153 芋名月には縁側で
《カフェまよい》メニュー
『芋煮』
十五夜の別名が『芋名月』ということで作ったランチメニュー。
芋煮は具材にも味付けにも制約はないが、今回は牛肉と醤油出汁。
ちょうど旬の里芋がたっぷり入っている。
妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。
本日は中秋の名月ということで、甘味には月見団子をつくり、ランチには里芋をつかった『芋煮』を提供した。
閉店後は、妖異界の名月を愛でようと、母屋の縁側に従業員一同が集まっていた。
「はい。お団子はたくさんありますから、遠慮なく食べてくださいね。」
真宵は団子をのせた皿を縁側に置いた。
縁側には、従業員が皆、揃っていた。
右近、金長、座敷わらし、小豆あらい、それに、沢女にかまど鬼、冬将軍やつらら鬼まででてきていた。
そこにひとり、店では見かけない妖怪もひとり混じっている。
小豆あらいの祖父である『小豆爺』である。
「マヨイさん。ワシみたいなのまで呼んでもろうて、すまんなぁ。」
小豆あらいの隣で座っていた、小豆爺が真宵に頭を下げる。
「いえ、こちらこそ、無理して来ていただいてありがとうぞざいます。せっかくだから、店のみんなでお月見したかったんですけど、小豆あらいちゃんを遅くまで引き止めると、お爺さんがおひとりになると思って。だったら、一緒にお誘いしたほうがいいかなって。・・・たしか腰がお悪いって聞いてたんで、ちょっと心配だったんですけど・・・。」
「ほほ。腰が悪いといっても、普通に生活するぶんには問題ないんじゃよ。いつも、孫が世話になっとるから、お礼に伺わんといかんと思うとったんですが、なかなか機会がなくて・・・。今日、来させていただいて感謝しとります。」
「とんでもない。こちらこそ、小豆あらいちゃんに働いてもらって感謝してるんですよ。いつも、朝早くから日暮れまで働いてもらって。いつも、夜遅くなって心配じゃありません?」
「いやいや、孫が好きでやっとることじゃしな。親がはやくにいなくなって、躾がいきとどいとらんところもありますが、どうか、これからも、孫のことよろしくお願いします。」
「こちらこそ。よろしくお願いします。」
ふたりは、互いに水飲み鳥のように、頭を下げた。
お互い話にはよく聞いていたが、実は初対面である。
「ジジィ!話が長いゾ!」
小豆あらいが怒る。
「おお。すまんすまん。なかなかお会いする機会がなかったもんじゃからな。つい、長くなってしもうた。」
「マヨイ!こんな爺ぃ、相手にすることないんだゾ!」
「ふふ。だめよ。今日はお爺さんはお客さんなんだから。・・・・あ、お茶入れますね。」
真宵は、団子と一緒に持ってきた急須や湯のみを手に取った。
「マヨイ!茶ならオレが煎れるゾ!」
小豆あらいが名乗りをあげる。
「あら、そう? じゃあ、お願いできる。皆のぶんもね。」
「マカセロ!」
小豆あらいは、真宵から茶道具を受け取ると、手馴れた手つきで、茶を煎れ始める。
「孫は、ここに来てから茶を煎れるのに、興味をもちましてなぁ。家でも、なにかというと煎れてくれるんですわ。」
小豆爺が笑う。
「ええ。店でもよくやってくれてますよ。お客さんにも好評ですよ。おいしいって。」
「ほお。そりゃあよかった。きかんぼうなんで、迷惑をかけてなければいいと心配もしとったんですわ。」
そう言いながらも、小豆爺が孫を見る目は、誇らしげだ。
やはり、妖怪でも孫はかわいいものなのだろう。
「ふふ。じゃあ、小豆あらいちゃん、お茶のほうよろしくね。」
「マカセロ!」
真宵は小豆爺に簡単に挨拶すると、その場を離れた。
「マヨイどの。かまど鬼やつらら鬼が団子を食いまくっているがいいのか?」
右近が尋ねてきた。
見ると、縁側で、団子につらら鬼たちが群がっていた。
『つらら鬼』は人間の親指ほどの大きさしかないので、一口大の月見団子でも数人がかりでかじりついている。
「え、ええ。べつにかまわないと思いますよ。つらら鬼さんはなにも食べなくても冷気さえあれば生きていけるそうですけど、食べても別に支障はないみたいです。雪女さんが言ってました。」
かまど鬼もおなじようなものだろう。
いままでも、たまにお菓子や他の食べ物をあげたことがあるが、それで体調を壊したことはない。
「・・そうゆうものか。・・・しかし、すごい食欲だな。」
普段は、真宵があげているので、つらら鬼がなにかを食べているところを右近は見たことがなかった。
ひとつの団子に何人もの小さなつらら鬼が群がる姿は、まるで、角砂糖に蟻が群がっているか、投げ入れられた餌にピラニアが殺到しているかのようだ。
「ずっと、冷蔵庫の中ですしね。久しぶりに外に出られてはしゃいでいるのかもしれませんね。」
キィィ!
返事なのか鳴き声なのかわからない、音をつらら鬼たちが発した。
《カフェまよい》で働いている『つらら鬼』は全部で十六人。冷蔵庫に十二人、冷凍庫に四人だ。
その全員が、いまは縁側で、月見団子に群がっている。
『つらら鬼』は冬場以外は氷室の中で過ごす妖怪なので、涼しくなってきたとはいえ、外に出るのはまだはやいのだが、今日は、頼りになる引率者がいた。
「冬将軍さん。つらら鬼ちゃんがとけちゃわないように、お願いしますね。」
つらら鬼の隣に大きめの氷の塊が座っていた。
『冬将軍』である。
冬将軍も、おなじく冬場以外は氷室で過ごす妖怪だが、自分で強い冷気を発することができるので、簡単にとけたりはしない。
冬将軍がついていれば、数時間くらい外で月見を楽しんでも大丈夫だろう。
「拙者ハ、団子ヨリ、酒ノホウガ、ウレシインジャガナ。」
雪と氷でできた五月人形のような冬将軍がうそぶく。
「冬将軍さん、お酒飲むと、すぐ寝ちゃうでしょう? また、週末には飲ませてあげますから、今日はお団子とお茶で我慢してください。」
「ムウ。」
冬将軍は不満そうな表情を浮かべながらも、仕方ないといわんばかりに、団子にかじりついた。
「そういえば、『かまど鬼』が『しゃんしゃん火』だけ来ていないんだが、どうかしたのか?」
縁側の庭先をふたつの鬼火が、漂っていた。
元鬼火で、現在厨房の釜戸で働いている『ほいほい火』と『ふらり火』だ。
いつもはせまい釜戸でいるせいか、今日は楽しそうに空中を満喫している。
ほいほい火は元気よく飛びまわり、ふらり火はふわふわと漂っている。
おなじ『かまど鬼』でも性格が違うのがおもしろい。
「しゃんしゃん火さんには、もうちょっと仕事をしてもらう予定なんです。あ、そろそろ持ってくるんで、手伝ってもらえますか? 右近さん。」
「ああ。それは、かまわないが・・・。」
なんのことかはわからないが、了承する。
しゃんしゃん火が手伝っているということは、なにか料理に関することだろう。
真宵と右近は、厨房のほうへと足早に歩いていった。
「みなさん、まだ、お腹に余裕のあるひとはどうぞー。おうどんですよ。」
厨房から戻ってきた右近はおおきな鍋をそのまま。真宵は木椀やら箸やらを手に持っていた。
「しゃんしゃん火さんもご苦労様。最後まで手伝わせて、ごめんね。あとは私たちがやるからゆっくりお月見を楽しんでね。」
真宵の肩のあたりでふわふわしていたしゃんしゃん火に声を掛ける。
「ほほ。お安い御用ですぞ。いつでも、任せてくだされ。」
しゃんしゃん火は嬉しそうに、仲間の『かまど鬼』のほうへと飛んで行った。
「真宵殿。いつの間にうどんなどつくっていたんですか?」
不思議そうに金長が尋ねる。
「うどんは、向こうの世界から持ってきたやつなんですよ。さすがに、粉から打つ時間はありませんでしたから。お出汁はランチの芋煮の残りを使ってるんですよ。そのままだと、ちょっと濃いので、少しのばしましたけど。」
「芋煮の?」
今日の昼のランチは『芋煮』だった。
金長も手伝ったので、知っている。
そういえば、いつもと違い大量につくり、ランチが終わってもだいぶ残っていたように思う。
おそらく、最初からこれを想定して、多めにつくっていたのだろう。
「ほほ。これは、うまいうどんじゃなぁ。濃い目の醤油だしがなんともいえん。」
うどんをすすった、小豆爺が感嘆の声を上げた。
「うん。なかなかよい出汁の味がでとるな。とても、残りものでつくったとは思えん。」
「ウマイゾ!」
他の妖怪にも好評だ。
「芋煮のお汁は、お肉とか野菜とかの味がたっぷり染み出してますからね。捨てちゃうのはもったいないんですよ。」
「ほう。なるほどな。」
黙々とうどんを食べていた金長が真宵に詰め寄った。
「真宵殿!今度、ぜひ、某に『うどん』を打たせてほしい!」
「え?うどんですか?」
「はい!料理はまだまだ修業中ですが、うどんを打つのだけは自信があります。このうどんもなかなかのものですが、某が打ったうどんと、この芋煮の出汁をつかえば、さらなる高みを目指せます!」
「ふふ。おもしろそうですね。金長さん、うどんが打てるなんてすごいですね。」
「『久万郷』のうどんは妖異界では有名じゃぞ。」
座敷わらしが言う。
「へえ。『久万郷』ってうどん処なんですね。今度、教えてください。私、うどんは打ったことないんですよ。」
「まかせてくだされ。多種多様の味が楽しめる芋煮とうどん。あわされば様々な味のうどん料理ができるはずです! これほど、『久万郷』が待ち望んでいたいた料理はない。」
金長の言葉に熱が帯びる。
金長がわざわざ遠い《カフェまよい》に料理修行に来ているのは、故郷に新たな料理を伝えるためだ。
芋煮をつかったうどんは、まさに最適なのかもしれない。
「いいですよね。お鍋した後のシメのうどんとか、すき焼きの残りでつくるうどんとか。あまりものを無駄にしないで済みますし。あ、そういえば、最近は芋煮の残りで『カレーうどん』をつくるのも流行っているそうですよ。」
「カレーうどん??」
まわりの皆が目を丸くした。
「カレーをうどんにするのか?」
この店でしかカレーを食べたことがない妖怪たちにとっては、カレーはカレーライスしか知らない。
カレーパンもカレーうどんもカレーリゾットも未知の食べ物だ。
「ええ。カレーって意外と何にでも合うんですよ。ちょっと和風の感じになって美味しいですよ。カレーうどん。」
真宵の言葉に皆、興味が漲る。
カレーはランチでも何度か出したことがあるし、賄いでもよく作る。珍しさもあって、皆、大好きだ。
「真宵殿。ぜひ今度つくりましょう。カレーは『久万郷』で再現するのは難しいですが、うどんの新たな可能性として、ぜひ食べてみたい。」
「俺もだ。カレーとうどんが、どう合わさってどんな味になるか興味がある。」
「オレモ、食いたいゾ!」
「そうですねえ。今日のランチの『芋煮』も好評でしたし、また、お祭りみたいに、皆を集めて『芋煮会』を催して、最後に、いろんな味のうどんをつくるのも楽しそうですね。」
「おお!それは、素晴らしい!ぜひ、やりましょう。うどんなら、某がいくらでも打ちます。」
それを聞いていた座敷わらしだけが異議を唱える。
「また、余計なことを! カレーうどんの話じゃろう? なら、普通に厨房でつくればよい。わざわざ、よけいな催し物なんぞせんでも、作れるじゃろう。」
野外でなにかするのに難色を示す座敷わらしらしい意見だった。
「しかし、座敷わらし殿。芋煮は、大勢で大量につくったほうが旨いと聞きます。ならば、それをつかったカレーうどんもしかり。ここはやはり、真宵殿の言うとおり、芋煮会なるものを開いてですな・・・。」
「それが、余計じゃと言うんじゃ! 飯を作るのに、わざわざ野外でやる必要なぞない。揉め事が起こらぬように、余計な真似はさせるな。」
「いや、しかしですな・・・。」
「まあまあ。せっかくのお月見なんだから、喧嘩はしないで。」
そんな《カフェまよい》の住人をよそに、空にはおおきな妖異界の月が浮かんでいた。
読んでいただいた方、ありがとうございます。
六章菊花、フィナーレです。
次回から幕間劇を数回はさみまして、七章神無月になります。
引き続きお付き合いいただけると幸いです。




