15 オシラサマオコシヤス
人間界とは別の妖怪たちの棲む世界、妖異界。
ひょんなことから異世界で甘味茶屋を営むことになった真宵。
剣も魔法もつかえません。
特殊なスキルもありません。
祖母のレシピと仲間の妖怪を頼りに、日々おいしいお茶とお菓子をおだししています。
ぜひ、近くにお寄りの際はご来店ください。
《カフェまよい》 店主 真宵
人間の住む世界とは別の、妖怪が棲む世界。妖異界。
そこで、ただひとつ、人間が営む甘味茶屋がある。
《カフェまよい》
店舗は妖怪『迷い家』 店主は人間 真宵。
そして、そこで働く従業員のひとり『座敷わらし』。
座敷わらしは幼女の姿をした妖怪で、とり憑いた家に幸運と繁栄をもたらすといわれる。
茶屋の店員としての仕事は、主に客の案内や接客。ウェイトレスといったところである。
といっても、忙しいときや気が向いたときだけ手伝って、ふいにプイッといなくなったりする。
もともと、姿を見せずに家の中を走り回ったり、突然現れて、鞠やお手玉で遊んで欲しいとせがんだりする妖怪なので、そんなものなのかもしれない。
今日はちいさなからだで、チョロチョロと動き回って手伝いに勤しんでいる。
ガララ。
店の入り口が開いて、新たな客が訪れた。
その姿に気がついた座敷わらしが、真宵より先に声をかける。
「なんじゃ。オシラではないか?」
客は背の高い・・・というか細長い老人の姿であった。
身体も腕も足も細く枯れ木のようで、顔も額の上が長く、白髪頭とあごの白髭も床につきそうなほど長かった。
「ヨホホ。ひさしぶりじゃのぅ。座敷わらし。」
老人は長い髭を撫でながら、笑った。
口元がほとんど髭で隠れているので、よくわからないが、たぶん笑ったのだろう。
「いらっしゃいませ。 ・・・あら、座敷わらしちゃんのお友達?」
真宵が気がついて、ふたりに声をかける。
「まあ、古い知り合いじゃ。人間には『オシラサマ』なんぞとたいそうな名で呼ばれておる妖怪じゃ。」
『オシラサマ』
桑の木の妖怪で、農耕や養蚕を司る守り神である。
選択に迷ったときにムシの知らせで教えてくれるオシラセの神様ともいわれる。
四足歩行の獣の肉を供えると祟られるので注意。
「オシラサマですね。店主の真宵です。よろしくおねがいします。」
真宵は頭を下げた。
「座敷わらしちゃん、古いお友達なんでしょう? ふたりでゆっくりおしゃべりしたら?お店のほうはいいから。」
「いいのか?」
「ええ。もう、ランチタイムは終わったから、大丈夫よ。」
真宵は座敷わらしにメニューをわたす。
「メニューの説明は、座敷わらしちゃんがしてくれる?」
「わかった。」
コクリとうなずく。
「それじゃあ、ごゆっくり。ご注文が決まりましたらおよびくださいね。」
真宵はオシラサマにもう一度お辞儀をすると戻っていった。
「とりあえず、座るか。」
ふたりは、空いている席に腰を下ろした。
「ヨホホ。人間といっしょに茶屋をやっていると聞いたときは、耳を疑ったが、どうやらホントウのようじゃのう。」
「なにをいまさら。もうひと月以上経っておるぞ。どうせ、また、二ヶ月も三ヶ月も寝ておったんじゃろう? 今頃、起きてきてなにを言うつもりじゃ?」
「ヨホホ、別になにか言いたくて来たわけじゃあないぞ。純粋に茶でも飲もうと来ただけじゃ。」
「ふん。」
「それにしても、座敷わらしに迷い家まで一緒とはのう。おぬしらは人間びいきじゃとは思っておったが、まさか、人間の娘と店をやるとはおもっておらんかったわい。」
「まあ、なりゆきじゃ。 それより、なにか注文せよ。ここは茶屋だからな。タダで居座られては、商売あがったりじゃ。」
座敷わらしはメニューをオシラサマのほうに向けてひらける。
「もう、ランチはおわっておる。どのみち、肉は食わぬじゃろうし、関係ないがの。おすすめは『おはぎセット』か『まんじゅうセット』じゃな。今日のおはぎはこしあんと青海苔。まんじゅうはヨモギまんじゅうじゃ。」
「ほう。それじゃあ、ヨモギまんじゅうの『まんじゅうセット』をもらおうかのう。」
「わかった。」
座敷わらしは、真宵に注文を通した。
「おまたせしました。ヨモギまんじゅうとお煎茶のセットです。」
真宵は、オシラサマの前に注文の品を並べる。
「む? これはなんじゃ?」
まんじゅうとお茶のほかについてきた小さな皿に目をやる。
「お茶請けの高菜漬けです。よかったらお口直しにどうぞ。」
「ほうほう。それは気が利いておるのう。」
さらに、座敷わらしの前にも同じ品が並べられる。
「ん?わしのぶんもか?」
座敷わらしが聞いた。
「せっかく、お友達とお話してるのに、ひとりだけ食べてるのは居心地わるいでしょう? ゆっくり楽しんでね。」
真宵は微笑みかけると戻っていった。
「オトモダチのう。」
真宵は、よく座敷わらしの知り合いの妖怪が来ると、お友達なのか?と聞いてくる。
たしかに知り合いではあるのだが、友達なのかと聞かれると、よくわからない。
「ヨホホ。どうした座敷わらし?おかしな顔をして。」
「いやな。あのマヨイという娘は、よく、オトモダチなのか?とわしに聞いてくるんじゃ。オシラよ。わしとおぬしははたしてトモダチなのじゃろうか?」
「ヨホホホホホ。」
オシラサマは愉快そうに笑った。
「ホホ。たしかにな。ずいぶんと昔からの知り合いではあるが、あらためてトモダチかどうか問われてみると、どうなんじゃろうな?」
座敷わらしとオシラサマは、付き合いも長く関係性も他の妖怪と比べて親しいといって問題ない。だが、友達なのかどうかは、考えたことがなかったし、きかれたのも初めてだった。
「ずいぶんおもしろいことをきく人間の娘じゃのう。」
二人の妖怪は、湯のみを手に取り、茶をすすった。
「ヨホホ。これは、うまい茶だのう。」
「マヨイは茶にはうるさいからな。わざわざ、客が来るたび新しい茶葉にいれかえておる。」
「ほう。」
オシラサマは、一口、ヨモギ饅頭を口にする。
「まんじゅうもうまいのう。 餡子の甘さとヨモギの苦さが絶妙じゃ。昔の人間は、ヨモギは薬のようにあつかっとったが、最近はこんなにうまいものになっとるんじゃなぁ。」
「いったい、いつの話をしとるんじゃ?これだから、眠りっぱなしの爺いは困るんじゃ。」
オシラサマは残りの茶をすべて飲み干してしまった。まだ、まんじゅうは半分残っている。
「ああ、うまい。ほんにうまい茶じゃ。 おーい、マヨイさんとやら。」
真宵を呼ぶ。
「すまんが、お茶のおかわりをいただけるかのう? こんなうまい茶はひさしぶりじゃ。」
真宵は笑顔で応えた。
「はい。お茶のおかわりですね。二煎めでよろしいですか?」
「む?二煎めとはなんじゃ?」
「ああ、失礼しました。二煎めというのは、先ほどお出ししたお茶の葉っぱで、もう一度、二杯目のお茶を煎れることをいうんです。すこし薄くなりますが、またちがった風味やまろやかさがでておいしいんですよ。」
茶葉の種類やつかった量にもよるが三煎めくらいまでは、すこしずつかわっていく味が楽しめる。それ以上はさすがに出涸らし感がでて、味も風味も落ちてしまうが、茶葉や飲むひとによっては、二煎めのほうがやさしい感じでおいしかったりもするのだ。
《カフェまよい》は、客商売なので、他のお客のお茶を煎れた茶葉で二煎めをいれてお出しするようなことはしない。お客ごとに、新しい茶葉で煎れなおしている。
ただ、お茶のおかわりを申し出たお客さんには、二煎めをお勧めしている。
「もちろん、濃いお茶がお好きなら、またあたらしい茶葉でお煎れすることもできますよ。」
真宵は丁寧に説明した。
「いやいや、ぜひ、その二煎めとやらを飲んでみたいのう。ヨホホ。」
「かしこまりました。すぐお煎れしますね。」
すぐに、二煎めの茶が湯のみに注がれた。
たしかに、先ほどよりほんのわずかに色が薄くなっているような気がする。
オシラサマは再び茶をすする。
「ヨホホ。たしかに、先ほどと同じ茶なのに、こっちのほうがまろやかじゃな。」
「はい。お茶の香りはやっぱり一煎めのほうが高いんですけど、味や風味はそれぞれ良さがあると、私も思います。」
「ヨホホ。うまい茶じゃ。 さてマヨイさん。もう一杯いただけるかな?」
「え?もう飲んじゃったんですか?」
オシラサマの湯のみはすでに空だった。
「三煎めまでは、おいしいんじゃろう?」
「え、えと、まあ好みはあるとおもいますが。・・すぐお煎れしますね。」
真宵が再び茶を煎れる。
それを見ながら、オシラサマはヨモギまんじゅうを平らげていた。
「どうぞ、三煎めです。」
「ヨホホ。また、味がかわったのう。おなじ茶葉なのにこれはおもしろいのう。」
三煎めもあっという間に飲み干してしまう。
「ヨホホ。マヨイさん、もう一度、お茶のおかわり、おねがいできますかな?」
「は、はい。では、お茶葉、新しいのとお取り替えしますね。」
それから、幾度となくお茶のおかわりが繰り返された。
旧知の仲である座敷わらしも呆れるほどだった。
途中、真宵が、
「あの、よろしかったら、なにかお茶請けになるものもお持ちしましょうか?」
と、聞いてみたが、
「いや、茶だけでだいじょうぶじゃ。」
と、返ってきた。
煎茶のおかわりからはじまり、番茶、玄米茶、もう少しあたたかくなってからだそうとおもっていた焙じ茶まで、最終的に何杯飲んだのかわからなくなるほどだった。
「ふーーーーーっ。満足したわい。」
その言葉に真宵はおもわず、ほっとした。
(たぶん、二十杯ちかく飲んでるわよね?)
「ヨホホ。うまい茶を飲ませてもらったわい。 お勘定はおいくらかな?」
オシラサマは席を立つ。
「ありがとうございます。お代は『おまんじゅうセット』のぶんだけでだいじょうぶですよ。」
「ヨホホ。いやいや、こんなに茶をごちそうになって、それはいかんよ。」
座敷わらしも苦言を呈した。
「そうじゃぞ、マヨイ。こんな爺に気をつかうことなぞないぞ。」
真宵は微笑んで返した。
「いいのよ。座敷わらしちゃんのお友達だし、もともと、お茶のおかわりはサービスだからね。」
さすがに、ここまでおかわりする客は想定していなかったが。
「ヨホホ。それじゃあ、今回はご好意に甘えるとするかの。」
オシラサマは、真宵に勘定を渡した。
「ヨホホ。ついでに、うまいお茶の礼と古い知り合いが店を開いた祝いを受け取ってもらえるかのう?」
オシラサマは白髭を撫でながら笑った。
「え、お祝い?」
真宵が返事をする前に、どこからか大きな音が響く。
メキメキ!
ガッ!
ガリガリ!
生木が裂けるような音や、大きな木が折れるような音があたりに響く。
最初、木造の家が潰されているのかと心配したが、そうではない。
音は家からではなく、オシラサマから発せられていた。
「ヨホホ。できたぞい。」
ドン。
今度は重いものが床に下ろされた音が響く。
すると、どこから出したのか、目の前におおきな木製の臼が置かれていた。横には杵まで添えられている。
「ヨホホ。ちょと遅くなったが、わしからの開店祝いじゃ。お茶のお礼もかねてな。」
そう言うと、オシラサマは、さっさと店を出て行ってしまった。
「え。ちょ、ちょっとオシラサマ?」
引きとめようとしたが、そこにはもうオシラサマの姿はなかった。
「ど、どうしよう。ほんとうにもらっちゃっていいのかしら? こんな立派な臼。」
大きな丸太をくりぬいてつくられた臼はきれいな曲線を描いて、まるでなにかのオブジェのようだ。
これほどの太さになるには樹齢どれくらいかかるのだろう?
おそらく、普通に買おうとすればけっこうな値段だと思われる。
戸惑っている真宵に座敷わらしが言った。
「別に、かまわんじゃろう。オシラは木妖の親玉みたいなものじゃ。その程度の木ならどうとでもなる。」
「木妖・・。ああ、樹の妖怪さんだから、あんなに水分欲しがってたのね。」
「おおかた、寝坊しすぎてのどが渇いておったのじゃろう。 遠慮もせずにガブガブ飲みまくりおって。」
「じゃあ、この臼、ほんとにもらっちゃっていいのかな?」
「かまわんじゃろう。いらぬなら、そのへんに捨てておけばいい。」
「ダメよ。そんなの。」
真宵が抗議する。
「こんな、立派な臼、なかなか手に入らないんだから。それにこれでお餅をつけばきっとすごくおいしいわよ。」
「餅か?餅は好きだ。」
「みんなでお餅つきやろうか? 餡子とかお醤油とかいろいろ用意して。」
「・・うれしそうじゃのう、マヨイ。」
「え、だって、こんなお祝いもらうのはじめてなんだもの。座敷わらしちゃんのオトモダチっていいひとね。」
真宵は満面の笑みで開店祝いの臼を撫でる。
(オトモダチのう・・。はたしてあやつは、トモダチなんじゃろうか・・・・?)
座敷わらしは古い知り合いの白髭顔を思い出しながら考えた。
答えはまだでない。
読んでいただいた方ありがとうございます。
今回の妖怪は「オシラサマ」です。
本来は、オシラサマを祭るときに桑の木で人型をつくったり柱をたてたりするだけで、自身は馬の頭をもった妖怪とされることが多いですが、このおはなしではオシラサマの人型、人形のイメージで桑の木の妖怪とさせていただいてます。
臼も桑の木から作られることは、まずないとおもいます。
おはなしの都合上とはいえ、少々無理が多いですがご勘弁ください。