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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第七章 神無月
162/286

162 明日の予定は今日中に

《カフェまよい》スケジュール(基本)

PM 6:00 夕食 (賄い)

PM 7:00 小豆あらい帰宅。 真宵、右近、金長は明日の仕込が必要な場合は残業。

順番に入浴。 後は自由時間。

居間で団欒することもあるが、たいていは皆、自室に帰って早めに寝てしまう。




妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

定休日は土日。

本来なら、店主である真宵は人間界に戻り、従業員の妖怪たちもそれぞれ余暇を過ごすはずだったのだが、神無月の影響で、事件が起きていた。

真宵は人間界に戻ることができず、それ故、人間から食材を持ってくることができなくなった。

現在、それを埋めるため、休日を返上して奔走していた。




「うーん。お米が解決できたのは、朗報よね。けど、ランチを続けるなら、食材の種類をなんとかしないと・・・。」


現在、夕刻を過ぎ、真宵、右近、金長、座敷わらしの四人は、母屋の居間で卓を囲んでいた。

泥田坊の棚田から戻って来た後、日暮れ時間を計算すると、遠出するのは無理そうで、とりあえず今日はここまでということになった。

朝からのドタバタ騒ぎで、昼食もろくに摂れていなかったので、簡単に夕食を作り、皆で食べた。

その後、四人は、明日、どうするかの作戦会議である。

月曜になると、店の営業があり、出歩くのは無理なので、明日の一日。日暮れまでと考えれば実質半日でやれることをやっておかないといけない。

効率よく動くためには計画をたてておかなければいけない。


「魚はなんとかなりそうなのよね。てながさんとあしながさんに手紙書いたし。たぶん、海座頭さんも協力してくれるだろうし。」


『てなが』と『あしなが』はその長い手と足を利用して、漁をしている。

たまに、秋刀魚やらアジやら鰯やら、獲れた魚を店に持ってきて銭に替えている。

店としても新鮮で、安い魚が手に入るのは大助かりだ。

『海座頭』は海の妖怪のまとめ役のようなことをしている。

目は不自由だが、海では波を操り舟を沈める怖い妖怪らしい。

人間のことはあまり好きではないらしいが、真宵のことは気に入っているらしく、なにかあれば助けになると言ってくれた。


「いままでは、同じメニューにこだわって三十人分確保できる魚だけ買い取ってたけど、この際こだわることはないわよね。Aランチ、Bランチみたいに二種類つくったっていいんだもん。」


「ランチを二種類つくるのか?」


「ええ。そんな凝ったものはできないけど、『秋刀魚の塩焼き定食』と『ブリの照り焼き定食』みたいに、メインの魚だけ別にするとかね。そうしたら、数が足りない魚も無駄にせずつかえるでしょう?」


漁はその日によって大漁の日もあれば、不漁の日もある。

魚はあまり日持ちしないし、どうしても、ひとつの店で扱うとなると、ロスがでやすいのだ。

まして、三十人前のランチに合わせてぴったりの量を捕るなどという芸当はできるはずもない。

だが、うまくすればそのロスを減らすことくらいはできる。

以前なら、準備や調理、お客への説明も含めて、手間がかかりすぎてできなかっただろうが、いまは金長な加入もあり、多少は人手に余裕ができている。

簡単なメニューならやれないこともない。



「野菜は・・・、とりあえずあるものでやりくりするしかないわよね。」


あるもの。というのは、店に置いてある分、という意味ではない。もちろんそれもはいっているが、それでは、到底足りない。比較的、保存のきくものはそれなりの量があるが、新鮮さが大事な葉野菜や痛みやすいものは、まめに買ってきて持ち込んでいたので、ほとんどストックなしである。

ここでいう、あるもの。とは妖異界にあるもの。この世界で手に入るものでなんとかするしかない、という意味だ。

意外と、普段食べている野菜は近代になって入ってきたり広まったりしたものが多い。

トマト、アスパラガス、オクラ、ピーマン、ほとんどが明治以降に広まったものだ。

ただ、ナス、ほうれん草、ニンジン、大根、きゅうり、小松菜など、手に入る野菜も多いので、メニューを調整すればなんとかなるだろう。


「某のじゃがいも畑がつかえれば、助けになれたのですが。力及ばずでかたじけない。」


金長がうなだれる。

金長は店の横に、小さい試験農場をつくっており、そこでじゃがいもを栽培している。

たしかに、そのじゃがいもがつかえれば、多少の足しになるのだが、まだ、少々、収穫には時期が早い。


「そんな。気にすることないですよ。あの畑の収穫は、もっと後の楽しみにとっておきましょう。」


この世界で、じゃがいもの栽培がうまくいくかと不安もあったが、いまのところ、成長は順調のようである。

金長が、合間を見つけては世話をしているので、青々とした葉がみごとに茂っている。

来月の末か再来月あたりの収穫が楽しみだ。




「魚も野菜もとりあえずよし。お米も心配ないとなると、あとはやっぱり・・・、お肉よね。」


いままで、《カフェまよい》でつかわれている肉はすべて人間界から持ち込まれたものである。

この世界の肉は、まだ扱ったことがない。


「肉か・・・。ああ、そういえば、この前、『狒狒』と『猩猩』が、山に猪が増えて山の幸を荒らすので、とっ捕まえると、意気込んでいたぞ?」

右近が言った。


「い、猪ですか?」


『狒狒』と『猩猩』はたまに山の幸を店に売りに来てくれる猿妖怪たちだ。

いつもは、木の実や山菜、山芋や筍などが多いが、たしかにあの巨体だ。猪でも負けてはいないだろう。


「猪かあ・・。触ったことないんですよね。でも豚肉と似てるのかな?やっぱり。ちょっとクセのある野性味あふれるお肉ってイメージだけど。」


何度か食べたことはあるが、調理したことはない。

食べたのは牡丹鍋というやつで、濃い目の味噌味が野性味ある肉とあっていた記憶だが、そこまでよく覚えてはいない。


「お祖母ちゃんのレシピノートにも、猪肉の料理はないのよねぇ。」


祖母のレシピノートとて万能ではない。

真宵が昔から、カフェとか甘味茶屋とかをやりたいと言っていたので、祖母が自分の知っている料理のレシピを書き残してくれたのだ。

さすがに知っているすべての料理を書くわけにもいかないので、書かれているのは、カフェや甘味茶屋につかえそうな、得意な和菓子やランチに出せそうな家庭料理が主だった。

田舎のそのまた田舎に住んでいた祖母なので、猪肉も扱ったことがあるかもしれないが、さすがの祖母も、真宵がカフェで猪肉を出すことになるとは思っていなかったのだろう。

ノートには猪肉の扱い方はのっていなかった。


「でも、なにごともチャレンジよね! ちゃんと試作して、お客さんに出せる料理ができたらメニューにすればいいんだもの。やらないであきらめちゃダメよ。うん! 狒狒さんたちに、もし、猪が獲れたら持ってきてもらいましょう。」


「わかった。そう伝えておくとしよう。」

右近が頷いた。



「豚肉は猪肉でなんとかするとして・・・。ねえ。こっちの世界にも鶏肉はあるんですよね?どうやって、手に入れているんですか?」

真宵が尋ねる。


「鶏か? 山で野生化したものもけっこういるが、普通に飼っているぞ。卵も産むしな。」


「養鶏もしてるんですか?」


「ああ。」


ちょっと意外だった。

あまりそういった産業的なものはないものだと思っていた。


「じゃあ、お金出せば鶏肉も玉子も手に入りますか?」


「ああ。できるはずだ。たしか、『波山』が鶏の世話をしているんじゃなかったかな?」


「ええ???」


真宵は大げさに驚いた。

『波山』とは常連とはいかないまでも、何度か来店したことのある鳥の妖怪だ。

とにかく派手な外見で、歌舞伎役者とパンク系バンドのヴォーカルとブラジルのダンサーをごっちゃ混ぜにしてできあがったコスプレイヤーみたいな客だった。

辛いものが好きというか苦手というか、カレーやら七味唐辛子をかけた料理を食べては、燃えない炎を吐いたり、鳥の姿に戻ったりしている。

あの外見で、養鶏を営んでいるとは・・・。

そばに寄っただけで、鶏が逃げ出しそうな感じだが、ひとは見かけに寄らないものだ。


「じゃあ、波山さんにお願いしてみてくれますか? 週に一度くらいでかまわないので、玉子と鶏肉を都合してくれないかって。」


「わかった。交渉してみる。」


高級地鶏や、やわらかい若鶏でなくともかまわない。玉子を生まなくなった老鶏でも、出汁をとったりするのに使える。

それに玉子が確保できるのは、この上なくありがたい。使い道はいくらでもある。



「豚肉に鶏肉・・・、とすると、あとは牛肉か。」


実は《カフェまよい》において牛肉の依存度は意外と低い。

やはり、豚肉や鶏肉に比べるとどうしても値段が張るので、同じ値段で『ランチ』をだしている以上、扱う回数は自然と少なくなるのだ。

比較的つかわれるのは安い切り落としの牛肉くらいで、高級部位などはまずお目にかかれない。

『ビーフステーキ』やら『ローストビーフ』などは予算オーバーになるので作らないのだ。

なので、最悪、これは手に入らなくともなんとかなる。

しかし、その懸念は杞憂に終わった。


「牛肉なら、くだんのところに行けばなんとかなるんじゃないのか?」

右近が言う。


「くだん?」


件のところ?九段のところ?苦弾のところ?

真宵にはよくわからない。

右近は答えず、なぜか座敷わらしのほうを見ていた。


「・・・・まあ、頼めばなんとかしてくれるじゃろう。あそこにいけばいつでも牛はいるじゃろうからな。」


「え?牛がいるの?」


「なんでいないと思ったんじゃ?」


「え?なんでって言われると・・・。」


それはそうだ。いるに決まっている。

牛肉をつかった料理を出しても、客は普通に喜んで食べていた。

牛肉自体を珍しがったりはしなかった。

なんでだろうと自問自答すると、ひとつ思い当たった。

『輪入道』と『片車輪』だ。

ふたりとも店にはなくてはならない、妖怪たちだ。

従業員ではないが、店に来る客の多くは、ふたりがタクシー代わりになって運んできてくれている。

ふたりとも牛車の妖怪で、店に入ってくるときは人間の姿だが、ひとや妖怪を運ぶときは牛車の姿になり乗せて行く。

牛車といっても、牛が引くわけでなく、車自体が勝手に動いて、さらに空まで飛ぶ。

真宵も二度ほど乗ったことがあるが、なんともファンタジーな体験だった。


牛車なのに牛は引いていない。なのでなんとなく牛はいないんだなぁと思い込んでいた。

そこは牛車があるんだから、牛がいないはずはない、と考えるべきだったのかもしれない。


「じゃあ、そこに行けば牛肉も手に入るのね?」


「・・・まあ、そうゆうことじゃな。」

座敷わらしはなにか含むところがあるような言い方だ。


「なにか問題でもあるの?」

真宵が率直に聞く。


「・・・どうせ、また、自分で行きたいとか言い出すのじゃろう?」


「え?ええと。まあ。」


図星を指され、真宵は言いよどんだ。

できれば行ってみたいという程度だが、この世界で牛が普通に飼われているのなら、ちょっと見学してみたいというのが本音だった。


「件の牧場なら、ここからさほど離れていないだろう?今日行った、泥田坊の田んぼとさしてかわらない距離だ。」

右近が言う。


座敷わらしは、はあ、とため息をひとつつく。


「わかった。明日は右近は波山と狒狒たちのところへ行け。烏天狗なら自分で飛べるじゃろう。件のところはわしと金長が真宵を連れて行く。それでよいじゃろう?」


「あ、ああ。それはかまわないが・・・。」


「座敷わらしちゃんも行くの?」


別に不満なわけではないが、座敷わらしが自分からついていくなどというのはかなり珍しい。


「まあ、件とは知らぬ仲ではないしな。こんなことでもないと会う機会もないしな。」


「あら。お友達だったのね。」


「友達・・・、と言うほどのものではないがな。まあ、知り合いじゃ。」


「ふーん。くだんて、妖怪さんの名前だったのね。」


「ああ。人に牛とかいて件。人間と牛が混じったような妖怪じゃ。」


「そ、そう・・・。楽しみね。」


そうして、明日の予定が決まったところで、小会議は解散となった。

四人はめいめい自室に戻って休むことにした。


「明日は件さんの牧場か・・・。ちょっと楽しみね。」

真宵がつぶやいた。

ただ、ちょっとひっかかる部分もある。


(人間と牛が混じったような妖怪さん・・・、ミ、ミノタウロスみたいな妖怪かしら?)


昔読んだ異国の物語に出てくる半人半獣の怪物を想像して、ちょっと不安になる真宵であった。




読んでいただいた方、ありがとうございます。

食材調達編、続きでございます。

次回は、牛肉、登場予定に「件」です。

件は人間の顔をした牛さんのパターンと牛の顔をした人間のパターンとあるみたいですが、このおはなしでは後者の予定です。

牛から生まれるらしいので、人面牛のパターン方がイメージとしてはメジャーっぽいですが、おはなしの都合上、牛頭人の方に。

明日、投稿予定ですので、引き続きおつきあいただけると幸いです。


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