑わいをみせる場所が見えてきた。

いくつもテーブルと椅子が置かれ、そこで何組もの妖怪がなにやら飲み食いしている。

おそらくここが《カフェまよい》なのだろう。


おそらく。というのは、銀狐の目には《カフェまよい》の建物それ自体は見えていないからだ。

狐妖怪は『迷い家』に出入り禁止をくらっている。

なので、狐である銀狐には店の建物の存在そのものが察知できない。

見えるのは、店の外になるテラス席だけだ。


(まったく、この銀狐を拒絶するやなんて、生意気な。)


妖異界中に名を轟かせる大妖怪『九尾』の側近である銀狐にはむかう妖怪などそういるわけではない。

銀狐個人としても、高い妖力を持つ、高位の狐妖怪だ。

敵対し、畏怖されることはあれ、このようなぞんざいな扱いをうけることなど、そうあるはずもなかった。


(さて。いくで。)


銀狐は改めて、自分の変化に綻びがないか確かめる。

姿も妖気の波動も問題はない。

これなら、どんな妖怪にもバレるはずはない。

狐が正体を見破られるのは屈辱だ。

まして、人間などに看破されようものなら、他の妖狐になんと言って馬鹿にされるかわかったものではない。

銀狐は、念には念をいれて自分の姿を確かめると、納得して、また、店のほうに歩き出した。




(なんや?あの女。)


銀狐が、《カフェまよい》のすぐ近くまで来ると、そこにひとりの女が立っていた。

妖怪なのは間違いないが、見知らぬ妖怪だ。

店に入らず、テラス席からも少し離れた場所で、突っ立っている。

見た感じ、銀狐と同じくらいの背格好、年齢の女性だ。


(邪魔やな。)


別に、ただ広い峠にひとり立っているだけなので、ほんの二、三歩避ければいいだけなのだが、いろいろ気に食わないことが重なっている銀狐はわざと避けずに、女に肩をぶつけるようにして、直進する。


「つっ立とったら、邪魔や。」


「きゃあ。」


後ろから、いきなり肩をぶつけられた女はよろめく。


「もう。なんや、乱暴もんやねぇ。」


甘ったるい京言葉が返ってきて、銀狐の眉がピクリと動く。


(なんや。こいつ、『古都』の妖怪か?)


『古都』特有の訛りに気がつくも、銀狐はぐっと押しこらえた。

『古都』の妖怪なら銀狐を知らぬものはいない。また、そんな軽口をたたくものもそうはいないだろう。

もし、生意気な口をきく妖怪がいれば、銀狐はただでは済まさない。

だが、今は別の妖怪に変化しており、銀狐とわかるはずもない。多少の無礼はおおめにみるしかないだろう。


「ふん。」


そのまま行こうとした銀狐に、食ってかかったものがいた。

女ではなく、女の懐から飛び出した白っぽい毛並みの動物だ。


「オマエガ、ブツカッテキタンダロウ!!アヤマレ!」


銀狐には、その甲高い声と、耳と手足の先だけ紫がかった珍しい毛並みには、覚えがあった。


「おまえ。まさか『阿紫』か?」


その言葉を聞いて、相手の女も顔色を変える。


「なんで、あんさんが阿紫の名前をしってはるのん?」


ふたりは顔を見合わせて、同時にピンとくる。


「おまえ、まさか金狐か?」

「あんた、まさか銀狐か?」


お互い他の妖怪に化けているせいで、確信までは持てなかったが、長年、いがみ合ってきただけに、相手のことはよくわかる。

姿も妖気もまったく別ものでも、その話し方や訛りのくせには覚えがある。


「なんで、こんなとこにいるんや?」

「なんで、こんなとこにいはるの?」


互いにしらをきることも忘れ、相手を糾弾する。


「さては、朧車をつこうとったんは、金狐やな。まったくずうずうしい。人間の店に菓子を食いにくるのにつかうやなんて。」


「な、なにがわるいん? 朧車は皆の共有や。私用でつこうたからって、『九尾』さまならともかく、銀狐はんから、文句言われる筋合いなんかあらへんわ。」


「よりによって、人間の店に来るのにつかうやなんて!」


「な、なんやの、その批難めいた言い方は。あんたやって、ここに来るのにつかおうと思うたんやないの?!」


ふたりがギリギリと歯噛みしながら睨み合う。


「ふん!さっさと、その襟巻き狐をしまいや。そんなもん見つかったら、一発で狐ってバレてしまうわ。」


金狐はムッとしながらも、阿紫を言うとおり懐に戻す。

『阿紫』は金狐がいつも、襟巻きのように巻いている直属の眷属狐だ。

さすがに、いつものように襟に巻いていてはマズイと、懐に隠していたのだ。


「ふ。まあ、銀狐はんは、すぐ正体がバレはるから、大変やろうなぁ。」


「なんやて?」


「そんなピリピリしてはるんも、いつ正体がバレるか心配してはるからやろう?化けるのが苦手な狐はんは大変やなあ、思いまして。」


「誰が、化けるのが苦手や!あっという間にバレたあんたが言えた義理やないやろう?!」


「それは、お互い様や。下手な化け方やから、ひとめで銀狐はんやわかったわ。」


「嘘いいや!」


「嘘やないわ!」


ふたりはバチバチと火花を散らすと、フンと鼻息を荒げ、同時に店のほうへと歩き出した。



「なんや。一緒だと思われたら迷惑や!あんたは、後から来たらええ。」


「なんでやの。ここに着いたんは、ウチのほうが先やで。銀狐はんこそ、後から来たらどないですの?」


「店にも入らずつっ立っとったやないか!」


「店に入る前に、ちょっと、着物の乱れを気にしてただけや。訪問する前の礼儀やろ?常識や。まあ、銀狐はんには礼儀も常識も、ないんやろけどな。」


「なんやて!」


「なんやの!」


ふたりは一歩も譲らず、ほぼ同時に店の前に着いた。

そこに、来店に気づいた真宵がやって来る。



「いらっしゃいませ。おふたりさまですか?」


初めて見る客に笑顔で対応した真宵を、ふたりはにらみつける。


「ちがう!別々や!」

「ぜんぜん、知らんひとやわ!他人どす!」


いきなりのピリピリした雰囲気に真宵は驚いた。


「そ、そうでしたか。それは、失礼しました。おひとりさまが二組ですね。かしこまりました。どうぞ、店内のほうへ。テラス席もご用意してますけど。」


真宵は表情に出さず、いつものように接客する。

真宵のくちにした、テラス席の一言でふたりの様子が変わった。


「そ、そやな。今日は天気もええし。外でいただくんも一興やな。」

「そうやなあ。せっかくやから、ウチもテラス席とやらで、いただくことにするわ。」


しらじらしく空や山を仰ぎ見る。

しかし、ふたりにはひとつ誤算があった。


「あ。すいません。いま、ちょっと、テラス席のほうが混んでまして、席がおひとつしかご用意できないんです。」


真宵の言葉に、ふたりは周りを見回す。

たしかにテラス席のほとんどはだれかが座っている。

もし、ここが『古都』で銀狐たちが化けていなければ、客の妖怪たちがすすんで席を差し出しただろう。

しかし、ここは『古都』ではなく、銀狐たちも正体を隠していた。誰も席を譲ってくれたりはしない。


「ちょうど、紅葉の時期で、テラス席ご希望のお客様が多いんです。申し訳ありませんが、混んでいるときは相席をお願いしているんです。あと、お店のなかなら、お席がご用意できますが。」


ふたりの狐は目配せした。


(相席?この金狐と?冗談やないわ。考えただけで、茶も菓子も不味くなる。)


(けど、店の中いうても、ウチら狐ははいれへんからなぁ。下手したら狐やいうことバレてしまうかもしれんし。)


(まったく、金狐といっしょになったばっかりに、ロクなことないわ。)


(ほんまに、不愉快なことっていうんは、たてつづけに起こるもんやわ。でも、ここで、騒ぎをおこすわけにもいかんし・・・。)


ふたりは断腸のおもいで決意する。


「し、しかないわな。とりあえず、相席で我慢するわ。」


「そ、そやな。せっかくの天気やし、店の中でいただくんももったいないし・・。相席するわ。」


「そうですか。ありがとうございます。では。こちらの席へ。また、他の席が空きましたらご案内しますので。」


そう言って、ひとつだけ空いていたテラス席へとふたりを案内した。


「すぐ、メニューをお持ちしますので、少々お待ちくださいね。」


そう言って真宵は席を離れた。

残されたふたりは気まずそうに、黙って席に座る。



「・・・なんで金狐なんかと。」


「・・・こっちの科白やわ。」


『遠野』の秋空の下、天敵ともいえるふたりの狐は、忌み嫌う人間の営む甘味茶屋で、なぜかおなじ席で顔を見合わせていた。






読んでいただいた方、ありがとうございます。

久しぶりの狐回です。

一話にまとめるつもりが、長くなってしまいまして三話構成になりました。

よろしくお付き合いください。



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